『お得意様』の広壮な屋敷の裏手には、高さ10mほどの防音壁に囲まれたファクトリーが10棟ぐらい立ち並んでいた。今日は何の作業もやっていないらしく、無人のまま静まりかえっている。
原野はそのうちの1棟に連れてこられ、さらにシャッターで区切られた部屋に通され、電話を通してお世継ぎ様の指示を待つ。家令が照明を点灯した。
『床にあるものが見えるか?』
原野は言われるままに視線を落とす。
そこには本体に駐退復座装置、砲耳だけの裸状態の火砲が2つ寝かせられていた。
『ある国から我が家に進呈されたものだが、我らは特に必要としていないものだ。
そちらで買い取れるか?』
大きさから言えば75mm戦車砲相当のものと思われる。その脇には専用砲弾が入っているとおぼしき、1ダース入りと書かれたカートンが12箱置かれていた。
『見た目どおりの速射砲と思うな。これは口径漸減砲だ』
「は? これがあの幻の対戦車砲といわれる……」
『――の、復刻版だ。
昔ならいざ知らず、今はクロモリ鋼などどこででも手に入る上に、どこの金属工場でも加工できる。そしてこれは三分割できて、砲身の真ん中だけ交換できる設計だった。
予備パーツも各1ダースはある。そして砲弾も競技弾、高価なタングステンカーバイトなど使わない、同じ重さのダミー弾頭だ。もちろん日本のN鋼管やD工業でもつくれるが、これは本家本元が作ったものだ』
「ですが反動はどうでしょうか? 同クラスの火砲とリプレースしたときに……」
『その答えは、お前のスマホでネット検索して調べればわかるだろう?
使えるのかどうかも』
原野はしばらく自分のスマホでなにやら検索していたが、もしかしてこれならTasの代わりになりえるのでは、と考えたようだ。
「ふむ、本社と交渉しなければ価格は決められませんが、買い取りは可能かと」
『ならばすぐにお前の電話で確認して。結果が出たらまた家令の携帯で知らせなさい。
なにしろこれは「我々」には「使いよう」がないの』
結果から言えば、まことにうまくいったというべきだろう。
本社も原野のクライアントを怒らせてこの先の「本業」に差し支えることを恐れていたのだ。
原野は社長決裁で砲2門の価格としては破格の金額で手形を切って良いと許可をもらい、その対戦車砲2門を即決で購入した。
これでこっちとあっち、両方の顔を立てることができるだろう。
それでもおそらく「腕と戦術」を過信する大洗女子は、血まみれショーの主役にされることは変わらない。
彼はそう思って、腹の中だけで含み笑いする。
原野は急いで大洗女子学園艦に向けて飛び立つ。期限は「明日」なのだから時間がない。
ブラジル産の軽ビジネスジェット金ぴかダイナ号は、出せる全速で大洗女子を目指す。
生徒会長室では、彼を三人の女子高生が出迎えた。
そして原野が用件を切り出したとたん、
「そんなこといきなり言われても、こっちだって困ります!
Tasがなければ、全国大会はあきらめるしかないであります!」
予想どおりというか、原野を出迎えた優香里は激高して突っかかってきた。
後ろにいる二人、生徒会長と戦車道隊長は黙ったまま冷え冷えとした視線だけを向けてくる。
原田は、顔でだけ焦って、ふところから『秘密兵器』の入ったスマホを取り出し、例の画像を見せる。優花里なら必ず食いついてくると見て。
「この件につきましては重々申し訳ないと痛感しております。私もまさか親会社が横やりを入れてくるとは思いませんでした。申しあげてもしかたないことですが、この戦車は冷戦終結の5年後に仕入れたものでして、まさかこんなに長期間保管することになるとは思っておりませんでして。
本社からも「高く売れるところがあるなら、そちらに売れ」との厳命でございまして」
冷や汗をかいていもしないのに、必死に顔にハンカチをあてるさまは、すべての事情を知っている三人にとっては滑稽でしかない。優花里も本当は自分を担ごうとしたことに対して怒っているのだ。おかげで苦手な芝居をしなくて済む。
「その代わりと言っては何でございますが、ちょうど掘り出し物がございまして」
原野はスマホをフリックして、例のブツの画像を見せる。
優花里の顔から怒りが失せ、オモチャを見つけた幼児のような表情に代わる。
「これは、口径漸減砲でありますね。
この特徴のあるマズルブレーキは、一度見たら忘れられません!」
すっかり恋する乙女の瞳になる優花里。もはや本気だ。芝居じゃない。
一方、みほと華は初めて見るという顔をしている。
「優花里さん。これってそんなにすごいものなの?」
「すごいも何も、Pak41は、Pzgr.41(Hk)APCNR徹甲弾を使ったときの貫徹力がパンターの主砲で高速徹甲弾Pzgr.40/42を撃ったときと同等なのであります!」
「ぱんつぁーぐれなあ……」
「華さん、無理にいわなくていいよ」
「つまり、あんこうやカバさんがパンターやラング並みになるということであります!
ぜひ買いましょう! 西住殿」
「……えーとぉ」
ここで、華が「コホン」とせき払いして優花里を止める。
「で、肝心のお値段なのですが……。いくらぐらいになりますの?」
こうして、原野は内心だけほくほく顔で帰途についた。金ぴかの100ジェットで。
彼が提示したのは2門でTas1両分、設置費込み、弾薬別途というものだったが、みほが「ウチではそれできる部隊いるから」と値切った結果、見積額はそのままでPzgr.41(Hk)APCNR仕様競技弾1グロスをつけて売りっぱなしということになった。
Tasは翌朝早くに北関東営業所のタンクトランスポーターが引き取りに来ることで、一応の決着が付くことになる。
「優花里さん。すこしスノッブが入っていたでしょ?」
「わかりますぅ~? 西住殿」
「でもね、優花里さん。
今回はそのマニア魂のせいでとんでもないことになるところだったのよ」
ここで、裏のウォークインクローゼットでことの一部始終を立ち聞きしていた、まほ、元ダー様、アンチョビ、西、そしてスマホのカメラでずっと島田愛里寿にリアルタイム送信していた角谷らが、ぞろぞろと出てきた。
「で、西住ちゃん。これですべてオッケーということ?」
「ええ、角谷さん。これで大人たちはすべてあなたの罠にかかりました。
新学期になったら、大学選抜の方でえらい騒ぎになるでしょう。
ね、ナカジマさん」
「まーもったいないよね。
フロントドライブを取っ払って、駆動系を全部HL230ハイドロスタティックステアリングパワーパック700馬力後輪駆動にして、足回りは熟成のホルストマン式にA41のホイールと履帯。動力系がA41も後輪駆動だからこういうマネができるんだけど、せっかくの改造が全部無意味になるんだからさ」
「では私が島田愛里寿を瞬殺してやろう」
「お姉ちゃんは、たぶん勝てないと思う……」
「なに?」
みほのスマホに送られた島田愛里寿のメールには『妹がいなければただのイノシシの西住まほだけは、島田流行進間射撃でチハたんたちと同じ目にあわせる。Tasでもよゆー』とあった……
「大学選抜戦では、愛里寿ちゃんほとんど一撃必殺だったもんね。被弾は一発だけ。
メグミさんたちのバミューダアタックもドリフとしながらだったし。
西住流は『撃てば必中』にこだわりすぎて、ほとんど停止射撃しかやらないもの」
「いやあ、西住ちゃんのお姉ちゃんって、やっぱ単純、もとい一本気だし」
「うちのペパロニなみのそそっかしさかも……」
「我々は突撃精神で負けたと思っております!」
「こんな言葉をご存じ? 『桂馬の早駆け歩の餌食』(笑)」
「『前進あるのみ』ではドリフトは無理であります」
「んー、ドリフトってカニ走りだしね」
「行進間でも行けましたが、0.5秒でなんとかなりました♪」
「うがーっ! 私は10以上の数も数えられるぞ」
みほは思った。お姉ちゃんはやっぱり石器時代の勇者だと。
もちろん自分自身の幼少時代は棚に上げている。
本当はTasには巨大ショットトラップがあるから「よゆーよゆー」なわけなどないが、逆上したまほはすっかり忘れているらしい。
ここで、元ダージリンが一枚のフリップを皆に見せた。
「こんなアダプターをご存じ? イギリスの方がよほどまともなものを作ってましてよ」
彼女が見せたのは、2ポンド砲の先端にネジ付けスリップオンで装着できるリトルジョン・アダプターをつけた戦車の図だった。旧式化した2ポンド砲を簡単に強化できるので、テトラーク軽戦車や2ポンドを積んでいた装輪装甲車で絶賛取り付け中だったものだ。
「口径漸減砲としては、こちらの方がよほど実用的ですわ」
「そうだね、ダージリンさん。すり減ったら新しいのと取り替えればいいだけだし。
それに実際の戦場で盛大に使われたのもポイント高いね」
「でも、17ポンドの装弾筒付徹甲弾、APDSの方が偉大な発明……」
「すとーっぷ。本当はコントロールドディファレンシャルやHSTと同じで、フランスの発明なんですよね。それ」
みほは自分のスマホで元ダージリンに、歴史研究所にアーカイブされた当時の帝国陸軍の公文書のPDFファイルを見せる。
それは、1930年代の段階でフランスのブラン社が「装弾筒付徹甲弾」「装弾筒付榴弾」の特許をもっており、陸軍が特許使用料を払うことについての起案文書の画像だった。
なおドイツでも、15cm重砲隊には88mm高速徹甲弾を弾芯とする15cmAPDSが対戦車用に支給されていた。フランスを占領して、自家薬籠中のものにしていたのだ。
17ポンド以外の戦車砲でおおっぴらに使われなかったのは、おそらく当時のマズルブレーキの形状などのせいで上手く装弾筒が外れず、命中率に難があったからのようだ。
実は口径漸減砲も、APDSのことは決して言えた義理ではないのだが。