フルメタル・アクションヒーローズ
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第95話 「罪」の片鱗
今日一日の役割を終えた太陽が、海の遥か向こうへと沈み、夕陽という余韻を残して姿を消す。
そして、次に姿を見せるのは――闇の色でありながら、星空という澄んだ世界を映し出す夜の帳。
無限大に広がる漆黒のスクリーンに現れる、白く閃く幾つもの星が、光のない暗闇を、優雅な夜空へと昇華させていく。
「所長、野菜が少し足りないんじゃないですか?」
「あら、確かにちょっと物足りないわねぇ。一煉寺君、研究所の食堂に冷蔵庫があるから、そこから幾つか取って来てくれないかしら?」
「りょーかい!」
――そんなロマンチックな景色を眺めつつ、俺達は海辺でバーベキューへと洒落込む準備を進めていた。
一度研究所に帰って着替えた俺達は、所長さんが用意したという鉄板や木炭を研究所の物置から運び出し、夜の海辺を舞台に夕食を取ることになったのだ。
こういうおもてなしを商売敵にされてるってのも変な話だが、せっかくの好意を無下にはできない。審判役の伊葉さんも来ているからには、毒なんて入れようがないしな。
……あれ? そういや、伊葉さんと瀧上さんはバーベキューには参加しないんだろうか?
「私、バーベキューなんて初めてだわ。上手く焼けるかしら……?」
「心配はいらないぞ樋稟! このワガハイがいれば、こんな庶民の料理などお茶の子さいさ――あちゃちゃちゃちゃ!」
「もー、なにやっとんや! 慣れとらんのやったら、向こうで野菜切りよって!」
「ワタクシが、このような庶民の料理を……? ――いいえ! 龍太様と添い遂げる未来が約束された今、殿方と同じ物が食べられなくては妻の名折れ!」
所長さんはそれについては特に何も言ってないし、他のメンツはバーベキューの準備に頭が一杯らしい。
……野菜を取りに行くついでに、二人も呼んでみようかな?
みんなと一緒に作業をする格好が、すっかり様になっている四郷の姿に口元を綻ばせつつ、俺は野菜を取りに、一旦研究所へ戻ることにした。
ビーチから薄暗い洞窟に入り、その奥にあるエレベーターに乗り込む。そして、研究所の入口近くまで僅かな時間で移動する。
高い崖の上にあるはずの研究所まで、あっという間に移動してしまえるのだから、ここのエレベーターはたいしたもんだ。……ビーチからの移動用にしか使ってないせいか、床が砂だらけだが。
エレベーターから出れば、照明の光を外の闇夜へ漏らしている研究所の入口は、もうすぐそこ。
研究所まで到着すれば、あとは食堂にある冷蔵庫から野菜を取って来るだけ。さっさと済ませて、俺も決戦前夜の晩餐にありつくとしよう。……なにせ、今日は海に行く前のジャンクフードしか食ってないからな。
ロビーに入っても、食堂へ続く廊下へと近づいても、人の気配や姿はない。動き回っているのは、いつも例のお掃除ロボだ。
……四郷は、こんなに機械に囲まれた辺境で、どのくらいの時間を過ごしてきたのだろうか。機械の相手ばかりをしていて、人間の友達を作るきっかけがなかったってんなら、あの性格にも多少は納得……できるかな。
つか、あの娘ってちゃんと学校通ってるのか? どう見ても見てくれは義務教育の真っ只中だったし――
「貴様、本気で言っているのか!」
――んっ!? なんか今、声が聞こえたような……?
俺の耳に、不意に突き刺さる人の声。何を言っているのかはまるでわからなかったが――なんなんだろう、この胸騒ぎは……。
怖いもの見たさなのか、単純な好奇心なのか。俺は食堂へ続く廊下を目前にして、進路を声がした方向へと転換した。
「オレの正義は、いつの世も人々の危機を守ってきた。それは揺るぎのない絶対のものだと、何度言わせる気だ! ――にも関わらず、それを捨てろだと!?」
「お前の正義を信じ、外の世界へと送り出したのは私の責任だ。だから、お前だけの罪だとは言わん。私と共に、過去を清算する時が来た、ということだ」
「いい加減にしろ! それが……それが、松霧町が生んだ最高のヒーローへ向ける言葉か!?」
「瀧上。お前の時代は、もう終わったのだ。あの日、警官隊の銃弾に晒された時、わからなかったのか? 私もお前も、もはや物語の主人公には成り得ない。そろそろ、舞台から降りる頃合いだ」
声が聞こえた方向だけを頼りに、俺は照明の付いた廊下を渡る。次第に聞こえて来る声も音量を増し、内容も僅かながら鮮明になってきた。
どうやら――これは誰かの「話し声」らしい。二つの声色が、鎬を削るように交互に響いて来る。特に、片方の声量は物凄い。何を言っているのかは正直わからないが、それとなくビリビリと響く何かを感じるのだ。
「……だから、このコンペティションが終わればオレに『自首』しろと!? 貴様ここまで来ておいて、よくもぬけぬけと!」
「これは、私にできる最大限の『譲歩』だ。今の日本にとって、お前ほど危険な存在はない。救芽井エレクトロニクスの海外進出を契機に、日米関係を良好に保ちつつ国際的にも有利な立ち位置を得ようという、今の時世では特に、な。今の政権はお前の存在を把握してはいないが、かつて私の直属にいた者達は、今すぐにでもお前を消そうと躍起になっている。自分達のメンツを守るために」
「裏切り者共め……!」
「――だが、心配はいらん。コンペティションが終わった後、投降を約束するならば、死刑だけは免れるように私が取り計らおう。『救芽井研究所の元研究員』が作り出したという、一定の記憶を消去できるシステムも、救芽井エレクトロニクスから買い取ってある。全てを忘れて、この時代に相応しい『正義の味方』を、一から模索してみてはどうかな?」
とうとう、話し声が聞こえる部屋の前にまでたどり着いた。ここは……ラウンジか。
扉に阻まれているせいで、そこまではっきりとは聞こえないが――どうやら、瀧上さんと伊葉さんが話しているらしい。あの二人、確か俺が海に誘った時からここにいたよな。まさか、あれからずっと二人で喋ってたのか?
「ほざけ! オレを一体誰だと思っている!? 松霧町を、この世界の平和を守るために戦った、瀧上凱樹だぞ! そのオレを裏切り、殺そうとした貴様が今になって、のこのこと現れた挙げ句、降伏しろなどと……覚悟は出来ているのだろうな!?」
「無論だ。お前は私の『罪』そのものであり、今やこの国の『闇』だ。易々と触れていい存在ではないことは、恐らく私が一番理解していよう。それでも、次世代へ禍根を残さぬためにも、最も穏便な形で決着を付けるために、私はここまで来たのだよ。その結果、お前に殺されようともな」
「――ふん。ならば、その作戦は失敗だったな。オレをおとしめることなど、誰にもできない。そして何より、許されない。明日のコンペティションをオレ達が制すれば、今の日本政府もこちらの力を認めざるを得まい。救芽井エレクトロニクスに代わり、四郷研究所が未来の世界を征するのだ。そうすれば――禍根とやらも、貴様のような異物の存在も、まとめて吹き飛ぶ!」
よほど立て込んでいるのか、どちらも話が止む気配がない。さっきからやたらと猛々しく轟いていた声色の正体は、どうやら瀧上さんだったらしいが……一体、伊葉さんと何があったんだ?
そういえば、昨日の夕食の時に食堂で会った時も、なんか伊葉さんのこと睨んでたような……?
「交渉決裂――と、なってしまうかな。お前の反応を、見る限りでは」
「好きに思え。言っておくが、明日のコンペティション……贔屓などすれば、貴様の命はないと思え。貴様はただ、オレがこの国のヒーローに返り咲く瞬間を見届けていればよいのだ」
「――残念、だよ。私が信じた、松霧町のヒーロー君」
すると、カツカツという足音が扉の向こうから、僅かに響いて来た。まずい、ここにいたら立ち聞きがバレる! 別に何も聞こえちゃいないけど!
慌てて踵を返し、その場を去ろうとする――が、
「おや? 一煉寺君ではないか。どうしたのかな、こんなところで」
――足音に気づくのが、遅すぎたようで。
こめかみから顎にかけて、冷や汗という名の雫を垂らす俺は、ゆっくりと振り返り……キョトン顔の、伊葉さんとご対面してしまった。
「あ、あー……えっとですね、その、なんといいますか……」
「うん?」
ヤバい。何も言い訳が浮かんで来ない!? 落ち着け一煉寺龍太、何でもいいから適当に用件を言うんだッ! 立ち聞きしてただなんて思われたら、絶対怒られる! 元総理大臣のお説教とか、想像もしたくないんですけどッ!
「そ、そうだ! 今、海辺でバーベキューやろうってとこだったんすよ! 伊葉さん達もどうっすかね!?」
……よっしゃあぁあ! 我ながら超無難な対応だぜ! ちょうど野菜を取るついでに誘うつもりだったし、これはなかなかナイスな答えだったんじゃないか!?
「……ほほぉ、バーベキューか。なかなかいいものではないか。せっかくだから、ご一緒させて頂こうかな」
俺の期待通り、伊葉さんは柔らかな表情を浮かべながら、すたすたと廊下を歩いていく。
その広い背中をしばらく見つめた後、俺は開かれたラウンジの扉の方へ向き直り――
「あ、えーと、瀧上さんもどう――!?」
「――そうだな。オレもご馳走になるとしよう」
――常軌を逸した雰囲気に呑まれ、身動きが取れなくなった。
発している言葉こそ、平和的な響きを持ってはいるが……その眼差し、そして全身を覆うオーラで表現された、どす黒い感情は――気が変になって笑ってしまいそうなほど、口にした言葉と相反した空気を纏っている。
人生経験の豊富さゆえか、ただ歩くだけでも優雅さを醸し出している、伊葉さんの背中。そこへ向けられた瀧上さんの眼光は、彼を背後から突き殺そうとするかの如く、鋭く妖しい輝きを放っているように見えた。
それだけではない。鍛え抜かれた成人男性の逞しさが滲み出る、精悍な彼の顔立ちは――今や、鉄仮面のように無表情になっているのだ。
全身から噴き出される、憎悪とも云うべきオーラの塊と、それに基づくように存在している鋭い瞳。その二つを同時に持っていながら、表情だけは、まるで感情という概念が欠落してしまったかのように、本当に「何もない」のだ。
考えたくもないし、該当しているなどとは露も思いたくはないが――去年の正月に、親父が語っていた「殺意」と呼ばれる感情に近いものを感じる。
若い頃、裏社会の悪を狩る一煉寺家の拳士として、ヤクザやマフィアとの格闘を繰り返していたという親父が語るには、「本気で殺す」つもりの人間には、「表情だけ」がまるでないらしい。
『――殺したいほど憎いのに。全身から、そんな憎悪が滲んでいるのに。顔にだけは、それが出ない。まるで、能面を被っているかのように。殺すことにしか頭にない人間には、人間らしい感情が邪魔になるから、なのかも知れんな……』
そんな親父の言葉が、この一瞬の間で幾度となく脳裏を駆け巡る。それゆえか、ほんの数秒に過ぎないはずの時間が、まるで数時間相当のように思えてしまった。
こちらに向けられた視線でもないというのに、彼の眼差しを見ていると、身が凍り付いたように動かなくなる。気がつけば数滴の嫌な汗が、顎を伝って床へと落ちていた。
やがて瀧上さんは一度もこちらに目を合わせないまま、ツカツカと伊葉さんを追うように、悠然と歩き出していく。その背中を、ただ呆然と見送るしかなかった俺は、今さらなことを呟くしかなかった。
「――あの二人、バーベキューに呼んで良かったのかな……?」
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