俺のペットはアホガール
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その二十三「季節外れの転校生」
前書き
~孤高のフェンリル~
あっどうも。おはようございます、冬月密です。
夏が終わったのにまだまだ暑い日が続きますね。今日は夏休みが終わって初登校の日ですよ。ちなみに始業式は別日にありました。
校門前では美希たち生徒会の人たちが抜き打ちチェックとかしていて大変そうでした。僕は特にへんな格好とかへんな物を持ち込んだりしていないので、数秒で終わって教室で一人まったりとしています。
キーンコーンカーンコーン。
あ。HRが始まるチャイムが鳴った。
「みんなぁ、おはよぅ」
「「「おはようございまーす」」」
ふぁあ、浪川先生は今日もいい香りだな。
僕たちのクラスの担任の先生、浪川羊先生。家庭科の先生でもあります。エメラルドグリーン色の髪と瞳が綺麗な先生でいつもいい香りがするコロンかな? を付けていてその匂いを嗅ぐだけで幸せ気分です。浪川先生が担任の先生で良かったです。
「今日はねぇ。みんなに言いお知らせがあるのよ~」
うふふと女神のような笑みの浪川先生。良い事ってなんだろう?
クラスのみんながざわざわ……って話している声が聞こえます。離れた席に座っている美希の方を見てみたけど彼女も首を傾げて分からないみたいです。生徒会の人でも分からない良い事?
「入って来てちょうだぃ」
と浪川先生が教室の出入り口の引き戸の方へ声をかけると、閉じられたいた引き戸がゆっくり静かに開けられて
「…………」
「……わぁ」
伸ばした真っ黒な夜空のような黒い髪を下の方で括って青いリボンで一つにしている女の子が優雅に、モデルさんみたいに歩いて入って教卓の横、浪川先生の横に立ち僕たちの方を真っ直ぐに見つめます。
つりあがった眼尻はまるで獲物を狙うハンターのようです。……カッコイイ。初めてめっしー先輩に出会った時と似たような気持ちになります。
「自己紹介をよろしくねぇ」
振り返り黒板の方を向いてチョークを握って何かを書き始めました。あ、名前ですね。
え~と……青……龍……院……? 青龍院という名前を見てクラスのみんながざわめきました。僕は知らなかったけど青龍院財閥と言えば、しーパイセンのクラスメイトの水仙時先輩のお家と同じくらいの権力を持った町内会の会長さんらしいです。商店街の裏ボスみたいな水仙時財閥とは古くからライバル関係で睨み合いが続いてるとかいないとか……。
「青龍院 幽真)(ゆうま)だ」
黒板に名前を書き終わった、青龍院さんは振り向き僕たちの方を見て言いました。はっきりとした口調で。
「よ、よろしくなー」
「宜しくねっ幽真ちゃんっ」
勇気を出して声をかけた挑戦者チェレンジャーも何人かいたけど、
「…………」
あの獲物を狙う狼のような眼光に蜂の巣にされてみんな撃沈しました……コワイ。
「じゃあ~青龍院ちゃんの席は~~」
浪川先生は教室の中を見渡すと、
「窓側の一番後ろの席が空いているから、そこに座ってねぇ」
「……はい」
窓側の一番後ろの席……って僕の隣の席だよっ。静かに近づいてきた青龍院さんは無言で僕の隣に座って、
「……よろしくね、青龍院さん」
「…………」
窓の向こう、青い空を見ていました……。
HRが終わってそのまま一時間目の授業が始まってするするぅと時間が過ぎていって、
キーンコーンカーンコーン。
「これで本日の授業は終わります。課題を忘れないように」
「きりーつ、礼、着席」
「「「ありがとうございましたー」」」
一時間目の授業が終わりました。授業の間ずっと……ではないですよ? 左横に座っている青龍院さんを首を動かさず目だけで何度か見てみたのですけど、青龍院さんは授業の間ずっと物憂げな瞳で窓の向こうに広がる青空を見上げていました。……少し悲しそうな、寂しそうな、気持ちになりました。
一時間目と二時間目の授業の間にある10分間の休憩時間。
僕のイメージだと、新しく転校生さんが来た日のこの時間は転校生さんをクラスのみんなが新しく生まれた動物園の赤ちゃんを見に来る人みたいに、わらわら、うじゃうじゃ、集まるものだと思っていたのだけど……。
「…………」
青龍院さんの周り……そして僕たちの周りには誰もいません。……というより横前の席の人すらいません。
僕たちは絶海の孤島に流れ着いてしまった漂流者みたいな扱いを受けています。クラスのみんなは離れたところから青龍院さんを見つめひそひそ話をしているようです。ここから逃げる理由もタイミングも見失った僕はついで。
「ぉーぃ」
ん? 誰かに声をかけられたような気がします。教室の中を見回してみると、
「こっち、こっちっす」
「あ」
声をかけて来ていたのはクラスメイトの足田さんでした。
その傍には美希とドジラさんと下級生くんの姿もあります。美希の席にみんなで集まっているみたいですぅ。
足田さんが手招きしているので、僕もようやく絶海の孤島から逃げ出すチャンス券を手に入れることが出来ました。
……あっ、でも。
「…………」
美希たちのところへ行く前に、振り返り青龍院さんの方を見てみました。彼女は相変わらず窓の外に広がる青空を物憂げな瞳で見つめるまままでした。
「みんな、あつまってどうしたの?」
美希を囲んで集まっていたみんなと合流です。
2年▽組の仲良し5人組の集合ですよ。
「どうっすか」
最初に、口を開いたのは足田さんでした。身をかがめて、僕たちだけに聞こえるように小声で喋っています。そして、彼女の視線は僕の後ろ……青龍院さんに向けられているようです。
「どうしたの?」
「青龍院さんってどんな人?」
「んぅー、すっごく悲し気な人……かな」
みんなは首を傾げて頭の上にクエスチョンマークが浮き上がっている感じでした。
席に座ってからずっと窓の外を見つめている、青龍院さんをひとことでいうならやっぱり……
「なんだか寂しそう」
「やっぱりひっかさんもそう、思うっすよねっ」
「どうしたの、足田さん」
急に足田さんが「フッフッフッ」ってなんだかRPGゲームの魔王城にいるザコボスみたいな笑い方をし始めたよ?
なにか悪い物でも食べたのかな? だいじょうぶかな、保健室に連れて行った方がいいのかな?
「突撃っすーーー!!!」
「おぉーーー!!」
「お、おぉー?」
「あはは……」
「はぁーー」
腕を天井高く伸ばす足田さんとドジラさんを真似して僕も右腕をあげました。下級生くんは苦笑い、美希は俯き大きなため息をついていて……美希の、幸せが逃げたりしないか不安だな。
……とか思っている僕のことなんて眼中にない二人、足田さんとドジラさんは勢いそのまま、
「行くっすよ、ミッキー!」
「わっ、ちょ、引っ張らないでくださいー、自分で行きますからー」
「早くはやっ……キャッ」
美希の腕を掴み引っ張ってそのまま、青龍院さんの元へ突撃しちゃったよ……だいじょうぶかな、途中で転んじゃったドジラさん。顔から倒れちゃっていたけど、だいじょうぶかな?
すっごく心配です。足田さんの前にドジラさんを保健室に連れて行った方がいいかな。
僕の不安要素とは関係のない場所では、新たな不安要素が発生しているようです。頭パーン?
教室の中にドンッと大きな音が鳴り響きました。鳴らした犯人さんは、足田さんです。青龍院さんの目の前に立った彼女が机をドンッと叩いたから鳴った音でした、あんな強めに叩いて手は痛くないのかな。
「ミッキーひしゃい(いたい)」
「そうでしょうね」
……あ、やっぱり痛かったみたいです。あとで保冷剤とか借りにみんなで保健室に行かないと、だね。
「…………」
頰杖を突いて窓の外を見ていた青龍院さんが蒼は動かさないで、目だけを動かして二人の方を見たよっ。睨んではいない……と思うけど眼力が強い、つりあがった眼尻からは睨まれているように見えるから不思議。
無言のまま二人を見つめているよ。ど、どうするのかな、この状況から……。
「自分っ足田っす! こっちはミッキーとこけているのがドジラさんっす」
「それあだ名だからっ!! 朱雀 美希です」
「ドジラじゃなくて……」
まずは普通に自己紹介。遠くの方からドジラさんの声がうっすら聞こえてきたような……スルーした方がいいのかな、みんなそうしているようだから。
青龍院さんの反応は、
「…………」
当然、無言。二人を見ていた視線もまた窓の外へと戻されてしまいました。
「リューイはどこから来たっす?」
「なに……そのあだ名……」
「駄目っすか? 青龍院だから、リューイっす」
「なんだか男の子みたいなあだ名だね」
「……男、みたいか」
あ! 青龍院さんが喋った! 正確にはひとりごとをぼそりと言っただけだけど、喋ったよ。良かったね、美希♪
僕たちの方を振り返った美希にガッツポーズで応援します。美希は苦笑い、手を軽く振ってくれたよ。
そこからの反撃は凄かったです、足田さんの質問攻めのラッシュがっ。マシンガントークっていうのかな、そうゆうの初めて見たよ。本当に弾切れすることなく言葉の弾丸ネタが永遠に感じられるくらいに打ち出されたんだよっ。僕にはそこまで喋れるほど言葉の弾丸ネタを持っていないから、すっごく羨ましいよ。
足田さんくらい話せたら、しーパイセンやめっしー先輩ともっと仲良くなれるのかな。弟子入りした方がいいかな。
「……………」
あっでも。一番凄いのはやっぱり青龍院さんかも。だって、マシンガントークの足田さんをずーーと無視し続けているから。すっと窓の外を眺めているから。すっごいよね、僕だったらあんな徹底した無視なんて出来ないよ、相手に申し訳なくて……。
「あと……もう少し……こけないように慎重に……」
「ドジラさん?」
起き上がったドジラさんが、平均台の上、サーカスの綱渡りの人、みたいな歩き方でのそりのそりと青龍院さんたちの元へ歩いて行っているよ。
……どうして、あんな変な歩き方をしているんだろ? あっちの歩き方の方がよけいに危ないような気が、
「キャアア」
「あ」
ドラドラガッシャーン!!
案の定、こけました。
しかも青龍院さんに突撃するような形で、頭から突っ込むような形で、ドジラさんと青龍院さん二人同時に椅子から転げ落ちてしまいました。
「だいじょうぶ、二人ともっ!?」
美希の席から見守っていた、僕と下級生くんは慌てて転げ落ちた二人の元へ駆け寄りました。
「チッ」
ドジラさんの下敷きになっている青龍院さんから、苛立ちの舌打ちが聞こえて来ました。わわっ……もしかしなくてもすっごく怒ってる??
「ぷっ」
「ほえ?」
ドジラさんの下敷きになっている青龍院さんは、片手で顔を隠して、小刻みに震えているよ。怒りで震えているのかとも思ったけど、
「ぷっ………くく……アハハッ」
そうじゃないみたい。眼尻の下に雫を付けて大笑い。
「も、もしかしてドジラさんがぶつかったせいで変な所を打っておかしくなったんじゃ……」
それは僕も一瞬、僕も考えてけどさすがに失礼だよ、美希。
「すまない」
一通り笑い終わって満足したっぽい青龍院さんは上にのっているドジラさんをどかしながら起き上がりました。
「このような屈辱的なことをされるのは初めてだったからな、怒りを通り越して可笑しくなってしまったようだ」
あっ、やっぱり怒ってたんだ、あの舌打ち……。
立ち上がって、ポンポンッと制服についたほこりを落としている青龍院さん……ってやっぱり大きい。教室に入って来た姿を見た時も思ったけど、すらっとした体形に背の高さは本当のモデルさんみたい。僕もそこそこはあるはずだけど、それよりも高い。ちょっと羨ましい……かも。
「ん、なんだ」
「……ぁ。いや、その」
目が合っちゃった。……どうしよう。
「君は確か……隣の席の……」
「冬月 密です!」
「冬月か。宜しく頼む」
と、差し出された左手。これはもしかして……
「握手は嫌いか」
「そ、そんなことはないよ、びっくりしただけだからっ」
両手で包み込むようにして、青龍院さんの手を握りしめました。冷たい手。
「君の手は温かくて羨ましいな」
「青龍院さんの手は冷たくて気持ちがいいね」
「なに?」
「今の残暑が厳しい日には必需品だね」
「うわー、ホントっ冷たくて気持ちいいー」
いつの間にか復活していたドジラさんが、後ろから青龍院さんを包み込むようにハグしていました。ほっぺたをすりすりして、女の子同士って結構スキンシップが激しいよね。
「こらっ。あまり近づくなっ」
「本当っす。ミッキーも触ってみるっすよー」
「うん。……冷たっ!?」
「き、貴様らっ」
最初は狼みたいな少し怖い見た目から、怖がられ遠ざけられていた青龍院さん。でもそんなのは僕らの勝手な勘違いだったわけで、本当はちょっぴりお茶目で可愛い女の子でした。
美希たちとじゃれ合っている姿は、本当にただの女の子でした。本気で嫌がっているように見えるのは、
「やめろと言っているだろう。阿呆共!!!」
……気のせいかな。
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