フルメタル・アクションヒーローズ
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第27話 隼は、巣に還る
九月の末。残暑という季節の節目を終えた空が、涼風を送るこの時の中――ある少年が、黒塗りのキャリーバッグを引いて歩いていた。その腕に、羽根をあしらった腕輪を巻いて。
(もうしばらくしたら――涼しくなるな)
道行く人々は皆、少しずつ袖の長い服を着るようになり――その誰もが、紅葉の季節の到来を予感している。
少年はそんな人々の一挙一動を、まるで珍しいものを見るかのように横目で見遣りながら――都心のただ中を歩いていた。
通勤の男性、通学途中の少年少女。大声で談笑している主婦達。狭い歩道を歩いても、広い交差点を歩いても――目に映る先には必ず、「人」がいた。
同じ「人」の命を賭して守り続けられている、この平和を享受して生きている「人々」が。
(違って見えるものなんだな……こんなにも)
少年が最後にこの景色を見たのは、十一年も前になる。街そのものは代わり映えしていないはずだが――思春期の長い期間を経て、改めて目の当たりにした大都会の光景は、彼にとっては別世界だった。
「――ってさァ、まじありえねーって感じでさァ!」
「うっそ!? まじウケるーっ!」
流行のアクセサリーを身に付けた同じ年頃らしき少女達が、少年の傍らを通り過ぎていく。以前まで暮らしていた場所では、聞いたことのないような言葉遣いだ。
そんな自分の意識と世間との齟齬を肌で感じつつ、少年はある場所を目指し、バッグを引く。
『――では、やはり今回のニューシングル「私の彼はレスキューヒーロー」の由来は、その一件から生まれたのですねぇ』
『はいっ! あの瞬間、目に映ったライトグリーンの翼が目に焼き付いて……私のハートも、レスキューされちゃったんですぅ!』
『ご、御執心ですね』
『あぁ……麗お姉様、あなたもあの方もステキですぅ』
『ゆ、百合の花まで広がってる……』
その時。どこか聞き覚えのある声に反応し、少年は思わず顔を上げる。街頭ビジョンに映る女子アナウンサーと、今話題のトップアイドル「フェアリー・ユイユイ」の対談に、道行く人々も注目していた。
広大な交差点に集まる民衆の眼差しをテレビ越しに浴びる彼女は、ピンクのフリルをあしらった可愛らしい衣裳に身を包み、満面の笑みでインタビューに答えている。
彼女がトップアイドルたる所以の華やかな笑顔は、デビューから数年を経た今でも変わることなく人々を魅了している――が。
その笑顔に込められている感情が、今までとはまるで異なる色を湛えていることに、アナウンサーは勘付いていた。
さながら、本気の恋を知った乙女のように。
『ですがそのヒーロー、名前が付いていなかったのですよね? 最近、救芽井エレクトロニクスから新たに発表された「フェザーシステム」の実験機だったようですが……』
「……」
アナウンサーの言葉に、少年は目を細めた。
――伊葉和士が完成させた新機軸レスキューシステム「フェザーシステム」の存在は世界中に喧伝され、自在に飛行し三次元空間での活動を可能にした新型着鎧甲冑の登場は人々に衝撃を与えた。
フェザーシステムの発注が世界中から集まった上、伊葉和士の名声もさらに飛躍的な高まりを見せるようになっている。――その影に散った実験小隊の存在は、「そんなものもあった」という程度にしか知られずに。
ゆえに伊葉和士の乗機である六十二号「至高の超飛龍」を除く全ての実験機には、最後まで名前が付けられないままとなっていた。彼の唯一の部下だった隊員が搭乗していた二十一号も、例外ではない。
『はい。……だからぁ、私が付けることにしたんですっ!』
『へっ?』
「……!」
それゆえか。そろそろ行こう、とビジョンから目を離した少年が、彼女の言葉に足を止める。そして、食い入るようにフェアリー・ユイユイの笑顔を見つめるのだった。
『名付けて私だけのレスキューヒーロー……「救済の超飛龍」! どうです? カッコイイでしょ!』
『え、えーと……あんまり捻りがないような、そのまんまなような……』
『カッコイイでしょっ!』
『そ、そうですね……カッコイイです、はい……』
目をキラキラと輝かせ、全身からハートマークのオーラを全方位発射しているユイユイのハイテンションに、アナウンサーは完全に飲まれている。さらに、そんな光景を目の当たりにした民衆の中から、「俺のユイユイがぁああ!」という阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。
(……「救済の超飛龍」、か……)
光り輝くトップアイドルが与えたその名は、歴史の闇に消えゆく機械人形には、あまりにも煌びやかな響きだ。だが、少年はそれを否定しない。ただ静かに、人知れず受け取るのみ。
――自分自身にだけ誇れる、自分だけの「名誉」として。
『とゆーわけでぇ! これからも皆のアイドル「フェアリー・ユイユイ」をよろしくねっ! あ、あと「救済の超飛龍」様の情報が見つかったら、迅速に報告してね! じゃ、またね〜』
『え、ええと……それではフェアリー・ユイユイさん、ありがとうございました。これからもトップアイドルのますますの活躍に、期待が高まりますね。以上、中継の玄蕃でした……』
『げ、玄蕃さん、ありがとうございました。……オホン、では気を取り直して次のニュースです。来年に初運行を予定している「リニアストリーム」が本日――』
「……ありがとう」
そして届くはずのない礼を言葉にして、少年は踵を返す。アイドルを寝取られたと騒ぎ立てるギャラリーを背にして。
――そして。
人だかりを離れた先に広がる、高級住宅街。この先進国の中においても上流階級に位置し、やんごとなき身分である人々が暮らす街並みは、少年の記憶そのままの景観を保っていた。
優雅な高級車が行き交うこの道を、少年はキャリーバッグを引いて歩み出す。――幼い頃の記憶と変わらない、青空を仰いで。
(仕方ないよな。命令だもんな)
内心、毒づいているようで。少年の頬は、待ち望んできた瞬間を前にして歓喜の色を滲ませている。
その気持ちを抑えんと、キャリーバッグの取っ手を握る手に力が入るが――収まる気配はない。
――やがて。ついに。
最期の一瞬まで、家族との失われた時間を取り戻せ――と命じられた少年は、十一年の時を経て。
橘花邸と称される、住宅街の中でも一際広大な豪邸の前に立った。
すぐ目の前にある、インターホン。それに触れれば、長い旅が遂に終わる。
そう実感した少年は――最初に掛けるべき言葉は何にしようかと散々に迷い。やがて、それすらも振り切り。
迷う暇も惜しいと、指先を伸ばした。
その手にはもう――躊躇いはない。
「――ただいま。父さん、母さん。……麗」
この言葉だけが、少年の十一年の全てだった。雲無幾望の旅に幕を引き、橘花隼人の運命を変える、この一言が。
少年の、旅を終えたのだ。
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