東京レイヴンズ 今昔夜話
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エイリアンVS陰陽師 宇宙人がなんぼのもんじゃい! 3
一週間前の金曜日。笹岡真唯ら天文部員達が中津川学園の屋上で天体観測をしていた時、空飛ぶ円盤がプールに飛び込むのを目にして写真まで撮った。
興奮と混乱で寝つけず、一夜明けて落ち着いた翌日。他の天文部員にそのことを聞いても彼らは覚えていなかった。
さらに周囲に怪しい黒服の男たちが出没しはじめた。
まるで話に聞くメン・イン・ブラック。UFOや宇宙人などの目撃者や研究者の前に現れて脅迫や警告をあたえたり妨害活動をしてくる、都市伝説の存在のようだ。
翌日の土曜夜、妙な胸騒ぎがしたので親友の岩井聖子に電話をかけたがつながらない。
自宅に電話をかけたら母親から「娘は天文部の観測で学校に出かけた」と告げられ、悪い予感がした真唯は学校に出かけ、いつも天文部で観測活動をしている屋上に行ったら黒服の集団に襲われた。
あやういところで陰陽師――それもただの陰陽師ではない、史上最年少で陰陽Ⅰ種を取得して十二神将の一員となった『神童』大連寺鈴鹿の手で助けられた。
空飛ぶ円盤を目撃したのとおなじくらい衝撃的な体験に、ろくにお礼も会話もせずに別れたことに、後で悔やんだものだ。
だが今はそれどころではない。あいかわらず怪しい黒服達につけ狙われていること、自分以外の天文部員が記憶を消されていること、記憶だけではなく写真のデータも消去されていたこと……。
たび重なる異様な出来事に真唯はすっかりおびえていた。だが途方もない話なのでだれにも相談できない。
せめて霊災などの〝現実的〟な脅威なら周りの大人にも相談できよう、しかし空飛ぶ円盤だのメン・イン・ブラックだの荒唐無稽な話、いったいだれに相談できよう――。
布団に横になった真唯は大きな不安をいだきつつ、いつの間にか眠りに落ちていた。
熟した柿のような太陽が大地に滴り落ちる――。
昼でも夜でもない、その狭間の刻。赤い夕陽が部屋を血の色に照らしはじめた逢魔が時に、それが現れた。
布団に突っ伏していた笹岡唯真が妙な気配に顔を上げると、壁からにじみ出るように黒服の男が出現したのだ。
黒の背広に黒ネクタイ、黒の革靴を履いて黒いソフト帽をかぶった黒レンズのサングラスを着用したメン・イン・ブラック(MIB)が。
「――ッ!?」
MIBがペンのように細長い器具を掲げると、そこから激しい光が放たれた。
「あっ!? え、え……?」
壁から抜け出てきた黒づくめ男が奇妙な光を照射するという異常な出来事に絶句するも、真唯の身体には異変は生じなかった。
「やはり効果なし、か……。笹岡真唯。先週の金曜と土曜の夜にあったこと。それと我々のことは忘れて、その口を閉じろ。さもないとおまえだけではなく、おまえの親友の身にも恐ろしいことが起こるぞ……」
「…………」
恐怖に声も出せない真唯。その時、網戸を突き破って飛来した紙飛行機がMIBの側頭部に突き刺さった。
鈴鹿特製の簡易式神だ。
「GU、GURUGAA、POPOPOpo―ッ!?」
突然のアクシデントに奇声をあげ、あわてて側頭部の紙飛行機を抜こうとするMIB。しかし紙飛行機は迅速にプッシュバックし、その手から逃れると、くしゃりとひしゃげて人の形を成した。
「住居侵入および恐喝罪で現行犯逮捕。略して現逮だコラァッ!」
人形の号令一下、禽獣を象った式神が次々と窓から飛来し、MIBに殺到する。
「Oh No!」
全身を咬まれ、啄まれ、毟られたMIBが一目散に逃げ出した。壁の中に。
「あ、こらっ、待て!」
待てと言われて待つ者はそうそういない。
MIBが外に止めてあった黒塗りの車に乗り込むと猛スピードで発進し、街へと疾走する。
時速二〇〇キロを軽く超える高速で駆ける車に手持ちの式神では間に合わない。そう判断した鈴鹿は市街探索組、冬児と天馬に連絡した。
「そっちに黒いやつらが行ったから捕まえてっ! ……車よ、車っ。特徴? ナンバー? ええと、とにかく黒いのっ、だから見ればわかるわよっ」
「――って言われても、街だって広いんだから検知式でもないと見つけるのはむずかしいよね。せめてナンバー……、ううん、車種だけでもわからないと……」
スピーカーモードを切った携帯端末をしまいながら、天馬が冬児に同意を求める。
「……なぁ、天馬。それってあれのことじゃねえか?」
冬児の指差した方向。黒塗りの大型セダンが駐車場に停車し、車から降りたふたりの黒服があわてふためきながら近くのビルに入っていくところだった。
「葬儀屋か?」
井伊場葬儀社。看板にはそう書かれていた。
「なるほどな、真夏に黒服の男が出入りしていても怪しまれないってわけか。考えたな」
「井伊場……いいば……いーば……イーバ……。そうか、EBE(イーバ)か!」
「イーバ?」
「アメリカの極秘文書とかで使われる用語で、宇宙人のことだよ! こないだの『ドキッ! 真夏の夜の丸ごと超常現象スペシャル20XX ポロリもあるよ!?』でも説明してたでしょ。これはアタリだね! やつらが、MIBが宇宙人だという証拠だよ!」
「……なぁ、なんでわざわざ自分達の正体を示すような名称を使うんだ?」
「秘密結社ってのはそういうものなんだよ。それに秘密というのはだれでも知っているけど口に出して言えないことを指すんだから」
「ほう、なるほど。お役所と記者クラブとの癒着だの銀行や証券会社と総会屋との癒着打の野党と与党のなれ合いだの、たしかに秘密ってやつだわな。……て、今の俺らの相手は秘密結社じゃなくて宇宙人だろ。……まぁ、いいや」
友人の高まるテンションに水を差すのも野暮だ。もっともな疑問はよそに置いて、鈴鹿にMIBのアジトを発見したことを告げようとしたのだが、電話に出ない。
代わりに京子にかけたところ、混乱する真唯をなだめ、事の次第を聞くのに説き伏せている最中だとのこと。
「少し手間取りそうな様子だね」
「ああ」
所在なげにビルを見上げるふたり。
三階建てのビルで葬儀社は二階と三階に入っており、一階には喫茶店も兼ねたBARが入っていた。
手持ち無沙汰に痺れを切らした冬児と天馬は喫茶店で涼むことにする。
「マスター、ハイネケンは置いて――ッ! なんじゃこりゃあッ!?」
三面八臂の降三世明王や三面五眼の金剛夜叉明王の木像が睨みをきかせて来店者を出迎えた。
壁一面に貼られた札には「急急如律令」や「木火土金水」などの見馴れた文字や真言が書かれ、独鈷所や梵鐘などの仏具や水晶玉やタロットカード、ヴィジャボードといったオカルトじみた品々がそこかしこに置かれていた。
「な、なんなんだ、この店……」
陰陽塾に通う者ならわりかし見慣れた光景ではある。しかし呪術とは無関係な一般の街中で、このような装いを目にするのは。
「いらっしゃいませ。呪術を愛する者たちの隠れ家、BAR『メイガス・レスト』へようこそ……」
ベストにネクタイという絵に描いたようなバーテンダー姿で右目に海賊のような眼帯をした瀟洒な中年男性がそう言って奥から出てきた。
「じゅ、呪術BAR!?」
「Oui(そうです)」
「じゃあ、あなたは呪術者なんですか?」
「……かつての私には呪術を行使する力もなければ、見鬼の才も持たない一般人でした。しかしあの日を境に日常は崩壊した。ある夜、あの忌まわしき動的霊災・白來不に遭うまでは……」
「白來不?」
「そう。白來不。それは闇と混沌の申し子にして恐怖の使者。限りなき腐敗の王にして究極的堕落の権化であり絶望と虚無の体現者でもある。その姿は魚に似ず獣にも鳥にも似ていないが、昆虫にもまた似ていない。災厄が訪れるとき前触れとして出没するが、これをひと目でも見たものは石に変ずるとも全身の血を凍らされ死に至るとも言われる」
「そんな動的霊災、初耳だぜ」
「白來不とは中国の奇書『補天石奇説余話』に登場する邪神で、黄帝によって退治されたという。四凶や四罪に匹敵する存在なのだ」
大きな犬の姿をした渾沌。羊身人面で目がわきの下にある饕餮。翼の生えた虎窮奇。人面虎足で猪の牙を持つ檮杌。
人面蛇身に朱色の髪を持つ共工。驩兜。鯀。三苗
中国の神話や伝説を知る者なら、これら四凶、四罪の名を聞いたことがあるだろう。
「私の故郷は復活したやつのため灰燼と化した。運よく生き残った私は二度と同様の惨劇をくり返さぬよう、やつを修祓するため修行の旅に出た。この右目はその時に失ったのだが、代わりに青紫水晶を磨いてできた翠竜晶を埋め込んで生来の目の代用としている。この呪王霊眼(オーディン・アイ)は優れものでな、浄眼とも呼ばれて、あらゆる穏形を見破ることができ、霊的存在の姿をも見ることが可能なのだ。さらに一種の暗示をかけることもできる」
「「おおっ」」
「……という設定だったらいいなぁと思っている」
「「は?」」
「表向きはBARのマスター、裏じゃ凄腕陰陽師。そんなキャラになりたいなぁ、と」
「呪術者じゃ、ないんですか?」
「うん。陰陽塾に入りたかったんだけど、見鬼じゃないしお金もないし」
「一般のかた?」
「そう」
「ええと、一線を退いた呪捜官かなんかで、今は呪具の売買をしている特殊なBARのマスター。あつまる情報や呪具を目あてに若手陰陽師がよく訪れてくる。とかでもないんですか?」
「お、いいね。その設定。ぜひ使わせてくれないか」
「……繰り返しますが一般人なんですよね?」
「そうだよ」
「あの白來不の話は……」
「創作」
「「いまの話全部つくりかよ!」」
普段は口を荒げない天馬まで強い調子でツッコんでしまった。
「でも呪術BARというのは本当だよ、ここはそっち方面マニアがよく来る店だから」
店内を埋め尽くす妖しい品の数々。本棚には月刊陰陽師が創刊号からそろっている。たしかに呪術好き御用達の店であることはまちがいないらしい。
しかしよく視れば妖しげな品々には呪力の類は宿っておらず、呪具の類とも思えない。もっとも物に宿る霊力呪力というものは生物に宿るそれよりも見分けがむずかしく、ひょっとしたら本物が雑ざっている可能性もあるのだが。
「まったく、おどろかせやがって……。ああ、もう、とりあえずビール」
「おいおいBoyたちは未成年じゃないの? Kidsにアルコールは出せないよ。でもあんまりここいらじゃ見ない顔だね。中津川学園の生徒さんかい?」
「ああ、俺らこういう者」
冬児が陰陽塾の学生証を見せた途端、男の顔色が変わった。
「こ、これは陰陽塾の……! おどろいた、君達は本物の陰陽師なのかい?」
「まぁ、まだ見習いってとこだけどな」
「素晴らしい、Brilliant!」
「ぶり……」
「見習いとはいえ正規の陰陽師が来店するだなんて、実に光栄だ! ビールでもなんでも好きなやつを注文してくれ。そうだ、オリジナルカクテルがあるが試してみるかい?」
「未成年に酒を出してもいいのかよ」
「未成年者飲酒禁止法なんて大正時代に作られた古黴まみれの悪法だろ。節制できる人間なら子どもでも飲んでも良いし、それができない人間なら大人でも酒は飲むべきじゃないね。禁酒法なんてクソ喰らえだぜ、マザファッカ!」
「いや、禁酒法じゃなくて未成年者飲酒禁止法……」
「そんな大正時代に作られた古臭い法律を律義に守る必要はない!」
「いや、作られたのは大正時代ですけど、廃止されずに今も生きている法律ですし……」
「じゃあなにかい、墾田永年私財法や三世一身法は今も通用するってのかい? あれだってべつに廃止されたわけじゃないだろう」
「目茶苦茶な理屈ですよ! 太閤検地で死文化した墾田永年私財法とちがって未成年者飲酒禁止法は明治維新以降にきちんと、何年何月何日に制定された法律第何号。というふうに正式に登録されたものなんですからじゅうぶん――」
「まあまあ、いいじゃねえか天馬! 飲ませてくれるってんだから、小難しいことは置いといて、ありがたくいただこうぜ」
「僕はノンアルコールでいいよ。……ところでなんで呪術BARなんですか、本職の呪術者が無理でも、それに近いところで働ける職種はたくさんあるのに」
「呪術の他には酒ほど美味しいファンタスティックなテーマは類い稀なほどですからね。なにしろあのディオニソスのご加護がある。バッカスの異名を持ち、混沌と豊穣とを司るディオニソス。半人半獣の異形の牧神をひきつれた、あのもっとも悪魔的な神から人類に贈られた飲み物こそは、さまざまな幻視者の夢をかきたて、詩神ミューズの領域に――」
「すみません、その話、長くなります?」
「ようは酒が好きなんだな」
「……まぁ、要約するとそうなるね。呪術の他に好きなものといえばお酒くらいだったから」
「まぁ、酒と呪術は切っても切れない縁があるしな」
アルコールが精神にもたらす効果は神秘体験や呪術と結びつけられ、洋の東西を問わず非日常の宗教儀式用に摂取されることが多い。古代の人々は酩酊を一種の神憑り状態と考えていた。
「で、オリジナルカクテルってのはどういうやつなんだ?」
「はいよ、これがメニューだ。うちは種類が多いからじっくり考えて急々如律令してくれ」
「は?」
「Orderしてくれ(にやり」
「「…………」」
気を取り直して渡されたメニューに目を落とす。
バルハラスイング
インテリドライ
マジカルフィズ
マッスルハイ
スピードカクテル
ミラクルトニック
パピルマソーダ
テンプルトニック
スーパーミルク
「なんだ、これは……」
未成年にもかかわらず酒をたしなみ、カクテルについてもそれなりに詳しい冬児もはじめて目にする名だった。
もっともオリジナルカクテルなのだから当然といえば当然だが。
「よし、とりあえず一番上から飲むか」
「と、冬児君、普通のドリンクにしない? なんかこう飲んだ後にハッピーやスリープみたいなバッドステータスになるような予感がするよ、これ!」
「なに言ってんだ、天馬。酒飲んだらハッピーで眠くなるのはあたりまえだろ」
「OK、それじゃあ注文をどうぞ」
「オーダー↑」
その後、結局天馬も飲まされることになり――。
とうじたちは おかしくなった。
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