時間がたつのは早いものでもうすぐ11月。
シグナム達が海鳴に現れてからもうすぐ5カ月経とうとしている。
だというのに
「いまだに会う機会がないとは」
はやてになのは達を紹介出来ていない。
夏休みに一日いいタイミングありかけたのだが、翠屋の急なバイトが入り流れてしまったのだ。
ここまでタイミングがあわないとは運命的ですらある。
ちなみに少し前なら急なバイトでも連絡の手段がなかったのだが、さすがに連絡手段が一切ないのは問題として固定電話を設置した。
もっともその電話はアンティークショップに並ぶような古めかしいダイヤル式の電話である。
……思考が少しずれたな。
結果としてはやてになのは達に紹介出来ないまま夏休みが終り学校が始まる。
となれば当然夏休みよりも会う機会を作るのは難しい。
で本日はというと、土曜日で学校は休みだが俺は夕方まで翠屋のバイトでこれから月村家の執事のバイトである。
そして、翠屋で着ていた執事服のまま街を歩いている。
さてここで少し考えてみよう。
普通、一般常識的に街中で執事やメイドを見る事があるか。
まずはない。
まあ、普段から着ている人がいないとも断言できないので100%いないとは言わないが早々お目にかかる事はないだろう。
そして子供で白髪の執事がいるか。
大人の執事やメイドを見るより希少な事だろう。
でどうなるかというというまでもなく注目される。
そりゃ~される。
つい先ほども翠屋の御常連である風芽丘学園の美由希さんのクラスメイトに話しかけられた。
その前にはOLらしきのお姉さんに写真を数枚撮られた。
なんでこんなことになったかというと原因は月村家の当主からの一本の電話だった。
「はい。喫茶翠屋でございます。
あら、忍ちゃん。シロ君? ちょっと待ってね。
シロ君。忍ちゃんから電話よ」
桃子さんから受話器を受け取り
「はい。士郎です」
電話に出る。
「あ、士郎君。
今日のバイトなんだけど家じゃなくて図書館に行ってほしいんだけど」
「図書館ですか?」
「そそ、すずか習い事終わったら図書館に寄るらしいから家までエスコートしてあげてね」
「わかりました」
「それじゃあ、よろしくね~。
あ、そうそうエスコートするときはちゃんと執事服でね。
雇い主からの命令よ」
「はい!? ちょっ忍さん!」
慌てて呼びかけるも無情にも受話器から聞こえてくるのは電話が切れた事を伝える電子音のみ。
つまりはそういうわけで執事服で本当に行かなくてもいいような気もするが、着てなかった時にさらにややこしい事になる可能性があるので仕方なく執事服を着て、月村家ではなく海鳴に来たばかりの時に調べ物をした図書館に向かっているのだ。
周りからの視線を受けながら 図書館の中に入ると司書の女性の方が目を丸くしていたが無視する。
こういった場合はさっさと、一刻も早くすずかと合流し、この場を後にする方がいい。
視線を周囲に奔らせすずかを探しながら早足で図書館の中を歩く。
と聞き覚えのある声を頼りに、見覚えのある後ろ姿と見つける。
当然声を発しているという事は話し相手がいるという事。
この位置からは探し人の話し相手の顔は見えないが見覚えのある後ろ姿。
片方はすずかの物で間違いない。
もう片方も聞き覚えのある声だ。
「こういった形で出会うとは思ってもなかったな」
ぽつりとつぶやいた俺の言葉に反応する二人。
「「あ、士郎君」」
振り返り俺の名前を呼んで、驚き顔を見合わせる二人。
「えっと、すずかちゃんは士郎君を知っとるん?」
「う、うん。はやてちゃんも?」
「うん。えっと……どういうことなん?」
お互いなぜ俺の事を知っているか理解が出来ず、どういう事か説明を求めるように見つめてくるはやてとそれに頷くすずか。
「こちらが俺が専属執事を務めさせてもらってる、月村すずかさん。
そしてこちらがすずか達に紹介したいって言ってた方で、八神はやてさん」
あっさりとし過ぎた説明かもしれないが、一番簡単でなぜ俺を知っているのかを説明するには十分なはずだ……たぶん。
「ああ! すずかちゃんが士郎君が執事をしてるとこの子か」
「私達に紹介したい子ってはやてちゃんの事だったんだ」
うん。ちゃんと納得してもらえたようだ。
それにしても俺としては
「すずかとはやては知り合いだったのか?」
こちらの方が疑問だ。
「ううん。ちゃんと話をしたのは今日が初めて」
「前から図書館でお互い見かけてはおったんやけどな」
「今日、知り合う機会があって」
なるほどそういう事か。
それにしても同じ海鳴に住んでいるとはいえ世間とは意外と狭いものだ。
「というかさっきから気になっとんのやけど、その格好って」
「ああ、俺の仕事着。
執事服だな」
「いや、それはわかるけど。
そやなくてなんで図書館に執事服で?」
「そうだよね。
いつも外歩くときは私服なのに」
「すずかのお姉さんにして雇い主からの命令でね。
屋敷まですずかのエスコートに」
俺の言葉になるほどと頷くはやてと申し訳なさそうにするすずか。
それにしても意外だな。
シグナム達が誰もはやての傍にいないとは。
と思っていたら
「お待たせしました」
「あれ? 士郎君」
恐らくはやてが借りる本の手続きに行っていたのだろう。
シグナムとシャマルがこちらに歩いてくる。
「おおきにな、シグナム」
「はい。ですがなぜ衛宮が?
確か今日はアルバイトだと」
「そのアルバイトの雇い主がすずかちゃんのお姉ちゃんなんやて」
「わあ、すごい偶然ですね」
はやての説明に俺がここにいる状況の納得するシグナムとシャマル。
すぐに理解してくれるのはうれしいのだが
「本を借りたなら外に出ないか?
正直周りからの視線がな」
「そやね」
正直周りからの視線が痛い。
図書館で話しているということもあるが、ここにいるメンツが目を惹き過ぎている。
シグナムとシャマルという美人の女性に、小学生ながらも将来有望な少女が二人。
そして図書館という場所ではまず見る事がない執事服を着た少年。
特に俺。
図書館という場所では浮まくりである。
なので俺としては可及的速やかに図書館から出たい。
俺の願いは叶えられ一旦図書館の外に出る。
外に出てからしばし他愛のない話をするが元々時間が遅かった事もありもうすぐ日も沈む。
はやてとすずかもその事に気が付き
「すずかちゃん、今日はお話ししてくれておおきに。ありがとうな」
「うん。またね、はやてちゃん」
「士郎君も」
「ああ、今度すずかと一緒にお邪魔するよ」
「うん。待っとるな」
また会う約束をしてはやて達を見送り、俺とすずかも歩き出す。
歩きながらすずかと話すのはやはりはやての事。
「やっぱりなのはちゃんとアリサちゃんにも紹介したいよね」
「ああ、だがなかなかタイミングがな」
はやてをなのは達に紹介することや
「じゃあ、はやてちゃんと知り合ったのって魔術関連なんだ」
「まあ、細かくいえば若干違うところもあるが大まかにはあってる。
すずか達の事はちゃんと秘密にしてるから」
「士郎君だもの。そんな心配してないよ」
はやてと俺が出会ったきっかけなど。
他愛のない話しながら歩くがその表情はとても楽しそうだ。
そして、あっという間に月村家に到着。
門を開けて月村邸にはいる。
でどういうわけか門から玄関までの間で、すずかが難しそうに考え込み始めた。
「それにしてもはやてちゃんといい、いつの間にか女の子を引っ掛けてくるんだから何らかの対策がいるのかな。
う~ん、でも士郎君だし対策を練ってもそれすらきっかけにしそうだし」
「すずか?」
「え? ううん。なんでもないよ」
気のせいか?
ひどく失礼な事を言われて気がするんだが……
月村邸では丁度ノエルさんが夕食の準備を始めていたので、俺も夕飯の支度を手伝い、執事としての仕事をこなして家路へとつく。
そして帰ってきた我が屋の敷地の付近で足を止める。
こちらに向けられた視線。
ナニカがいる。
海鳴を覆う結界と敷地を覆う結界は当然違う。
海鳴の結界は一定以上の魔力を感知するものだが、敷地を覆う結界は魔術師の工房的な結界だったのだがジュエルシードの事件以降若干変更されている。
まずは人避けの結界。
元々は家の付近の道にも仕掛けた認識阻害の結界でこの家に辿りつくのはほぼ不可能な状態だった。
しかしジュエルシードの一件以降は管理局の人間が正式な許可を得てくる可能性がある。
さらに、なのは達という身内に近い人間が出来たので、俺の知り合いではない一般人が近寄れない程度にしているので魔導師や魔術師、素質のある一般人ならばほぼ素通りで来れる。
まあ、ほぼ素通りとはいえ敷地内で悪意や敵意には敏感であり、もし行動を起こそうとしてもまともに行動するのも難しくなり、敷地内での殺し合いの準備もされている。
外敵を確実に仕留めるというよりも、生きて帰さない結界である。
そしてそんな結界が張られた我が敷地。
その敷地の結界の境界の辺りに生える木の上からこちらを窺う一匹の猫。
魔導師なら素通り出来る人避けの結界だろうが空気に敏感な野生動物が近づくはずがない。
「この敷地に近づく猫が野良のはずはないか。
誰かの使い魔か? それとも姿を変えているのか?」
その猫に向かって訪ねるように言葉を発するが返答はない。
魔術師の観点から考えれば使い魔だが、魔導師はユーノのように姿を変える事が出来る。
ならば魔導師自身という可能性も0ではない。
何も持たないまま弓を構える動作をする。
イメージは問題ない。
一秒あれば弓と矢を投影し、放つ事が出来る。
勿論視線には殺意をのせている。
瞬間猫は木から飛び降り逃走する。
残念ながら敷地の結界外なので結界で捕える事は出来ない。
「追え」
俺の声と共に館の屋根から飛び立つ三羽の鋼の鳥。
十中八九魔導師関係だろう。
まあ、今回は取り逃がしても構わない。
取り逃がしても魔導師の関係者が許可なく海鳴に入った可能性があるとリンディさんに報告すれば牽制は出来る。
さて夕食は月村家で頂いたし、鍛錬をして風呂に入って休むとしよう。
side ロッテ
まずい、まずい、まずい。
父様が衛宮士郎を警戒していたけど海鳴の結界は魔法を使わなければばれないし、直接会った事もないからってあまく考えていた。
正面からの戦闘ならクロノ以上だけど猫の姿で魔法を使わず肉眼で確認すれば何かわかるかもと家の傍で待っていたのが間違いだった。
それ以前に海鳴を覆うのとは別に家の敷地に何らかの結界を張っている時点で近づかなければよかった。
だけど後悔しても後の祭り。
衛宮士郎、あいつは足を止めると同時にこちらを向いた。
「この敷地に近づく猫が野良のはずはないか。
誰かの使い魔か? それとも姿を変えているのか?」
確実に私に向かって投げられた問いかけ。
内心すぐにでも逃げ出したかったけど、偶然こちらを向いたという僅かな願い抱きじっとしていたが、無駄だった。
私を見据え弓を構えるような動作をした。
それだけで全身から冷や汗が出た。
弓を構えるような動作だけだというのに番えられた矢がイメージできた。
そしてそれは放たれれば間違いなく私を捉える事も理解出来てしまった。
全身が震える殺気。
模擬戦やジュエルシードの事件の映像等とは比べ物にならない。
命を賭けた闘争。
殺し合いを知る者が放つ事が出来る視線。
格が、存在そのものが違う。
本能が逃げろと叫ぶ。
私はそれを拒む事なく受け入れ全力で駆ける。
「追え」
それと同時にそんな大きな言葉ではないというのに衛宮士郎の声がはっきりと聞こえた。
その言葉に従い私に追う鋼の鳥。
魔法ではなく衛宮士郎が放った魔術。
魔法だろうと魔術だろうと今捕まるわけにはいかない。
今、最優先すべきは魔法を一切使わず海鳴の地から出るという事。
魔法を使えば衛宮士郎に居場所が知られる事になるだろうし、何よりも掴まってクロノ達に引き渡されでもすればその時点で闇の書の存在がばれる可能性すらある。
仮に逃げずに戦うとしても私が衛宮士郎と一対一で戦うのはあまりにもリスクが高い。
だから私は全速力で駆け、茂みを使い、用水路を使い必死に逃れる。
そして私は逃げ切った。
走り続けた全身は悲鳴を上げ、茂みを駆け抜けた身体の至る所に小さな傷が出来、泥などで薄汚れたが逃れる事が出来た。
それだけで十分。
ただそれに安堵して父様とアリアの所に帰る。