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フルメタル・アクションヒーローズ

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第82話 今夜のディナーは危険な香り

 瀧上凱樹。四郷研究所における数少ない住人であり、あの所長の助手。――にしては体格が並外れていて、さながら格闘家のような風貌を持っている。
 ……それ以上の何かを感じることがなければ、その程度の印象に収まっていただろう。

 彼と対面した時の、えもいわれぬ威圧感。明確に敵対しているわけでもないはずなのに、彼の眼差しからは相手を制圧せんとする剣呑な空気が発せられているようだった。
 おかげで割り当てられた部屋に落ち着いた今でも、彼の存在が頭から離れない。下手をすれば、相手に飲まれてしまいそうな雰囲気さえあったように思える。
 荷物を運んでくれたお礼だけ言って、さっさと退散してしまったのは、そんな空気を感じたせいなのだろう。

 しかし、どっかで聞いたような名前なんだよなぁ……うーん。
 ま、そんなこと考えたって、覚えてないんだからしょーがない、か。

「ふぅ……しかしまぁ、ここもここで結構、金の掛かりそうな生活してるんだなぁ」

 全てが真っ白で機械的な、生気のない個室。シャワー室、机、洗面台、その他諸々全てが、ハイテクメカで形成されているらしい。
 シャワー室に向かえば「温度調節開始シマス。衣服ヲオ脱ギクダサイ」という電子音声がどこからともなく聞こえてきて、シャワーを浴びて狭い浴室を出ると、「ドライヤー開始シマス」という音声と共に、壁からニュッとマニピュレーターに引っ付いたドライヤーが飛び出して来る。これ以外にも、ほとんどのことがコンピュータの自動制御で行われてしまっていたのだ。
 中には、ベッドに横になった瞬間「本日ノエッチナ妄想回数ハ計七十九回。平均男子ノ基準値大幅オーバー」などと、どうでもいいことを赤裸々にほざくメカ野郎もいたりする。
 久水邸とは金持ちとしてのベクトルこそ違うが、住家に尋常ではない費用を投入してるという点でみれば、非常に似通っていると言わざるを得ない。

 俺はシャワーを終えて寝間着に着替えると、ありとあらゆる場所がハイテク化しているこの空間にため息をこぼす。

「こんな落ち着かない部屋で、よくもまぁ毎日暮らせるもんだよな。つか、四郷達っていつからこんなとこで暮らしてるんだろ……ん?」

 すると入口の自動ドアが唐突に開かれ、俺の腰程度の大きさであるロボットが現れた。あのドラム缶みたいなお掃除ロボットと、よく似た外見だ。

「一煉寺龍太様。夕食ノオ時間ニナリマシタ」
「え? あ、あぁ晩飯ね。了解了解」

 ……まさか、ロボットに「晩御飯よー」とか言われる日が来ようとは。母さんや親父と一緒に暮らしてた日々が懐かしいわい。

 俺はロボットの指示に応じて、腰掛けていたベッドから立ち上がる。それを見届けた向こうは、せっせとホバリングでその場を立ち去ってしまった。他の連中を呼びに行ったんだろう。

「こんな最新テクノロジーのごった煮みたいなメカをたんまり抱えてる、四郷研究所……か。勝てるのかねぇ、俺」

 いそいそと次の個室を目指し、無機質な廊下を渡るロボットの背中を見送り、俺は本日最大のため息をついたのだった。

 ――四郷研究所の最上階に当たるこの層は、下のプラントに比べると幾分ケチだ。
 ……などと言うつもりはないが、実際、地下の広大さと比べると、ここは相当狭い。研究所であって宿泊施設ではないんだから、当たり前ではあるのだが。

 食堂にしても、元々三人しか住んでいないせいもあってか、さながら一般家庭の食卓のような外観になっている。といっても、そこら中が機械化まみれだから「質素」とはどうしても言えない。

 俺がその場にたどり着いた時には、すでに救芽井・矢村・久水・茂さんの四人が到着しているようだった。みんなシャワーを終えた後らしく、涼しげな服に着替えている。

「なんか、思ったより簡単に作られとるんやなぁ、ここ」
「久水邸みたいに、客人をもてなす前提じゃないんだろうから、仕方ないさ。むしろ、俺達全員が一人一個ずつ使えるくらいの数で、個室が存在してたってのがラッキーなくらいだったんじゃないのか?」
「そうね。アメリカ本国の私の研究所も、研究員達の分しか個室は用意されてなかったわ。ここほど機械に頼ってもいなかったし」
「ふむ、しかしワガハイ達は全員入れるのか? こうなれば一煉寺龍太だけ便所でたまごかけご飯でも――べぶら!」
「あなた達! 泊めてもらっておいて文句を垂れるとは、感心できないざますね。ここはワタクシの親友の御家ですのよ!」

 そして、何か不穏な台詞を吐こうとしていた茂さんを鉄拳で沈め、久水が俺達を一喝する。――それだけ、四郷のことを大事に想ってるってことなんだな……。

 ふと、四郷の話が脳裏を過ぎる。

『……梢は、ボクの力を、人が恐がるボクの力を、ただ素晴らしいって褒めてくれた。本当に嬉しかった……』

 ――「人が恐がる力」。きっと、それは「新人類の身体」のことなんだろう。久水は、それを受け入れていたんだ。四郷のために……。

「すまん、ちょっとイメージと違ったなってだけの話でさ。別にバカにする気はなかったんだ、申し訳ない」
「あ、べ、別に龍太様を責めてるわけでは……」

 俺が平謝りすると急におとなしくなるのは、ちょっとよくわかんないけど。

「あら、みんな早いわねぇ。もう来ちゃってたの?」

 すると、今度は俺達の背後から所長達がやって来た。四郷姉妹の後ろに続いているのは、あの瀧上さんと――伊葉さんだ!

「直に会うのは、久しい気がするな一煉寺君。無事に『決闘』を終えてくれて何よりだよ」
「伊葉さん……」

 隣にいる瀧上さんと同じ、温泉のような浴衣姿になっている彼は、親しげな笑みを向けて来る。が、俺は彼に関しては不審に思うところがあり、ゆえにそれを素直に受け取ることはできなかった。

 ……『この国の未来は君の手に掛かっている、と思って欲しいくらいなのだ』っていう口ぶりもさることながら、十年前の総理大臣が直々に出張ってたり、何か知ってる風な甲侍郎さんとも旧知だったり……。なんなんだろうか? この人は。

 おまけに、すぐ傍の瀧上さんからは、やたら憎々しげに睨まれているようだった。着てる服は同じなのに、お互い全く顔も合わせていない。両方ともスンゴイ体格だから、迫力もひとしおだ……。

「……さぁ、狭くて申し訳ないんだけど、そろそろ晩御飯にしましょうか! さぁみんな、席について!」

 瀧上さんと伊葉さんの間から滲み出る、どこか険悪な雰囲気。それを肌で感じ取ったのか、瀧上さんに一瞬だけ目配せした所長さんはパンと手を叩いて場を仕切り直した。
 そして彼女に促される形で、救芽井達は席についていく。俺も、瀧上さんへ「恐れ」と「哀れみ」を交えたような視線を向けている四郷を気にしつつ、適当な席へと腰掛けた。

「ちょっ……龍太君!? なに四郷さんの隣に座ってるのよっ! せっかくあなたの席を確保してたのにっ!」
「ならばその席はワガハイが――びぶらッ!」
「頭が高いざますこのツッパゲールッ! ……それより龍太様ッ! ワタクシの膝の上に来てくださらないとは、どういうことでしてッ!? ま、まさかあの一晩で、ワタクシの身体に飽きたとおっしゃるのですかッ!?」
「りゅ、龍太ぁぁぁ! なんでアタシの隣に来んのやぁぁぁっ!? とうとう男に走る気やないやろなぁッ!?」

 そして始まる、大ブーイング。
 四郷達の不穏な空気を気にしすぎたのか、いつの間にか俺は四郷と伊葉さんに挟まれる形で席についていたらしい。それの何が気に入らなかったのか、相席に当たる女性陣からは非難轟々である。
 ……待て待て待て。「身体に飽きる」って、何の話だ久水。――「男に走る」って、何の趣向だ矢村ァァァッ!

「……つみつくりの末路。一煉寺さんの、人生の縮図……」
「ハッハッハ、大人気ではないか一煉寺君。これが世に云う『ハーレム』という代物かね?」

 そして四郷は徹底して冷徹な視線を向け、伊葉さんは果てしなく他人事なスタンスを一貫させている。四郷研究所に纏わる人間や政界に、「助ける」というコマンドはないのかッ……!?

「ふふっ、それじゃそろそろ……いただきます!」

 そんな俺達のカオスな状況を愉しむかのように微笑みつつ、所長さんは楽しげに手を合わせる。すると、天井から九つの穴がパカッと開き、そこからマニピュレーターに支えられた、晩御飯を乗せたお盆が降りてきた!
 メニューはステーキにサラダ、ご飯にみそ汁となかなかスタンダードな組み合わせになっている……が、用意の仕方が無駄にハイテク過ぎる。だが、それに驚いている余裕すら、俺にはなかった。

「この私を差し置いて四郷さんと浮気だなんて……許さない。絶対に許さないわよ龍太君! じわじわと私の『あーん』だけでお腹いっぱいにしてあげるわ!」
「なにを戦闘力五十三万の宇宙人みたいなこと言いよるんや!? ――ふんっ! アタシの方が経験豊富なんやから、龍太はアタシを選んでくれるに決まっとる! 日本人は、新しいものより慣れてるものの方を選ぶもんなんやけんなっ!」
「あぁーら! そういう理論でしたら最後に勝つのは、このワタクシでしてよ! 龍太様と最も古くお付き合いしているのは、このワタクシざますっ! 例え鮎子でも、龍太様だけは渡しませんわっ!」
「……梢。ひどい勘違い……」

 三人の美少女が、鬼気迫るオーラを眼光に込めてひしめき合うこの状況で、晩御飯を滞りなく食えると思うか? しかもさりげに茂さんがまた撃墜されてるし……ここ最近、殴られすぎだろアンタ。いい加減報われろ……。

「と、とりあえず俺、トイレ行ってきまーす……」

 とにかく、これ以上この場にいたら確実に食事どころじゃなくなっちまう。傍観を決め込んでて完全メシウマ状態の所長さんには悪いが、一旦エスケープさせて頂く。
 俺はコップに注がれていたグレープジュースを飲み干し、そそくさと来る途中で見掛けたトイレへ退散していく。

「ちょっ!? 龍太君、逃げる気ッ!?」
「あんまりざます龍太様ぁ! ワタクシとは遊びでしたのぉっ!?」

 なんとでも言いやがれ。例えメシを食いっぱぐれようと、修羅場で命を落とす顛末だけは御免だ。

 ……って、あれ?

 ふと、俺は食堂から出る瞬間、テーブルに各人へと並べられたコップに違和感を覚えた。――注がれた中身が、違う?

 グレープジュースだったのは俺だけで、救芽井・矢村・久水の三人はオレンジジュースのような黄色い飲み物が注がれている。あとは全員、ただの水みたいだ。
 客人だからもてなしましたって意味か? でも、伊葉さんも客人だよな……? 大人だから水にされたのかな。

 そういや、俺がさっき飲んだグレープジュース……なんか味が変だったような。慌てて飲み干したからあんまり気にしてなかったけど……。

 ……。

 ……き、気のせいだよなっ! いくらなんでも考えすぎだろう!
 何か仕掛けがあるだなんて一瞬でも疑ってしまったことは、恥じるしかない。ここ最近、不可解なことばかりだったから、ちょっと疑心暗鬼になってただけだよ、うん!

 そして迷いを振り切るように食堂に背を向け、俺はトイレへ向かう。そして、男子トイレの青いマークが見えた瞬間――

 ガッシャアアアン!

「――ッ!?」

 ガラスが砕ける音が響き、

 ガシャァァン! バリィィン!

 同じような悍ましい音が、二度に渡り立て続けに襲い掛かってきた!
 ――な、なんだッ!?

 俺は条件反射で踵を返し、すぐ近くの食堂へ向けて全力で床を蹴る。

「くそっ……何も起こるわけないって信じた途端に、なんだってんだよッ!」

 ――そして、このガラスが三連続で割れる音。
 これこそが、本日最大の悪夢へと繋がる序曲なのだということを、俺は数秒と経たないうちに思い知らされるのだった。
 
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