フルメタル・アクションヒーローズ
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第44話 袋詰めの古我知さん
甲侍郎さんの思考回路にはどうもついていけん。責任を取って娘と結婚しろだの、出掛けに行けだのと……!
だいたい、救芽井ご本人の意志はガン無視かい? 明らかに「ブサメンとのデートを強いられてる」って感じの、後ろめたい顔してるんですけど。
「お、お父様! 彼のことは、もう話ししたはずよ! わ、私はっ……!」
「自分にはその資格がない、という話か? ――あの矢村という少女のように、一煉寺君を慕う資格がないなどと、誰が決めた。決めるのは彼であり、お前でもあの少女でもないはずだぞ」
「でもっ……」
俺が寝てる間に、家族同士でなにか話し合いでもしていたのだろう。俺の知らない話題を持ち出され、すっかり蚊帳の外だ。
……つーか、「決めるのは俺」とは言ってるけど、あの時の視線は間違いなく強制してたよな? 強いられてるのは俺の方だったみたいだ。
「お前はさっき、彼女に気を遣って、駆け寄ることをしなかったではないか。その本人が眠っている今こそ、よい機会なのではないのか」
甲侍郎さんは背中を押すような言葉を掛けると、キッと俺を睨みつける。ひぃ!
「娘を辱め、その上で我々一家を救った。それほどのことをしている君には、拒否権はないぞ。わかっておるな?」
「へ、へい……」
獲物を捉える、肉食動物の眼光だ。デスクワークが基本な科学者の顔じゃねぇ……。
そこまでして責任を取らせたいのは、やっぱり娘がかわいいし、着鎧甲冑のことも大事だからなんだろうな。プラマイゼロ……かどうかはともかくとして、どうやら俺は、救芽井家と無関係では到底いられない立場になっていたらしい。
少々テンパりつつも頷く俺の態度に、甲侍郎さんは「うむ」と納得したような表情を見せる。そして、今度は物理的に娘の背中を押し、俺の眼前へと導いた。
正面に立つのは、頬を染めて上目遣いで俺を見上げる、茶髪ショートの巨乳美少女。
「自分にも彼女くらい作れる!」って言えるくらいの自信がある男なら、問答無用で口説きに掛かっている頃だろう。そのくらい、今の彼女は立派に「女の顔」をしていた。
雪の如く白い頬に、見ているだけで温もりが伝わるような朱色が、内側から染み出るように現れている。
薄い桜色の唇は、淫靡な程の色気を放ち、そこから放たれる息遣いが俺に「異性」を意識させた。
パッチリと開いた碧眼は真っ直ぐにこちらを見つめ、その水晶玉のような美しい蒼さに、俺の姿が映り込む。水分を多く含んでいるのか、まるで水の中にいるかのように、その瞳はふるふると揺らめいていた。
「あっ……」
――なにかを言おうとして、喉がつっかえる。とっさに出かかった言葉を、理性で飲み込んだからだ。
俺が「かわいい」とか「ドキドキする」とか、そんな思ったままのことを口にして、喜ぶ女がいるか? キモがられる結末に、ルートが確定してしまう。
時には危険を承知で突っ込む度胸も必要ではあるが、バッドエンドが必至である選択を敢えて選ぶ意味はない。勇敢と、無謀は違うのだ。
故に俺は、「異性」として意識しないように、注意しなくてはなるまい。ドギマギしまくってる事実が向こうにバレようものなら、変態呼ばわりじゃ済まなくなる!
龍太……うまくやれよ……!
「……うん。頑張ってみるね、お父様……」
「きゅ、救芽井?」
「……行きましょ、変態君。早くしないと時間がなくなっちゃう」
救芽井は兄貴に預けられた矢村を一瞥すると、俺の手を引いて階段を上がりはじめた。抵抗する理由も暇もなく、俺は彼女の歩みに身を委ねることになった。
「樋稟、あなたの荷物は私達がまとめておきますから、自由に楽しんできなさい」
「せいぜい頑張れよ〜い! お兄ちゃん応援してるからな〜!」
華稟さんと兄貴のエール(?)を背に受け、俺達は地上へと昇っていく。俺にとっては、丸一日ぶりの大地なんだな……。
階段を昇りきると、目の前に見覚えのある部屋が広がった。救芽井家のリビングだ。
「ふぃ〜、やっとこ地上に出たって感じだなぁ。んじゃ、さっそく町に行くとするか。時間が押してるんだろ?」
「う、うん……」
感慨に浸ってる暇はない。顔を上げてアナログ時計に目を移すと、その針は九時半を指し示していた。
彼ら一家の出発が零時。移動時間を考えると、さっさと動いた方が良さそうな気がするな。
メディックシステムに掛けられていた赤ダウンを羽織り、外出の準備を整える。
俺の血はちゃんと洗濯されてるみたいだし、銃創による穴もツギハギながら塞がれている。たぶん、兄貴がやってくれたんだろうな。
外の寒さは夕べに痛感したし、上着はちゃんと着とかないと、ね……。
そして、俺達は玄関に繋がる廊下の角を曲がった。その先にある光景を、考えることもなく。
「……やぁ。遅かったじゃないか、龍太君。お姫様に起こしてもらえたのかい?」
瞬間、俺は自分の目を疑う。目をごしごしと擦ってから二度見したが、景色は変わらない。
――玄関前で、古我知さんが首から下を袋に入れられ、ダルマのようにされている光景を見れば、誰だってこうなるだろうけど、な。
「……なにをやってんだ、あんたは」
「なにって……ご覧の通りさ。袋の中は『呪詛の伝導者』のブラックロープでガッチリ縛られてるよ」
ブラックロープ――あの黒い帯のことか。ゴロマルさんがやったんだろうなぁ……合理的だけど、えげつないことをしなさる。
「おじいちゃんが、『剣一を拘束するにはこれが一番いい』って……」
「あー、やっぱりね」
救芽井のバツが悪そうに出てきた言葉に、俺は生返事。こんなマヌケな格好を見せられたら、「俺の戦いがなんだったのか」と考えさせられてしまいそうだ。
古我知さんは「いやぁ〜参ったなぁ〜」といわんばかりの苦笑いを浮かべており、まるで「肩の荷が降りた」かのような表情になっている。
自分のやり方に迷いがなかったら、こんな顔はできないはずなんだが……。
彼はしばらく俺の顔を見て笑いつづけていたが、やがてそれを止めると、慈しむような目を俺に向けた。
「どうやら、僕は『悪の親玉』でいるには、どうにも甘すぎたみたいだね。生きた君とこうして会えることを、喜んでしまううちは」
「……確かに、そんな悪役はいらねーな。あんた、着鎧甲冑を兵器にしたかったわけじゃなかったのか?」
「もちろん、兵器転用に向けた意気込みは真剣だったさ。だけど、割り切ったつもりでも、迷いもあったんだね。家族同然に育ってきた人達を裏切り、関係のなかったはずの男の子にまで、ここまで立ち向かわれたから」
……彼は着鎧甲冑を兵器にするために、家族を裏切り、他人を巻き込んだ。
結果として、自分は敗れて計画は頓挫したけど、家族も他人も含めて、誰ひとり死ぬことはなかった。
そして今、本人は笑っている。
きっと、本当は自分の目的よりも、家族の安否の方が優先順位が上になっていたんだろう。でなきゃ、負けたのにこんな顔はできない。
「君と君のお兄さんを見てるとね。度々考えるんだよ。僕は家族を傷つけ、裏切り、なにをしてるんだろう、ってね」
「――その兄貴も、あんたを心配してる。あんたがまだ兵器にするつもりでいるなら、兄貴に代わって俺がぶちのめすからな」
「ははは、それは心強いなぁ。君に見張られたままなら、もう樋稟ちゃん達を傷つけずに済みそうだ」
古我知さんは俺から視線を外すと、今度はジッと俺達のやり取りを見守っていた救芽井の方を見る。
「君の『ヒーロー』、かっこよかったね。お父様が夢見た特撮ヒーローそのものだったんじゃないかな?」
……え、なにそれ? もしかして着鎧甲冑のディティールが妙にヒーローっぽいのって……?
俺がその思案に暮れるより先に、救芽井が顔を赤くして声を荒げた。
「ちゃ、茶化さないでください! ……それより、心変わりはされていないんですか? 剣一さん」
「兵器転用しなければ、着鎧甲冑が発展の契機を失う――という考えは今でも同じさ。ただ君達に敗れ、その狙いが日の目を見ることはなくなった……というだけさ」
――あくまで、考え方を変えるつもりはないってことなのか? 強情な……。
「開発競争に敗れ、世界に進出する前に埋もれてしまった技術は、世の中に溢れている。僕もそんな中の一部だったってことさ。君達だって、こうならないとは限らないんだよ」
「……なら、どこかで見守っていて下さい。あなたの『思想』は、私達救芽井家の力をもってして、必ず打ち破って見せます」
どうやら、古我知さんは今のままだと、救芽井達も同じ道をたどる、と言いたいらしい。
それに対して救芽井は、古我知さんの「産物」に続いて「思想」まで破壊すると宣言した。絶対に負けられない、と険しい顔をして。
古我知さんは、そんな彼女の姿勢を前に「フッ」と不敵に笑うと、ズルズルと身を引きずって俺達に道を空ける。
……なんだろう。すごくマジメな話をしていたはずなのに、彼の格好のせいでシュールなやり取りにしかなってない気がする。
まぁ、そんなことを考えていたって、モチベーションが下がるだけだ。それよりも、時間が押してるんだから、早く出発しないと!
俺が救芽井に視線を送ると、彼女は相槌をうって玄関の扉を開く。ひゅうっと冷たい風が吹き抜け、この場の気温が急激に奪い去られていく。
「最後の数時間、じっくり楽しんで来るんだよ」
「――はい。じゃあ、行ってきますね。剣一さん」
「ああ……行ってらっしゃい」
そして、古我知さんとの挨拶を交わした救芽井は俺の手を引くと、弾かれたように救芽井家を飛び出していく。
頬を染めていたその横顔からは、まるで遊園地に誘われた子供のような、朗らかな笑みが垣間見えていた。
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