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フルメタル・アクションヒーローズ

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第34話 蛮勇の群れ

 ――その後。リニアストリームは無期限運行停止となり、開発企業は責任を問われ記者会見を開いていた。調査により設計上の欠陥が多数発見され、企業側は莫大な賠償金を請求されることになったという。

 同時に身を呈してリニアストリームを減速させ、乗客乗員を救った謎の着鎧甲冑についての情報を求める声も高まったが、救芽井エレクトロニクスはストライカーシステムの情報は一切明かさず「当人の意志を汲み公表は控える」とした。

 だが報道されなかったストライカーシステムの活躍は、この件で各国政府や企業の耳に入ることになり、同システム開発者である伊葉和士へのコンタクトが急増した。
 しかし和士はストライカーシステムは高コストゆえに量産が難しいことと、テスト機が破壊され再建してデータを取る予算もない、という理由から同システムの破棄を決定した。
 ――陸がヒーローとして打ち立てたストライカーシステムの「名誉」を、フェザーシステムの流用から暴走したリニアストリームのように穢させないため。……という真意を隠して。

 結局のところ、この事件の全容は和士と陸、そして忠道のみの知るところとなり――「救済の超駆龍」の伝説は、夏空に溶けゆく幻となっていった。

 そして――さらにひと月ほどの時が流れ。八月の終わりが近付き、世間では夏休みの終わりという現実が差し迫っていた。

「……呆れるほど、平和なものだ」

 救芽井エレクトロニクスの日本支社。その高層ビルのガラス窓から、黒スーツに身を包む和士は、下界とも云うべき東京の街並みを見下ろしていた。
 夏休みの終わりに嘆く学生や、残暑に苦しみながら舗装された道を行くリーマン。彼らは皆、当然のように平和を享受し――当然のように、平和のために戦ってきた者達の命を消費している。

 ヒーローという役職を持った今だからこそわかる。その「当然」を続けて行くことがどれほど尊く、また困難であるか。
 その重みを実感するたびに、和士は何も知らなかった頃の自分を、道行く人々に重ねていた。

「……俺は、あいつらとは違う。あいつらのような、本当に誇るべき『名誉』を背負って戦ってきたわけじゃない」

 東京湾の彼方に聳え立つ人工島。その中心に広がるヒルフェン・アカデミー。かつて自分に本当のヒーローというものを教えた、あの学び舎には――自分の分身とも云うべき「至高の超飛龍」の銅像が建てられていた。
 すでに伊葉和士の名は、「救済の超機龍」にも劣らぬ英雄として世に轟いているのだ。

「――むしろ、そんな奴らの手柄を食い散らかして、今の地位にありついてしまった。役職としての『ヒーロー』に成功すればするほど、本当の『ヒーロー』から遠ざかって行く。……まさにあいつらとは対極なんだな、俺は」

 だが、彼にとっては世間が持て囃す「名声」など何の価値もない。彼が何よりも尊重し、敬ってきたヒーローの本質を持つ、三人の男。彼らの存在を認めない世間の言葉に、和士の心を動かす力はなかった。

「それでも俺は……紛い物として。人々が呼ぶ限り、身体が動く限り。これから先も戦い抜いて行く。それが、俺が犠牲にしたあいつらへの、せめてもの贖いだ」

 和士の拳に、力が入る。以前なら、とうに血が滲んでいたはずの彼の拳は――金属が擦れ合う歪な音色を刻んでいた。
 それは自分への戒めでもあり――不安の裏返しでもある。もう彼のそばには、海原凪も雲無幾望も、雨季陸もいない。皆、和士の前から姿を消してしまった。
 すでにヒーローとしての和士は、独りであった。もう、心から信じられる本当の仲間はいない。周りのヒーロー達は皆、出世欲に毒された俗物ばかりであった。

「――また震えてるわよ、和士」
「……済まない」

 それでも、彼が折れないでいられるのは。例え孤独であろうと、守り抜きたい人が隣にいるからだ。

 白いドレスに身を包む、茶色のセミロングを靡かせた美少女。身体の発育に沿うような落ち着きに、たおやかな眼差しは――「少女」の壁を超え、大人の女性へと近づき始めた証であった。
 その白い左手からは――眩い宝石が光を放っている。

「麗。俺はまだ……いや、これからもずっと。走り続けて行くだろう。走って走って走り抜いて、足が折れたなら両手で這うし、両手も折れたなら地面に食らいつく」
「……ええ」
「そうやって生きて行けば、いつかは力尽きるだろう。その時は――もたれかかってもいいか?」
「イヤって言ってももたれかかるくせに。……ま、それくらい強引で強情なくらいが、あなたらしいんだけどね」
「――違いない、な」

 からかうように笑う彼女に釣られ、和士も口元を緩ませる。やがて視線を交わした二人は、夏空の下――人知れず唇を重ねた。

(……そうだとも。俺は、まだ止まれない。「あいつら」に報いるには、あまりにも俺は弱過ぎる)

 ――か弱き命を明日に繋ぐため、己の命を糧とすることも厭わない蛮勇の群れ。鋼の心か、ただの無謀か。
 どちらとも言えない「彼ら」を、伊葉和士は敢えて「鋼」と称する。さしずめ、「鋼の心の救助者達(メタル・ライフセーバーズ)」と。

 ◇

 ――同時刻。

 天坂結友は晴海ふ頭公園にて、白いワンピースに身を包み――海を一望できる絶景を見つめながら、何処と無く寂しげな表情で佇んでいた。

(……神様が、諦めなさいって言ってるのかな……)

 潮風が、彼女の艶やかな黒髪を靡かせる。ふわりと揺れるストレートロングの髪が、風に流され彼女の香りを運んでいた。
 白い帽子に陽射しを覆われ、影に隠された彼女の瞳は、青い海原を映している。

 ――自分の心を奪い去った海原凪との出会いから二年。あれからずっと結友は、時間さえあれば彼の姿を追い求め続けてきた。

 彼女はその美貌と穏やかで心優しい人柄、均整の取れたプロポーション、そしてトップアイドル「フェアリー・ユイユイ」の姉であるというステータスから、高校では学園のアイドルとなっており――すでに二百人以上の男子から告白されていた。
 その中には有名なスポーツ男子や読者モデル、白人留学生や大企業の御曹司まで含まれていたのだが。誰一人、彼女の胸中に住み着いた男の影を消すことは出来なかった。

 どんな優良物件に言い寄られても、彼女は寸分たりとも迷うことなく、海原凪への想いを抱き続けてきた。――しかし。

(……この二年間、東京中をあちこち探し回ってきたのに……全然見つかる気配がないよ……。私じゃ、ダメだったのかな……。もしかしたら、もう田舎に帰っちゃったのかも……)

 持てる力を尽くして情報を集めようとしても、まるで収穫がない。実を結んでくれない捜索を二年間、絶えず続けてきた彼女は途方に暮れていた。

(でも――このまま、何も伝えられないままなの? 感謝の言葉も、好きな気持ちも……。そんなのやだ、やだよ……)

 妹達の前では決して吐かない弱音が、心の奥で渦巻いている。抑圧された感情を止め切れず、彼女の目尻に「想い」が貯まろうとしていた。

 ――その時。

「きゃっ……!」

 一際強い潮風が結友の体を吹き抜け――白い帽子を風に乗せてさらっていく。

「あ……!」

 その帽子はひらりと遠くへ飛んで行き――やがて。

「――うん? なんだべ、こりゃ?」

 通りすがりの釣り人が持っていた、竿に引っかかるのだった。

「す、すみません! それ私のなんで――」

 そこへ慌てて駆け寄る結友だったが、ふと顔を上げた途端。彼女は言葉を失い、立ち尽くしてしまう。

「――ぁ……ぁ、あ」
「ははぁ、これお姉ちゃんのなんだな。この辺、風が強いんだから気をつけねどダメだべ? ……どしただ? お腹痛いだか?」

 小麦色に焼けた肌を持つ釣り人は、八重歯を覗かせ「にへら」と笑い、竿から帽子を取り外す。そして微笑と共に持ち主に差し出したのだが――持ち主、即ち結友の異変に小首をかしげるのだった。

 そんな彼の思案を他所に。結友は溢れる涙を拭うことも忘れ、口元を両手で覆う。
 「そんなに大事な帽子だっただか!?」と慌てる釣り人を見つめる彼女は、やがて涙声になりながらも問い掛けた。

「海原凪、さんですか……?」
「うん? そうだども……おろ? よく見りゃお姉ちゃん、あの雨ん時の――」

「――会いたかった……!」

 その答えだけが、全てだった。無我夢中になり、結友は感極まる想いで――眼前の釣り人の胸に飛び込んで行く。

 ――あの日。混濁した意識の中でも。彼女ははっきりと彼の顔と、伊葉和士との遣り取りを覚えていた。

 和士は、結友が海原凪に幻想を抱いていると見ていたが。本当は、違う。
 彼女は知っていた。凪が田舎者のような口調を持つ、間の抜けた男だということを。その上で、彼を好いていた。

 下心や欲塗れの男達とは全く違う――本当に命懸けで自分を守り抜いてくれた彼に。彼という「男」に。結友の「女」が、虜にされたのだ。

 ◇

 ――そうして、長女が二年に渡る想いの丈をぶつけていた頃。

 齢十八を迎えた次女は、アイドルからの引退を宣言し――「フェアリー・ユイユイ」の最後を飾るライブを終えていた。
 最後にアイドルとしての彼女に触れようと、ライブ後の握手会にはおびただしい数のファンが訪れていた。そんな彼ら一人一人に、ユイユイは労いと感謝の言葉を伝えていく。

「ユイユイ! ぼ、ぼく、ユイユイに貰ったエネルギーでがんばるから! 仕事ぜったいに見つけるから! 今まで本当にありがとう!」
「ありがとうございますっ! ぜ〜ったいイイ仕事見つけて、ご家族を安心させてくださいねっ!」
「お疲れ様ユイユイ! おれも受験頑張るからさ、ユイユイも元気でいてくれよ!」
「だ〜いじょうぶ! ユイユイはいつまでも元気いっぱいですよっ! なんたって妖精さんなんだもんっ! あなたこそ、受験勉強に負けちゃダメだぞ〜っ?」
「今までお疲れーっ、ユイユイ! 俺らも『救済の超飛龍』のこと応援してるから!」
「ありがとうございますーっ! きっと『救済の超飛龍』様も、そう言ってもらえてウキウキですよっ!」

 ――ファン一人に分け隔てなく。彼女は自分を引退の瞬間まで支えてくれたファン達に、それぞれのエールを送っていた。
 何百人が相手だろうと。何時間ぶっ続けだろうと。彼女はファンのためとあらば――可憐な容姿からは想像もつかないスタミナで、戦い抜く。

 そして、五時間以上に渡る熱気との戦いは――ようやく、終息の時を迎えようとしていた。

 八月の猛暑の中で断行された、青空の下での野外ライブ。さらに、その後すぐの握手会。並のアイドルなら、間違いなく途中で体調を崩していたところだ。
 曲がりなりにもトップアイドルの座に数年君臨した彼女ならではの、力技である。

「全く、軍隊もびっくりのスタミナだよね結衣ちゃん。だからこそ引退を惜しまれるってもんなんだけど……まぁ、『十八歳で恋愛解禁』が事務所の方針だし、仕方ないか」
「えへへ。それに、惜しまれるタイミングの引退を狙った方が好印象ですからね!」
「……したたかだよね、結衣ちゃん」
「んー? 私妖精だから、難しいことわかんなーい」

 最後の別れを惜しみつつ、握手を終えた大勢の客が警備員誘導のもと、ようやく立ち去って行く。そんな彼らの後ろ姿を見送り、ユイユイ――を引退した天坂結衣は、長年連れ添ったプロデューサーと笑いあっていた。

「失礼します。握手会と伺ったのですが、もう御開きでしたか?」
「ん? ああ、すまないね。もう時間が来てしまったんだ、私達もそろそろ移動しなくてはならないんだよ」

 その時。茶色の髪の少年が、彼女達の前にふらりとやって来る。ゆったりとした服装と穏やかな物腰から、他のファンに圧倒されて並べなかったのだろう――と、プロデューサーは当たりをつけた。
 そうして不憫には思いつつも時間だからと追い返そうとするが――結衣本人がそれを遮る。

「いいじゃない、あと一人くらい」
「でも結衣――じゃない、ユイユイちゃん……」
「どうせ最後なんだから、握手一回くらいワガママさせてよ」
「……はぁ、わかったよ。車を待たせてるんだから、手短にね」

 腕時計を見やりながら、プロデューサーは結衣の強情さに溜息を零す。そんな彼に、少年は恭しく一礼した。

「ご厚意に感謝致します」
「あぁいや、うん、まぁ……君も手短にね」

 こういうライブに来るような客層とはまるで違う、上流階級のような佇まいを前に思わずたじろぐプロデューサー。
 そんな彼に微笑を送りつつ、少年は結衣の前に手を差し出した。

「――あなたの歌。踊り。笑顔。いずれも生き生きとした情熱を帯びていて……大変感動しました。今まで、私達に希望と勇気を授けて下さり――ありがとうございます。そして、お疲れ様でした」
「そ、そんな大袈裟な。でも、ありがとうございますっ! 最後にそんなウレシい言葉を貰えて、ユイユイもカンゲ……キ」

 恥ずかしげもなく歯の浮くような台詞を、真剣に言ってのける変わり者に戸惑いながらも――結衣はなんとかキャラを保ちつつ、差し出した手を握る。
 だが――彼の手首に巻かれたモノが目に入った途端。彼女の「キャラ」は、そこで停止した。

 羽根をあしらった、傷のある腕輪。どこか見覚えのあるソレは、彼女の記憶から徐々に蘇り――あの日の光景と重なって行く。
 傷付いた羽根の腕輪。その記憶と重なるように、彼女の眼前に同じものが映された。

 この腕輪の傷。手の感触。機械の鎧を隔てた先にも伝わった、温もり。
 全てが一致し、彼女の脳裏に一つの結論が訪れる。

「あ……なた」
「ええ。――その節は、どうも」
「……ばかっ! ずっと――ずっと探してたんだからぁっ!」

 刹那。じわっと目元に溢れる想いを浮かべた彼女は、握手会のテーブルを蹴り倒し――少年の胸に飛び込んで行く。目の前でそれを見せ付けられたプロデューサーは、大慌てで止めに入るのだった……。

 ◇

 ――そして、二人の姉がそれぞれの想い人との再会を果たしていた頃。

「いやぁ、すまんなぁわざわざ。おかげで大助かりや。あいつら食うだけ食って、ちっとも片付けせぇへんのやから」
「いえいえ、あの人達もお仕事大変でしょうし……。私にできることなら、何でも手伝わせてください、先生」
「あんった……ホンッマにええ子やわぁ〜。ウチの旦那に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわ」

 祖父母の家で厄介になっていた結花は、隣に住む一煉寺家にて食器洗いに臨んでいた。

 つい先ほどまで一煉寺家には、松霧町一の大工である家主と、その部下達が昼食を食べに来ていたのだが――彼らは大量の料理を豪快に食い尽くしたのち、さっさと午後の作業に向かってしまったのである。

 家主の妻であり、二学期から結花が通う松霧高校の教師でもある一煉寺賀織(いちれんじかおり)は女だてらにその男達の面倒を見ており、今日も彼らが食い荒らした後の食器洗いに追われていた。
 結花は明日から新しく世話になる担任のために、その片付けの手伝いに来ていたのであった。

「……しかし信じられへんなぁ。あんたみたいなええ子が、苛められて転校を余儀無くされるなんて。ま、東京はおっかないところやから、理由のない嫌がらせなんていくらでもあるやろな」
「は、はぁ……」
「やけど安心しぃ! あんたが明日から通うアタシのクラスには――アホはおっても悪い奴は一人もおらん。それに、もし他所のクラスから悪い奴が出て来たら――そん時は、アタシが二度と悪さ出来ひんなるまでブチのめしたるわ!」
「い、一煉寺先生……」
「アタシは賀織先生や。もっと肩の力抜いて、今まで損した分、思いっきり青春しいや! きっと……いんや、あんたなら絶対イイ男も見つかるやろ!」
「……はい。でも……いい人なら、もう、います」

 皿を洗いながら、親睦を深め合う教師と生徒。そんな中、ふと幼気な少女が発した言葉に、賀織の口元が釣り上がる。

「ほっほ〜……なんや、いっちょ前にやることやっとるやんけ! アタシにも紹介せぇや結花っ!」
「ふえぇっ!? だ、だめですそんな!」
「えーやんえーやん〜。それとも、見せられへんようなカレシなんかぁ?」
「り、陸はまだカレシなんかじゃ……!」
「ふーん……陸っていう男なんやな? まぁまぁイカす名前やんか」
「あっ!? も、も〜! からかわないでください賀織先生っ!」
「わー、結花が怒ってもたー」
「棒読みもやめてくださいっ!」

 年上の女性ならではの容赦のないからかいに、結花は皿を丁寧に洗いながらぷりぷりと怒り出す。がさつながら、どこか頼りになる次女の姉を重ねながら。

 ――その時。

『〜だぁよっ』

「……?」

 聞きなれない声が、響いてきた。拡声器によるノイズが混じった声のようだが――いつもこの町で聞く、焼き芋屋とは違うようだ。
 長年この町で暮らす賀織にも聞き覚えがないらしく、二人とも手を止めてしまっていた。

 そして、その声に耳を済ませた結花は――

『らぁめん、あぁまぁぁあきぃ〜……出張開店だぁよぉ〜っ!』

「……すみません、すぐ戻ります!」
「え!? ちょ、結花ぁ!?」

 ――自分が何をしていたのかも忘れるほど、夢中になる思いで。その場から飛び出し、エプロンと靴下のまま玄関から飛び出してしまった。

 息を切らし、汗だくになりながら――彼女は遅い足で懸命に走り、声の主を辿る。

「旦那ァいいんすかァ!? 今夜も愛妻のスペシャル料理が待ってるんしょオ!?」
「ばぁーろゥ! 今時滅多に見ねぇラーメン屋台だぞ!? 食わねぇ手がアルカディア!」
「最後の方はよくわかんないスけど、とりあえず俺も食いまーす!」
「あっ!? 先輩ズルイ! あっしも食べりゅうぅう!」
「ヘェイラッシャァアセェエェ! ご注文はァアァアァイ!?」

 やがて声は徐々に大きくなり――どこか懐かしいスープの香りが、結花を惹きつけた。賀織の旦那であり、大工達の棟梁である一煉寺龍太(いちれんじりゅうた)の声も響いてくる。
 最愛の幼馴染の、聞き慣れた叫び声も。

(陸、陸っ……陸ぅっ!)

 ポロポロと涙をこぼしながら、それでもなお前進する少女。そんな彼女を最後の曲がり角を越えた先で待っていたのは――

「マイドアリッシャアァアア――ってあれ? おーう、結花じゃねーか!」

 ――屋台ラーメンで大工達と和気藹々な雰囲気で交流する、長身の少年。忠道製の義足を付けた彼は、汗だくになりながらも元気にラーメンを並べている。
 他人の空似ではない。夏の暑さが見せる幻でもない。「漢は黙って乳を揉め」と無駄に達筆なフォントでプリントされた炎柄Tシャツを着る、アホ丸出しの高校生など他にいない。
 彼は間違いなく――雨季陸。結花が会いたいと願い続けた、最愛の男だった。

「陸……陸、陸、陸ぅっ!」
「おわっ。……ははは、なんだなんだ寂しんぼだなぁお前。休みが出来たら会いに行くっつったろうが」
「ぐすっ……だって、だって……」
「泣くんじゃない泣くんじゃない。――お前には大事な用があるんだからよ」
「だ、大事な、用……!?」
「ああ。とんでもなく、大事な用だ」

 感極まるあまり、思わず胸に飛び込んでしまう彼女。そんな幼馴染を、陸はしばらくあやすように頭を撫で――やがて、真剣な面持ちで両肩に手を置く。
 その真摯な眼差しで射抜かれた結花は、夏とは無関係の「熱」でクラクラしてしまう。短い遣り取りで二人の仲を察した龍太達は、無言でラーメンをすすりながらニヤニヤと見守っていた。

 ――だが。
 結花の前に差し出されたのは、花や指輪ではなく。

「実は宿題全然終わんなくてさァ! 手伝ってくれよ結花センセ!」
「……は」

 真っ白な。それはもう、彼のオツムのように真っ白な――夏休みの宿題。汚れ一つないそのノートは、彼が今日に至るまで、いかに全力で宿題をサボっていたかが見て取れる。

「いやー、結友姉に手伝ってくれって頼んだら『宿題は自分でやるものです』って叱られてよ。結衣姉はバカだからアテにならねぇし。つーわけで! ここは一つ、結花センセの――結花、センセ……?」

 無論、そんな彼の頼みの綱は結花なわけだが――彼女は拳をぷるぷると震わせ、幼馴染を睨み上げていた。
 ――そして。

「そんな理由でこっちに来たのーっ!? もー絶対許さないっ! 宿題なんて手伝ってあげないーっ!」
「ウワー! 結花センセが怒ったのだー!」

 ジタバタと拳を振り回し、ぷりぷりと怒り出すのだった。そんな彼女に追い回されながら、笑い転げる陸。
 龍太達はそんな凹凸カップルの痴話喧嘩を前に、ひたすら笑い続けるのだった……。

 ――四人四色。夏空に吹き抜ける恋の風が、それぞれの巡り合わせを見つめていた。
 この出逢いが幸か不幸かは――当人達にしかわからないだろう。
 
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