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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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人狩りの夜 1

 
前書き
 ようやく原作小説の10巻を読みはじめました。 

 
 貧民街という場所には不釣り合いな豪華な馬車が停車した。
 なにごとかと物陰から様子をうかがう子どもたちに良家の使用人ふうの身なりをした馭者が声をかける。

「やぁ、君達。お菓子はいらないかい? たくさんある、もちろんお金なんていらないよ」
「…………」
「ふふふ、遠慮なんかしなくていいんだよ。ほぅら、こんなにたくさんある」

 ビスケット、キャンディ、チョコレート、スコーン、ファッジ、スイートロール、ハニーナッツ――。
 大箱の中にぎっしりと詰まった甘い菓子類を路上に撒き散らす。
 歓声をあげて群がる子どもたちに。

「もっと欲しい子は馬車に乗るといい。お菓子だけじゃなくてご馳走も用意してあるよ。……私の主人は君達のようなお腹を空かせた子どもたちを放ってはおけない慈善家なんだ。お行儀が良ければご奉公させてくれるかも知れないよ。私もそうして馬車の馭者を任されるようになったんだ」

 逡巡する子どもたち。

「どうしよう、知らない人について行っても平気かな?」
「でも仕事があれば、お金があればこんな暮らし……」
「行くだけ行ってみようぜ!」

 幾人かの子どもたちが意を決して馬車に乗りこんだ。



 オルランドは人種と文化の坩堝であり、実に百人にひとりが異国人であった。
 そのオルランドのすぐ近くには外国からの移住を希望する人専用の宿場があり、そこで入国手続きを済ます。
 自然と非アルザーノ系の異国人達も周囲に集まり、異人街の様相をなしている。

「あんたいい身体をしているね。ボルカン人、それも戦士かい? ならひとつ仕事をしてみる気はないかい」

 昼間から開いている大衆酒場で、褐色の肌をした筋骨たくましい男達に良家の使用人ふうの身なりをした男が声をかけてまわっていた。
 褐色の肌の男達――ボルカン人だ。彼らは総じて頑強な肉体と高い運動神経を持った生まれつきの闘士と評される。将官としてより一兵卒として戦うことを好み、斥候や前哨兵として戦場を駆け回ることが多い。

「……ああ。むかしは傭兵だったが、膝に矢を受けちまってな」
「最近はレザリアとの緊張も高まり、いろいろと危険が多い。用心に越したことはないと考える貴族様がたが、公正な金額で用心棒や雑役に従事する労働者を求めているんだ。なに、少しでも戦闘経験があるなら給金ははずむよ」
「そいつはありがてぇ! もう少しで干上がっちまいそうだったんだ」

 ボルカン人の男達は、渡りに船とばかりに仕事の話に食いついた。





 謎のウイングスーツ女を追って、秋芳が夜の庭園を駆ける。
 噴水や花園の広がる場所ではなく、鬱蒼と生い茂る、黒い森のほうへと飛んでいったのはさいわいだった。闇夜にまぎれて巡回中の衛兵に見つかりにくくなるからだ。
 森のなかを影が疾駆する。軽功を駆使して枝から枝へと跳び渡る。
 この暗闇だ。人が見ても猿かなにかの獣が木々を飛び回っているとしか見えないだろう。
 壁虎功と同様に、この軽功の要諦は足腰の強さではなく眼力だ。
 跳び移る先の枝が自分の重みを支えられるか、瞬時に見極め、跳躍を繰り返す。
 肉眼だけではなく見鬼心眼によって細部を見取り、間合いを読む能力は山岳修業で培った。

「……!」

 秋芳の動きが止まる。
 いた。
 ウイングスーツをはずした黒装束の女を発見した。
 華奢で小柄な身体をつつむのは黒い革製の軽装服。袖も裾も短くワンピースのようなデザインで、そこから伸びるしなやかな手足は濃紺のタイツのような素材に覆われ、手袋やブーツも黒い。
 長い黒髪を後頭部でたばねて腰まで垂らしたポニーテールとあいまって、時代劇に出てくる、くノ一のようだ。
 その女性が、巡回中の衛兵の背後にピタリと張りついていた。
 後ろから奇襲でもするつもりかと思ったが、ちがった。なんとそのまま影のように寄り添い、衛兵の動きに合わせて歩を進める。
 完全に呼吸を合わせている限りは、この衛兵が背後の存在に気づくことはない。

「す、すごい!」

 巡回中の衛兵同士が出会い、挨拶をするときも寸分たがわず手を挙げ、完璧に相手の死角に入っていた。

「す、すごい!」

 中国武術には聴勁という技術がある。
 相手に手など体の一部を触れた状態で筋肉の微細な動きを先読みし、攻撃を瞬時に読み取る技術だ。
 それの応用であろう、この黒装束の女性は接触することなく、超至近距離で相手の微妙な筋肉の動きを見て動作を見切っていたのだ。

「す、すごい! でもアホだ。あのキャッツアイ女、どこに行くつもりか知らないがそれだと巡回する衛兵まかせじゃないか」

「お疲れさま」「お疲れさま」

 黒装束の女の動きに微塵の無駄もない。完璧だ。衛兵が手を挙げたらそれに合わせて手を挙げる。

「す、すごい! でもやっぱりアホだ。たしかに正面からはさとられないが、側面や後ろから見られたらもろばれじゃないか。もしすれちがった相手が振り向いて後ろを見たら……。あ、影だ。影だ影! 外灯に照らされてポニーテールの影がめっちゃ地面に映ってるよ! 下を見られたらばれちゃうよ!」

 秋芳の予想していたことが起きた。

「そういえば聞いたか、今夜は人狼の森でも狩りがあるから夜明けまでは近づかないよう――って、うわぁッ! シムラ(仮)~、後ろ、後ろ! なんだそいつは!?」

まさにすれちがった同僚が後ろを振り向いて女の存在が発覚してしまったのだ。

「……っ!」

 騒ぎを起こされてはたまらない。いつも懐に入れているセルト銅貨を衛兵めがけて印字打ちする。
 狙い通りに命中し、暈穴を点かれた衛兵は昏倒。
 シムラ(仮)のほうも声も無く倒れたが、こちらは秋芳の仕業ではない。女の手が素早くひるがえって耳の下を打ち、気絶させたのだ。
 実に鮮やかな手並みであった。

「そこにいるのはだれ?」

 静かだがよく通る声が女の口から放たれる。

「ホー、ホー」
「梟は銅貨を投げ飛ばしたりはしないわよ」

 隠形してやり過ごすこともできたが、また今のような真似をされて騒がれてはこまる。姿を見せることにした。

「とりあえずお礼を言うわ。あなただれ?」
「通りすがりの冒険者です。そう言うあなたは?」
「美少女仮面ペルルノワール!」

 女は目元を隠す仮面をつけていた。
 翼を思わせる流麗な意匠は精悍かつ優美だったが、露出している細いおとがいや桜色をした硬質の唇の美しさから、仮面に劣らぬ美貌の持ち主だと想像できた。
 たしかに美少女仮面の名は伊達ではなさそうだ。

「ずいぶんとアクロバットな方法で侵入しましたね」
「ええ、ここはただの冒険者が通りすぎるような場所じゃないわ。ああでもしなくちゃ侵入は無理だったの。……あなた、泥棒さん?」

 秋芳は盗み目的でクェイド侯爵の庭園に忍びこんだのだ。たしかに泥棒である。

「泥棒とは人聞きが悪い。より格調高く義賊とでも言ってもらおうか」
「あら、ご同業かしら」
「ほほう、ご同業ね」
「あなた、本物の義賊なら、その心得は暗誦できる?」
「……弱い者から奪ってはいけない。貧しい者から盗んではいけない。富める者から盗み、貧しき者にあたえる――」
「正解!」

 即興で出た言葉だったが、美少女仮面ペルルノワールの満足のいく答えだったようだ。古今東西、義賊の心得といえば、そのようなものだろう。

「ここの主はたいそう羽振りが良さそうなんでな、少しは恵まれない人々に余ったお金を分け与えてもらおうかと考え、忍び入ったという次第さ」
「ふ~ん、でもあなた、東方人よね。捕まった同胞を助けに来たとかじゃないの?」
「捕まった同胞、とはどういうことだ?」
「クェイド侯爵の人狩りの噂を知らないとは言わせないわよ。職にあぶれた外国人労働者や貧しい人々を言葉巧みに誘惑して領内に招いて狩りの標的にする邪悪な遊戯の噂を。そしてその噂はおそらく真実。そのことを確かめ、告発するためにわたしは来たの」
「告発ねぇ。しかし貴族の所有する土地は一種の治外法権。被害者の身を確保して、その口から凶行を証言できたとしても、罪を問うことができるだろうか」
「法で裁けぬ悪ならば、この手で断罪するのみ!」
「ほう、天誅というやつか」
「民を虐げる暴虐な貴族は口からピラニア流し込みの刑にて処します」
「……まぁ、処断の仕方はともかく悪辣な権力者をころがしてやろうという意見には賛成だ」

 普段は君子ぶっている秋芳ではあるが、その性質は君子にも長者にも程遠い、荒っぽい性である。
 『三国志演義』なら劉備よりも張飛、『水滸伝』なら宋公よりも武松や魯智深、『三侠五義』なら包拯よりも艾虎といった登場人物に近いタイプの人間だ。
 貪官汚吏の類をこらしめるのは大好きだ。
 ふんぞり返った金持ちや、権威を笠に着た連中を虚仮にするのは楽しい。
 そのような男である。

「それで、調べはついているのか」
「城壁内のほとんどは森林が占め、北側は川と山に囲まれた地形で、森を抜けると湿地帯が広がっているわ。この人工の荒野で逃げ場といえば正門の他には城壁にある通用口のみね」
「良くできた箱庭だな、秘密の狩りをするにはもってこいだ。だが俺の訊いた『調べはついているのか』とは、クェイド侯爵が実際に非道な行いをしているか否かの――」

 一発の銃声が響いた。
 夜のしじまを破る音に驚いたのだろう、遠くから眠りを妨げられた鳥逹の羽ばたく音が聞こえる。

「……」
「……」

 秋芳とペルルノワールは銃声のしたほうへ向かって駆けた。





 三〇メトラ先にある厚い木板を簡単に撃ち抜く威力の弾丸は、光の六角形模様(ハニカム)が並ぶ魔力障壁。【フォース・シールド】によって完全に防がれた。
 垂直二銃身拳銃は弾込めしなくても、もう一発続けて撃てる。
 だが連射はためらわれた。相手に命中させる自信がなかったからだ。
 銃など、一流の魔術師にとってはなんの脅威にもならない玩具に過ぎない。銃を持った兵など何人群れようが物の数ではない。
 などと言われるが、これはいささか誇張が過ぎる。
 剣を抜いて斬りかかってくるよりも、銃の引き金を引くほうが早い。
 たとえ一節に短縮したとしても、呪文を詠唱するよりも銃の引き金をひくほうが早い。
 まして不意打ちで撃たれたらおしまいである。魔術師は肉体的には普通の人とおなじなのだから、銃に限らず飛び道具はじゅうぶんに脅威である。
 そのため無意識にシールドを張る。たとえば条件起動式で一定以上の速度で飛来する物体に対して発動する【フォース・シールド】などが、銃撃に対するもっともポピュラーな防御手段として普及していた。
 いまもこの方法で防いだのだ。

「やったな。お返しだよ、ボルカン人」

 狩人の持ったクロスボウから放たれた鉄球(ペレット)をかろうじて躱した褐色の肌をした男は茂みの中に身を潜めた。
 ボルカン人を追うふたりの狩人は馬に乗っている。木々の生い茂る場所に逃げれば追ってはこられまいと判断したからだ。

「さぁ、次はイーグル卿の番ですぞ」
「どうれ、まずは邪魔な草木を刈り取ってやりますか……《荒れよ風神・千の刃を振るいて・烈しく踊れ》」

 空気が渦巻く音を立てて猛回転し、見えざる伐採機が真空の刃でもって木々を刈り散らす。
 黒魔【シュレッド・テンペスト】。風系のC級軍用攻性呪文。
 指定空間を中心に巻き起こる風が無数の真空の刃となって回転し、嵐の範囲内にあるものを切り刻む呪文。
 軍用魔術としては低威力だと評されることが多いが、魔術に対する防御手段を持たない一般人にとっては大いに脅威である。

「うわぁぁぁぁぁッッッ!!」
「はっはっは! そこかな? ここかな? それとも、あそこかな?」
「むこうに逃げたようですぞ、イーグル卿」
「ちくしょぉぉぉッ!?」

 荒れ狂う風刃に追われ、悪態とも悲鳴ともつかない声をあげながら、ボルカン人が茂みから飛び出る。
 もう、身を隠す場所はない。

「出てきた、出てきた。さぁ、次はマンティス卿の番です」

 イーグル、マンティス。ふたりの狩人はそれぞれ鷲とカマキリを模した仮面をしていた。獲物を襲い、食らう。捕食者の仮面を。
 狩人達はその仮面に応じた名で呼び合っている。

「おや? 銃をなくしたようだ」

 風の刃から逃れるべく必死になって逃げまわっているうちに、まだ弾の残っていた銃を手放してしまった。

「ちくしょう! クソったれのクソ野郎が、やるならやれ!」

 覚悟を決めたボルカン人は素手でかまえをとり、馬上の狩人を睨みつけた。

「よろしい、その覚悟や良し。イーグル卿、腰の物をお借りしますぞ」

 マンティス卿はイーグル卿から受け取った細身の(レイピア)をボルカン人の前に投げつけると、馬から降りてみずからのレイピアを抜き放った。

「もし私に勝てたら褒美を与えたうえでここから出してやろう」
「…………!」

 意を決したボルカン人がレイピアを手にしてマンティス卿に突きかかった。

「ほほう、それなりに心得があるようだ」

 わざわざ剣の勝負を挑んだだけあって、マンティス卿はレイピアのあつかいに長けていた。素早い動きでボルカン人の攻撃をことごとく躱し、鋭い突きを返す。
 ボルカン人のほうも戦闘経験があるようで、あきらかにあつかい慣れないレイピアを懸命に振るって切っ先を払い、相手の防御をかいくぐって反撃する。
 しかしその技量には明らかなへだたりがあった。
 本能と経験にしたがい剣を振るうボルカン人に対してマンティス卿の剣さばきは訓練に裏づけされた洗練されたもの。確実で隙のない動きにボルカン人はたちまち肩や腕に無数の傷を負わされた。
 通常の決闘ならば降伏が認められるほどの怪我だったが、これは決闘ではない、殺し合いだ。
 もはや勝利を確信して必殺の突きを放ってきたマンティス卿の剣を、ボルカン人はおのれの脇腹で受け止めた。

「なんと!」 

 肉を切り裂き、体の側面をかすめた剣の腹を自由な左腕で挟み込む。
 予想外の相手の動きに愕然としたマンティス卿に隙が生じる。そこを狙ってボルカン人のレイピアが心臓めがけて繰り出される。

「《バン》!」

 文字通り、肉を切らせて骨を断つ。ボルカン人の試みはマンティス卿の指から放たれた【ライトニング・ピアス】の一閃によってくじかれた。
 声もあげず地に伏したボルカン人の胸には焼け焦げた穴が穿たれ、炭化した傷口からは血が流れる代わりに、人肉の焼ける悪臭がただよう。

「素晴らしい! 剣で心臓を狙ってきた相手の心臓を、逆に魔術で撃ち抜く。このマスク・オブ・イーグル、感嘆の極み! これは良いものを見させてもらいました。ブラボー!」

 人狩りの森に哄笑が響く。
 この夜、クェイド侯爵の庭内で血の臭いに興奮し、殺戮に酔いしれて笑い声をあげる者たちは、鷲とカマキリの他にも幾人も存在した。 
 

 
後書き
 ここまでのお話がハーメルンに投稿したもの。
 次からは新しく書いていきます。 
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