フルメタル・アクションヒーローズ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第230話 新たなるステージへ
「『救済の超機龍』の派遣……か」
「ええ、それが私達に出来る譲歩です」
冷や水をかけるようにパーティーの最中に現れ、居間まで上がり込んできた――政府の使者。
その対応には、救芽井エレクトロニクスの社長である救芽井甲侍郎が当たっていた。
牛居さんは伊葉さんを刑務所送りにするだけでは今回の罪は清算出来ない、と言っている。なんでも国からの指令として、俺をダスカリアン王国に派遣する話になっているらしい。
……言うことを聞かない問題児を体よく追っ払う、ということか。
そんな彼らの言い分が気に入らず、矢村一家や着鎧甲冑部の面々が突っかかることもあったが、今は周囲に宥められ、牛居さんを睨むだけにとどまっている。
だが、牛居さんが伝える国の主張には、この場にいる誰もが反発心を抱いていた。それは言葉にならずとも、表情に強く現れている。
「この件であなた方は私達の意向に反し、関わるべきでなかったダスカリアン王国の救援に向かってしまわれた。伊葉氏がその責を被る形になったとはいえ、実行犯とも呼べるあなた方を全くの不問とするわけにもいかないのです」
「……我々が、恐ろしいからか」
「ええ、その通りです。数十人の私兵を利用してのこととはいえ、戦闘用に開発された着鎧甲冑に相当するパワードスーツを制圧した。――これは、着鎧甲冑は兵器ではないと謳ってきたあなた方の信頼を、大きく損なうものなのです」
「信じはしないだろうが……我々はあくまで、この力を軍事利用させないための抵抗を尽くしたに過ぎない。兵器を超えたのは鎧ではなく、それを纏う人間だ」
「言葉なら、いくらでも理想は語れましょう。それにあなたの発言が本心によるものだったとしても……それは着鎧甲冑の技術が守られる保証にはなり得ません。あなたの『立場』を継いで着鎧甲冑を管理する後継者が、あなたの『志』を受け継ぐとは限らないのですから」
「……」
牛居さんの追及に、甲侍郎さんは押し黙る。
思い出してしまったからだろう。同じ道を志していながら、一度は道を違えてしまった――古我知さんのことを。
当の古我知さんも、口をつぐんでしまっている。……が、その時。
「――受け継ぎます」
甲侍郎さんのそばに寄り添う救芽井が、静かに――それでいて厳かに、声を張る。
その凛とした面持ちに、この場にいる全員が注目していた。
「父の志は、私が受け継ぎます。そして、これからもずっと……紡いで見せます。こんな戦いを生むような思惑、私は絶対に許しません」
「……」
牛居さんは、そんな彼女を品定めするかのような目でジッと見つめている。――彼なりに確かめているのだろうか。彼女の想いを。
……だが、そんな必要はあるまい。彼女なら絶対、守れるはずさ。甲侍郎さんの願いを……。
「――だとしても。あなた方が国からの信頼を失っている現状に変わりはありません。今後の方針を宣言する前に、あなた方には信頼を取り戻すための誠意を見せて頂かなくてはなりません。そのためには、彼の協力が不可欠なのです」
「……それで、彼を――『救済の超機龍』を、ダスカリアンに送ると言うのですか」
両者の視線が、俺に向かう。これから始まる宣告を前に、俺は拳を握り締めた。
そして、そんな俺を励ますように、矢村の小さな掌が俺の拳を覆う。
「はい。あなた方の思惑がどうであれ、彼の力が脅威的であることに変わりはありません。しかし、その力をダスカリアン王国との国交に活かして下さるのであれば――偉大なヒーローとして、彼をこの国へ迎え入れることもできましょう」
「まさか……彼の強さを背景に、ダスカリアン王国を事実上の属国にするつもりですか」
「……いえいえ、そのような非道なことは決してさせません。彼はこの国から生まれた、大切なヒーローなのですから。我々が彼に託したい任務は、より人道的な正義に基づいたものです」
救芽井の追及をかわしながら、牛居さんは愛想笑いを浮かべて俺を見遣る。……額面通りには、受け取れない任務らしいな。
「彼にはダスカリアン王国に赴き、同国内で活動している武器密売シンジケートを無力化して頂きたい」
「……!」
「ジェリバン将軍の監視を掻い潜り、二十年以上に渡って国内外で武器を密売しているその組織……実は、着鎧甲冑を狙っているという情報がありましてね。先日、技術を奪うための人質として、現地にいた日本人が狙われるという事件があったのです」
「なんですって!」
「幸い、日本に対して好意的なダスカリアン兵士によって救助され、事なきを得たようですが……今のダスカリアン王国内には、日本に不信を抱く国民も、兵士も多い。このままでは、レスキューヒーローを創出していく者としての沽券に関わるでしょう?」
「……」
「我々としても、国民を守るための最善を尽くしたいのです。それに、この任務が成功すれば救芽井エレクトロニクスは、ヒーローとしての着鎧甲冑の有用性をさらに広められる上、ダスカリアン王国も悩みの種を一つ解消することが出来る。国境を問わず人々の幸せを守る、まさにヒーローに相応しい大命であるとは思いませんか?」
武器密売シンジケートの退治。確かに、ダスカリアン王国のためにも日本のためにも必要な任務だが……日本政府の狙いがそれだけとは思えない。
恐らくはこれを足掛かりとしてダスカリアン王国に恩を売り、救芽井が危惧した通りか、それに近しい体制に誘導しようとしているのだろう。
……だが。だが、しかし。
「ジェリバン将軍。その武器密売シンジケートってのは、ホントにそんなことをやりかねない連中なのか」
「……うむ。奴らは、力を手にするためにはどのような手段も厭わぬ。この一年、私とコガチ殿で幾多のアジトを壊滅させてきたのだが……大元は未だに潜伏を続けているのだ。国内に広がりつつある日本への反発心を利用して、着鎧甲冑の技術を狙うようになっても不思議ではない」
「日本人に優しい人だっているんだろ?」
「一部にはカズマサ殿への感謝を忘れず、日本に好意を持っている国民や兵士もいるが……もし件の兵士が親日家でなかったなら、最悪の事態も考えられた。今後は、そうなっていく可能性も高まるだろう。これ以上奴らを野放しにしていたら、ダスカリアンの国民にとっても危険であることは確かだ」
「……そうか」
俺が迷っている間に……振り回されている間に、苦しんでいる人がいる。助けられるかも知れない人を、俺は見放そうとしている。
だったら……!
「いいだろう。その仕事、受けて立つ」
「りゅ、龍太君!」
「……だけど、後出しの任務追加はナシだ。そいつらをぶっ飛ばしたら、すぐに日本に帰らせて貰う。俺の帰りを待つ人もいるんでな」
「……君ならそう言うだろうと、思っていたよ。もちろん、我々も信頼を守ることを是としている。裏切るような真似はしない」
俺は拳を胸に当て、依頼を受けることを宣言した。それを目の当たりにした牛居さんの口元が、不気味に吊り上がる。
ダスカリアン王国を食い物にしようとしてる連中の言い分なんて、聞きたくはないが――それを、戦いから逃げ出す口実にする気はない。
そんな俺を好きと言った矢村のためにも、この仕事は速攻で片付ける。この手を握るチンチクリンを、俺のオンナにするために。
「では、契約成立だ。高校を卒業したらすぐ、君にはダスカリアン王国に発ってもらう」
「……ああ。任せとけ」
「龍太……」
牛居さんは再び、品定めするような目で俺を見た後――満足げに踵を返した。その背中を視線で追う俺の手を、矢村はギュッと握り締めている。
「三年だ、矢村」
「え?」
「高校を卒業したら、三年で帰ってくる。それまでに悪い奴らを全員ぶちのめして、帰ってきたら速攻で結婚式。約束だ」
「……うんっ!」
俺は牛居さんの後ろ姿を見据えながら、ちっこい妻の肩を抱く。……この温もりは、今のうちにたっぷり味わっておかないとな。
――そして、そこ。死亡フラグとか言うんじゃない。
「古我知さん」
「……ん?」
「今度の面会で、伊葉さんに伝えてくれ。もう、あんた一人で戦わせたりはしない――って」
「ああ……そうだね。確かに、そう伝えておくよ」
背中越しに、古我知さんに伝言を託して。俺は窓から覗く、日本の夕焼けを見つめる。
……帰ってくるさ、必ずここに。
そして。
「くぉらぁぁああッ! なにを俺の前でイチャついとんじゃああぁああッ!」
武章さんの怒号が暴発し。
「君にはデリカシーというものがないのかねぇえぇえぇぇぇえええッ!」
甲侍郎さんの叫びが轟いた瞬間。
「もう、龍太君ったら! 人がせっかく心配してるのに、ドサクサに紛れて賀織とイチャついて! 賀織もお尻撫でられて喜んでんじゃないわよっ!」
「このやろ〜ッ! オレを抱きしめといてそれかよッ! イチレンジ絶対許さねぇ!」
「鮎子、公然ハレンチ罪で征伐するざますッ!」
「……御意」
「いや、これはその――って! ちょちょ、鮎子! 椅子とか反則だし! 反則だしッ!」
空気の乱れに乗じてか――女性陣の不満が爆発するのだった。
だが、周囲の大人達は俺を助けることもなく、ただ生暖かい視線で見守る……もとい見捨てるばかり。
文字通りの踏んだり蹴ったりだが――まぁ、矢村を貰うからには、これくらいの代償はあって然るべきなのだろう。
「龍太、一時徹底や! いつもの公園で作戦会議やで!」
「なんのだよッ!?」
「アタシらの将来設計……なんちて!」
俺の手を引いて玄関の外へ駆け出して行く、彼女の笑顔を見ていると――そんな気になってしまう。
そして、この騒動からさらに七ヶ月余りが過ぎた――二◯三一年三月二十三日。
秋を経て、冬を越え――桜が近づくこの日。
俺の運命は、大きな転機を迎えるのだった。
ページ上へ戻る