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難破船

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第二章

「私はあの船だから」
「あの難破船なの」
「もう動くことはないから」
 あの人と違って。そうだと自分で言ったのだった。
「だからね。これでいいのよ」
「それでいいのね」
「ええ、いいわ」
 私は全てを諦めた、そして達観した目で答えた。
「もうね。旅立つ船と難破船は一緒にいられないから」
「そう。じゃあ」
「じゃあ?」
「あの船が終わったらね」
 友達は私に言ってきた。今度の言葉は。
 このうえなく優しく全てを包み込むものでだ。それを私に告げてきてだった。
「飲みましょう」
「お酒ね」
「お酒には困らないから」
 私のいる島も。そしている場所もそうだった。お酒を造るお米には困っていない。
 だからだ。ここで私に誘いをかけてきたのだ。そしてだった。
 私も寂しい笑顔だがそれでもだ。彼女の誘いに乗って。
 それでだ。こう言ったのだった。
「じゃあね。あの船が完全に消えたら」
「それからね」
「私のお家に来て」
 その生まれ育って今もそこで生きている。そのお家にだと告げた。
「そうしてそこでね」
「飲むのね」
「ええ。そうしましょう」
 少しだけ微笑んで。彼女にまた言った。
「もう少ししたらね」
「もう少ししたら」
「船がもうあんなに」
 また船を見た。するとだった。
 船は少しずつ消えていっていた。次第に小さくなっていく。
 鉛のような暗い海の上にある白い船が少しずつ、けれど確かに。
 彼方に消えていく。それを見ながら。
 私は静かにだ。こう彼女に言った。
「だからもう少しよ」
「そうね。さっきまであんなに大きかったのね」
「あの人みたいね」
 船とあの人を。思わず重ねてしまった。
「すぐに行ってしまうのね。そして私は」
「貴女は」
「あの船だから」
 また難破船を見た。その動かず朽ちて行くだけの船を。
 それからだ。私は彼女に向き直った。それから。
 消えていく船を見ながら。また言ったのだった。
「じゃあもうすぐ」
「本当にもうすぐね」
「飲みましょう」
 あの船が完全に消えた、まさにその時にだった。
「それじゃあね」
「ええ。おつまみはこっちで用意しておくから」
「何かしら」
「お魚よ。この島のね」
 私達が生まれ育って生きている。この島のだというのだ。何しろ島で漁には困らない。だから私達は食べてきた。その島のものをだというのだ。
「食べましょう。おつまみにね」
「そうね。お刺身にするか焼くか」
「そうしてね。食べましょう」
「わかったわ。じゃあ」
 さらに小さくなった船を見た。また。
 それから私は船が完全に見えなくなるまで見送って。それからだった。
 自然と涙が流れてくるのを感じた。けれどそれと一緒に。
 笑顔を作ってそれからだった。こう女友達に言った。
「じゃあ今からね」
「飲みましょう。二人でね」
「今日は飲むわ」
 泣きながら笑って。こう答えた。
「とことんまでね」
「付き合うからね、こっちも」
「有り難う。それじゃあ」
 私はあの人が消えた海に背中を向けて友達と一緒に港を後にした。その中で。
 あの船を見た。難破船は何も語らない。けれどその朽ちていく中で妙な存在感、そして悲しい奇麗さを冬の仲に見せながら。そこに静かにいた。


難破船   完


                            2012・3・3 
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