ラブライブ!サンシャイン!! Diva of Aqua
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覚醒
夜絵が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。だけど、どこか既視感がある。
何の面白味もない真っ白な天井、鼻腔をツンとつくエタノール特有の臭い。自身の所在を理解するのには、それだけの情報で充分だった。
「病院、か……」
ベッドに寝かされていた身体を上体だけ起こす。周囲を見渡してみると、明らかに病室だった。
そしてベッドの傍らには、椅子に座って寝息を立てている少女の姿があった。
「梨子……」
桜内梨子。一番の親友の名を呟いた夜絵が、その髪を優しく撫でる。きっと梨子はずっと付きっきりでいてくれたのだろう。夜絵にはそんな確信があった。
そして夜絵は、何故自分が病院のベッドで寝ていたのか、その原因となった出来事も完全に思い出した。
「私、練習中に倒れたんだよね」
放課後、ここ最近は毎日のように行っていたスクールアイドルの練習。今までにない楽しさを感じたと同時に、体力がなく病弱な身体に疲労を蓄積させた。
宣告された余命が残り半年を切ったという状態のなか、ここ最近繰り返された今までにないオーバーワーク。その結果、Aqoursのみんなが見ている前で倒れてしまった。
身体が明らかに警鐘を鳴らしていた。だけど夜絵は、それを無視してまでAqoursとしての時間を過ごすことを選んだのだ。残り僅かしかない命だ。それなら、最後まで楽しんだ方が得というもの。
――だけど。
だけど少しだけ、後悔している。
「Aqoursに入らなかったら、梨子やみんなともう少しだけ一緒にいられたのかなぁ……」
たらればを語ったところで、現状が何か良くなることはないというのは夜絵も重々承知だ。だけど、そう思わざるを得なかった。
今回オーバーワークで倒れたことにより、自身の死期がもうすぐそこまで近づいているのは夜絵自身なんとなくではあるが感じていた。
そしてその予想は、のちに聞かされた医者の話で事実であることが分かる。
「んっ……」
隣から間の抜けた声がした。見ると椅子に座っていた梨子が目を覚ましていて、眠気まなこを擦っている。
夜絵がその様子をジッと観察していると、やがて意識が覚醒してきた梨子とバッチリ目があった。
「夜絵っ! 目を覚ましたのね! よかった……」
「おはよう、梨子。ついさっき起きたんだ」
「夜絵、練習中に突然倒れて……救急車呼んで運ばれたら三日も目を覚まさなかったのよ。本当に心配したんだから……」
「ありがとう。心配かけてごめんね」
梨子の顔はあまり血色が良くなくて、肌も少し荒れているように見えた。きっと自分が倒れてから、付きっきりだったのだろう。そう思った夜絵は梨子に感謝する。
そして、今までひた隠しにしていたことを、梨子に話そうと決意する。余計な心配をさせまいと今まで黙っていた体のことだけれど、これだけ自分のことを心配してくれた梨子に、全てを知っておいてもらいたい。
「ねぇ梨子、大事な話があるんだ」
夜絵は梨子に全てを打ち明ける。今まで心配をかけないようにとひた隠しにしていた自身の病状を。
昔から身体が弱かったこと。
そのせいで体力がなかなか着かなかったこと。
一年前に倒れたとき、重度の難病が見つかったこと。
――自身の余命が残り半年もないこと。
残りの人生を自由に過ごすと決めたこと。
コンクールに行けなかったことを謝るために、そして残りの人生を梨子と共に過ごしたいがために、浦の星に転校したこと。
夜絵は全て包み隠さず梨子に話した。
「なんで……っ、なんでそんな大事なこと、今までずっと黙ってたのっ! 知っていたら、夜絵をAqoursに誘ったりしなかったのに……。私が無理をさせたから、夜絵が倒れた……!」
梨子は泣いていた。琥珀色の瞳から堰を切ったように溢れる大粒の涙は、頰を伝ってシーツの上に零れ落ちる。
その涙は、夜絵のことを想って流れている。それは夜絵も痛いほど感じていた。
「ううん、梨子には感謝してるんだ。Aqoursに入って、みんなと過ごした時間は今までで一番輝いていて、楽しい時間だった。だから梨子。
――私をAqoursに誘ってくれてありがとう。最期にキラキラな思い出を私に作ってくれて」
「そんな……っ! これが最期みたいに言わないでよっ! 私はもっと……もっと夜絵と一緒にいたいのに! 手術も受けられるんでしょ!? だったら今すぐ手術を受けてよっ! これからもずっと、夜絵と一緒にいたいよ……っ!」
梨子の心からの叫びだった。夜絵に生きていてほしい、これからも同じ時間を共に過ごしたい。そんな当たり前の日常を梨子は強く願った。
梨子の顔は涙でくしゃくしゃになっていた。せっかくの美人が台無しだ。
そんな梨子の顔を見て、夜絵は梨子から逃げるように下を向けた。そして絞り出すようにして梨子に言った。
「ごめん梨子……手術は受けない。それはもう、決めたこと」
「そんな……っ」
「――はずだったんだけどなぁ……っ!」
夜絵が顔を上げた。その瞳からは大粒の涙が流れていて、梨子同様にくしゃくしゃになっている。
「私も梨子と一緒にいたいよ……Aqoursのみんなともっと一緒にいたいよ……っ! でも手術しても少し余命が伸びるだけなんだよ! 嫌だよそんなの! 死にたくないよ……死ぬのは怖いよぉ……梨子……っ」
夜絵の口から零れ出たそれは、紛れもない本音だった。死にたくない、そんな当たり前の感情を夜絵は今までずっと押し殺して、気丈に振る舞ってきたのだった。
余命を宣告されたとき、両親も医者も夜絵の意見を尊重すると言った。だけど今回の梨子のように、生きてほしいとは言ってくれなかった。
梨子が初めてだったのだ、夜絵に生きてほしいと強く願ったのは。そんな梨子の想いにあてられて、夜絵の押し殺していた感情が溢れかえってしまった。
「夜絵……っ、生きてほしいよ……夜絵……っ!」
「梨子……梨子……っ!」
互いに名前を呼びながら、夜絵と梨子は互いを抱きしめ合った。身体の温もりを感じて更に、二人の瞳から流れる水の勢いが増した。
*
思いっきり泣いた梨子が病室を去ってしばらくすると、病室の扉がコンコンと叩かれた。
中に入ってきたのは、夜絵が小さい頃から診てもらっていた東京の主治医だった。夜絵が倒れて目を覚ましたという報せを受けて、静岡まで足を運んだらしい。
「先生。私、手術します」
夜絵の言葉を聞いて、主治医は一瞬だけ目を大きくした。だがすぐに、夜絵の意志を受け入れる。
手術をすると言っても、すぐにできるというわけではない。準備が必要なうえに、手術は東京の病院でないとできないと言う。
五日後、夜絵は東京の病院へと移動し、その翌日に手術を受けることが決まった。
***
その翌日、夜絵の病室には見舞いにやってきている梨子がいた。
夜絵は梨子に、五日後に東京で手術をすることになった旨を伝える。それを聞いた梨子が安堵の表情を見せる。
「東京に行く前に、梨子にひとつお願いがあるの」
「お願い? 私にできることなら何でもするわ」
「ありがとう。梨子へのお願いって言うより、Aqoursへのお願いなんだけどね」
そう前置きをして、夜絵は言った。
「Aqoursのライブが観たいの、東京に行く前に。私、梨子達のライブまだ観たことないから。……それに、手術が少し怖いから、ライブで勇気をもらいたいなって。ダメかな?」
「ううん、いいよ。みんなにも聞いてみる」
*
そう言ったあとの梨子の行動は早かった。すぐさま病院をあとにして、部室にメンバー達を呼び出した。
梨子は夜絵の容態を掻い摘んで伝え、夜絵がライブを観たがっていることを話す。
話を聞いたメンバー達の反応はひとつだった。
――ライブをやろう!
梨子はメンバー達に頭を下げ、感謝の意を伝えた。
ライブは夜絵が東京へと発つ前日、つまり四日後に行われることとなった。その旨を梨子は夜絵に伝えると、夜絵から感謝の言葉が返ってくる。
それからライブまで、Aqoursのメンバーは浦の星の屋上にていつも以上に汗を流した。唐突に決まったライブだけに、準備期間は短い。少しでも良いライブにして、夜絵の力になりたい。
想いはそのひとつだけ。
そして時間はあっという間に経過し、ライブの当日を迎えた。
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