女の髭
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第一章
女の髭
アラブでは男は誰もが髭を生やしている、これはイスラムの教えそして文化的な価値観からそうしている。
それでだ、アブン=アル=アミンも口髭を生やしいつも手入れしていた。
そのアブンにだ、妻のナビーはいつもこう言っていた。
「今日もいい感じですか」
「この通りな」
まだ美しい妻にその手入れした髭を見せて言う、色黒の肌にアラブの民族衣装を着ていて彫のある顔に実によく似合っている口髭だ。
「いいものだろう」
「はい、何時見ましても」
「髭はいいものだ」
アブンは笑って妻に言った。
「ないと絵にならない」
「アラブの男はですね」
「そうだ、アラブの男ならな」
まさにというのだ。
「髭を生やさないと駄目だ」
「そう言われますと」
ナビーは少し苦笑いになって言った、痩せたすらりとした顔とスタイルで目鼻立ちも初々しさが残っている。
「私はわからないですね」
「女だからか」
「はい」
少し苦笑いになって夫に答えた。
「どうにも」
「それは仕方ない、髭は生えるのはな」
「男だけ、ですね」
「そうだ、だからだ」
それでというのだ。
「言っても仕方ない、それを言うと男もな」
「ないものがあると」
「そうだ、それを言うとな」
「仕方ない、ですね」
「そうだ、そしてわしはな」
「そのお髭で、ですね」
「今日も頑張るとするか」
仕事にだ、メッカで巡礼者を相手に土産ものを売っていてかなり大きな店の主になっている。
「是非な」
「はい、頑張っていきましょう」
こう話してだ、そしてだった。
アブンはこの日も働いて儲けた、そうして充実した日を送ったが。
メッカにロシアからのテレビ局のスタッフ達が来てだ、彼の店で土産ものを見つつこんなことを言っていたのを聞いたのだ。
「暑いな、やっぱり」
「ああ、噂には聞いていたけれどな」
「本当に暑いな」
「ロシアとは全く違うな」
「?何を言ってるんだ?」
アブンはロシア語がわからないので最初は何を言っているのかわからなかった。
「一体」
「ああ、それはですね」
すぐにスタッフの中にいる通訳の若い男が答えて彼等の話を通訳してそのうえでアブンに話した。
「そういうことです」
「何だ、こんなことか」
アブンは通訳のピョートル=カレイチョフの説明を聞いて確かな顔になって頷いた。
「何かと思ったら」
「深い意味はないので」
「暑いってだけか」
「実際僕もですよ」
ピョートルは少し苦笑いになってアブンに話した。
「暑いと思いますよ」
「そういえばロシアは寒かったな」
「特に今は冬ですから」
「雪が降るんだよな」
「はい、そうです」
その通りだという返事だった。
「というか物凄い積もり方ですよ」
「そんなに降るのか」
「こっちじゃないですよね」
「夜は冷えるけれどな」
それでもというのだ。
「日中はこんなので雪はな」
「ないですね」
「見たこともないさ」
アブンは笑ってピョートルに答えた。
「本当にな」
「そうですね、それで昔はロシアも髭を生やしていました」
「スターリンかい?」
「ははは、あれはファッションです」
アブンはスターリンのトレードマークだった口髭の話をしたがピョートルは笑ってこう返した。
「レーニンにしましても」
「アラブと違って誰でもじゃないのか」
「誰でも生やしていたのはピョートル大帝以前です」
「そうだったのか」
「あの皇帝が切らせまして」
それも無理矢理にだ。
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