アメリカンドリーム
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第一章
アメリカンドリーム
アメリカンドリームという言葉がある。所謂社会的にも経済的にも成功して栄耀栄華を極めるということである。
ほったて小屋からホワイトハウス、一介の青年が大富豪に、チャンスと才能と運さえあれば誰でも頂点を極められる、アメリカをアメリカたらしめているものであると言える。
そのアメリカンドリームについてこんなことを言う者がシカゴにいた。ユダヤ系アメリカ人ヨセフ=シェリンフィールドだ。
ユダヤ系といっても姓は別の系の名前でありヨセフという名前もありきたりと言えばありきたりと言える。外見も髭も生やさずコーカロイドの顔立ちと肌の色で目はグレー、髪は薄いブラウン。何処か映画俳優のトラボルタに似ている。
その彼はよく友人達にこんなことを言っていた。
「別に大成功しなくていいだろ」
「金持ちにならなくてもいいのかい?」
「それか大統領にならなくても」
「ああ、別にいいだろ」
ベーグルを手に紅茶、レモンティーを飲みながらいつもこう言うのだった。
「そんなに」
「成功はしてもかい?」
「それでもか」
「ああ、そうさ」
その通りだというのだ。
「アメリカは確かにアメリカンドリームの国さ」
「スラム街から世界チャンプとかな」
「一介のトラック運転手がトップスターとかな」
マイク=タイソンにエルビス=プレスリーだ。
「それがアメリカの醍醐味だな」
「他の国には滅多にないことだよな」
「こんなことができるのは他には中国位だろうね」
ヨセフはこの国も引き合いに出した。
「一気に大成功するのは」
「極貧から皇帝とかね」
「科挙に合格してとかね」
中国にしろこうした話は多い。この辺りが欧州とは違う。
ヨセフはこうした話をする。そしてこうも言うのだった。
「けれどね。僕はね」
「大統領も大金持ちも目指さない」
「そう言うんだね」
「ああ、そうさ」
その通りだというのだ。
「そういうのには興味がないんだ。普通に生きていたいね」
「そうして幸せになる」
「そう考えているのか」
「ああ、そうだよ」
ヨセフは微笑みさえ浮かべて言い切る。
「僕はそんな大成功とかは求めないよ」
「平凡な成功?」
「それを求めるんだね」
「勿論ノーベル賞も文豪も求めないよ」
これもアメリカンドリームになる。学問の分野でもそれはあるのだ。
「軍人はもっと興味がないしね」
「パウエルにもならないのか」
「アイクにも」
アイゼンハワーのことだ。当時比較的辛い立場にあったドイツ系だが陸軍士官学校に合格しそこから元帥、大統領に至った。そのアイゼンハワーの愛称だ。
「やっぱり大農園の主にもならない」
「大牧場もだね」
「ああ、穀物メジャーにもならないさ」
農業や酪農関係はそもそも出来なかった。
「だから。本当にね」
「慎ましやかに生きる」
「そうするのか」
「これからラビの資格を取って」
ユダヤ教の聖職者だ。ユダヤ系の社会ではなくてはならない存在だ。
「静かに生きるよ」
「まあ君がそう言うんならね」
「僕達に否定する理由はないさ」
「じゃあラビになってね」
「幸せに生きるといいよ」
「うん、それを目指すよ」
ヨセフはにこりと笑って友人達に述べた。
「チーズと肉は同時に食べない様にしてね」
「ラビになるとその辺りが特に厳しくなるね」
「とりわけね」
「なるだろうね」
また言う彼だった。
「けれどそれでもね」
「ラビなって静かに生きるのか」
「やがて家族を持ってそうして」
「そのうえで」
「多分この街からも出ないよ」
シカゴからもだというのだ。かつてアル=カポネがいたこと以外でも自動車産業やミシシッピーの河口にあることで知られているこの大都市で。
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