ラブライブ!サンシャイン!! Diva of Aqua
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キセキ
椎名夜絵を送り出すライブを終えてから一ヶ月、桜内梨子は東京にいた。電車を降りて一年前まで住んでいた街を、ひとり悠々と歩いていく。周りに他のメンバーはいない。梨子はひとりで東京にやって来ていた。
道中、梨子はコンビニに立ち寄り、お菓子を何種類か甘いものを中心に購入する。
コンビニを出た梨子は次にお洒落な外観の花屋へと立ち寄り、花を購入しようと店員の女性に話しかけた。話を聞いた店員は梨子の目的に合った花を勧め、梨子はそれを購入した。
目的のひとつを果たした梨子は、ゆっくりと歩みを進めていく。そして本来の目的であったとある場所に到着した。
シンと静まり返った空気が重々しく漂う。そんな空気を取り払おうと梨子は一度かぶりを振った。
もともと花を生けてあった場所に、買ってきた花を入れ替えて生ける。そのすぐ近くにこれまた買ってきた菓子類を供え、梨子は一歩後ろに下がった。
目を瞑り、記憶を掘り起こしていく。脳裏に映ったのは、ここ東京で出会い多くの時間を共に過ごしてきた親友――椎名夜絵。
浦の星女学院でも僅かではあるが、同じ時間を過ごした親友との思い出を振り返りながら、梨子はポツリと彼女の名を呟いた。
「夜絵……」
あのライブのあと、夜絵の身に起きた出来事を梨子は伝えられていた。その結果は、にわかに信じがたいもので、涙したのは記憶に新しい。
そう、夜絵は――。
「――いやいや生きてるから!」
「あ、夜絵。お疲れさま」
音を立てて開かれた扉。そこには椎名夜絵が立っていた。
「なにが『お疲れさま』なの! あたかも私が死んだような雰囲気つくりだして!」
「そんな雰囲気つくってないわよ」
「そう? ならいいや」
ここは東京のとある病院。梨子はその病室を訪れていたのだ。有り体に言ってしまえば、夜絵のお見舞いである。
ライブのあと行われた手術の結果は、成功だった。手術は本来、成功したとしても延命措置の効果しかないと言われていた。
しかし、夜絵の手術は他に類を見ない奇跡的な成功であった。延命措置を通り越して、病のもとを完全に取り除くことに成功したのだ。
主治医の先生によると、夜絵の病状は手術を行う以前には既に回復傾向にあったそうだ。それは、医学の常識からは考えられない現象だった。いったいどういった理屈でそんな奇跡が起きたのか、医者は見当もつかなかったらしい。
その話を主治医から聞いた夜絵には、ひとつ心当たりがあった。
それは、手術前に間近で観たAqoursのライブ。彼女達のダンスが、歌が、そうさせてくれたに違いない。本当は間違っているかもしれないが、夜絵は自分にとって都合の良いように解釈することにした。
夜絵の体を蝕んでいた病はもう完全に取り除かれ、夜絵は高校入学前の健康的な体を取り戻した結果となった。
「あっこのお菓子……ポッキーだ ねぇねぇ食べていい?」
「いいの? リハビリ中なんでしょ?」
「いいのいいの! せっかく梨子が持ってきてくれたんだから!」
梨子がお見舞いに持ってきた菓子を、夜絵は手にとって食べ始める。大好きな菓子を頬張るその顔は、満面の笑みを浮かべていた。
手術が奇跡的に成功し健康な体になったと言っても、手術を施した夜絵の体は憔悴しきっていた。もともと体力がなかった夜絵は、日常生活を支障なく過ごせる体を作り上げるべく、現在リハビリに励んでいる。
そんな中、自身が持ってきたポッキーを美味しそうに頬張る夜絵を見て、梨子からクスッと笑いが漏れる。
「なによ梨子、そんなにジロジロ見て」
「なんでもないわ、気にしないで」
「そう言われると余計気になっちゃうじゃない」
どこか釈然とせず難しい顔をしながらも、夜絵はポッキーを食べる手を止めない。まるでペットを見るように自分を優しい表情で見つめ続ける梨子。そんな彼女を見ながらポッキーを食べていると、ひとつの可能性に思い至った。
「……わかった! 梨子もポッキー食べたいんでしょ!」
「どうしてそう思ったのよ……いらないわよ別に」
「どう、正解でしょ!? いいよいいよー、梨子にも半分あげちゃおう」
嬉しそうに夜絵はそう言って、手に持っていたポッキーの袋を梨子に向けて差し出した。最初は遠慮していたが、ここまでされてしまって仕方がない。梨子は袋からポッキーをひとつ手に取り、口に運ぶ。
夜絵と一緒にポッキーを食べながら、梨子は夜絵に話しかけた。
「ねぇ夜絵、退院はいつ頃になりそう?」
「この調子だと、あと二週間で退院できるって」
「良かった。みんな夜絵が戻ってくるのを待っているのよ、今度は夜絵と一緒にライブがしたいって」
梨子が言う「みんな」とはAqoursのメンバーのこと。それは夜絵にも伝わっている。今度は夜絵と一緒にライブがしたい。メンバーの想いを梨子はそのまま夜絵に伝えた。
それを聞いて夜絵は嬉しそうに笑みを浮かべる――と梨子は思っていた。しかし、夜絵が浮かべた表情は、梨子の予想とは反対の、どこか浮かない表情だった。
「夜絵……?」
なげ浮かない顔を見せるのか、梨子は夜絵を呼びかける。すると夜絵は、梨子の疑問に答えるように話を始めた。
「……ごめん梨子。せっかくメンバーに入ったけど、私はAqoursを辞める。手術が終わってから決めてたことなの」
夜絵の口から飛び出したのは、Aqoursを脱退するというもの。それを聞いて梨子は目を見開いて驚いた。あまりに突然すぎる夜絵の言葉。普段は冷静で落ち着いている梨子には珍しく、感情的になってしまう。
「どうして? 練習がキツかったの? Aqoursのこと、嫌いになったの?」
夜絵はゆっくりと首を横に振る。
「ううん。練習はキツかったけど楽しかったし、ライブを観てAqoursはもっと好きになった」
「だったら、どうして……」
「私が大好きになったAqoursは――
花丸ちゃんがいて
ヨハネちゃんがいて
ルビィちゃんがいて
ダイヤさんがいて
マリーさんがいて
果南さんがいて
曜ちゃんがいて
千歌ちゃんがいて
そして、梨子がいる。
それが私が大好きになったAqoursなの。そこに椎名夜絵はいない。
これが、私がAqoursを辞める理由」
そう語る夜絵の目は真剣そのものだった。夜絵の言葉が冗談などではなく、本気で言っているのがひしひしと伝わる。
「……分かったわ。みんなには私から伝えておく」
「ありがとう。でも復学したら、ちゃんとみんなには話すことにするよ」
「うん、それがいいわね」
夜絵の決意を梨子は尊重して、夜絵がAqoursを辞めることに決まった。今この瞬間をもって、椎名夜絵はスクールアイドルから、普通の女子高生になった。
夜絵はゆっくりと天井を見上げて、再び話し出す。
「でも、歌うのは辞めないかな。復学したらみんなとカラオケとか行って遊びたいし……あと、路上ライブとかやってみようと思ってるの」
「路上ライブ?」
「うん。もっと色んな人に私の歌を聴いてほしい。そして私の歌でたくさんの人に勇気や希望を与えたい。Aqoursが私にそうしてくれたように。
――それが今の私の夢。
そのためにも、今はリハビリを頑張って早く復学しないとだね!」
「そうね。夜絵の夢、応援するわ」
「えへへっ、ありがとう!」
自身の夢を語る夜絵。梨子はそれを素直に応援したいと思った。思えば、夜絵の夢を聞くのはこれが初めてだった。
「話したら、なんだか早く歌いたくなってきたー!」
「じゃあ、今ここで歌う?」
「いいね! 何の曲にする?」
「いつも一緒に歌っていた曲でいいんじゃない?」
「やっぱりそうだよね! じゃあ歌うよ――」
「ええ、いいわよ」
「せーのっ!」
夜絵の合図。
二人にとってお馴染みの、音ノ木坂にいた頃から共に歌っていた曲。
「「ユメ語るよりユメ歌おう!」」
歌声が、二人を包み込む。
【ひと夏のキセキ 完】
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