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フルメタル・アクションヒーローズ

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第241話 一煉寺龍太の戦い

 真壁悠という男は、祖国の景色を知らない。
 彼の知る日本は、ダスカリアンを恐怖に陥れた悪魔の国家でしかなく――それを否定する者も現れなかった。
 ゆえに彼は、日本人である自分が差別されることにも……闇社会の中でしか生きられないことにも、疑問を持つことなく生きてきた。
 それが当然のことであると、その身に染み付いていたのだ。

 しかし、五年前――十九歳を迎えた頃。
 彼は生まれて初めて、自分以外の日本人と言葉を交わすことになる。

 いつも通り、要人を闇討ちして病院送りにする任務の時のこと。伊葉和雅をターゲットにしたその任務で、真壁は予期せぬ出会いを果たした。
 伊葉和雅の新たな側近として来訪していた男は、尋常ならざる強さを持っており――真壁は初めて、撤退を強いられたのだ。

 その男――古我知剣一が戦いの中で発した言葉は、五年を経た今でも真壁の脳裏に深く焼き付いている。

『僕は、僕達は、罪は犯したけれど! まだ、悪魔になりきっちゃいないッ!』

 悪魔に、なり切ってはいない。まだ、悪魔ではない。彼は、確かにそう言った。

 日本人は悪魔ではない? ではなぜ、こんなにも疎まれている。こんなにも、恨まれている。
 その疑問が真壁を苦しめる度に、ボスは「奴らの言葉は欺瞞に過ぎない、惑わされるな」と諭し続けて来た。
 彼には、それが心地よかったのだろう。真壁はそんなボスの囁きに膝を折り、考えることを放棄していた。

 ――だが三年前、そうやって逃げることさえ許さない存在が現れた。

 彗星の如く現れ、颯爽と人々の窮地を救う日本人保安官。紅の鎧を纏い、隻腕になりながらも決して挫けず正義のために戦うヒーロー。
 彼に救われた一部の国民が、そう賞賛する男。一煉寺龍太の存在が、真壁の世界を打ち壊してしまったのだ。

 自分はどんな人達からも石を投げられる悪党でしかなかった。しかし彼は、憎しみを背負いながら戦いに生き、人々を守り続けている。
 日本人であることを理由に、正しく在ろうとする道から逃げ出した真壁にとって彼は、アイデンティティの全てを破壊する存在だった。

 自分は、一体何だったのだろう。自分の二十四年間は、どのような意味があったのだろう。
 その答えを彼に求めて行くうちに――次第に真壁は、龍太との戦いを望むようになった。

 自分と違う人生を生きた日本人。そんな人と触れ合うことが出来れば、何かが変わるかも知れない。
 しかし……それを望むには、自分はあまりにも罪を重ね過ぎた。

 だからせめて、悪党として彼と戦うことで――自分という人間の意味を、確かめたい。
 真壁悠とは、何だったのか。それを、確かめたい。

(……その答えが、きっとここにあるんだ)

 フットワークで間合いを計る自分とは対照的に、静かに構えたまま微動だにしない紅の拳士。その一挙一動に注視しつつ、真壁――もとい「鉄拳兵士」は最後の一戦に臨もうとしていた。

 恩人を殴り、恥知らずの裏切り者と成り果てた今でも――生き延びることに意味はあると信じている。それが出来るのは、死ぬ前に自分という人間の意味を知りたい、という欲求が成せる業なのだろう。

 一方、龍太も「鉄拳兵士」の全身から迸る殺気を受け、彼がこの戦いに懸けた想いの強さを感じ取っていた。

(単なる義理でここまでの戦意は出せねぇ。こいつなりの、でっかい理由があるんだろうな)

 詳しい理由など知らない。初対面の相手をどこまで理解できるかなんて、たかが知れている。
 それでも、拳を合わせていれば伝わる物もある。どれほどこの戦いに真剣か。どれほどのものを、この戦いに懸けているのか。

 その強さが、勝敗を分けることもある。物理によらない、精神の強さが。

「――ッ!」

 そして――龍太が攻撃を誘うように、わざと構えを緩めた瞬間。
 その一瞬のみで全てを終わらせようと、「鉄拳兵士」の拳が唸る。

「ほぁッ……!」
「シュオッ!」

 素早い踏み込みからのストレートを唯一の腕で受け流し、龍太は流れるような手刀を「鉄拳兵士」の首筋に浴びせる。しかし効き目は浅く、すぐにもう片方の腕からフックが繰り出された。
 それをくぐって回避した龍太は、流れるような動きで「鉄拳兵士」の背後へ回り、距離を取る。

 一本しかない腕では、いくらスーツのスペック差があると言っても防ぎ切るには限界がある。手数が圧倒的に劣る龍太では、決定打になりうる攻撃を出すチャンスが掴めない。
 そこに勝機を見出した「鉄拳兵士」は、激しいラッシュで龍太を襲う。

「シュ、シュシュッ! シュアッ!」
「トゥッ、トゥアァッ!」
「……す、すごい……」

 瞬きする間もない時間の中で、絶え間無く続く攻防。その行く末を見守るジェナは、超人同士による異次元の戦いを見せつけられ、固唾を飲んでいた。
 しかし――激戦が始まり、十数分が過ぎる頃。

(でもやっぱり……腕が一本しかないイチレンジ先輩の方が不利だ。さっきから防戦一方だし――あれ?)

 彼女は戦いの中で起きて行く異変に、徐々に気づき始めていた。

「ハァ、ハァ……ハ、ハァッ……」
「……」

 長く続いた打ち合いが止まり、再び睨み合いになった時。その異変の実態が、明らかとなる。
 お互い激しく戦い続けていたというのに、龍太の方はまるで息を切らしていないのだ。対して、「鉄拳兵士」は目に見えて疲労が色濃くなっている。

 あれほど激しかった攻勢も、少しずつではあるが――勢いを失い始めていたのだ。

「俺は確かに腕が一本しかない。けど、それを理由に手加減してくれるような優しい奴ばかりじゃないだろう?」
「ハァ、ハッ……」
「だったら。腕一本でも勝てるくらい、体力を無駄に消耗しない戦い方を掴むしかないだろう。防戦一方を装って体力を削らせる、とかな」

 腕力のみによらない、強かな戦法。その術中に嵌まった「鉄拳兵士」は、拳の狙いも正確さを欠きつつあった。
 再び攻撃を再開しても、一発も当たることなく切り抜けられてしまう。のれんに腕押し、という言葉を体現したかのような体術だった。

「……あんたが単なる義理人情だけで戦ってるわけじゃないってのは、見てりゃわかる。他にもっと大きな、戦う理由があるんだろうな。あんたには」
「……!」
「だが、あくまで敵として俺の前に現れたからには――」

 そして、疲弊により「鉄拳兵士」の構えが緩んだ瞬間。
 その一瞬で決着を付けるべく、彼の懐に龍太の身体が飛び込んで来る。

「――俺の拳で、沈んでもらう」
「……ッ!」

 その右手に宿る力。殺気。
 そこから迸る猛々しい気配に反応し、「鉄拳兵士」の右ストレートが条件反射で打ち放たれた。

 それをスウェーでかわす龍太。紙一重でかわしたその首を、再び右腕が絡め取る。

「甘いんだよ作戦がァァ!」
「がッ……!」

 しかし、同じ手が通用するほど甘い相手ではなく――「鉄拳兵士」が一角の兜で頭突きするよりも早く、龍太のヘッドバットが「鉄拳兵士」の鼻頭に炸裂した。

 そして、痛烈なカウンターを急所に受けた「鉄拳兵士」は大きく仰け反り――

「けど」
「……!」
「やっぱり強かったぜ、あんた」

 ――決定打のチャンスを、許してしまう。

 渾身の力と体重を乗せた、右逆突き。
 水月と呼ばれる人体の急所へ、抉るように突き刺さったその一撃は――耐える暇すら与えることなく、「鉄拳兵士」に膝をつかせるのだった。

「あ……が……!」

 それから間も無く――うずくまるように、「鉄拳兵士」は地に倒れ伏した。
 戦いは、ついに終わりを迎えたのだ。

「……ふう」

 暫し残心を取り、彼の様子を見ていた龍太は、「鉄拳兵士」が完全に戦闘不能になったことを確認し――ジェナの方へ向き直る。
 そこには、安堵の笑みを浮かべて戦友の帰還を喜ぶ、彼女の姿があった。

「……終わったね、イチレンジ先輩」
「……ああ。ジェナもよく頑張ったな。――大手柄だぜ、お前!」
「えへへ、これくらい当然よ当然。ダスカリアン王国が誇る保安官の一員なんだから!」

 わしわし、とやや乱暴に頭を撫でる龍太。その勢いに頭を揺らされながら、ジェナは満面の笑みを浮かべている。
 ……しかしその笑顔には程なくして、陰りが差し込んでいた。

「――これで、先輩も安心して国に帰れるね」
「まぁな。……ところでジェナ。今日の作戦で、何か得るものはあったか?」
「えっ? ま、まぁ……なくはない、と思うけど……」
「――なら、それで充分。お前の言う通り、安心して国に帰れるってもんだ」

 龍太は憂いを帯びた彼女を見ても敢えて深くは詮索せず、ただにっこりと笑い――さらに強く頭を撫でる。その行為を受ける中で、ジェナは彼の言葉を心の中で思い返していた。

(安心して国に――か。この人も、信じてくれたのかな……私のこと)

 あれほど憎んでいたはずなのに、恐れていたはずなのに。今は、彼の手を笑顔で受け入れてしまっている。
 そんな自分に戸惑いながらも、ジェナは微笑みを隠せずにいるのだった。

「……が、がふっ……!」

 その時。半ば気絶していた「鉄拳兵士」が、意識を完全に回復させた。
 彼の尋常ならざる復活の速さに、二人は思わず目を見張る。

「……驚いたな、想像以上のタフガイじゃねーか」
「ぐっ……ここは……そうか、俺は……」

 意識が戻ったと言っても、ダメージが消えるわけではない。「鉄拳兵士」はうつ伏せに倒れたまま、自分のそばに腰を下ろした「救済の超機龍」を見上げる。
 その姿を目の当たりにして、彼は自身が敗北する瞬間を色濃く思い出すのだった。

「……やはり、悪は淘汰されるべき、だったな」
「さぁな。……正しいか悪いかなんて、周りが勝手に決めることだ。俺もあんたも、自分なりに正しいと信じたもののために戦った、そんだけだろ」
「……」

 龍太の言葉を受け、銅色の拳士は暫し無言になる。そして再び顔を上げた彼は――縋るような声色で、龍太に問い掛けた。

「……教えてくれ。俺は、一体なんだったんだ。俺は――今まで、何のために……」
「……!」

 戦いの時に見せる精悍さとは違う、どこか弱々しい声。それを耳にしたことで、龍太は彼が自分と戦おうとした真の動機を悟る。
 ――その上で。

「……そんなもん、今すぐわかるわけねーだろ。いいヤツか悪いヤツかなんて、そいつが死ぬ時が来るまでわからねぇ」
「……」
「だけど、好きで悪になりたがるヤツなんて、そうはいねぇ。だからみんな、自分が信じるやり方に生きてる。……自分が生きてる意味なんて、そこにしかねぇんだから」
「……死ぬまで生きなければわからない……か」

 敢えて突き放すように言い残し――立ち上がる。
 それが「鉄拳兵士」……こと、真壁悠が追い求める答えに近づく、ただ一つの術であると信じて。

「さて……じゃあ全員縛り上げて、さっさと帰投しようぜ。武装組織にまでここに来られちゃあ、さすがにたまったもんじゃないからな。行くぜ、ジェナ!」
「う、うん!」

 そして、再びジェナの方へ視線を移し、捕縛作業へと移って行く。

 こうして――ダスカリアン王国を蝕んでいた武器密売シンジケートとの抗争は、ひとまずの終結を迎えたのだった……。
 
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