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フルメタル・アクションヒーローズ

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第2章 真紅と黄金の激突
  第166話 とあるオレっ娘の暴走注意報

 突然、敵愾心を剥き出しにして突っ込んできた謎の少年。彼はやけに威勢のいい啖呵を切ると、俺目掛けて一気に襲い掛かり――

「いでっ!」

 ――躓いて転んでいた。

「……」
「……」

 そして訪れる、沈黙。
 俺は何が何なのか状況が読めず、目を丸くして固まり――俯せに倒れてしまった長髪の少年は、顔を上げるとわなわなと震えていた。鼻先まで、茹蛸のように真っ赤になりながら。
 その状態でしばらく間を置いた彼は、慌てて跳ね起きると、再び大口を上げて叫び始める。

「き、きき、貴様〜! よくもやりやがったな〜! オレを本気にさせるつもりかッ!?」
「え? お、俺は別に何も……。それより、怪我はないか? 随分ハデに転んじまったみたいだけど……」
「う、うっ、うるせぇぇえ! 敵の施しは受けねぇっ! オレは今こそお前を倒し、一人前のダスカリアンの戦士になるんだっ!」

 敵の施しとか、一人前の戦士だか、よくわからない話ばっかりだな……。ちょっと心配して近寄ってみたら、いきり立つ猫みたいに威嚇してくるし。
 そういう遊びが流行ってるんだろうか? でも、ただの遊びにしては眼が真剣過ぎるし……?

「うーん……って、あ! よく見たら膝、擦りむいてるじゃないか!」
「あ、ち、違う! これは、その――ハ、ハンデさ! 片足が怪我してたって、お前なんかに負けねー……い、いててっ」
「ほらもー、やっぱ痛いんだろ? 無理しちゃダメだ、まだ子供なんだから。ほら、こっち」
「きゃっ! ちょ、な、何すんだお前っ! やめろ、や、やめろっ! はーなーせー!」

 ま、今はそんなことはどうでもいい。とにかく怪我人を見つけた以上は、レスキューヒーローであろうがそうでなかろうが、この町の住民として放ってはおけない。
 俺は暴れる彼を無理矢理抱き抱え、公園の隅にある水道へ向かう。――抱え上げた瞬間、女の子みたいな声が出たような気がしたが……まぁ、気のせいだろう。

「ひゃっ! つ、つぅっ……!」
「我慢しなよ。ばい菌が入ったら大変なんだから」
「い、痛くなんか……ねぇよっ……」

 蛇口を捻り、綺麗な水が滑らかな曲線を描いて噴き出していく。その浄化を擦りむいた膝に受け、少年は痛みに顔を歪めた。
 ……どういう経緯で俺に突っ掛かって来たのかは知らないが……見たところ、保護者や友達は近くにいないようだ。迷子なのだろうか?
 だとしたら、早く交番に連れていってあげないと。きっと、ご家族も心配してる。

「はい、もう大丈夫。俺ん家がすぐそこだから、絆創膏貼ってやるよ。ところで、君は一体どこから来たんだ? この町に住んでる子じゃなさそうだけど」
「ふ、ふん。うるせぇよ、子供扱いすんじゃねぇ。オレはもう十六だぞ!」
「え……あはは、まさか。どう見たって小学生くらいなのに」
「本当なんだっつーのー!」

 傷を洗い流し、蛇口を止めた俺に向かい、少年は相変わらず無茶苦茶なことを叫んでいる。
 俺の胸元に届くか届かないか――というレベルの身長なのに、俺と二つしか違わない。そんなおかしな話があるものか。この子とほぼ同じ体格の二十五歳も居るには居るが、彼女は例外中の例外だろう。

「はいはい、わかったわかった。それで、お父さんとお母さんはどうしたんだ? 迷子なのか?」
「なッ……なんだとッ……!? 白々しいッ! よくもオレの前でそんなことが言えたもんだなッ!」
「え……?」
「もう許さねぇ! お前達ジャップだけは、絶対に許――いつっ!」
「あ、おいっ!」

 少年の不可解な言動は続く。今度はご両親について問い掛けた俺を、親の敵を見るような眼差しで睨みつけ、さらに敵意を剥き出しにしたのだ。
 だが、何を言っても膝が痛いのはごまかしようがないらしく、凄んでる最中に痛みで体勢を崩してしまった。俺はそのふらつき方から倒れる向きを予測し、小さな背中を咄嗟に抱き留める。

「ち、ちきしょうっ……! い、いっそ殺せぇえ……! 敵の情けなんていらねぇよっ……!」
「バカなことを言うんじゃない。何が何だかよくわからないが、とにかく今は怪我を治すことを考えなさい。子供は元気が一番なんだから」
「だから子供扱いすんじゃねぇっ……て……」

 その時。先程まで何かと喚き散らしてばかりだった少年が、珍しく大人しくなった。さすがに疲れたのだろうか?
 ……しかし、その沈黙はかなり長く続いている。最初に彼が転んだ時以上だ。

 どうしたんだ……? どこか、具合でも悪くなったのか……?

「おい、どうした? どこか、痛むのか?」
「あ……あ、ああっ……!」

 一抹の不安を覚えた俺は、心配げに彼の横顔を覗き込む。
 その少年の顔は――さっきとは比べものにならないくらい、深紅に染まっていた。褐色に焼けた肌が、今は熱を帯びた鉄板のように赤い。
 今にも泣き出しそうな表情や、パクパクと幾度となく開閉を繰り返す口を見る限り、どうやら恥じらいによる紅潮のようだが――このテンパりようは、尋常じゃないな。一体、彼に何が起きたのだろうか。

 ……それにしても、この子の胸……なんだか、意外に柔らかいな。見かけは細身なのに。もしかして、こう見えて実はぽっちゃり系だったり?

「い、いやぁああぁああぁあああっ!」
「うわっ!?」

 そうして、抱き留めた時に触れた両胸の感触に、予想外の柔らかさを見出だした瞬間。聴覚を破壊するかの如く、少年の絶叫が轟くのだった。
 少年は我に返ると俺を蹴飛ばし、一気にその場を飛びのいてしまう。痛いはずなのに、無茶しやがって……。
 しかし当の本人は、何故かそれどころではないらしい。激しく息を荒げ、俺を信じられないものを見るような眼で睨みながら、自分の身体を抱きしめるように胸元を隠していた。
 まるで、大事なところを隠す女の子みたいな仕種だな……。さっきの叫び声も、やけに甲高かったし。もしかして、これが噂の「男の娘」?

「な、な、な、何しやがるんだテメェエ! どこ触ってんだッ! 変態! エッチ! スケベッ!」
「あーびっくりした……どうしたんだよ、急に」
「どうしたもこうしたもあるかッ! お、お前、よくもオレにッ……いっ!」
「おっ……と。全く。痛いくせにいきなり動くからだぞ。絆創膏貼ってやるから、俺にちゃんと掴まっとけ」

 そんな俺の疑問などお構いなしに、少年は相変わらず意味不明な罵声を浴びせて来る。なんだよ変態って。俺がいつそんなことをした? つくづく不思議な子だなぁ……。
 ともあれ、無理に動いたせいでさらに痛い思いをしている彼を、このままにしておくわけには行かない。俺は再びよろけた彼を受け止めると、お姫様抱っこの要領で持ち上げた。
 ここからなら、商店街前の交番より俺ん家の方が近い。そこで絆創膏を貼ってから、交番に連れていくとしよう。

「きゃんっ! や、やめろっ、降ろせぇっ!」
「暴れるんじゃないの。さ、ちゃんと親元まで帰してやるから。静かに待ってなさい」
「う、うるせぇっ。何なんだお前、さっきからベタベタベタベタ! そ、それでテンニーンの真似してるつもりかよッ!」
「……うーん、そのテンニーンって人のことは全然知らねぇから、何とも言えないけどさ……その人もこういうことをする人なんだったら、きっと今頃は君を心配してるはずだよ」
「……テンニーンが、心配……?」
「ああ。だからさっさと怪我なんて治して、元気な姿を見せてやろうぜ」

 彼の言うテンニーンという人物については何も知らないが、少年の口ぶりから察するに、こうやって彼の世話を焼いてくれる良き友人のようだ。そんな良い子を心配させないためにも、この妙なやんちゃ坊主の怪我を早く何とかしなくちゃな。
 ……しかしまぁ、変わった名前だよなテンニーンって。外国人、だよな? この子もそうなんだろうか?

「……」

 一方、少年は何かを思案するような表情になり、しばらく無言になっていた。
 それにしても、何かが起きる――って予感そのものは的中したみたいだが、こんな形になるなんて思っても見なかったぜ。

「そっか……今も、テンニーンが見守ってくれてるのかも……」
「そうそう。だから、な?」
「ふ、ふん! しょうがねぇ、そこまで言うなら一時休戦ってことで手を打ってやらぁ。だけど、勘違いすんじゃねーぞ! あくまでちょっとだけだからな! 怪我さえ治りゃ、お前なんてすぐにブッ飛ばせるってことを忘れるなよっ!」
「ハハ、了解了解。じゃ、早く行くか」

 何が何だかサッパリなことばかりだが、どうやら少しだけ大人しくなってくれたようだ。テンニーン、って子に感謝しなきゃ。
 俺は早く部室に帰らなきゃならないことを肝に命じつつ、急ぎ足で自宅へと向かう。

 その時の、お姫様抱っこで抱えられた少年は――少しだけ、ほんの少しだけ、穏やかさを湛えた表情で青空を見上げていた。
 
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