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フルメタル・アクションヒーローズ

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第171話 正しさがなくとも

 遅かれ早かれ、こうなるだろうと予感していたのだろうか。
 決闘の件について俺の説明を受けた鮎美先生は、全く驚くような仕種を見せず、穏やかな面持ちで耳を傾けていた。

「ダスカリアン王国……そう、あの時の……。私の口から言えたようなことではないけれど、彼らの怒りも尤もでしょうね」
「だけど、このまま日本とダスカリアンが手を切っちまったら、あいつらみんなが死んじまうかも知れないんだ。俺は……認めないぞ、そんなの」
「ふぅん。それで、あなたは将軍に勝って――彼らの居場所を奪おうと言うのね?」

 感情のない冷たい声で、鮎美先生は俺の胸中に問い掛ける。

 ――そう。この戦いに勝てさえすれば、何もかも丸く収まるわけではないのだ。決闘のルールに沿うならば、俺の勝利は彼らが命より大切にしていた「居場所」を奪うことになってしまう。
 もちろん、敗れれば彼らの命が危ないとわかっている以上、勝ちを譲る気は毛頭ない。例えどれほど恨まれることになったとしても、俺は彼らの「命」だけは見捨てないつもりだ。

 しかし、それで彼らが救われるとは限らないという事実は確かにある。
 「命」だけを助けたところで、それよりも大切だったモノを無くした人間を、俺はどこまで守れるというのだろう。身勝手だ、と言われれば、反論の余地はない。

 あの時と同じだ。誰もが見殺しにするべきと断じた、瀧上凱樹を助けようとした時と。
 正しくないとわかっていながら、行動せずにはいられないというジレンマ。俺は再び、それにぶつかっている。

 彼らの意思に反してでも救うべきか。「決別」を望む彼らの願いを叶えるべきか。
 その葛藤が生んだ迷いは、判断力を確実に鈍らせる。救える人間すら、救えなくなるほどに。

 だから、俺は迷わない。例え、間違いだったとしても。

「その通り。俺は、ただ『命』を救うためだけに働く。他のことまで、いちいち考えちゃいられない」
「いよいよイビツな方向に染まって来てるって感じね、あなた。まともな神経じゃないわよ」
「そうじゃなきゃ、やってられない時もある」

 鮎美先生の言う通り、俺はきっと酷く歪んでいるのだろう。だけど、それは俺自身が望んで変わった結果だ。
 周りで何がどうなろうと、助けられる「命」だけを助ける。そんな「イビツ」な「怪物」という存在であるからこそ、俺は今日まで戦って来られたんだ。

 今さら、それを曲げるつもりはない。

「そう……最低ね、あなた。どこまでも、女を不幸にさせる」
「何の話だ?」
「こっちの話よ」

 頑なに主張を曲げない俺に対し、鮎美先生は辛辣な言葉をぶつける。女がどうの、というくだりだけは要領を得なかったが、最低なのは確かだろう。

「とりあえず――覚悟だけは決めて置きなさい。あなたの判断全てが、いつも『正しい』と称賛されるとは限らないのだと」
「ああ、わかってる」

 ……最低でもいいさ。最低なりに、やることをやるだけだ。

「そういえば、この青いバイクは何なんだ? 前にここに来た時は、こんなの置いてなかったぜ」
「あぁ……それね。ただのガラクタよ」
「ガラクタ……?」

 そんな折、俺は視界に映り込んでいた謎の乗り物らしき物体を親指で差し、説明を求めた。しかし、鮎美先生の返答は予想以上に素っ気ない。まるで生ゴミのような扱いだ。
 ただのガラクタ――そんなはずがあるものか。辺り一面に散らばる部品や発明品と比べて、例のバイクは輝かしい程に汚れがない。ボディ全体がまるで、鏡のように磨かれているのだ。
 これが一番新しく造られた作品であるということは、この研究室を初めて見る人間でも容易く理解できるだろう。それくらい、このバイクの存在感は際立っていた。

 正真正銘のガラクタでも「鉄屑にしちゃもったいない」と再利用して、たちどころにお掃除ロボットを造ってしまう彼女が、新作のメカをそんな風に吐き捨てるものだろうか?
 確かに一風変わった外見ではあるが、移動手段として使う分には問題なさそうにも見えるし、普段の彼女を知っている身としては、ガラクタと言い捨てる彼女の発言には引っ掛かりを覚えてしまう。

「……それにしては随分とイカした出来映えじゃないか。端から見た限りじゃ、ちょっと変わったバイクってくらいにしか見えないが?」
「問題は中身よ。『どうしようもない機構』になるってわかってたけど、結局は知的好奇心に負けて造っちゃったの。結果はお蔵入り直行の駄作だったわ」
「どうしようもない、ねぇ」

 こちらと目を合わせず、バイクの方すら見ていない彼女の横顔は、「自分の悪事が発覚した」かのように曇っていた。
 それほどまでに忌まわしい代物だとでも言うのだろうか? この不思議なオートバイは。

「――さ。そろそろ良い時間だし、上に上がらなきゃね。剣一君と和雅さんも来てるんだったかしら?」
「ああ。古我知さん、先生に会いたがってたぜ」
「ふーん? まだまだお姉さんに甘えたい年頃なのかなー?」

 やがて鮎美先生は俺との対話を切り上げると、椅子から立ち上がり地上を見上げる。――まるで、追及を避けるかのように。
 そして俺から古我知さんの話題を振られた頃には、妖艶な笑みを浮かべて微笑む、いつも通りの姿を見せていた。
 ……あぁ、こりゃあ気づいてないな絶対。古我知さんも苦労が絶えんねぇ。鮎美先生の鈍さにも、困ったもんだ。

「さ、じゃあ行きましょうか。それとも……あなたも先生に甘えたい?」
「謹んで遠慮しとく」
「あん、いけず」

 俺がここに来た時に入った穴とは別に、この研究室には地上に繋がるエレベーターがある。
 そこに向かう直前、鮎美先生は俺の方へ振り返ると、白衣を開いて黒いチューブトップを露出させた。
 黒い布に最低限の範囲で包まれた、白く豊かな胸がその勢いで上下に揺れる。さらに彼女は挑発的な笑みを浮かべると、男を誘うように、青いミニスカートに包まれた腰を淫らにくねらせた。
 俺はその瞬間を網膜に刻み込んでから、早急に扉を閉じるように白衣を元に戻す。これ以上は古我知さんと茂さんに申し訳が立たんからな。
 その際に彼女の口から漏れた嬌声を聞き流し、俺は肩を掴んで無理矢理進む方向を修正した。

 そんな俺の対応に「釣れないわねぇ」とぼやきながら、鮎美先生はようやくエレベーターの中へ進んでいった。その姿を追うように、俺もついていく。
 俺達が乗ったことを判断したコンピューターは、ボタンで操作するまでもなく動きはじめる。向かう先は、壁にある部室の隠し扉だ。

「ふふ、残念。階段で上がるんだったら、お姉さんのセクシーなパンティーが見えたかも知れないのにねぇ」
「そんなモンに興味はない。見えるか見えないか、そのギリギリの絶対領域にこそ価値がある。見えないからこそ、人は想いを膨らませることが出来るんだ」
「へぇ〜……勉強になるわ」
「いや、あんたはすんなよ」

 そんなたわいのない雑談を交える俺達を、エレベーターは地上まで導いていく。やがて白い部室の壁はエレベーターの自動ドアと化し、真っ二つに開かれた。
 着鎧甲冑部のメンバーは見慣れた光景ゆえに大した反応は示さなかったが、大人二人は俺達が壁から出てきたことに目を丸くしていた。

「は、はわわっ! ああ、鮎美さんっ!」
「久しぶりね、剣一君。ちょっと焼けたかしら? ふふ、カッコイイわよ」
「ああ、ありがとうございますっ!」

 ――若い方が顔を真っ赤にしてあたふたしてる事実は、触れないでおこう。本人の名誉のためにも。

「あ、お帰り龍太君」
「おう。……矢村の奴、まだ寝てるのか」
「龍太様、随分と遅れましたわね? 鮎美先生と何を話されて――ま、まさか先生からセクハラを受けてッ!?」
「そんなわけな――」
「ふふ、むしろ私がされちゃった」
「――うおおいッ!?」

 だが、鮎美先生にはそういう心遣いってものがないらしい。彼女は一瞬にして、俺の社会的生命をレッドゾーンに叩き込むのだった。

「ななな、何ですってぇえええ!? 鮎美先生、どのようなプレイをされたのか説明してくださいましッ!」
「どこに説明求めてんだー!」

 久水先輩はおかしなベクトルで事情聴取を敢行し。

「凄かったわよぉ……。ケモノのように後ろから抱え込んで……激しかったわぁ。もう無理って泣いても聞いてくれなくて、そのまま何度も何度も……」
「捏造すんなー!」

 鮎美先生は頬を染め、楽しげに事実を捩曲げ。

「そ、そそ、そんなにっ……!? どど、どうしよう、私、耐えられるかなっ……!?」
「信用すんなー!」

 救芽井は真っ赤な顔を両手で覆い、あらぬ妄想を膨らませ。

「……先輩、ケダモノ……」
「誤解だー!」

 四郷は道端に散らばる生ゴミを見るような眼差しで、冷酷に睨み。

「龍太っ! それってどういうことなんっ!?」
「このタイミングで目を覚ますなー!」

 矢村はこの状況で覚醒して憤慨し。

「龍太君ッ! 君という人はなんてことをーッ!」
「もう勘弁してくれーッ!」

 古我知さんは俺の胸倉を掴み上げ、端正な顔を鼻水と涙で台無しにしながら、猛烈に泣き叫んでいた。

 この多方面からの波状攻撃を受けて、耐えられる人間などそうはいない。俺は頭を抱えてうずくまると、カエルの如く飛び跳ねながら部室の外へと逃走するのだった。

「……苦労が絶えんね、君は」

 ただ一人の理解者の存在を、認知することもなく。
 
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