大洗女子 第64回全国大会に出場せず
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あきらめは愚か者の結論
第1話 伝説の終わり?
前書き
これは、「乙女のたしなみ」とされた戦車を極める「戦車道」という武道があるどこかのパラレルワールドで繰り広げられた「ガールズ&パンツァー」の、最後のお話のそのまた後の物語。
このお話では、第63回戦車道全国高校生大会、大洗動乱は2012年に、未公開の最終章関連事件は同年冬にあったものとします。
「馬鹿め! 三度も騙されるか!」
ルクリリはそう言い放つと、75mm主砲の発砲を命じた。
彼女が狙った戦車の車内に競技弾が装甲に激突する轟音と、「シュパッ!」という気の抜けた音が続けて起こり、そのあとに当のアヒルさんの車長、磯部典子の叫びが被さる。
「アヒルさんチーム、撃破されました! 申し訳ありません!」
「……」
無線を聞いて呆然としているのは、前年の秋、第二学期から大洗女子学園副生徒会長に就任した秋山優花里。
アヒルさんチームに託したのは、大洗女子戦車道の今後を担うはずの期待の新戦力。
搭乗するのは超旧式戦車「八九式中戦車」で全国大会を戦い抜いた「奇跡の」アヒル。
それがなぜ、格下の敵にロクに戦いもしないうちに撃破されたのか。
「なぜ、なぜこんなことに!」
そう叫ぶ秋山のかたわらには、なぜか沈痛な面持ちの西住みほがいた。
聖グロリアーナと大洗女子の、単独では2回目になる交流戦の1ヶ月前。
立春過ぎとはいえ、春まだ遠き2013年2月中旬。
本来なら入山禁止の富士山麓を、迷彩服、自衛隊の呼称でいえば「迷彩服2型、機甲用」といわれる服装に身を包んだ女性30人ほどが、一列に並んで登っている。
日本戦車道連盟主催による、合宿形式の「戦車道指導者講習会」の一幕である。
この日は寒中登山演習を実施。この日は登るだけで、六合目でビバークの予定だ。
他のカリキュラムは陸上自衛隊北富士演習場と、連盟の富士学校出張所で行われ、合宿所もその出張所を使う。
この講習会は高校生が受験休みとなるこの期間に、2週間の日程で実施される。
対象者は師範昇進間近の社会人から、高校戦車道のリーダークラスまでに及ぶ。
AO入試や戦車道推薦入学、果ては海外留学が確定し、この期間手持ちぶさたになるジュニア選手のトップや戦車隊の次期リーダーとなる現二年生の成績優秀者も、この講習を受けている。
大洗女子からは、戦車隊隊長を引きつづき務める西住みほ、生徒会長で、ぽっと出でありながら全国大会でフラッグ車を3騎討ち取った砲手の五十鈴華、「午後からの天才」の異名を持ち、どんな戦車でもいきなり動かしてしまう異能者、冷泉麻子が参加していた。
もっとも冷泉麻子はこの登山講習の最中に高山病を起こし、ドクターヘリで下山した。
そしてある程度の期間入院の要有りと診断されて講習をリタイア。回復次第大洗へ帰ることとなった。
無事に六合目まで登り終えた講習生たちは、すばやく野営の用意を調える。
用意が調ったものは、その場で個人携帯糧食で夕食を取る。
実戦を想定した演習であるため、食事は火を焚かなくとも食せる「MRE」レーションである。
戦車道の指導者は、戦時には戦車兵として戦うことを期待されているのだ。
「優花里さん、あんなことになって大丈夫かなあ」
「きっとわかってくれますよ。みほさん」
みほが気にかけているのは、合宿前にあった次年度生徒会予算会議のことだった。
優花里は2013年度の全国大会連覇を目指し、副会長職にありながら戦車道経費の積算を自ら買って出ていた。それには彼女なりの理由がある。
彼女、秋山優花里は戦車道戦車にかきらず、ありとあらゆるAFVが大好きという趣味人的な高校生だ。とはいえ、高校2年になるまでその『趣味』を共有できる人間はいなかった。
スポーツでも個人武道でもそうなのだろうが、たとえば誰でも不人気球団の登録選手まで全部知ってはいないだろうし、幕内力士全部の名前と部屋と出身地が言えるようなら、もはやウルトラマニアといっていいだろう。
AFVマニアでもカナダやオーストラリア、アルゼンチンにスペインの戦車が答えられるようなのはそうそういない。なぜかというと、戦局にまったく影響を及ぼしていないからだ。これは飛行機マニアや艦船マニアでもそうに違いない。
ただ、鉄男さんや鉄子さんは別だ。ありとあらゆる路線を知悉し、ありとあらゆる車両を知っている。そうでなければ話に加われない。
秋山優花里はそのレベルのエンスーだった。当然のことながら、戦車道選手でさえ話について行けない。なぜならどこぞの小国の弱小戦車なんか、単なる棺桶でしかないからだ。
ここが鉄道趣味との最大のちがいだ。鉄道ならどんなローカル線も制覇してナンボだ。まして珍しい車両なら、絶対に乗りたいに決まっている。
そんなわけで秋山優花里を理解できる人物は、少なくとも女性の中にはいなかった。
彼女が英雄とリスペクトする西住みほ、大洗女子学園戦車道隊長でさえそうであった。
去年戦車道を始めたばかりの大洗女子は(正確にはその20年前までは正課授業にしていたが)2012年度「第63回戦車道全国高校生大会」にいきなりエントリーし、優勝候補3校を含む4校すべてを撃破して優勝するという、空前絶後といっていい快挙を成し遂げた。
だが、その背景には「公立学園艦統廃合計画」により、学園自体が存在する「大洗女子学園艦」が廃止解体されるという事情があり、生徒会長角谷杏が学園艦教育局長辻簾太と交渉して「全国大会優勝」とひきかえに廃校取りやめを迫ったといういきさつがあった。廃校の理由が「これといった成果を上げていない」ことだったからだ。
そして角谷は戦車道授業を再興し、優勝常連校黒森峰女学園から(事情があって)転校してきた戦車道エリートの西住みほを中心に据えて全国大会にエントリーした。
他の生徒に重圧を負わせたくなかった角谷は、みほにも廃校予定の事実を伏せたまま戦っていたが、タナボタにちかい第一回戦、実力拮抗(つまり弱い相手)の第二回戦をくぐったあと、準決勝戦で四強の一角『プラウダ高校』の物量と老練さの前に敗北寸前となるも、ここで角谷が「負ければすべてが終わる」ことを明かし、みほを中心に死力を振り絞って虎口を脱した。
そして惨敗確実と思われた決勝戦ではまさに背水の陣で戦って、味方8両中7両まで撃破されながら、敵旗車含む10両の第一線級戦車を撃破し、薄氷を踏むかのような勝利を得た。
このときも今も、大洗女子の保有する戦車は8両のみである。
大洗女子には、一流戦車といえるものは1両もなく、むしろ全く戦力にならない時代遅れまでいたという悲惨なラインナップであって、なぜ優勝できたのか、誰にも説明できないといわれる。
むろん、戦車の力関係でいうなら優花里にさえ「勝因」を挙げられないのだ。だから「腕と戦術で勝った」としかいいようがない。
もっとも過去の歴史にあっても、大洗女子と同じような立場に立たされた小勢が大軍を屠った例はないわけではない。しかしその条件は厳しく、すべてがそろうことは本当に稀だ。
大洗女子が優勝したことにより、辻局長の面子は潰れ、彼の政治力は大きく下落した。
そして面子を潰された高級官僚は、潰した相手を決して許さない。
彼は失地回復と潰された面子の恨みを賭けて、再び大洗女子に戦いを挑む。
面子以前に、どうあっても大洗女子を廃校にしなければ、彼は失敗者の烙印を押されて官界から追放されるのだ。(その後明らかになった、いろいろな事情もあった)
こうして霞ヶ関と高校戦車道界と大学選抜、さらにこの国の二大流派まで巻き込んだ実にダーティーな暗闘が勃発する。(以下「大洗動乱」と記す)
だがこのとき大洗側に次々援軍と支援者が現れ、敵であるはずの黒森峰のオーナー、西住流宗家まで加勢した結果、辻の目論見は潰え去った。
こうして、一応は大洗女子に平和が来たように思われた。
卒業間近の角谷は会長位を華道家元継嗣にして殊勲砲手の五十鈴華に譲った。そして新執行部が活動を始めた矢先に長年休止していた無限軌道杯という全国規模の高校生大会が開催されて、大洗女子もよんどころない事情から参戦することになった。むろん今回は廃校とは無関係だ。
そして、年度末がやってきた。
大洗女子戦車道履修者としての秋山優花里と、戦車博士としての秋山優花里に乖離が生じ始めたのはこのころからだった。
履修者としての優花里は、新たなる戦いを望み、大洗を不動の強豪にせんと考える。
一方で戦車に該博な方の優花里は、彼女の中で警報を鳴らし続けている。
戦車陣の弱体ぶりに、他の誰も問題意識を持っていないからだ。
そう、西住みほでさえ。むしろ彼女は『戦車の性能が戦車道のすべてではない』というテーゼを体現すらしていると言って良いほどだった。『当たらなければ、88mmだろうがどうということはない』『戦いは二手三手先を読んでおこなうもの』であるみほにとっては、戦車の性能差はむしろ乗り越えるべき目標だったのだ。
また、みほ自身は試合の勝敗それ自体よりも、どう戦ったかという『内容』を重視する人物でもある。その意味からもハードウェアの強化の優先順位は、彼女の中では低かった。
だから強い戦車の必要性を痛感していたのは、このときの大洗女子では優花里ただ一人だったと言っていい。
戦車の質と数で言えば全国大会一回戦敗退常連校のほとんど(つまり、知波単以外)よりもお寒い状態なのだ。
これでみほが卒業でいなくなる2014年度以降には、大洗女子戦車道はどうなってしまうのだろうか。考えるまでもなかった。
こうしてここに生徒会副会長、秋山優花里の孤独な戦いが始まった。
そこにあるのは使命感なのか、それとも……
秋山優花里は、まずは予算の増強が不可欠と考えた。
それとこの学校でこの年度、成果らしい成果といえば戦車道全国大会の優勝しかない。
大洗を再び存亡の淵に立たせないためにも、戦車道の強化は絶対に必要と優花里は考える、
(なんとか全国大会には10両は出さないと厳しいな。
でも乗り手は履修希望者が激増するだろうから、あとは新車購入費ももりこんでと。
あと、八九式だけは代替車両を用意しないと……)
彼女が次年度活動予算として盛り込んだのは、パンターを想定した新車購入費、年間の燃料、部品、弾薬の使用量見積もり、全国大会と交流戦の遠征費だった。
その結果、固定費だけでも2012年度実績比で170%、総額442%の増、つまり2012年度の5.42倍となる予算案ができてしまった。
これでもいくつか必要と思われる費目を削った結果であり、優花里としては全国大会連覇のためには次年度限定で10倍の予算が必要と踏んでいた。
(正直、この予算でもパンターが2両買えるかどうか。
やっぱり八九式の更新含めて3両は欲しい。それでもやっと全部で10両。
本当なら新車両は重戦車がいいんだけど。
あとは西住殿の腕と戦術としても……)
優花里は自分の作成した予算案をたたき台にして、華と二人で次年度を大洗女子を戦車道強豪校とするための盤石な基盤作りの年と位置づけていた。
のちのちさらなる出費が必要なら、補正予算を組めばいい。
会議に諮る前に会計委員会の審査があるが、会長と副会長が戦車道履修者である以上、前年度の角谷政権同様、形式的審査だけで通過する。
そう優花里は考えていた。しかし……
「副会長の肝いりはわかりますが、戦車道予算は本年度比で50%の減額をお願いします。
この予算案は、うちでは審査できません。再精査をお願いします」
形式的な稟議だけで会議に上程されると思っていた優花里に、会計委員長は言外で論外だと言って、予算案を突き返してきた。
「どういうことよ! それ」
角谷政権下では、すべて会長の意思であるといえば、どんな横暴でも通ったものだ。
前広報主任の河嶋桃など「横暴は生徒会の特権」とまで言い放っていたものだ。
まさか副会長の作成した案に隷下組織が異を唱えるなど。
優花里は感情的になった。
優花里は格上の人物には実にしゃちほこばった軍隊口調で話すが、目下、後輩には普通の口調で話す。軍隊口調が好きと言うことは裏を返せば上下関係に厳しいと言うことでもある。
しかし、普通Ⅰ科でも指折りの秀才は微動だにしない。
「2012年度は戦車道の勝敗にこの学園の存廃がかかっていました。
プラウダ戦で会長が明かした事実は、この学園を震撼させました。
学園のすべての機関が非常事態と認識し、すべての部活動が遠征予算を返上し、また生徒会予算を始め授業に支障が出ても構わないとの学園長の指示もあり、学園運営費までギリギリの削減を実施しました。その上OGの皆さんも多額の援助をしてくださいました。
それでも本年度に活動らしい活動ができたのは戦車道だけなのです。
残りの生徒は学校行事はもとよりすべての大会、発表会、コンクールをあきらめ、校内だけで黙々と練習だけに日を費やしたのです。学園の存続には換えられないと。
今年度が最後の舞台だった三年生もです。
……ここに本年度の燃料費と消耗品費の実績速報があります。ご覧ください」
戦車の燃費はリッター数百メートル。専用競技弾、練習用木製弾は連盟専売であり、組織運営費や事故補償費まで込みになっているからきわめて高価だ。
ある程度わかっていたことだが、ペーパーにして出されるとさすがに優花里も鼻白む。
それでも優花里は譲ることはできなかった。
「でも、ここで大洗女子戦車道を未来に向けて盤石にしないと、また廃校の標的になる。
それを回避するために、せめて量的には四強と戦える戦車隊を……」
「――大洗女子は聖グロのようなお嬢さま学校でも、サンダースのような巨大校でもない、一介の公立学園艦にしか過ぎません。一個大隊相当の戦車隊どころか現状を維持するだけで潰れます。
それが現実です。
いま私が申しあげていることは、会計委員会の総意です」
彼女は正論を言っているだけだった。しかし戦車道がこの学園の救世主だと信じる優花里は引くつもりなどない。
「副会長として命令します。
この予算案を、一切手を加えることなく予算会議に上程しなさい。
意見書はつけなくて結構。すべての責任は私が持つ。
これは会長の意思であります。財源は他の費目を削減して捻出しなさい!」
そう宣告して優花里は予算案のファイルを担当者の机に叩き付けると、憤然として自分のデスクに戻った。
その日の放課後、華と優花里は会長室で二人だけで話し合っていた。
「優花里さん。会計委員たちが予算が組めないっていってきたわ」
「五十鈴殿、次年度だけのことであります。
この学園が二度と廃校の脅威にさらされないためにも、会長権限で押し切ってください」
だが、華は思う。今回は「会長の横暴」という伝家の宝刀を抜くことはできない。
華は2年半の長期にわたって会長を勤め上げた角谷のような信頼を得ていない。
その角谷は会長辞任の直前に、あんこうチームに「次年度戦車道を続けるかどうかは新執行部に一任する」と言っている。文化祭や体育祭まで中止せざるを得なかったことを考えれば、本年度と同じ形で続行するのは難しい。しかしそれについてはもう彼女たちに任せるべきことだ。
そう角谷は考えた。
そしてあんこうチームは卒業予定者以外の全履修者と面談して、とりあえず次年度も戦車道授業は継続するという方針を決めた。
とはいえそのための裏付けについては、まだ何も着手していなかった。
当然真っ先に発生する問題は、そのための費用。しかし……
「でも、充当する財源がありません。
昨年、予想外の支出になったのは県教育庁も同じなのです。
廃校回避も確定した今となっては、OGの方々に拠出金をお願いすることもできません。
まして国庫に頼るとなれば、局長がああなってしまったとはいえ、学園艦教育局の中でまたこの大洗女子を削減対象にする機運が出てこないともかぎりません」
昨年、大洗女子の廃校のために暗躍した元学園艦教育局長は、一部業界との「不適切なお付き合い」と官製談合誘導、贈収賄の嫌疑がかけられて拘留中で保釈も棄却され、容疑が確定し次第、刑事休職から懲戒免職にされることが決まっている。彼は自分で辞表を出したが受理されなかった。世論が彼の徹底的な処罰を求めているからだ。
といってもそれは、学園艦教育局が大洗擁護に回ったことを必ずしも意味しない。
依然として文科省の台所が苦しいことは変わらない。
いまは大洗に手をつけるのがタブーだというだけだ。図に乗って金をせびるようなら、彼らはまた大洗女子学園艦の廃艦を検討するようになるだろう。
学園長始め職員たちも、次年度の戦車道縮小はやむを得ないと考えていることも、華は知っている。また、学園長から内々にみほへの根回しを依頼されてもいた。
まして華は生徒会長、戦車道にのみ肩入れできる立場にない。
だから優花里には、新規の予選増額をこらえてもらうしかなかった。
「優花里さん。戦車道予算は現年度ベースで上程しましょう。
私たちは戦車道履修者である以前に、いまは生徒会執行部です。
学園生みんなの代表なんです。会長権限であなたの予算案をとおすことは無理です」
「そうですか。残念であります……」
華が自分に全面的に賛同しないばかりか、後ろ盾にもならないことを宣告された優花里は、しおれて会長室を退室した。
閉じる扉をみて、華は思う。
おそらくこれでも、予算会議は大荒れになるだろう。
本年度の戦車道のために前任者角谷がどれほどの無理を重ねたか、一選手でしかなかった華は知らなかった。
会長になってみて、角谷がどれほど努力して内部を押さえていたのかを知ったのだ。
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