FAIRY TAIL ―Memory Jewel―
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妖精たちの○○な日常 vol.1
S t o r y 1 5 温もりと幸せ
前書き
こんにちはこんばんは!紺碧の海です!
……すみません。前回の後書きに「次回から新章です!」と息巻いていたのですが、今回も「○○な日常」シリーズをお送りしたいと思います。
今回は初登場以来からあまり出番の無かったあの方達の「○○な日常」のお話です。
それではStory15……スタート!
―ラナンキュラスの街 豪華客船トワイライト号船内―
フィオーレ王国南方の沿岸に位置する街、ラナンキュラス。人口5万人のマグノリア同等古くから魔法が盛んな商業・漁業都市である。
そして今夜、ラナンキュラスの街の観光名所の一つである黄金に光り輝く夕日が見える海に浮かぶ豪華客船トワイライト号で大勢の資産家が集まるとある船上パーティーが開かれようとしていた。オークション開始の午後7時までまだ時間があるため、参加者達は並べられた豪華な料理を口に運び、ワインを飲み干し、ほろ酔い気分に浸りながら談笑していた。
「はぁ……。」
楽しげな空気が漂う会場内の隅で、その空気に似つかわしくない深いため息を吐く女―――リン・グラフィリアがシャンパンが注がれたグラスをくるりと回す。
(どうして、こんなことになったんだっけ……?)
事の発端は遡ること2日前。
リンはいつものようにティール達4人と一緒にギルドにやって来ると、バーカウンターの一席―――ギルド全体が一望出来る席―――に腰かけて、ギルドに来た瞬間ナツと勝負をするジーハス、ルーシィとレビィと新作の本について楽しげに語るレーラ、エルザが買いすぎたらしい大量のケーキをウェンディとシャルルとエメラと一緒に美味しそうに頬張るサーニャ、グレイとコテツと昨日のポーカーの続きをするティールの姿を微笑ましげに眺めていた。
「あんたってホント、過保護だよねぇ。」
「しょうがないわよ。だってリンはあの4人のママなんだから。」
「あぁ…なるほどねぇ~……。」
いつの間にか左隣には酒樽を抱えたカナ、後ろにはカウンターに組んだ両の手に顎をのせて微笑むミラがいた。
「ママって……。一応私、23なんだけど?」
「別に普通じゃないかい?」
「そうよ。ちょっと大きな子供が4人いるママなのよね。」
「いやいや!大きすぎでしょっ!?」
当然とばかりに頷くカナとミラに、顔の前でぶんぶんと手を振りながらリンはツッコむ。どう考えても23歳の女性に16~18歳の子供が4人いるなんて有り得ないことだ。
「でもさぁ…あんたいい歳なんだから、好きな男の一人や二人いるんじゃないのかい?」
「私も、リンの好きな人のこと聞きたいな~♪」
「あははは…残念ながら、そんな人はいないよ。」
「ウソつけ~。ほらほらっ、さっさと吐かないとこちょこちょの刑か胸揉みの刑にしちゃうよ~?」
「えっ、わっ…ちょっ、カナ!や、やめ……!ふっ、ははっ。……ひゃん!」
「あ、カナだけずる~い。私も~♪}
「えぇっ!?ちょっ…ミラまで……!ひぃっ、あははっ。……ふわぁ!」
カナとミラに両側から脇や横腹をくすぐられ、胸を揉まれ小さく笑いや悲鳴を零す。
「ふっ…ほ、ほんとに…うひっ……いないってばぁ。ひゃあ!」
「……全く、つまんないね~。」
「残念だわぁ……。」
目尻に薄らと涙を浮かべながらリンが言うと、不服そうに頬を膨らまし眉間に皺を寄せながらも二人は手を離す。
「いると思ったんだけどね~。」
「ね~。」
「いやいやいや……。」
諦めの悪い2人の言葉にリンは苦笑する。
「ラクサスとかどーなんだい?確か同期だったよな?」
「それに幼馴染なんでしょ?お似合いだと思うんだけどな~?」
「何でそうなったの!?ていうか諦め悪すぎないっ!?」
話題を一向に逸らそうとしない2人にリンは再びツッコむ。
カナとミラが話していた通り、リンとラクサスは同期であり幼馴染なのだ。2人は同世代の人間が互いしかおらず、幼い頃はよく2人で仕事に出かけたり勝負し合っていたのだ。17歳でS級魔導士に昇格したラクサス。そして後を追いかけるようにその翌年、リンも18歳でS級魔導士に昇格した。BOFの際、ラクサスを破門にすることを最後まで反対していたのもリンだった。長い付き合いだからこそ、互いに信頼し合っているのだ。
「で?結局のところどーなんだよ?」
「も、もしかして……もうとっくのとうに……!」
「どぅぇきてぇるぅ?」
「いやいやいやっ!だからただの腐れ縁だってば!そしてハッピーいつの間に!?」
「あい。」
更に詰め寄ってくるカナとミラにリンは何度目かわからないツッコミを入れ、そしていつの間にか自分の右隣の席に座ってはぐはぐと魚を頬張りながら巻き舌で言うハッピーの姿を見て驚嘆の声を上げた。
「おぉリン、来ておったか。」
「あ、マスター!た、助かったぁ……。」
「ちぇっ。良いトコだったのに。」
オレンジと青の縞模様のピエロのような服を着たマスターが杖を突きながら姿を現した。質問攻めにされていたリンは安堵の息をつき、カナは唇を尖らせる。
「えーっとマスター、私に何か用ですか?」
「うむ。実はじゃな……」
そう言いながらごそごそとマスターが懐から取り出したのは一枚の依頼書だった。リンがそれを受け取ると横からカナ、ミラ、ハッピーも覗き込む。依頼書には【オークションの廃止 40万J】と書かれていた。
「オークション?」
「もしかして、物珍しいものが売買されているって噂の……?」
「そうじゃ。」
首を傾げるカナの隣で顎に指を当てながら言うミラの言葉にマスターが頷く。
「評議院の情報によると、売買されているものはレッドリストにも載るような希少な魔法生物、禁断の魔法に数えられる魔法書、時には人も売買されているらしい。」
「人って……。」
「となると、オークションの参加者も皆あっち側ってことだね?」
「うむ。そしてどうやら2日後の夜に、ラナンキュラスの海で再びそのオークションが主催の船上パーティーが開かれるという情報を入手したらしい。依頼内容は、参加者を含めたオークション関係者の身柄を一人残らず確保することじゃ。」
「なるほど……。」
リンはもう一度依頼書を見遣る。
「それと……」
「?」
マスターはリンに屈むように促す。首を傾げるリンだったが言われたように屈むと、マスターがリンの耳元で何かを囁いた。カナとミラ、ハッピーの3人は顔を見合わせる。
「―――――。」
「え……。」
リンの小さく開かれた口から微かな驚嘆の声が零れ落ちた。
「リ、リン……?」
「ちょっ、いったいどーしたんだい!?」
リンの顔を覗き込んだハッピーとカナが驚嘆の声を上げた。
まるで何かに怯えるかのように、リンの顔は真っ青で鈴を張ったような黒い大きな瞳が大きく見開かれ、口が震えている。依頼書を握る両手もわなわなと震えており、くしゃっと音を立てた。
「マスター!リンに何を言ったんです!?」
「………。」
問いかけるミラの言葉にマスターは何も言わない。代わりに、
「無理にこの依頼を受理することはない。ただ……伝えておくべき、だと思ってな……。」
そうリンに静かに告げた。周りの喧騒がやけに大きく聞こえる。
そしてリンはゆっくりと目を閉じ唇を固く引き結んだあと、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸をする。次に目を開けた時、そこにはもう怯えはなかった。覚悟を決めたようにマスターに視線を戻すと、
「やります。」
短く、そう告げた。
その言葉にマスターはゆっくりと大きく頷くと、
「アイツ等も…ティール達も連れて行きなさい。」
「えっ。」
リンの顔に翳りがさす。
「で、ですが、これは私個人の問題で…ティール達を巻きこ」
「命令じゃ。」
「!……わかりました。」
有無を言わせないマスターの言葉にリンは渋々頷いた。
「おーいティール!サーニャ!ジーハス!レーラ!あんた達のママがお呼びだよーーーっ!」
「えっ!ちょっ、ちょっとカナ!」
ギルド中に聞こえる声で叫ぶカナを止めようとしたが時既に遅し。
「リンさん、何か御用ですか?」
「もしかして、仕事かっ!?」
「ひははふいほぉ…もぐもぐ……ひおほ、だね……もぐもぐ。」
「サーニャ、ちゃんと食べ終わってから喋ったら?」
ティールが首を傾げ、ジーハスがキラキラと目を輝かせ、ケーキを食べながら喋るサーニャのクリームが付いた口をレーラがハンカチで拭う。
リンの元へと駆け寄る4人のあまりの速さにカナ、ミラ、ハッピー、マスターは目を見開いた。ジーハスと勝負をしていたナツ、レーラと一緒に本のことについて話していたルーシィとレビィ、サーニャと一緒にケーキを食べていたエルザとウェンディ、シャルルとエメラ、ティールとポーカーをしていたグレイとコテツも同様に目を見開いていた。
「……リンさん?」
「なんか、顔色悪くねーか?」
「リンさん、大丈夫?」
「体調が優れないのなら、無理をしない方が……。」
4人はまだどこか顔が青いリンを心底心配そうに覗き込む。
(あぁ……バカだなぁ、私。)
誰にも気づかれないよう、リンはこっそり自分に呆れながら息をつく。
(4人には、もう二度とこんな顔させたくなかったのに……。ホント……バカだなぁ。)
リンは半ば強引に口角を上げて4人に笑いかける。
「何でもないよ。ちょっとボーッとしてただけだから。」
「ホント……?」
「ホントホント。」
今にも泣きだしそうな顔をするサーニャの頭を優しく撫でる。
「それより、皆仕事に行くよ!準備が整ったら扉の前に集合ね。」
「わかりました。」
「私がいっちば~ん!」
「あ、ちょっと二人とも!急に走らないでよ!」
ティールとサーニャが扉に向かって真っ先に駆け出し、レーラが三つ編みを揺らしながら慌ててその後を追う。
「気を付けてね、リン。」
「うん。」
手を振るミラに見送られリンも扉に向かって歩き出す。「いってらっしゃーい!」「気をつけて行って来いよー!」という周りからの声に応えるようにリンは手を振り返す。
「おーい!ジーハス!」
「はーやーくーーーっ!」
「何してるのよ~?置いていくわよ~?」
「だあーっ!いつもは俺が先に扉の前でお前等のこと待ってるのによォ……!」
ナツと喧嘩をしている際に刀を手放していたジーハスはそれを取りに行っていたため、今日は出遅れてしまったのだ。ティール達に急かされ慌てて扉へと走る。
「それじゃあ、行って来るね。」
「「「「行って来まーーーす!!!」」」」
仲間に見送られながら、リン達花時の殲滅団はオークションが開かれるラナンキュラスの街へ向かうため一先ず駅へと歩き出した。
(あの後、汽車の中でどうやって船内に忍び込むか、その後のそれぞれの行動の作戦会議したんだけど……一般人には非公開のパーティーだし、招待客も既に限られているからかな?主催側の警備が甘くて助かった。)
リン達5人は搭乗ゲートから易々且つ堂々と潜入することができたのだ。そして作戦通り船内では別行動を取っている。ティールとサーニャは会場内を見回りしている警備員、ジーハスとレーラはウェイターとウェイトレス、そしてリンは参加者の1人としてパーティー会場内に潜入していた。
ウェイターとウェイトレスに変装しているジーハスとレーラは忙しそうに料理を並べお盆に乗せたワインやシャンパンを配り歩いている。警備員に変装しているティールとサーニャは軍帽を目深に被り壁際で目を光らせている。違和感なく会場内に溶け込んでいる4人の姿を見てリンは安堵する。そして、
(それにしても……)
リンは今の自分の格好を見下ろしてもう何度目かわからない深いため息をついた。
(どうしてドレスって、こんなに派手で露出が多くて動きにくい構造をしているの……?)
参加者に変装しているリンは今、ミラから借りたパーティードレスを身に着けていた。
鮮やかな赤色のチューブ・ドレス。肩出しだと露出が激しいし、右肩甲骨に刻んでいる桜色のギルドマークが見えてしまうし、何より肌寒いので白いファー素材のケープを羽織り、ドレスと同色の爪先部分が開いたパンプスを履いている。そしてドレスの両の太腿の辺りに大きくスリットが入っており、普段腰に差している2本の刀をリンはそこに忍び込ませていた。ポニーテールはくるくるとまとめてシニョンにし、いつもの銀色の鈴が付いた赤色のリボンで束ねている。更にリンは普段滅多にしない化粧もしており、長い睫毛にはマスカラ、瞼に薄茶色のアイシャドウを付け、薄くファンデーションを塗り、頬と唇を桜色のチークと口紅で着飾っていた。
このドレスと化粧の効果により、エレガントさと色っぽさを醸し出したリンを見たティールとジーハスは年相応の男児らしく頬を赤らめ、サーニャとレーラはあまりの魅力に目をキラキラと輝かせていた。
(うぅ……やっぱり、すっごく恥ずかしい……!)
リンは冷える腕を擦りながら、あまり目立たぬよう会場の隅の壁に寄りかかって小さくなっていた。
その時だった。
「きゃあ!」
聞き慣れた声の悲鳴とガシャン!とグラスが割れる音が耳に届いた。驚いて顔を上げると、ウェイトレスに変装したレーラが酔った参加者の男に腕を掴まれていた。レーラの足元にお盆と割れたグラスの破片が散らばっている。
「お嬢ちゃん…かわいい顔してんね~。おじさんの相手してくれないかい?」
「い、いえ!あの……こ、困ります!放してください!」
レーラは必死に抵抗するが男が手を放す様子はなく、ウェイトレスに変装しているせいもあって手荒なことは出来ないでいる。
「いいだろぉ~少しくらい。一杯でいいからさぁ~。」
「っ……。」
酒臭い香りにレーラが顔を顰める。
「あいつ……!」
その様子に耐え切れなかったリンが意を決してその男の元へ歩み寄ろうとした時、目の前を橙色が横切った。
「ぎゃっ!……な、何すんだっ!?」
バシャッと男の頭に水がふりかかる。全身びしょ濡れになった男が怒りを露わにしながら振り向くと、背後にウェイターに変装したジーハスが立っていた。ジーハスの手にはどうやら水が入っていたらしい空のバケツが握られている。何事かと、他の参加者達の視線が集まりだした。
「すみません。相当酔っぱらっていらっしゃったご様子でしたので、酔いを醒まそうと」
「ッざけんじゃねー!」
男が握り締めた拳でジーハスに殴り掛かるが、首を僅かに左に傾けて避けると、そのまま男の手首を掴み捻り上げる。
「うあたたたたたっ!」
男がその痛さに悲鳴を上げる。
「まだ酔いが醒めていないようですね……。」
そう言うとジーハスは男の耳元に顔を近づける。
「このまま海に叩き落とされて鮫の餌食になるか、右手が使いものにならなくなるか……てめェはどっちがいいんだ?」
「ひっ…ひいいいいいっ!」
耳元で囁かれたジーハスの言葉に男は悲鳴を上げる。ジーハスの声は男にしか聞こえていなかったが、ジーハスがどんなことを言ったのか、リンは大体見当がついていた。
(あははは、ジーハスは怒ったら意外と怖いんだよね。)
肩を竦めながら後の事はジーハスに任せると、リンはテーブルに置いておいたシャンパンを一口啜る。
「そこの警備員、このお客様を別室へ。」
「あ、はい。」
「ほら、歩いて歩いて。」
ジーハスは警備員に変装したティールとサーニャに男を任せると、割れたグラスを拾い集めているレーラに歩み寄り、一緒にグラスを拾い集める。
「ちょっと!いくらなんでもやりすぎじゃない!?」
「ヘーキヘーキ。リン姉からも何のお咎めも無かったしな。つーかなんだよ、せっかく助けてやったのにお礼の一つも無いのかよ?」
「……ありがとう。」
ジーハスが小声で不満を言うと、若干照れながらレーラがお礼を述べる。それを聞いたジーハスは満足気に白い歯を見せながら笑った。
「それと、ここはあと俺がやるから……お前は着替えて来いよ。」
「え?別に汚れてはないんだけど……?」
「いーから、さっさと着替えて来いって。」
「?わ、わかったわよ。」
意味が分からず首を傾げながらもレーラは言われた通り足早に着替えに行った。
(あははは、無意識…なのかな?)
グラスの破片を拾う、Yシャツを身に着けたジーハスの丸まった背中を見つめながらリンはまたシャンパンを一口啜る。
(思えば……ティールとサーニャに出会ったのが7年前、ジーハスとレーラに出会ったのが6年前かぁ……。皆、強くなったなぁ……。)
グラスをくるりと回す。
(私は、ずっと……弱いまま―――――。)
リンはシャンパンに映る自分の顔を見つめながら、あの時のマスターの言葉を思い出した。
『そのオークションに、もしかしたら奴等が関わっているかもしれんのじゃ。』
『え……。』
リンはゆっくりと目を閉じる。
脳裏に浮かぶのはリンと顔立ちがよく似た黒髪の2人の男女。
女の方はポニーテールに束ねた黒髪を金色の鈴が付いた青色のリボンで結わえ、男の方は左手首に鈍色の鈴が付いた緑色のリボンが巻かれていた。
『―――――リン。』
『―――――リンちゃん。』
鈴を転がすような2つの声が重なる。
『―――――早く逃げろ!』
『―――――ダメ!こっちに来たらダメ!』
怒りに満ちた2つの声が重なる。
『―――――絶対、守ってやるから。』
『―――――大丈夫。すぐに、追いつくから。』
優しく紡がれる2つの声が重なる。
『―――――ゴメンな、リン。お前を…一人にして。』
『―――――リンちゃん、笑って?私達の分まで……ね?』
消え入りそうな儚い2つの声が重なる。
『―――――リン。』
『―――――リンちゃん。』
ゆらゆらと揺らめく、赤い赤い業火が2人の姿を包み込んだ。
「!」
閉じていた目を開けてリンは我に返った。知らぬ間に嫌な汗をかいていたみたいだ。暑いから羽織っているケープを脱ぎたかったがぐっ我慢する。
(……ダメだダメだ。今は仕事中だから、余計なことを考えちゃダメだ。)
ギリッと鈍い音を立てて奥歯を噛み締めた。チリンと微かに鈴が鳴る。
(リン姉……?)
割れたグラスの破片を綺麗に拾い終えたジーハスが立ち上がり、視線を壁に寄りかかっているリンに移す。リンが、ギルドを発つ前に浮かべていた悲しげな顔をしていることに気づいてジーハスは悔しげに唇を噛んだ。だがこれ以上視線をやっていると周囲から不審がられる危険性があるので慌てて顔を反らし、破片を捨てに歩き出す。
(カナが言った通り、今日のリン姉…なんか変だ……。)
実はギルドを発つ前、ジーハスはナツと喧嘩をしていたために手放していた刀を取りに行っていたのだがそのせいで出遅れてしまった。その時、カナに呼び止められており、そしてカナに言われたのだ。
『リンのやつ、なんだか少し変じゃないかい?』
『え?リン姉が?』
その時はジーハスもカナのただの気のせいかと思っていた。
『私のカードが言ってんだよ。』
ピラッと右手の人差し指と中指で挟んだカードには涙を流す少女の絵が描かれていた。
『私達の前では平気なフリしてるけどさ……リンは今、悲しみのどん底だ。』
『………。』
カナの言葉とカードを見てジーハスは眉根を寄せる。だがカナのカードが予言したことは外れることが滅多に無い事をジーハスは知っていた。それと悔しいことに、いくらリンの弟子だからと言って、いくらリンと同じ家で暮らしているからと言って、幼い頃からリンとギルドで過ごしていたカナとでは比べようがない。
そしてカナはピッとカードを持ったままの右手でジーハスを指差すと念を押すように言った。
『いいかいジーハス、あんたは一応4人の中で一番年上なんだ。ちゃ~んと……リンを、ティールを、サーニャを、レーラを―――――守ってやるんだよ。』
カナの言葉を思い出しながら、ジーハスはニィッと口角を上げて笑うと誰に言い聞かせる訳でもなく一人呟いた。
「言われなくても……リン姉もティール達も、ギルドの仲間は全員、俺が絶対守ってやる。それが、今の俺の役目だ。」
まるでジーハスの言葉に応えるかのように、カチャッと背中に隠し持った刀が音を立てた。
すると、反対側から先程酔った男を別室へと連れて行った、警備員に変装したティールとサーニャがやって来た。警備員に変装しているためティールとサーニャは刀を腰に差したままだ。二人とすれ違った時、互いに短く言葉を交わす。
「オークションまであと5分だ。……気を引き締めろよ。」
「言われなくても。ヘマ、すんじゃねーぞ?」
「そっちこそ。」
ティールが軍帽を被り直し、ジーハスが口角を上げ、サーニャが青い瞳を爛々と光らせた。
―――――午後7時。
バンッ―――と全ての照明が落とされる。だが闇に包まれたのはほんの一瞬で、会場内の北の方角に設けられたステージで、スポットライトが燕尾服に目元を覆った白い仮面、マイクを持った男を照らした。
「Ladies & Gentlemen! Welcome to the Party!」
どうやらオークションの司会者のようだ。マイク越しに叫ぶ司会者の言葉に参加者達が一斉に拍手をする。リンもそれに混ざるように拍手をし、ティールとサーニャはステージを見つめ、ジーハスとレーラはワインを注ぎながら耳を傾ける。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。これよりオークションを開始したいと思います!」
再び割れんばかりの拍手が響き渡る。するとステージの袖からバニーガール姿に白い仮面を付けた女が赤い布に覆われた箱を乗せた車輪付きのワゴンを押して現れた。その瞬間、参加者達の目の色が変わった。
(欲望に染まった目……自身のありったけの強欲と財力のぶち撒けパーティーってことか。)
リンはゴクリと唾を飲み込み身震いをする。
「それでは、早速参りましょう!最初の商品は……こちらァ!」
司会者の声に合わせてバニーガール姿の女が覆っていた赤い布を剥ぎ取る。
そこには四角い鉄格子があり、中には大きな長い耳を持ったウサギのような生物がいた。その生物は鉄格子の中で怯えたように体を震わせていた。
「オォ……!」
「まさか、本物を見ることが出来るなんて……!」
参加者達の口から歓喜の言葉が零れ落ちる。
「こちらの魔法動物はサウンディバレル。この大きな耳から特殊な音波を発し敵を退けたり、仲間とのコミュニケーションをとったりしています。その音波で大木や巨大な岩を破壊することも可能です。」
(サウンディバレル……確かバンリが前に、「レッドリストにも載る希少な魔法生物だ」って言ってた気が……。)
(見つけるだけでもすごく困難なのに、いったいどうやって……。)
バンリの恐らく読んだ本の中の雑学を思い出しながらティールとレーラは参加者達に目を向けた。
「それでは、早速参りましょう!取引START!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、参加者達が手を高々と挙げる。
「300万J!」
「500万J!」
「800万J!」
金額がどんどんどんどん競り上がっていく。
(おいおい……まだこれ…最初の商品、だよなっ!?)
(もう1千万J……!?)
(S級クエスト並みの金額だ……。)
ジーハス、サーニャ、リンがその高額な値に目を見開いた。そして、
「1億J!」
黒いスーツをさらりと着こなし、ピカピカに磨かれた黒い革靴、左手首に金時計を身に着けた男がそう高らかに告げると、それを超える者はいなくなった。
「サウンディバレル、1億Jで取引成立です!お買い上げ誠にありがとうございます!」
バニーガール姿の女がワゴンを押してステージから下り、スーツ姿の男の元へとサウンディバレルを運ぶ。そして男は足元に置いていたカバンをそのままバニーガール姿の女に手渡した。どうやらそこに札束―――1億Jが入っているらしい。そしてステージ袖からは別のバニーガール姿の女がさっきよりも小さな赤い布を被せたものを車輪付きのワゴンに乗せてやって来る。
「それでは続いての商品に参りましょう!商品は……こちらァ!」
司会者の声に合わせてバニーガール姿の女が覆っていた赤い布を剥ぎ取る。
そこにはガラス張りのショーケースに入れられた赤色の百合の花だった。
「まさかアレは……!」
「本物だわ……!」
「おぉ…なんて美しいんだ……!」
再び参加者達の口から歓喜の言葉が零れ落ちる。
「こちらの魔法植物はレインボーリリー。空気が澄んだ崖の上でしか咲くことが出来ない非常に珍しい花でございます。朝日、夕日、月光を浴びる度に花びらが赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と順に変化し、満月の光を浴びた時に花びらが紫色に変化すると、国一つを滅ぼすことが出来る魔力を花びら一枚一枚に蓄積致します。」
(ま、魔力……!?)
(国一つを、滅ぼす……!?)
(そんなものを闇側のコイツ等に悪用されたら……!)
ティールとサーニャが大きく目を見開き、ジーハスがギリッと奥歯を噛み締めた。
「それでは参りましょう!取引START!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに参加者達が手を高々と挙げる。心なしか先程よりも多くの参加者達が手を挙げている気がする。
「1千万J!」
「5千万J!」
「1億J!」
(サウンディバレルを超えた……!)
どんどん競り上がっていく金額が早くもサウンディバレルを超えたことにレーラが息を呑んだ。だが、参加者達の欲望はまだまだ止まらない。そして、
「8億J!」
淡い紫色のパーティードレスに両耳と左手の中指、胸元と首回りを大粒の真珠のイヤリングと指輪、ブローチとネックレスで着飾った貴婦人が高らかにそう告げると、それを超える者はいなくなった。
「レインボーリリー、8億Jで取引成立です!お買い上げ誠にありがとうございます!」
バニーガール姿の女がワゴンを押してステージから下り、真珠だらけの貴婦人の元へとレインボーリリーを運ぶ。そして貴婦人は手首に提げていた淡い紫色のファー素材のカバンから財布を取出し、大量の札束―――8億Jをバニーガールの女に手渡した。そしてステージ袖からまた別のバニーガール姿の女が両手に赤い布を被せたものを持ってやって来る。
「もしやアレが……!?」
「遂に手に入ったのね……!」
布を取る前から参加者達の口から歓喜の言葉が零れ落ちていた。
「それでは続いての商品に参りましょう!商品は……こちらァ!」
司会者の声に合わせてバニーガール姿の女が覆っていた赤い布を剥ぎ取る。
(!!?)
(あれぇ!?)
(は…はァ!?)
(え……!?)
(う、嘘……!?)
バニーガール姿の女の手に乗せられた台座の上に置かれたその商品を見て、リン達5人は目を大きく見開き思わず驚嘆の声が出そうになるのをぐっと堪えた。
そこにあったのは六角形の薄ピンク色をした宝石が5つ―――紛れも無いエメラの“記憶の宝石”だ。
(なっ…何で“記憶の宝石”がオークションの商品になってんだよォ!?)
(コイツ等は、あの宝石が何なのかを知っているのか……?いや、そもそもあの宝石はエメラの記憶が封じられていることを除けば、宝石店でも売られているごく普通な宝石のはずだ。)
(と、とにかく……あれはエメラのものなんだから私達が取り返さないといけないものだけど……。)
(リンさん……ど、どうするの……?)
ジーハスが落としそうになったワイングラスを乗せたお盆を慌てて持ち直し、ティールが軍帽を被り直しながら自問自答し、レーラがパーティーテーブルを拭きながら視線を右往左往させ、サーニャが困惑したままこっそり壁際にいるリンに視線をやる。
サーニャの視線に気づいたリンは控えめに首を左右に振った。
(確かに、あの宝石はエメラの大切な記憶だから絶対に取り返さないといけない。だけど……申し訳ないけどそれは後回し。この後にも、まだまだヤバいものが売買されることになっているんだから。)
ギュッと拳を固く握り締める。
(それに、評議院に頼み込めば宝石を渡してくれるかもしれないんだ。だから、作戦通りに行こう!)
口元に笑みを浮かべて、残っていたシャンパンを飲み干した。
「こちらの宝石は一見どこにでも売っているような宝石ですが……その正体は100個集めると世界を破壊することが出来る“破滅の宝石”なのです!」
(はァッ!?)
(一体全体何がどうしてそうなったんだ……。)
(それに100個集めないといけないのに、あそこにあるのは5個だけ。)
(買い取りたい人は少ない…よね?)
ジーハスが驚きでコケそうになるのを必死に堪え、ティールとレーラがやれやれと肩を竦め、サーニャが不安気にステージ上の宝石を見遣った。キラリと、宝石がスポットライトの光を反射して切なげに光る。
「それでは参りましょう!取引START!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに参加者達が手を高々と挙げる。幸運なことに先程よりも挙がっている手の数が少ない。
「1億J!」
「5億J!」
「10億J!」
(買い取りたい人が少ないから、ここぞとばかりに金額を競り上げていってる……。)
リンの頬を冷や汗が伝った。そして、
「15億J!」
黒い上着に黒いタイトスカート、赤縁眼鏡がよく映える研究者のような若い女が高らかにそう告げると、それを超える者はいなくなった。
「破滅の宝石、15億Jで取引成立です!お買い上げ誠にありがとうございます!」
バニーガール姿の女がステージから下り、若い女の元へと宝石を運ぶ。そして女は足元に置いてあったアタッシュケースをバニーガール姿の女に手渡した。どうやらそこに札束―――15億Jが入っているらしい。そしてステージからはまた別のバニーガール姿の女が両手に赤い布を被せたものを持ってやって来る。
「さぁ、オークションもそろそろ終わりに近づいてきました!続いての商品は……こちらァ!」
司会者の声に合わせてバニーガール姿の女が覆っていた赤い布を剥ぎ取る。
そこには一見普通の茶色い革製の表紙の一冊の魔法書があった。
「おぉ…アレが……!」
「ただ1つしかない魔法書……!」
再び参加者達の口から歓喜の言葉が零れ落ちる。
「こちらの魔法書はあの偉大なる黒魔導士ゼレフが編み出した黒魔法の数々が封印されている、世界にただ1つだけの魔法書でございます。」
(えっ!?)
(ゼレフの…黒魔法……!?)
(しかも数種類の黒魔法が収められているなんて……。)
(つーか、アイツ等いったいどこでンなモン手に入れてんだよ……!?)
(まさか、まだあんなものがこの世界に存在しているなんて……。想定外だ……。)
サーニャが目を見開き、ティールとレーラが息を呑み、ジーハスが苛立ちのあまりワイングラスを叩きつけるように乱暴に置き、リンが後れ毛を耳にかけながら顔を顰めた。
「それでは参りましょう!取引START!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに参加者達が手を高々と挙げる。圧倒的な数の手があちらこちらで挙げられる。
「10億J!」
「20億J!」
「25億J!」
「30億J!」
(ヤ、ヤバ……。金額がどんどん上がって……!)
(ルーシィとかがこんな金額耳にしたら、目を回して倒れちゃうんだろうな~……。)
凄まじい勢いで競り上がっていく金額にレーラが目を見開き、サーニャが驚き倒れるルーシィを想像しながら苦笑する。そして、
「50億J!」
口元と顎に白いひげを生やし、流水模様が描かれた紺色の羽織りに縞の袴をかっちりと着込み、黒い山高帽を緩く斜めに被り、黒い杖を持った老夫が威厳に満ちた声音でそう告げると、それを超える者はいなくなった。
「魔法書、50億Jで取引成立です!お買い上げ誠にありがとうございます!」
バニーガール姿の女がステージから下り、老夫の元へと魔法書を運ぶ。自分の元に運ばれた魔法書を一瞥し満足したように老夫はゆっくりと大きく頷くと、傍に控えさせていた部下と思われる黒いサングラスをかけた男がバニーガール姿の女にアタッシュケースを手渡した。どうやらそこに札束―――50億Jが入っているらしい。
「さぁ、ご来場の皆様……大変長らくお待たせ致しました!」
(来た……!)
司会者の男がマイク越しに叫んだのを合図に、リンはチリンとわざと頭を軽く振って鈴を鳴らす。作戦開始の合図だ。
鈴の音を聞いた警備員に変装しているティールとサーニャは壁際から離れ、ウェイターとウェイトレスに変装しているジーハスとレーラはお盆を適当なテーブルに置き、それぞれの定位置に着く。そしてリンは会場の隅から流れるような動きで中央へと歩みを進める。
ステージ上では5人のバニーガール姿の女が赤い布で覆われた、今までの商品と比べものにならない巨大な商品を車輪付きのワゴンに乗せてやって来た。その大きさはかなり広いステージの幅のほとんどを占領してしまうほどで、しかも赤い布越しにモゾモゾと動いており、時折「ヴヴヴ……」という呻き声も聞こえる。
「いよいよだな……!」
「あぁ…!待ちきれなかったわ……!」
参加者達が恍惚とした笑みを浮かべながら歓喜の言葉を零す。
「いよいよっ!今夜のオークション最後の商品、そして目玉商品の登場です!」
拍手喝采が起こる。
「商品はァ……こっちらァ!」
気合の入った司会者の声に合わせてバニーガール姿の女が覆っていた赤い布を剥ぎ取った。
そこにはサウンディバレルが入っていたものよりも遥かに巨大な鉄格子があり、中には20mを優に超えた巨大な魔法生物が手足を鉄球が付いた鎖で縛られていた。血走った赤黒い目、鋭利な爪、頭のてっぺんから尻尾の先―――全身を鋼の鱗で覆われている。口枷が嵌められているせいか少し苦しそうだ。
参加者達は「オォォォォ……!」と恐怖するどころか大迫力の生物の姿を目の当たりにして興奮じみた声を上げていた。
「こちらの魔法生物はスチルディノス。鋼の鱗で覆われた太い尻尾で木々を薙ぎ倒し、敵モンスターを潰して食します。更に!鋭く尖った牙が生え揃った丈夫な顎はどんなに固いものでも噛み砕くことができます。あまりにも狂暴なので、今はこうして口枷を嵌めていますが……。私共は命の保証はできませんので、お買い上げして頂いた方は十分ご注意ください。」
司会者の男と5人のバニーガール姿の女が参加者達に向かって恭しく一礼をする。
「それでは!早速参りましょう!本日最後の取引……START!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、参加者達は我こそは!と一斉に手を高々と挙げる。挙げられた手の数も今までの商品とは比べものにならない。
「30億J!」
「40億J!」
「45億J!]
「50億J!」
金額も凄まじい勢いで競り上がっていき、あっという間に先程の魔法書の金額を超えてしまった。
「60億J!」
「65億J!」
「70億J!」
「80億J!」
それでも参加者達の熱は冷めることがない。
そして誰かが「90億J!」と高らかに叫んだ瞬間、その熱がだんだんと冷め始めた。挙がっていた手がどんどん下がっていく。
「さぁさぁさぁ……!90億Jを凌ぐ方はいませんかぁ~!?」
司会者の男がぐるりと会場全体を見回したその時だった。
「100億J!」
鈴を転がしたような声が響き渡る。
鮮やかな赤いドレスに白いファーのケープ、艶やかな黒髪を銀色の鈴の付いた赤いリボンでシニョンに結わえた若い女―――――リン・グラフィリアが会場の中心で白くて細い手を真っ直ぐに挙げていた。
100億Jを超える者は当然いない。
「スチルディノス、100億Jで取引成立です!お買い上げ誠にありがとうございます!」
割れるような拍手喝采が起こる。
「この大きさですので、商品は後程渡します。取引額の100億Jを今そちらに向かわせた者にお渡しください。」
司会者の男がそう言うと、5人のバニーガール姿の女の内の一人がステージから下りリンに歩み寄る。リンはそのバニーガール姿の女に笑いかけると、
「すみません。100億Jは……払う必要がないんです。」
「え?」
「……えーっとお客様、それはつまり、どういう……?」
リンの言葉にバニーガール姿の女がきょとんと目を丸くし、司会者の男が戸惑ったようにマイク越しに尋ねた。会場がざわついてきた。
そしてリンは桜色の口紅で縁取られた口元に弧を描くと高らかに叫んだ。
「そこから動かないでくださいっ!私は、妖精の尻尾の魔導士―――リン・グラフィリアです!」
「なっ……!?」
司会者の男が息を呑んだ。しかし、それはほんの一瞬。男は冷静に状況を把握するとリンの元に向かわせたバニーガール姿の女に指示を出す。
「その女を直ちにひっ捕らえろっ!」
バニーガール姿の女は屈んでリンの視界から逃れると懐からサバイバルナイフを取出し下から振り上げる。が、その手を右手でガッチリと掴むと、リンは忍ばせていた桜の花びらが描かれた鞘から刀―――名刀・焔桜を抜き、女の首筋に突き立てる。
「ヒィ……!」
「動かないでくださいね?」
妖艶に微笑んだ。
「不味いぞっ!正規ギルドだっ!」
「妖精の尻尾だと……!?」
「けど、相手は女1人だっ!殺っちまえ!」
「オオオオオオッ!」
さすが、マグノリア同等古くから魔法が盛んな街だ。どうやら参加者のほとんども闇側の魔導士のようで、皆剣や槍を構え、拳に炎や水を纏いリンに襲いかかろうとするが、
「ギャアアア!」
「うげっ!」
「ぐっ……!?」
「ガハッ!」
「うわあああああっ!」
攻撃を仕掛ける前に駆けつけたティール、ジーハス、レーラの3人の手によって切り倒されてしまう。
「リンさんに近づくな。」
「せめて、その欲と金に汚れた面と手を洗ってから来いよ?」
「正規ギルドをなめないでくれる?」
ティールが眼光を鋭くし、ジーハスが不敵に口角を上げて笑い、レーラが三つ編みを揺らしながら参加者―――敵を睨み付ける。3人の凄味に敵は顔を青くした。
「これは、さっさとこの場から逃げた方が早いわ!」
その声が上がったのほぼ同時に、リン達の後ろの方にいた敵は一目散に会場から出ようとするが、
「はいっ、行き止まり!」
「なっ……!?」
「いつの間に……!?」
サーニャが鞘に納めたままの刀を持った右手を広げて出入り口の前に立ち塞がり、逃げようとする敵を容赦なく切り倒していく。
「もぉ~。ティール達はあっちで敵と対峙しているのに、何で私は臆病者がここから逃げるのを防ぐ役目なの?」
不満げに頬を膨らましながら、サーニャは軍帽を脱ぎ捨てた。軍帽に隠していた水色のウェーブがかかった髪が広がる。
「私だって、リンさんのために戦いたいのに~!」
「敵の数が減ったら戦わせてやるから、それまでそこで見張ってろって。よっ、ほっ。」
「うぎゃっ!」
「ぐはっ!」
不満を零すサーニャを宥めながら、ジーハスは襲いかかってきた2人の敵の内、1人を切りつけ、1人を蹴り上げて倒す。
順調にリン達が敵を倒していき、半分ほどにまで減った。リンは未だステージ上でマイクを手に佇んだままの司会者の男を見据える。
「この船、自動操縦で動いているみたいだけど……さっき私の仲間が、こっそり港に引き返すように設定しておいたから。恐らく港に着けば、そこで待機している評議院に連行されるけど……どうします?」
レーラが着替えに行ったついでに、操縦席に行って船が港に向かうようにしたのだ。これも作戦の内の一つだ。
首を傾げて問うリンの言葉に男はしばらく黙っていたが、
「……ふっ。……ふはははははははっ!」
「!?」
まるで勝ち誇ったように不気味に笑い叫ぶ。その様子にリンは目を丸くした。
「船が港に向かい、私共は評議院に連行されるだけ……。ふふふ、ならば!今ここであなた方を倒せばいいだけの事でしょう?」
「それができるんですか?」
「えぇ。私共だけでは無理ですがね?」
「?」
「長い間、この狭い鉄格子の中で自由を奪われていたんです。彼も暴れ回りたくて仕方がないでしょうし、この際ですから手伝ってもらいましょうかね。」
「!ま、まさか……!?」
リンが視線を移すが時既に遅し。
バニーガール姿の女達が慎重にスチルディノスの手足を繋ぎ止めていた鎖を外し、恐る恐る鋭く尖った歯が生え揃った巨大な口を覆っていた口枷を外し終えるところだった。そして、ギィィィ……と軋んだ嫌な音を立てながら鉄格子が重々しく開かれた。
「ヴヴヴオオオオオオオオオオオッ!」
スチルディノスの咆哮が轟く。バニーガール姿の女達は甲高い悲鳴を上げながらステージ袖へと引っ込んでいった。
「キャアアア!」
「に、逃げろーーーーーっ!」
「食い殺されるぞーーーーーっ!」
「うわあああっ!」
参加者達は背広を振り乱し、ドレスの裾をたくし上げ、一目散に走りだす。が、会場とその外へと続く唯一の扉に前にはサーニャが立ち塞がっていた。
「サーニャ!誰一人そこを通すなよっ!」
「わかってる!」
ティールの声に会場から逃げようとする参加者達相手に刀を振り回しながらサーニャが半ば叫ぶ勢いで大きく頷いた。予想だにしていなかった事態とはいえ、リン達は仕事を完遂するためにここで彼等を野放しにする訳にはいかないのだ。
それでも、あまりのその人数の多さにサーニャは苦戦していた。
「キャッ……!」
「サ、サーニャ!?」
「いっ…たぁ~……!」
小さな悲鳴にリンが驚いて振り返ると、サーニャの左腕に傷ができていた。警備員の制服の袖が破れ血が滲んでいる。どうやら、逃げ出そうとしている参加者達の内の一人が持っていた剣か何かでサーニャの腕を切りつけたようだ。
「さぁさぁ正規風情がっ!この惨状にどう対処しようかっ!考えている暇などありませんよ?」
司会者の男はまるで狂ったように、リン達を挑発するかのようにマイク越しに叫ぶ。その言葉に苛立ちを覚えたリンはギリッと奥歯を噛み締めた。
スチルディノスは咆哮を轟かせながらステージから下り、鋼の鱗で覆われた太くて長い尻尾を左右に振り回しす。あちらこちらでガシャン!ゴシャッ、ガチャンと激しい音を立てながらテーブルや椅子、ワイングラスや椅子を次々に破壊していく。この調子では、船が沈むのは時間の問題だった。
「チッ。船ごと俺達も参加者もまとめて海に沈めるつもりかよ。」
「リンさん、どうしますか?」
ジーハスが苛立ちながら舌打ちをし、レーラがリンに問いかける。
必死に助けを請う参加者を、暴れ回るスチルディノスを見据えると、リンは桜の花びらが描かれた鞘から名刀・焔桜を抜き構える。チリンと鈴が鳴った。
「参加者もスチルディノスも……誰一人死なせない!船が沈まない程度の攻撃で、港に着くまでにスチルディノスの動きを止める!」
「はい!」
「おう!」
「わかりました!」
リンの言葉にティール、ジーハス、レーラは頷くと、3人は刀を構え直し一斉に床を蹴って駆け出す。
「ジーハスは右、レーラは左から頼む!」
「りょーかい!」
「任せて!」
ティールの指示通り、ジーハスとレーラはそれぞれ右と左に移動する。
そしてティールは一人、暴れるスチルディノスの足元まで来るとゆっくりと漆黒の瞳を伏せる。その手に握られているのは銀色の刀身に撫子の花弁が舞う黒と紫色の闇の渦に包まれた刀。
「黒刀――――――――――常闇撫子。」
両手で刀を構え直すと、ティールは伏せていた目をカッと見開いた。
「闇に、消え散れ―――――!」
振り上げた黒刀・常闇撫子がスチルディノスの手足を闇で覆い隠すように切り裂いた。
痛みで呻くスチルディノスの頭上で高く跳び上がる橙色の影。
「荒刀――――――――――山吹旋風!」
口角を上げて得意げに笑うジーハスの右手には銀色の刀身が鮮やかな色の山吹の花びらを巻き込みながら渦を巻いた風を纏った刀が握られている。
「吹き飛べェエエエッ!」
大きく体を反らしながら振り下ろした荒刀・山吹旋風はスチルディノスの鋼の鱗で覆われた太くて長い尻尾を切り刻む。
痛みで呻くスチルディノスの体を登る銀色の影。
「聖刀――――――――――火帝菊。」
三つ編みに結わえた銀髪を揺らし、長い睫毛に縁取られた透き通った水色の瞳でスチルディノスを見下ろすレーラの左手には銀色の刀身を菊の花びらを纏った炎に包まれている。
「儚く、咲き爆ぜれ―――――!」
鋼の鱗で覆われたスチルディノスの背中を突き刺した聖刀・火帝菊はその軌跡通りに大輪の菊の花が咲くように爆発する。
スチルディノスの動きは大分鈍くなり始めていた。
「リンさん!」
「サーニャ!」
「今だっ!殺っちまえぇっ!」
着地したレーラ、ティール、ジーハスが後ろを振り返りながら叫ぶ。
3人の声を聞いて、その場にただ悠然とした立ち振る舞いで笑みを浮かべるリンを風のような速さで出入り口の前に群がっていた参加者達を全員気絶し終えたサーニャが横切る。
「や~っと思いっきり刀を振れる!待ちくたびれちゃった~!」
腕の怪我を気にする素振りも見せずに嬉しそうに海のように深い青い瞳を輝かせながら、サーニャは銀色の刀身を白、赤、紫の睡蓮の花びらが舞う水を纏った刀を両手で構え直した。
「神刀――――――――――海神睡蓮!」
目を見開き、歯を食いしばる。
「海の神様の怒り……その身に刻み込め!」
神刀・海神睡蓮を横に大きく薙ぎ払うと、刀の軌跡から溢れ出た水がスチルディノスの巨大な体を包み込み、容赦なく切りつける。だが、往生際が悪いのかスチルディノスはまだ立ち上がろうともがき出す。
「リンさん!いっちゃえ~!」
サーニャが満面の笑みで後ろにいるリンを振り返り、握り締めた拳を上へ掲げる。
「もぉ~……皆で倒してよかったのに~。」
仕方がない、という感じで眉尻を下げ肩を竦めるリンだったが、名刀・焔桜を構え直すとその場を小さく蹴り上げ駆け出した。
「わっ……。」
「は、速い……!」
「で、でもリンさん、一応ドレス……。」
「ハハハ!ンなこと、リン姉が気にする訳ねェだろ?」
一瞬で自分達のことを横切ってしまったリンのあまりの速さにティールとサーニャが小さく驚嘆の声を上げ、苦笑するレーラの言葉にジーハスが笑い飛ばした。
スチルディノスの足元まで来ると、リンは床を蹴り上げその場で跳び上がる。
「これ以上私は、大切な人達を失いたくない。だから……少しの間、大人しくしててくれる?そうしたら、きちんとあなたを、元居た場所に帰してあげるから。」
スチルディノスの赤黒い目を見つめながら言い聞かせるように言うと、リンは刀を振り上げ叫んだ。チリンと鈴が鳴る。
「花月流―――――夜叉桜!」
リンの背後に2本の刀を持った額から生えた2本の角、鋭く尖った牙、眼光の鋭い目―――鬼神の幻影が浮かび上がり、リンが桜の花びらが舞う紅蓮の炎を纏った名刀・焔桜を振り下ろしたのと同時に、鬼神の幻影が2本の刀で交差するようにスチルディノスを切りつけた。その風圧で軌跡から溢れ出した桜の花びらが会場一面に舞い散り、ティール達は思わず目を瞑る。
そして、ドスン……という音にティール達は目を開けた。会場内は撫子、山吹、菊、睡蓮、桜の花びらで埋め尽くされ、その中でスチルディノスが目を閉じて倒れていた。どうやら気を失ったようだ。ステージ上では司会者の男がすっかりリン達に恐れを為した、あるいは怖気づいてしまったのか腰を抜かしてしまっている。そしてリンは倒れたスチルディノスの前に佇んでおり、名刀・焔桜を鞘に納めるところだった。鬼神の幻影はもう影も形も無い。
「リーンさーーーん!」
「わっ、とっとぉ。危ない危ない。」
「やったやった~!私達勝ったよ~~~!」
真っ先にリンの元に駆け寄ったサーニャが飛びつき、バランスを崩しそうになったリンがサーニャの体を両手で支えながらその場に踏みとどまる。
「こーらサーニャ。そうやっていきなりリンさんに抱きついたら危ないでしょ。」
「えー?それ、ヤキモチ?」
「なっ……!/////ち、違うから!//////////」
「顔、真っ赤だぜ?」
「うううるさい!////////」
「ハハハ!」
「全く……。」
リンに抱きついたままのサーニャの言葉に口で否定するレーラだが、ジーハスが横から茶々を入れ更に色白の肌が真っ赤に染まる。面白おかしそうにジーハスは笑い、ティールは呆れて肩を竦めながらため息をついた。その4人の様子をリンはサーニャの頭を優しく撫でながら微笑ましげに見つめていた。
「そんなことより、腕の怪我ホントに大丈夫なの?」
「うん。もう血は大分止まってきているから大丈夫だよ。」
「ならいいけど……。」
「でも、港に着いたらちゃんと手当しよっか?」
「はーい!」
口では元気にそう返事をするサーニャだったが、浅いとはいえ腕の生傷はとても痛々しい。
(傷が残っちゃうから、早く手当してあげないと……。こんなことなら、ミラからドレスと一緒に救急箱とかも借りてくるんだった……。)
「………。」
あの時サーニャを守れなかった己の不甲斐なさにリンは唇を噛み締める。その様子をジーハスはただ黙って見つめていた。
「まっ、とりあえずこれで一件落着だな。あとはこの船が勝手に港に着くのをひたすら待つだけだ。」
「リンさん、あの男はどうしますか?」
気を取り直すようにジーハスが頭の後ろで腕を組みながら言い、ティールが未だに腰を抜かしている男を指差して問う。
「放心状態だからね。たぶんもう気にする必要はないんじゃないかな?あとのことは全て評議院に任せよう。」
「わかりました。」
リンの言葉にティールが頷いた、その時だった。
チリンリン―――――。チリリン―――――。
「!」
どこからか聞こえた鈴の音にリンは驚いて辺りを見回す。だが、自分の髪を結わえているリボンの鈴以外で、それらしき鳴り物はどこにも見当たらない。だが、今の2つの鈴の音は明らかにリンのそれとは異なるものだった。
「リンさん?」
「どうかしたんですか?」
「え……。」
ティールとレーラがきょとんとした顔をしてリンを見上げる。どうやらリン以外に今の鈴の音は聞こえなかったようだ。リンは静かに息を呑む。
「リンさん?もしかして、やっぱり具合悪かったんじゃ……?」
「……ううん、何でもない。ちょっと、懐かしい音が聞こえた気がしてね。」
「音?懐かしい?」
「うん……。でも、ホント気のせいだったから気にしないで。ね?」
「……リン姉が、そう言うなら。」
心底不安そうにリンを見上げるサーニャの頭を再び優しく撫でながらリンは言う。首を捻るジーハスを半ば強引に納得させると、リンは窓の外を見遣る。青白い光を帯びた三日月が儚げに大海原を照らしていた。
(もう、忘れ去らなければいけない事なんだ。いつまでも過去に縛られたままじゃダメなんだ。せめて、私自身の事を、こんなにも尊敬してくれる、心配してくれる、愛してくれるこの子達の前だけでも……私は、強く、凛々しく、憧れで在ろう―――――。)
思いを噛み締めながらリンはゆっくりと目を閉じた。チリンと鈴が鳴る。
事なきを得た豪華客船トワイライト号は汽笛を鳴らし、リン達を乗せてゆっくりと港へと向かうのだった。
―30分後―
無事港に着いたトワイライト号を待ち受けていたのは、当然のことながら評議院直属の検束部隊だった。船から真っ先に降りたリン達5人は自分達が妖精の尻尾の魔導士であることがきちんと認められた上で船内のオークションなどについての詳細を事細かく変わり順番に話していった。
そして現在、検索部隊の者達が司会者の男をはじめとするオークション関係者を一人残らず捕縛し、商品とされていたスノウディアスをはじめとする魔法生物達は無事保護され、魔法書や“破滅の宝石”基エメラの記憶の宝石も無事回収された。
「改めて、オークション廃止とその関係者の捕縛、そして売買禁止の魔法生物の保護に禁忌魔法の回収……御協力感謝申し上げる。」
そう言って律儀にリン達に向かって頭を下げているのは右が金、左が黄緑のオッドアイに、襟足が少し長めの整った深緑の髪、口を一文字に引き結んでおり、如何にも“真面目”という文字そのものが評議院の制服を着たような青年だった。年は見た目からしてティール達と然程かわらない16~18歳ぐらいだろうか。
「後の事は全てこちらが処理をする。皆様方はどうか疲れた体をゆっくりと休ませてほしい。夜もすっかり更けてしまったから、皆様方のお手数でなければ部隊の者がそれぞれの自宅、あるいは寮までお送りするが」
「いやいやいや、とてもありがたいけど何もそこまでしてもらわなくても……。」
「しかし、最近この辺りはとても物騒なんだ。帰宅途中万が一にでもモンスターに襲われでもしたら大変だ。」
相変わらず口を一文字引き結んだままで表情に変化は見られないが、何から何まで律儀で気が利く青年の誘いをリンは困惑しながらも顔の前で手を振って断る。だが、律儀なのか気が利くのか、それともただの心配性なのか……青年は引き下がろうとしない。
「おいおい、俺達はあの有名な魔導士ギルド、妖精の尻尾に所属する花時の殲滅団だぞ?」
「モンスターに襲われるくらい、どうってことないわよ。」
「それに、リンさんがいるもん!モンスターなんか相手にならないよ。」
「それ以前に、モンスターなんかにリンさんを触れさせるものか。」
口角を上げて得意げにジーハスが言い、それに倣い自慢げにレーラが言い、リンの腕に抱きつきながらサーニャが言い、当たり前のようにティールが大きく頷きながら言った。さすがのリンも苦笑していることは4人には言わないでおこう。
それを聞いた青年は金と黄緑の瞳をぱちくりさせ、ほんの僅かに口元を緩めて小さな微笑を浮かべた。
「これは失敬。妖精の尻尾の魔導士……しかも、花時の殲滅団の方々でしたか。」
納得したように頷くと、青年は再び頭を下げる。
「ということは、あなたが彼の有名な鈴音の殲滅者のリン・グラフィリア様か。」
「そうだよ~♪」
「何でお前が答えるんだ。」
またすぐに口を一文字に戻ってしまった青年の言葉になぜかリン本人ではなくどこか誇らしげな顔をしているサーニャが頷き、それにティールがツッコむ。
「あははは、“彼の有名な”は言いすぎだと思うんだけど?」
「そんなことないです!」
「リンさんは世界一!」
「リン姉、もっと胸張って良いんだぜ?」
「リンさんは、何事にも優れた最高の魔導士です!」
「あははは……。」
本気で自分の事を褒め称える4人の言葉にリンは苦笑するしかなかった。青年はツッコむ訳でも唖然とする訳でもなく、やはり口を一文字に引き結んだままだ。
ふと青年は視線をサーニャに移すと、サーニャの腕の怪我に気づいた。
「サーニャ・アドミーア様。」
「へっ?」
突然自分の名前を、しかも「様」付けで呼ばれたサーニャはビクッと肩を震わせた。
「腕、怪我をしているな。」
「あ、だ、大丈夫大丈夫!もう血も止まってるし、痛くもないから!」
「ダメだ、女性の肌はとても繊細なんだからきちんと手当をしろ。傷跡でも残ったらどうするんだ。」
「う……。」
平然を取り繕うとしたが、青年の言葉に気圧されてサーニャは押し黙る。相変わらず表情に大きな変化は見られないが、些細なところまで行き届いた青年の気遣いにリンは目を丸くしていた。
「ミヅキ。」
「呼んだ、ケイト?」
「わっ!」
「ふわっ!?」
「うおっ!」
「うわぁ!?」
「ひゃあ!」
青年が呼んだのと同時に、“ミヅキ”と思われる少女がまるでずっとそこにいたかのように、どうやら“ケイト”という名前らしい青年のの肩越しからひょこっと顔を覗かせた。いきなりのことにリン達5人はそれぞれ驚嘆の声を上げた。
「そこにいるサーニャ・アドミーア様が腕を怪我している。治療してやってくれ。」
「怪我?あ、ホントだ。」
右が金、左が赤紫のオッドアイに背中をすっぽりと隠してしまうほどの長い群青色の髪の毛を白い花の髪飾りで着飾った、どこか神秘的で儚げな雰囲気を身に纏った少女、ミヅキはケイト同様評議院の制服を身に着けていた。やけに目を引くのは腰に身に着けている白地に色とりどりの小花があしらわれたポーチだ。
ミヅキはサーニャに歩み寄ると、屈んで腕の傷を凝視する。
「あー……うん、確かに血は乾いてきてるし傷そのものも浅いけど、このままほっといたらマズいね。」
そして視線を海へと移す。
「……うん。運よく海があるからあの子を呼べる。」
「あの子……?」
首を傾げるリンに気づかないまま、そう言うとミヅキは腰に着けていた小花柄のポーチから1本の銀色の鍵―――星霊の鍵を取り出した。
「え。」
「あれって、ルーシィと同じ……。」
「じゃあ、あなたも……?」
サーニャ、ティール、レーラの順に言葉を紡ぐ。
「開け、鯨座の扉……シータス!」
ミヅキは銀色の星霊の鍵をそのまま海に放り投げてしまった。鍵はポチャンと海に落ち、鐘の音と共に水面に巨大な魔法陣が展開する。そこから姿を現したのは光沢のある藍色の肌に黄色い星模様が刻まれた白いお腹、2つに裂けた大きな尾鰭持つ巨大な鯨だった。
「星霊魔導士……。」
「ンなことよりデカーーーッ!?」
小さく呟いたティールの隣で鯨のあまりの大きさのジーハスが驚嘆の声を上げた。鯨座の星霊シータスはというと、悠々と海の上で漂っている。気持ちよさそうだ。
「水のある広い場所でしか呼び出せない子だから、久しぶりにこっちに世界に来れて嬉しいんだと思う。よかったね、シータス。」
「どうでもいいが、早く治療をしろ。」
「はいはい、せっかちだなぁ~。シータス!のんびりしてるところ悪いんだけど、お願いね?」
ケイトに急かされ、ミヅキは口元に両手を当ててシータスに向かって叫ぶと、シータスは返事をするように一鳴きし、それと同時にシータスの頭上に水色の魔法陣が展開し勢いよく潮を吹いた。
「え、わっ。」
「うわぁ!」
「な、何だコレッ!?」
「つめたっ。」
「水の、リング……?」
吹いた潮は空中でリング状になり、リン達5人に降り注ぐ。するとサーニャの腕の怪我が見る見るうちに消えていく。
「あ、傷が……!」
「すごいな。」
サーニャとティールが感嘆の声を漏らした。
「ついで、と言ったらあれですけど……皆さんの魔力も回復させておきました。」
「あ、本当だ。」
「ありがとう、助かりました。」
ウィンクをしながらミヅキが言い、魔力が回復したことを実感したレーラが目を丸くしリンがお礼を述べる。「いえいえ~」と手をひらひら振りながらミヅキはシータスの元へ行ってしまった。
「それにしても、星霊魔導士が他にもいたなんて……。」
「あぁ、そういえば……妖精の尻尾にも星霊魔導士が一人所属してたな。」
リンの呟きに腕組みをしながら思い出したかのようにケイトが言う。
「剣咬の虎にも一人、あと確か……この国の王女様も星霊魔導士だと聞いたことがある。」
「詳しいんですね。」
「全部、聞いた話だ。知識になるような話ではない。」
相変わらず口を一文字に結んだまま謙遜するケイトだったが、年齢にはそぐわないその聡明さにリンは再び目を丸くした。
「それに、確かに私は星霊魔導士ですけど……持っている鍵は全て銀。皆さんの仲間の星霊魔導士の方と比べたら大したことありませんよ。」
いつの間にかシータスを星霊界に帰らせたミヅキがケイトの横に並んでいた。
「妖精の尻尾の星霊魔導士は……ルーシィ・ハートフィリア、っていう名前だった気がする。」
「あぁ、確か……隊長が先日会った妖精の尻尾の魔導士の内の一人にそんな名前の女性魔導士が居た気が……。」
「「「「「えっ。」」」」」
2人の会話を聞いていたリン達5人は全く同じタイミングで同じ短い驚嘆の声を上げた。その5人の反応にケイトとミヅキも目をぱちくりさせる。
「お前、隊長じゃなかったのか?」
代表してジーハスが問いかけた。
その問いにケイトとミヅキは互いに顔を見合わせると困ったように眉尻を下げて苦笑する。
「これは失敬。まだこちらが名乗っていなかったな。」
「まぁ、もう名前はわかってると思うけど。」
そう言うと2人はその場で足を揃えて佇まいを正し、それぞれ金と黄緑、金と赤紫の瞳でリン達を真っ直ぐ見据える。
「評議院第3強行検束部隊副隊長、ケイト・アロイスだ。」
「同じく、評議院第3強行検束部隊専属諜報員兼専属救護係兼隊長副隊長補佐のミヅキ・オルニシアです。」
「役職多いなっ!?」
ミヅキの役職のあまりの多さにジーハスが目を見開いた。
「隊長―――ルギアルというんだが、今日は別件にてこちらに赴くことができなかったんだ。」
「だから、副隊長のケイトと補佐の私が代わりに先導してきたって訳。」
「な、なるほど。」
付け加えるように言う2人の説明にリンは慌てて頷く。すると、
「副隊長ー!」
ケイトとミヅキの部下らしき男が駆け寄って来た。
「オークション関連者、全員の捕縛完了しました!」
「ご苦労。下がっていいぞ。」
「はっ!」
ケイトの言葉にビシッ!と音が聞こえるような勢いで敬礼した後、男はリン達に向かって一礼して足早に去って行った。
「それでは、俺達はこれで失礼する。」
「改めて、本日はありがとうございました~!」
「え、あっ、ちょっと待って!」
「「?」」
そのまま部下を引き連れて立ち去ろうとする2人をリンは慌てて引き止める。
「じ…実は、ちょっと頼みたい事があって……。」
「頼みたい事?」
「オークションに売られていた商品の中に、薄ピンク色の宝石があっただろ?」
「あぁ、確かに薄ピンク色の六角形の宝石が5つあったが……?」
リンの言葉にミヅキが首を傾げ、ティールの言葉に腕を組みながら思い出すようにケイトが言った。
「その宝石、私達の仲間の大切な……えーっと、詳しいことは説明し難いんですけど、とにかく大切なものなんです。」
「つー訳で、その宝石をできればソイツに返してやりてェんだが……?」
レーラとジーハスが恐る恐るといった感じで言う。
いくらエメラにとって大切な宝石とはいえ、“破滅の宝石”という非常に危険な魔法道具として売られていたのだ。そう易々と評議院が渡してくれる訳がない。ケイトとミヅキは困ったように顔を見合わせると神妙な顔で言葉を紡いだ。
「そちらにどんな事情があるかは知らないが、危険な魔法の一つとして数えられる可能性がある魔法道具をそう易々と渡す訳にはいかない。」
「それに、私達2人の独断だけじゃ到底無理だね。上からの判断もあるし。」
「そっかぁ~……。」
2人の言葉を聞いてサーニャは心底残念そうにがっくりと肩を落とす。すると、口を一文字に引き結んでいたケイトがほんの僅かにその口を緩めて表情を和らげると「だが……」と続けた。
「評議会の話し合いや調査の結果次第によるが、もしその宝石が危険視する必要が無い代物だと明らかになった際に、俺が上と掛け合って宝石を皆様方の仲間の元へ届けることを誓おう。」
「ホント!?」
「ケイトは上からの信頼も厚いからね~。それに、こう見えて実はケイト、一度した約束は絶対に最後まで果たすし守るし、嘘なんか絶対吐かない性分だから安心して。」
ケイトの言葉に嬉しそうに顔を綻ばせたサーニャは、ウィンクをしながら言うミヅキの言葉を聞いてその顔を更に輝かせた。
「恐らくそれなりの時間を要することになる。気長に待って頂く必要があるのだが……。」
「ううん、そこまでしてくれるだけですごく助かるよ。ありがとう。」
肩を竦めるケイトに対し、どこまでも配慮を届かせる根は優しい器用な人だな、と感心しながらリンは改めてお礼を述べる。
「でも、どうしてここまで……?」
「あーそれは、ただ単純に協力してくれたお礼という理由はもちろん……先日とある闇ギルドの連中の捕縛をした際に、それに協力してくれた火竜のナツ・ドラグニルやグレイ・フルバスター、妖精女王のエルザ・スカーレットやコテツ・アンジュール、イブキ・シュリンカ―やバンリ・オルフェイド達にお会いしてから隊長―――ルギアルがすっかり妖精の尻尾の魔導士達のことを気に入っちゃって、「彼等の助けになることがあるなら手伝え!」っていう要望があるからです。」
「評議院、しかも部隊の隊長に気に入られるとはな……。」
「エルザやバンリならわかるけど、問題児のナツやグレイやイブキも含めて気に入るなんてねぇ……。」
リンの素朴な疑問に答えたミヅキの言葉に、ティールとレーラは苦笑するしかなかった。
「あ、でも私達は今日皆さんに会ったから…ルギアルに「花時の殲滅団の人達に会ったよー!」って自慢できます!」
「そのルギアルって人に、リンさんのこといっぱいいーっぱい話してね!」
「もちろん!」
またもやリンの事を自分の事のように胸を張って誇らしげに言うサーニャの言葉にミヅキは悪びれもなく頷いた。
「副隊長ー?ミヅキさーん?どうなさったんですかー?」
「あぁ、すまない。すっかり話し込んでしまった。」
一向に姿を現さないケイトとミヅキを心配して、先程の部下の男が駆け寄って来た。いつの間にかリン達が2人を引き止めてから随分と時間が経っていたようだ。
「それでは、俺達はこれで失礼する。」
「宝石の件については、出来る限り早急に対処するように心がけますね。」
「ほんとに、何から何までありがとう。」
リンはケイトとミヅキとそれぞれ握手を交わす。握った2人の白手袋をはめた手は血の通っていない―――まるで屍のようだった。生きている人間とは思えないくらいのその冷たさに驚いて、リンは口から零れそうになった声を慌てて呑み込んだ。
2人は何事も無かったかのように、そのまま部下達を引き連れてこの場を去って行った。
「………。」
2人の手を握った自分の手を見下ろす。どうしてその手が小刻みに震えているのか、リンにはわからなかった。すると、震えるその手に一際小さくて細い、だけどとても温かなサーニャの手が重ねられた。
「リンさん、寒いの?」
「やっぱりリンさん、具合が悪いんじゃ……?」
「海風も強くなってきたみてェだし、俺達もこんなトコに突っ立ってねェでささっと帰ろうぜ。」
「そうだな。リンさん、俺の上着羽織っててください。」
サーニャとレーラが不安気にリンの顔を見つめ、海風でなびいた夜闇でも映える自身の橙色の髪の毛を押さえつけながらジーハスが言い、それに頷いたティールが自身が身に着けている上着を脱いでリンの肩にかける。
そうしてリン達はティールを先頭に駅に向かって歩き出した。
「……ねぇ、サーニャ。」
「なーに、リンさん?」
重ねた手を放さずに、そのまま引っ張る形で自分の一歩前を歩くサーニャはくるりと振り返った。深い海の色をしたサーニャの瞳はどこまでも澄んでいて、そしてリンのことを健気に見つめている。リンはサーニャの手を握る力を少し強くし、反対の手で肩にかけられたティールの上着をギュッと握り締める。
「―――――私の手、温かい?」
何て、馬鹿げた事を聞いているのだろう……?と内心思いながら、リンは自分が今どんな顔でサーニャを見つめているのかわからない。
そんな馬鹿げた事を聞いてきたリンに、サーニャは首を傾げる代わりにリンの手を更に強い力で握り返すと、
「うん!すっごく温かい!」
満面の笑みで頷いた。
「じゃあリンさん、私の手は?温かい?」
「うん。とっても……温かいよ。」
「えへへ、よかった。」
リンにそう言われて相当嬉しかったのか、サーニャは更に力を強めてリンの手を握り返すと、そのまま上下に揺らし始めた。そんな2人のやり取りを前を歩いていたティール、ジーハス、レーラはしばらく微笑ましげに見つめていたのだが、
「おいサーニャ、お前だけズルいぞ。」
「えー?ティールは上着貸してるんだからお相子じゃん。」
「リン姉、俺とも手ェ繋ごうぜ。」
「あ、ちょっとジーハス!抜け駆けはズルいわよ!」
「わ、っとと……もぉ、しょうがないなぁ~。」
2本しかないリンの手4人がまるで小さい子供のように奪い合う。縋り付く4人の体重に耐えながら、リンはその温もりを、この幸せを噛み締める。青白い光を放つ三日月が、横に並んだ5人の影を長くしている。
(―――――大丈夫。大好きなこの温もりと幸せがある限り、弱い私でも、まだここに立っていられる。だからきっと、大丈夫。)
チリン、と鈴の音が海風に攫われていった。
―魔法評議院本部ERA―
魔法界の全ての秩序を守るべく、ここ魔法評議院本部ERAでは毎日議員達が書類を片手に、国民からの苦情や悩みから魔導士関連の問題や闇ギルド関連の問題などなど……頭を抱えながら忙しなく行動をしている。そしてなぜ2足歩行の喋るカエルの議員が大勢いるのかは謎だ。
そのERAの奥まったところにある個室で一人、積み重なった分厚い本や書類に埋もれた仕事机でルギアルは羽ペンを片手に一枚の紙と向かい合っていた。
「うーーーーーん……。」
紙と向かい合ってからかなりの時間が経っているのだが、一向にペンが進まない。未だに紙は真っ白だ。
「うーーーーーん……?」
眉間にしわを寄せ、腕を組み、首を傾げ……を繰り返していたせいか、ルギアルは扉がノックされたことに気づかなかった。
「失礼します。ただいま戻り―――!……ミヅキ、明日季節外れの雪が降るぞ。」
「え?……わぁ、珍しい。ルギアルが机に向かって唸ってる。」
「おいコラ、隊長に向かって随分と偉い言い草だね。」
ラナンキュラスの街で行われるオークション関連者の捕縛に当たっていたケイトとミヅキが帰って来たところだった。
無事に帰って来たと思ったら目を丸くして悪態付く2人をルギアルは唇を尖らせながら窘める。ミヅキの手には白、緑、水色のカップが乗ったお盆が握られている。どこかで3人分の飲み物を淹れてきたようだ。
「ルギアル、何書いているの?」
「ん〜?ちょっと、手紙をね。」
「手紙?はぁ……。てっきり書類を書いているんだと思ったんだが……。たまには自分で処理してくれ。」
「時々だけど、ちゃんとやってるだろ?それに、書類関連の仕事はお前の十八番だろ?」
「アンタがやらないからだ。」
熱々のコーヒーが入った白いカップを机に置きながらミヅキがルギアルの手元を覗き込みながら問いかけ、その問いの答えを聞いたケイトが深いため息を吐いた。ルギアルは仕事はきちんとこなすのだが、書類関連の仕事が大の苦手で手際が悪く遅い。あまりの手際の悪さと遅さに以前ケイトが手伝うと、それ以来すっかり書類関連の仕事は全てケイトに押しつけるようになっているのだ。
「そんなことより、任務の方はどうだった?」
ペンを置き、コーヒーを一口啜って今度はルギアルが問いかけた。
ケイトとミヅキは部屋に備え付けられているソファに腰を下ろし、自分のカップを手に取りながら口を開いた。ちなみに、ケイトの緑色のカップにはココアが、ミヅキの水色のカップにはミルクティーが入っている。
「無事、オークション関連の人間は一人残らず捕縛する事ができた。今は部下達が一人一人牢に突っ込んでいる最中だ。」
「商品として売られていた魔法生物のスチルディノスとサウンディバレルは他の部隊により元居た場所に帰し、魔法植物のレインボーリリーはすぐには元あった場所には植え戻すことができないので、しばらく本部の方で厳重管理することになり、魔法書はすぐに処分されることになったよ。」
「一件落着、という訳だね。お疲れ様。」
ルギアルは2人に労いの言葉をかける。
「まぁ、一人残らず捕縛する事ができたのは、偶然この案件について仕事として来ていた妖精の尻尾の魔導士、リン・グラフィリアが率いるチーム・花時の殲滅団の協力があったお陰だな。」
「へぇ〜、花時の殲滅団か〜。彼等はどんな人だった?」
「500人以上の闇側の魔導士相手に、たった5人で立ち向かって勝つぐらいだから、一人一人がかなりの強さを誇るんだろうけど……弟子4人のリン・グラフィリアに対する執着ぶりにはちょっと面食らっちゃった。」
「あぁ、もうそれはマグノリアの街では当たり前の光景らしいよ。」
リンの弟子として、リンを尊敬し守り愛するティール達4人の執着ぶりはもうすっかりマグノリアでは周知の事実となっているのだ。“マグノリアの名物光景”と言っても過言ではない。
「ケイトもミヅキも、そんな風にもっと俺に甘えていいんだからね?」
「冗談じゃない。」
「遠慮しておきまーす。」
2人はルギアルの言葉に間髪入れず否定すると、
「これ以上、アンタに甘える訳にはいかない。」
「私達…苦しさや辛さ、憎しみや悲しみの重さを忘れちゃうよ。」
揺るぎない意思が宿った金と黄緑、金と赤紫の瞳で真っ直ぐルギアルのことを見つめる。2人のその言葉を聞いたルギアルはどこか悲しそうな笑顔を浮かべながら肩を竦めた。
「それと、その花時の殲滅団に頼み事をされたんだ。」
「頼み事?」
首を傾げるルギアルに2人はその頼み事の内容について出来るだけ詳しく話す。
「ふーん。破滅の宝石か……。それで、今その宝石は?」
「魔法研究員の連中に調べてもらっている。時間はかかると思うが、問題が無いとわかればすぐにでも俺とミヅキが妖精の尻尾に届けようと思っている。きっとアンタもそうしただろう?」
「うん。さすがケイトだね。」
ケイトの言葉に嬉しそうに微笑みながらルギアルは大きく頷いた。
「でも、本当にあの宝石なんだったんだろう?」
ミルクティーを一口啜ったミヅキが首を傾げる。
「恐らく、その宝石が記憶だ。」
「えっ!」
淡々と告げるルギアルの言葉にミヅキが目を丸くした。もちろん向かいに座っているケイトも同様に目を丸くしている。
「記憶って、前アンタが会った妖精の尻尾の魔導士、エメラルド・スズランが無くした記憶のことか?」
「うん。何らかの理由で、彼女の記憶は宝石に封じられてしまったんだろうね。しかも、その宝石は複数存在して、至る所に散らばっている。妖精の尻尾の魔導士達は彼女に協力して一緒に宝石を探し回っているんだろうね。」
「で、でも…破滅の宝石って……。」
「さぁねぇ?どういう経緯で記憶が封じられているであろう100個の宝石が、世界を破滅に追い込むほどの力を持つ宝石になってしまったのか俺には全くわからないけど……。一つだけ確実なのは、ただの宝石ではないということだね。」
そう言うとルギアルはコーヒーを一口啜り、口で弧を描いた。
「ホント、面白い事になっているね。」
青緑色の瞳が妖しく煌めく。
「もう一つ、ルギアルに伝えたい事がある。」
「ん?何かな?」
空になったカップを置きながらケイトが口を開いた。
「さっき言ったリン・グラフィリアの弟子の4人の中に、あれの気配を感じた。」
「!」
ケイトの言葉にルギアルは目を大きく見開き、まだ中身の入ったカップを落としそうになる。
「人間のフリをしていて、なかなか強力な抑止力のせいで誰なのかは俺もミヅキも分からなかったが。」
「そうか……。訳あってこの世界にいるって事は知ってたけど、まさか妖精の尻尾に紛れてるとは……。」
「でも、良い子だから大丈夫なんでしょ?」
「うん。心配する事は特に無いよ。ただ、どんな手を使ってあの力を抑えているのかが気になってね……。」
ルギアルは深刻そうな顔を浮かべ両肘をつき手を組む。
「うーん、ルギアルが言った通り……妖精の尻尾って面白そうだけどすっごく謎だよね。」
「魔導士一人一人の実力や功績だと、目を見張る者が多いのは確かだ。いろいろな意味で。ギルドの仲間を家族同然のように想う者も多いし、謎……というより闇を抱えている者も多いらしいからな。」
ミヅキとケイトが口々に言う中、ルギアルはくつくつと喉を鳴らす。
「謎、なのは当たり前さ。」
そう言うとルギアルは残っていたコーヒーを一気に飲み干すと言葉を紡いだ。
「『妖精に尻尾はあるのかないのか。そもそも妖精は本当にいるのか?故に永遠の謎、永遠の冒険』……そんな想いが、初代ギルドマスターであるメイビス・ヴァーミリオンの想いが込められたギルドだからね。」
ルギアルがニコリと微笑んだ、その時だった。忙しない感じで再び扉がノックされ、問答無用で開け放たれた。
「ルギアル、やっぱりここにいたか。」
「お、ケイトとミヅキもいるじゃねーか。」
入ってきたのはルギアルの同期である評議院第4強行検束部隊隊長のラハールと諜報員のドランバルトだった。
「2人揃ってどうしたんだ?ミヅキ、2人にもコーヒー淹れてやってくれ。」
「いや、俺はいい。それよりルギアル、あと10分で部隊長会議が始まるぞ。」
「え?会議……?こんな時間に?」
「臨時で急遽やることになった、と1時間前に伝えたはずなんだかな。すっかり忘れているだろうと思ってこうして呼びに来たんだ。全く……優雅にティータイムをするのもいいが、ちゃんと日程は確認してくれ。」
「わ、忘れてた〜!ゴメンゴメン。すぐ支度する!」
苦笑するラハールに向かって両手を合わせて謝ると、脱いでいたマントを羽織り白手袋をはめて必要な書類などを引っ張り出すと大慌てで扉の方へと向かう。
「ケイト、ミヅキ、お前達はもう帰っていいからね。それか、せっかく来たドランバルトと一緒にもうしばらくここでゆっくりしていってもいいしね。ドランバルト、2人を頼むよ。それじゃ!」
そう言い残すと、ラハールと共に部屋を後にした。
「ハハッ、相変わらず賑やかな奴だな。」
「賑やかで全然構わないんですが、もう少し隊長らしく振舞ってほしいものです。」
「あんなんじゃまーたラハールさんやドランバルトさんに迷惑かけちゃいますよ。」
「いーや、法律だ秩序だってうるセェ人間ばかりが集った場所なんだ。あーいう奴が一人いるだけで雰囲気が全然違くなるし、調和がとれて安心なんだ。俺もラハールも他の奴等も、アイツには助けられてるからな。」
呆れるケイトとミヅキとは対照的にドランバルトは2人が出て行った扉に視線をやりながら笑って言う。
「お前等も口ではそう言いつつ、アイツには感謝してるんだろ?」
ドランバルトの問いに、2人は顔を見合わせて大袈裟に肩を竦めてみせると、
「あぁ。お陰で、感謝してもし切れなくて困ってますよ。」
「さすがは―――――私達の隊長です!」
2つの金色の瞳が煌々と輝いた。
後書き
Story15終了でーす!
日常、と言いながら少しリンの過去に触れてみました。過去については追々明らかになるとして……やっと登場!ルギアルの忠実なる名前だけ公表していた部下、ケイトとミヅキ!←今回一番出したかったキャラ2人
評議員3人組は相変わらず謎キャラなのですが、立場上ナツ達の味方ですので安心してください。そして、原作では冥府の門編で殺害されたラハールですが、FTMJでは生きていますので、そこのところご理解をお願い致します。
さて次回なのですが……やっとFTMJの準主要キャラが全員登場したのでキャラ説を更新したいと思います!
それでは皆さん、また次回お会いしましょう!そしてかなり遅れてしまいましたが、あけましておめでとうございました!今年もオリキャラ達共々、どうぞよろしくお願い致します!
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