非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第66話『安心』
「助けて・・・ですか?」
「そう。突然のことで申し訳ないとは思っとるが、急ぎの用なんじゃ」
婆やは真剣な様子で、嘘を吐いているようには見えなかった。緊張感が場を席巻する。
そんな中で口を開いたのは、終夜だった。
「それを解決しない限り、俺らを元の世界に帰すつもりは有りませんよね?」
「そういうことにはなる」
「はぁ…なんて勝手な…」
婆やの話を聞いていれば、何となく事情は掴めてきた。
まず、この世界で何かしら問題が起こったらしい。そして、それを解決するには人手が必要となった。だから自分たちをここに召喚した。どんな技術で召喚したのかは謎だが、カズマ然り、この世界の住人は凄い人たちだろうから、きっと魔術的な何かでどうにかしているに違いない。
ついでに言えば、元の世界にいた人魂は婆やが操っていたと見るべきだろう。さらに、カズマと婆やがグルとすると、この世界でカズマは晴登たちを"助けた"のではなく、"迎えに来た"と言う方が正しいはずだ。
全ての辻褄が・・・合った。
残りの疑問点とすれば・・・
「じゃあ、その用っていうのは何ですか?」
この世界では解決できず、わざわざ他の世界に頼むほどの用。どう考えても、簡単なものとは思えない。
「内容は単純、魔王軍の退治じゃ」
「魔王軍ですか・・・はい?」
馴染みの無い名を挙げてくるので、思わず聞き返してしまう。魔王と云えば、マンガでもよく悪役として登場するアレだろう。それを退治となると、本当に簡単ではない頼みである。
「その魔王軍はどこに?」
「いや、まだここには居らん」
「へ?」
「もうじき来るという話じゃ。目的は恐らく、"竜の復活"」
「竜…?」
またまた馴染みの無い名だ。魔王軍と竜・・・一体どこのファンタジーなストーリーだろうか。
「うむ。昔、この世界を蹂躙した一頭の竜が居った。踏みしめれば大地は揺らぎ、翼をはためかせれば竜巻が起こり、火を吹けば辺りは焦土と化す。その猛々しい姿はまさに破壊の化身。名を・・・イグニス」
「イグニス…」
「しかし世界が破滅する寸前に、一人の賢者によって封印された。こうして世界には平和が訪れたんじゃ」
「で、魔王軍がその封印を解こうとしてると?」
「理解が早くて助かるわい。アンタらにはそれを防いで貰いたい」
婆やの話を聞いて、事の重大さは理解した。つまり、晴登たちが倒さねばならない敵は、世界を滅ぼすような竜を復活させようとする極悪人である。
しかし、ここである疑問が生じた。
「それって、俺らにできるのか…?」
どんなストーリーにおいても、魔王とは大抵ラスボスであり、強大な敵である。いくら魔術を使えるとはいえ、晴登たちが敵う相手なのだろうか。
「できるかどうかはアンタら次第さ。奴らは強い」
「…それが、俺らを召喚した理由ですね?」
「そうじゃ。儂らの手には余るんでな」
"この世界では手に余るから、別の世界に頼む"とは、これまた常識を逸した考えだ。しかし、そうでもしないと竜は復活し、この世界は破滅を迎えてしまう。この世界に縁は無いが、世界が滅ぶと聞いて良い気はしない。
「…とにかく、事情は掴めました。ただ、やはり俺らが参戦するのは理不尽というか・・・釈然としません」
「じゃろうな。そこは本当に申し訳ない。──ただ、アンタらと無関係とは言い切れない」
婆やは突如、声のトーンを落としてそう言った。
しかし、一体どこが無関係ではないのか。自分たちの世界と別の世界の話なのだから、普通に考えると干渉し合わないはずだが。
「もし、イグニスが復活した時の話じゃ。儂らだけでは奴と魔王軍を食い止めることが不可能に近いのは、先の話の通り。そして、なす術なく世界ごと滅ぼされるのは目に見えとる。だが問題は、滅ぼすモノを失ったイグニスがどうするのか」
「まさか・・・」
「そう。別の世界の破壊を企てるであろう。その時の標的となるのは、儂らの世界に近い世界──即ち、アンタらの世界だよ」
その衝撃の言葉に晴登たちは絶句する。これで、晴登たちとこの世界が無関係とは言えなくなった。その上、本気で取り組まないと後がないということにも。
「引き受けるかどうかはアンタら次第。儂らも全力を尽くすが、もしかしたら──」
「わかったわかった! 引き受けるよ!」
引き下がったのは終夜だった。妖艶な笑みを浮かべる婆やが少し腹立たしいが、だからどうなるって話だ。ここは大人しく引き受けるしかないだろう。
「よしよし、良い子たちだ。それじゃカズマ、繁華街を案内してやりな」
「良いけど…そりゃどうして?」
「もうじき戦になる。休息を与えておかねば、この子たちがやっていけまい」
「ガキ扱いするなっての。ありがたく戴きますけど」
終夜が婆やを鋭い目付きで睨む。どうやら、この二人の相性は悪いらしい。とりあえず今は、早々に退場した方が良いだろう。
「じゃ、じゃあ行こうぜ!」
晴登の考えと同じなのか、カズマはそう促す。一行はカズマに続いて、婆やの家を出た。
*
「なんか…ゴメンな?」
「カズマさんが謝ることじゃないですよ。これが…運命ってやつですかね」
「今どきの子ってそんな考えするの…?」
「んな訳無いでしょ」
カズマは感心しているようにも見える、驚愕の表情を浮かべると、緋翼の冷静なツッコミが刺さった。
現在一行は村を出て、繁華街に向かっている。何でも近くに大規模なのが在るらしい。この感覚は、結月の家から王都に行った時と似ている。
「・・・あの、"繁華街"って何ですか?」
「簡単な話、人が集まる所だ。ウチの村って人が少ないように見えるだろ? 実は夜になると、村人の多くはそこに集まるんだ」
結月の問いにカズマは淡々と答えていく。
事実、村を訪れた時は人が少なかった。疎らには見られたものの、随分と過疎だと感想を抱いたものだ。
「はぁ。魔王…か」
繁華街トークをする彼らと違い、晴登は一人ため息をつく。
さっきは流れに身を任せていたが、こうして考えてみるととんでもない事になってしまった。自分たちの役目は責任重大。敗北は許されないのだ。
命を賭けるのは、もう懲り懲りだというのに。
*
「そら、着いたぞ」
「「うぉぉ…!!」」
これは予想を遥かに上回った。
眼前に拡がるのは、夜であるにも拘らず、派手な装飾のおかげで昼の様な明るさを保っている繁華街である。王都にも及ぶ程の人でごった返しており、さっきの閑静な村が嘘のようだ。
「さてさて、来たのは良いものの・・・何する?」
着いて早々、カズマが困ったように言う。
確かに、婆やは休息として行くように言った訳だが、どのように休息するかまでは言っていない。そもそも繁華街で休息できるものなのか。
「まぁ…適当に居酒屋でも寄るか」
「未成年ですけど」
「じゃあ何処行くよ?」
「う……」
そう言われてしまうと、言い返しようがない。繁華街についてはカズマの方が詳しいだろうし。
ここは引き下がるしかなかった。
「よし、決まりだな。安心しろ、俺のオススメの店に連れてってやるから」
グッと親指を立てるカズマには申し訳ないが、安心できる要素は無い。
*
「やっほー」
「よう兄ちゃん。今日は随分と多い連れだな」
「色々あってな。いつもの頼むわ」
「はいよ」
着いたのは小ぶりな居酒屋だった。晴登たちが入った時には客は誰も居らず、坊主の店主だけが椅子でくつろいでいる。彼は晴登達を見るなり、座敷に案内してくれた。
十人もの人数で座って、その窮屈さに晴登が息をついた頃、カズマは酒を頼んだ。店主とのやり取りを見るに、カズマは常連だろう。
「お前らも一杯どうだ?」
「いやだから未成年ですって」
「いいっていいって。ちょっとだけなら」
「その言い方はどうかと──」
「ヘいお待ち!」ドドン
「えぇ…」
カズマに反論している間に、酒が人数分運ばれて来てしまう。もしかしてだが、この世界は飲酒に年齢制限が無いのだろうか。店主は何の躊躇いも無しに持って来たし。
「じゃあ明日から頑張ってくぞ。乾杯っ!」
「「か、乾杯…」」
グラス一杯に注がれた酒を見て、晴登は硬直する。いくら法が無いとしても、晴登の良心が飲むのを咎めるのだ。いつものように勢いではいけない。きっと皆も同じ考えだろう──
「ごくっ」
「って、結月!?」
そう考えていたのも束の間、隣で結月が酒を一口飲んでいた。
「ぷはぁ。んー何か変な味だね」
「え、ちょ、大丈夫!?」
「心配し過ぎだって。死ぬ訳じゃねぇんだからよ」
焦る晴登を、カズマが一蹴する。確かに酒を少し飲んだ所で、普通の人ならばあまり影響は無い。見ると、終夜や緋翼も一口は飲んでいる。晴登もきっと一口くらいなら問題無いだろう。飲んでみようか・・・そう思った刹那だった。
不意に身体に何かがのしかかる。
「ふぇぇ…」
「え、結月!? どうしたの!?」
「ありゃ、もう酔ったのか?」
正体は顔を赤く火照らせている結月だった。まさかの、一口だけで酔ったらしい。そのあまりの酒の弱さに、さすがにカズマも驚いていた。
「ハルト…何か身体が熱いよ…」
「わかった! わかったから離れろって!」
トロンとした表情で見つめてくる結月を、晴登はたまらず引き剥がそうとする。だが体重をかけているようで、思うように動かせない。
「結月待って・・・って、うわぁ!?」
「ふふふ、ハルトー」ギュッ
「ちょっ、ここで抱きつくなって!」
周囲の目も気にせずに抱きついてくる結月に、晴登は頬を真っ赤にしながら抵抗する。しかし、動かないこと山の如し。
晴登は恐る恐る周囲に顔を向けた。その時、カズマと目が合う。その顔はこれ以上無いくらいにニヤけていた。
「お前らってそういう関係なのな。そっかそっかー」
「うっ……」
カズマの一言が晴登に刺さる。しかしこの状況では、否定のしようがない。誰がどう見ても、そう見えてしまうのだ。
「ま、良いんじゃねぇの。それも青春──」
「ちなみに、コイツら同棲してますよ」
「・・・夫婦だったのか」
「違いますっ!」
カズマが驚愕の表情を浮かべているので、素早く訂正。入れ知恵をした張本人である終夜は、声を上げて笑っていた。なにこれ、酒のテンションってやつ?
「んで、どうすんの? その娘、寝ちゃったみたいだけど」
「え? ホントだ…」
カズマの指摘で、結月が晴登に抱きついたままグッスリと寝ていることに気づく。いきなり抱き着いて、いきなり寝る・・・酒って恐ろしい。
「さてと、じゃあ今日はさっさと帰りますか」
「おや、もう帰んのかい兄ちゃん?」
「人数が多いからな。今度また一人で来るからよ。はいお代」
「まいど!」
元気な店主の声を背に、晴登達は居酒屋を出た。無論、結月は晴登の背中で熟睡している。
結局晴登は一口も酒を飲まなかった。
「早いけど、村に戻るか」
「別に気を遣わなくても・・・」
「嘘つけ。その娘が心配なんだろ? 慣れない所に連れて来て悪かったな」
そう言って、カズマは申し訳なさそうに笑う。そんな対応をされてしまうと、こちらも言葉を返しにくい。が、ひとまずはカズマの提案通り、村に戻ることにする。
「ところで、俺らは何処に泊まるんですか? 婆やの家じゃ狭いだろうし」
「無理やり呼び出したのはこっちだしな。そこら辺は任せとけ」
胸をドンと叩いて兄貴面のカズマ。しかし、そこに安心できる要素はやはり無い。
「何だよそのしけた面は。こう・・・もうちょい俺を頼ってだな──」
「ねぇ、ちょっと待って下さい。何か様子が変じゃないですか?」
ここで緋翼が一言。その言葉に、全員が辺りを見回す。異変にはすぐさま気づいた。
「人が・・・居ない?」
「店仕舞いにゃまだ早ぇ。どういうことだ…?」
カズマの反応を見るに、これは非常事態に相違ないだろう。今まで気づかなかったが、居酒屋に入る前とは打って変わって、人っ子一人見当たらないのだ。
さっきの居酒屋も、いつの間にか閉店している。
そして同時に、辺りが霧に包まれていくのを見た。
「嫌な予感がするな。全員、俺から離れるなよ」
人の声は愚か、虫の声や風の音すら聴こえない。霧のせいで周りの様子もわからない。この世界には自分達しか居ないのでは、と錯覚しそうになる。
一秒、また一秒と静寂が続いた。いや、体感では一分、一時間かもしれない。それだけ不気味な感覚だった。
「……三浦、後ろ!!」
「え・・・がっ!?」ドシャア
そして、まさに静寂を打ち破る一撃。晴登は突然の背後からの奇襲になす術なく吹っ飛ばされる。
「──はっ、結月?!」
衝撃は背後からだった。晴登は急いで背中を確認すると・・・そこに結月の姿は無い。
「何処だ、結月?!」
何度か名前を呼んでみるが、応答は無い。まして、この霧では上手く探すことができるはずもなかった。
晴登の頬に嫌な汗が流れる。
そして──霧は晴れていく。
*
晴登達は目の前の光景にただ唖然とするしかなかった。さっきまで誰も居なかった繁華街が、また人でごった返しているのだ。
余りに一瞬の出来事で、まるで白昼夢でも見ているかのような気分である。しかし、背中には確かに痛みが残っていた。
道の真ん中に立ち尽くしていた一行は、とりあえず裏路地に逃げ込む。
「…どうなってんだ。人が消えたり現れたり・・・幻でも見せられてるのか?」
「それより部長! 結月が!」
「あぁ、わかってる。あの霧の中に誰か居たんだ。そいつが結月を連れ去った」
「だったら俺、探してきます!」
「無茶だ。この人混みじゃどうしようもできない」
「そんな……」
絶望に打ちひしがれ、悲壮な表情を浮かべる晴登に、終夜は掛ける言葉を見つけられない。
今や結月はずっと晴登の隣に居た。だからそれを失った今の晴登の心には、虚無感だけが渦巻いているのだ。
だが、そんな晴登にカズマは一喝した。
「しゃんとしやがれ! それでも男か?! 好きな女をそう簡単に諦めるのかよ?!」
「な、好きって……!」
「んなもん、見てりゃわかる。で、どうなんだ。諦めるのか?」
「そんなの──助けるに決まってます!」
「よし」
カズマは、険しい表情から一転して笑顔を見せると、晴登の頭を乱暴に撫でる。この時ようやく、晴登はカズマに安心できた。
結月は俺のせいで連れ去られたんだ。だったら、絶対に取り戻さなきゃいけない。
結月のいる日常が、俺の日常なんだ。
後書き
ども、波羅月です。一度大幅に書き直したせいで、更新が遅れてしまいました。実に申し訳ないです。
それとキャラが多いせいで、セリフが全員に回らない! んあぁ!!(←悲痛な叫び)
とまぁ、今回も読んで頂きありがとうございました。次回もよろしくお願いします! では!(←爽やかスマイル)
※未成年の飲酒はダメ、絶対
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