| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

東京レイヴンズ 今昔夜話

作者:織部
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

エイリアンVS陰陽師 宇宙人がなんぼのもんじゃい! 1

 
前書き
 原作小説8巻の花火大会で多軌子が鴉羽を持ち出さず、春虎が暴走せず、なにごともなかったら――。
 そんな夏のお話です。 

 
 日が落ちても蒸し風呂にでも入れられたかのような夏の暑さは続いていた。
 寮内にはエアコンのそなえがあり、熱中症対策のため夏場は常時稼働しているのだが、節電、省エネというスローガンのもとに設定温度は二八度と決められていた。
 はっきりいって風があるぶん外にいるほうが涼しく感じられる。
 六畳一間の畳敷き。夏目、冬児、天馬は春虎の部屋に集まってゲームをしたり、ホラー映画を観て涼しもうと、年相応の学生らしいひとときを過ごしているのだが――。

「……暑い。ちょっとしたサウナじゃないか!? 設定温度二八度とか意味ねーよっ。役所か、この部屋は。こんな場所にこもってると熱中症になるぞ、マジで。……なぁ、映画やゲームにも飽きたし、ちょっと外に出ないか?」

 二本のDVDも観終わり、暑さと退屈さに辟易した春虎がそう主張した。

「几に隠りて熟眠、北牖を開く――。だよ、春虎」
「……そんな呪文を唱えたって涼しくなんてならないぜ」

 夏目は優等生らしく柳宗元の詩句を引用してみせた。夏の暑い日は北側の窓を開けてそよ風を呼び込んで涼をとり、熟睡しよう。だいたいそんな意味だ。
 だがせっかくの名詩も春虎にはなんの効果もあらわさなかった。

「心頭滅却すれば火もまた涼し。無念無想の境地に達すれば、どんな暑さも寒さも感じなくなる。春虎はもう少し精神修養をしたほうがいいよ」

 白皙の美貌に汗ひとつ浮かべていない夏目。いかにも精神を律して暑さに動じていないように見えるが――。

「心的じゃなくて呪的に涼しくなってるんじゃないか?」

 冬児の手が夏目のうなじにのびると、そこに貼られていた一枚の呪符をはがし取った。

「あっ」

 ひんやりとした冷気が漏れる。

「水行符を冷湿布代わりに使うとは、さすがだねぇ」
「なんだよ、夏目。自分だけずるいぞ」
「な、なら春虎も使えばいいだろ。言っとくけどこれだって立派な実習なんだからね!」
「ならどうするのか教えてくれよ」
「ええと、まず術式をこんな感じで組み替えて――。呪力の注入は――」
「だーっ、めんどくせぇっ! 普通にアイス●ンとか冷え●タとか使ったほうが早い!」
「まぁ、そうだよね。でも呪力を込めれば半永久的に使用できるって点だと経済的だよ。製品化はされてないけどウィッチクラフトでも似たような呪具を作ってたっけ」
「なら天馬、そいつを少しわけてくれ」
「あはは、無理だって。でもほんとうに良くできた呪具だったんだよ。消費電力も排熱もゼロでCO2も排出しないエコな造りでさ」

 とりとめのないやり取りのなか、春虎が所在なげにTVのリモコンをいじると何代か前に首相を務めたことのある政治家をはじめとする選良のみなさんや著名なコメンテーターたちの姿が映っていた。毎年恒例になっている夏の厭戦番組。頭がおかしくなるくらい平和と反戦をうったえてくる、例のやつだ。今年は戦後●●年という節目の年でもあり、これからの陰陽師のありかたや霊災についての責任問題がテーマにあがっていた。
 大戦末期、土御門夜光の最期と帝都東京をおそった大霊災についてはいまでも多くの陰陽師や研究家が様々な説を唱えている、日本の呪術史五本の指に入るであろう謎だ。

「まぁそのー、陰陽師や呪術が悪かどうかと訊かれれば遺憾に思いまして心のどこかに悪ではないかという感情が動くという事実を頭から否定いたしますほど自分に不誠実であってはならないのではないかな。と、厳粛に自戒すべきことを自分に言い聞かせる程度には感じるところがございましては、はなはだ遺憾の意を遺憾とも遺憾であり遺憾なぁと――」

「……なぁ、このおっさんはなにを言っているんだ? つうか日本語か、これ?」
「陰陽師や呪術が悪かどうかはさておき、この人は日本語の敵ですね」
「日本語の敵でもあり、日本そのものの敵でもあるんじゃないか、この野郎」
 総理大臣を務めていた頃から頓痴気な行動と日本を卑下する発言で知られた人物で、一線を退いたいまでもアジア各地を訪問し土下座外交(ほんとうにひざまずく!)をしていることで悪評が高く、売国 奴や国賊と罵しられたり、宇宙人などとも揶揄されている。
 もっとも国賊ぶりでは現在の総理大臣も負けてはいない。
 被災者生活再建支援法というものがある。
 文字通り災害によって被害を受けた人たちを援助する制度なのだが、その内容が実にケチくさい。
 家屋が全壊、大規模な半壊世帯には支援金が支給されるが、半壊世帯などは支給対象になっていない。しかも一〇世帯以上が全壊した市町村にしか適用されない。九件以下は対象外なのだ。いったいその線引きはだれがどのようにして決めたのだろう。一件でもあれば支援金を出してあげればいい。
 さらに支援金の総額というのがまたしょぼい。
 住宅の再建費込みで全壊家屋には最大で三〇〇万円、半壊家屋には一〇〇万円しか支給されないというのだ。
 いまどきそんな金額で家が建てられるわけがない。
 自分の国の人々にはこのように吝嗇なのに、他国の難民支援には九七〇億円も拠出するというからあきれてしまう。
 そのいっぽうで自国民を家畜のように管理したがり、マイナンバー制度という気色の悪い決まりをこしらえ、アウシュビッツに収容されたユダヤ人のように国民に識別番号を押しつけるつもりだ。
 さらに憲法をないがしろにし、日本と日本国民の平和と安全を守るための自衛隊をわざわざ海外の危険な紛争地域に派遣したくてしょうがないようだ。よほど日本人が血を流す姿が見たいらしい。

「わりぃことしたから侘び入れるのはいいが、おなじようにわりぃことした連中にも侘び入れさせろっつうの」

 冬児がいらだたしげに舌打ちをした。
 陰陽塾では最初の一年は座学が中心であり、歴史も学ぶことになる。
 一般の教科書には載っていない占守島の戦いや葛根廟事件についても学び、新羅や刀伊の入寇など、自分の国が大昔から周辺国の侵略にさらされていたことを知って大いに憤慨したものだ。
 すべてのチャンネルを変えつくしたあと、電源を切りリモコンをソファーに放り出した。

「やっぱりどこか出かけようぜ。寮と塾を往復するだけで貴重な青春時代を終わらせるなんて悲惨すぎる。豊かな見識と広い視野を育てるには行動範囲を広げるべきだって、こないだ大友先生も言ってただろ」
「渋谷区役所に就職したと思ったらどうかな」
「思いたくないって。おれに役人が務まるわけないだろ」
「陰陽師を目指す人間がなにを言っているんだい!」
「あー、そういえば現代の陰陽師って国家公務員なんだっけ」
「現代もそうだし、むかしも朝廷に仕える役人。国家公務員だろ、陰陽師は」
「それも授業で聞いたような記憶が……。むかしは霊災の修祓とかじゃなくて天体観測とかしてたんだよな」
「そう。天文と暦道は律令制時代の陰陽師が司っていた重要な学問で、夜ごとの星の動きから吉凶を予測し――」
「あっ!」
「な、なんだい春虎?」
「星だよ星。天体観測しようぜ」
「はい~?」
「もちろんガチで天体観測するとかじゃなくてさ、いま夏目が言ったように昔の陰陽師の仕事を体験するとかそういう口実で夕涼みに出ようぜ。もちろん今夜すぐとかさすがに無理だろうから、明日以降にさ」
「それは……、たしかにおもしろそうだけど……」

 言いよどむ夏目、すると――。

「話は聞かせてもらったわ!」

 バタンと戸を開けてプラチナブロンドに染めた長いドリルツインテールの少女があらわれた。この春から入塾してきた、史上最年少で陰陽Ⅰ種を取得した神童の異名を持つ少女。大連寺鈴鹿だ。

「そういうことならあんたらじゃなくてあたしから教員連中に言ったほうが説得力あるっしょ」
「ちょ、おま、なに男子寮に勝手に――」
「あー、うるさいうるさい。あんたらだけじゃなくあの乳女も外出できるよう、このあたしが働きかけてやるから、大船に乗ったつもりで安心してなさい。そしてあたしに感謝しなさい」

 一方的にまくしたてると鈴鹿は去って行った。

「あいつ、なぁ……。そんな簡単に許可が降りるのかよ」

 言い出しっぺのくせにそんな危惧を口にする春虎であったが――。
 
 いとも簡単に許可されたのだった。





 夏の夜空に数えきれない星々がまたたいていた。
 春虎とともに満天の煌めきを見上げる夏目の瞳もまた、喜色に明るく輝いている。

「今夜の星はことのほか綺麗ですよ、春虎!」
「だよな!」

 まるで自分の所有物を褒められたかのように春虎は得意げな表情を浮かべた。そんな気にさせる星空だった。

「夏の夜空で一番目立つのは、なんといっても織姫ですね」

 東の空を照らすひときわ明るい星。こと座のベガ。織女とも呼ばれる夏の夜空を彩る有名な七夕伝説のヒロイン。

「あっ、ほらほら見てください! 天の川をはさんで彦星も見えますよ」

 彦星。または牽牛とも呼ばれるわし座のアルタイルは織姫の恋人で、天の川にへだてられたふたりは年に一度だけの逢瀬をもつといわれる。

「知ってる知ってる、ベガとアルタイルにはくちょう座のデネブで夏の大三角ていうんだよな」
「春虎、おまえそれアニソンで得た知識だろう」
「――やっとみつけたおりひめさ~ま、だけどどこだろうひこぼしさ~ま――」

 都心から電車で通える場所にもかかわらず、小さな農園や牧場が点在する、風光明媚な地方都市。
 そんな緑のオアシスにある丘陵地帯の一画、小高い丘にシートを敷き、星空を観る春虎、夏目、冬児、天馬、京子、鈴鹿。といっても星図や星座盤を用意して、しっかりと観測しているのは天馬だけで、あとはみな思い思いに星空を見上げ、楽しんでいた。冬児など麦系の炭酸飲料を賞味してすっかりくつろいでいる。
 しかしただひとり、京子だけがかすかに憂いをおびた表情を浮かべ、少し距離をおいていた。
 今夜にかぎったことではない。
 京子は今年に入ってから妙にふさぎがちになることが多くなり、いまもまた牽牛織女の逢瀬の話を聞いてせつなさがこみ上げてきた。
 胸の奥がかすかにうずく。
 自分には大切な人がいたのに、その人のことをわすれてしまっている。絶対にわすれてはいけない、忘れようのない想い人なのに――。
 だが、そんなことはありえない。
 自分にはまだ恋人と呼べるような人はいない。以前は土御門夏目のことを幼い頃に約束を交わした少年だと思い込み、恋慕の情をおぼえたこともあったが、それはささいな思いちがいから生じた気の迷いだった。
 いまはそう確信している。だいいち夏目は女だ。
 大切な友人だが、男女の情愛は感じない。それは幼い頃に約束を交わした〝本物〟の相手である春虎に対してもそう。天馬や冬児も良き友人だが恋愛感情は感じない。
 では、だれに。
 いったい自分はだれに対してこうも愛しく、せつない想いをつのらせているのか――。
 胸がしめつけられる。
 無意識のうちに両手で自分の身体をかき抱いていた。まるで寒さに震えるおさなごのように。

「ダァーッ! なにこれ見よがしにデカ乳強調してるんだよ、ウシ乳女っ」

 ドリルツインテールを文字通り尻尾のようにゆらして鈴鹿が叫んだ。

「怪奇ホルスタイン女のくせにたそがれてんじゃねーよっ、ほらっ、星見ろ星。星読め星。星読みが星読まなくてどうすんだよ」

 いきなりの剣幕に一瞬呆気にとられた京子だが、すぐに相好をくずした。この年下の十二神将は自分をはげまそうとしているのだ。

「あー、それともなに。天の川に対抗してミルキーウェイでも作ろうっての」

 日本をはじめとするアジア諸国では川に見立てられる銀河だが、西洋では乳の道。ミルキーウェイと呼ばれる。これはギリシャ神話が由来で、人との間に生まれたヘラクレスに神々の不死の力を与えようと画策した大神ゼウスは妻である女神ヘラが寝ているときに乳を吸わせた。だがヘラクレスの乳を吸う力があまりに強かったため、痛みに目覚めたヘラがおどろきヘラクレスを突き放した。このとき飛び散った乳がミルキーウェイだという。

「母如礼縫亡か!? 乳時雨か!? そういうくノ一忍法的なの使おうっての、このメスミノタウロス。略してメノタウロス、さらにりゃくしてメス! このメス乳!」
「……ちょ、ちょっと鈴鹿ちゃん。いくらなんでもひどくない!? あたしそんなこと言われたの、さすがにはじめてなんだけど」
「だれも言わねーなら、あたしが言ってやらぁ、この人ホルスタイン!」

 大型犬にちょっかいをかける小型犬。そんな光景を彷彿とさせる女子ふたりをよそに、春虎と夏目は星空の浪漫に思いを馳せて丘をのぼり、頂上を目指していた。
 雑木林の中に踏み入る。
 うっそうと生い茂る木々の天蓋に星明りも遮られ、最初は暗く、原始的な恐怖を感じたが、目が暗さに慣れてくると昼間の森とはまた異なる、幻想的な森の景色が立ち現れる。
 五感が冴えわたり闇の深さが不思議に心地よく感じてくる。はじめは闇が襲いかかってくるような気がしたのに、こんどは逆に闇が自分を包んで守ってくれるような気さえしてきた。
 街の明かりから遮断され、まるで世界にふたりきり。大好きな人と、ふたりきり。そんな甘い想いがわいてきた。

「……綺麗だな」
「えっ!?」
「夜の森って、こんなに綺麗だったんだ……」
「え! あ、ああ。そ、そうだね。綺麗だね、うん」

 自分にむけられた言葉だと一瞬かんちがいした夏目の貌が羞恥に染まる。さいわいなことに夜闇がそれを隠してくれているので恥ずかしさに赤く染まった顔を見られることはなかった。

「し、知っていますか春虎。まだ西洋で登山が一般化していない時代から、夜の山登りは日本の伝統的レジャーだったんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「ええ、山がちの地方では月の出を山の上で拝む行事が盛んでしたし、宮沢賢治や志賀直哉も夜の山登りを好んでいたといいます」

 かつての日本人は闇を恐れると同時に深く愛した。夜の山登りは最高のレジャーだったが、遠くの山に登るだけなく、夜桜見物や蛍狩り、花火。鈴虫や松虫、邯鄲や蜩などの奏でる音を楽しむ虫聴きなど、近場にある野山や水辺で闇の中の遊びに興じた。
 日本家屋というものは軒が深く、昼でも洞窟のような暗闇が生じる造りになっている。夜ともなればさらに闇は深まることだろう。善光寺の戒壇巡りなど本堂の下にある真っ暗闇の回廊を手探りで歩く、一種のアトラクションであった。
 また肝試しの歴史も長く、平安時代に書かれた『大鏡』のなかに藤原道長が肝試しをする話がある。夜の闇の中でやる祭りも少なくなかった。
 九州有明の不知火や江戸の王子稲荷の狐火といった怪火見物も人気があったそうだ。
 照明のとぼしかった時代の人々は現代とは比較にならないほど暗い中で楽しんでいた。
 西洋では可能な限り街や家々の中を明るくし、闇を消すことに執着したが、日本ではむしろ闇を受け入れ、それを利用して楽しんでいた。
 日本の温順で温暖な気候は大気を湿らせ、月や星の光をおぼろげでやわらくする。闇もまたやわらかくなる。温暖だから闇の中でものんびり快適にすごすことができる。
 その温暖温潤な気候は木々を育て、紙の文化をはぐくんだ。行燈や提灯などの日本の照明器具は光を和紙で包んで闇をやわらかく照らす風情のあるもので、日本の闇がやわらかくやさしいからこそ、闇に親しむことができた。
 鬼を縛り、魔を裂き、多くの妖を従える。闇に君臨する陰陽師ならばこそ、闇遊びを楽しむべきでは――。
 そんなことを話しているうちに、雑木林をぬけ、ひらけた場所に出た。
 ふたたび満天の煌めきに彩られた夜空の天蓋がふたりの目に映る。

「見て見て、春虎。夏の大三角の東にいるか座が見えますよ!」
「う~ん、どう見てもイルカには見えない」
「アリオンという音楽家を助けたイルカがいるか座のイルカになったというお話が――」

 いて座、さそり座、へびつかい座――。有名な夏の星座を見つけては星座にまつわるエピソードに花を咲かせる。
 するとはるか上空を小さな光点がすべるように流れた。

「あ、流れ星――」

 夏目が指差したときにはもう光線は消えてしまっていた。

「ああん、流れ星が消えないあいだに願いごとを三回唱えるとかなうのにぃ」
「そりゃ迷信だろ」
「迷信も立派な乙種です」
「……夏目はどんな願いごとをするつもりだったんだ?」
「春虎が立派な陰陽師になれますように!」
「おいおい、またそれかよ」

 苦笑。つい去年の夏に〝夏目ではない夏目〟が同様の願掛けをして絵馬を奉納していたのを思い出した。

「あ、でもその前に無事に卒業できますように。それと千年堂の最中が食べたい。倉橋さんが元気になりますように。冬児が鬼に飲まれませんように。鈴鹿が先輩を敬うように。天馬が――」
「ちょ、まだあるのか? あんがい欲ばりなんだな」
「それと――」
「それと?」
「また、こうやって春虎と、みんなといっしょに天体観測できますように、て」
「……」
「……」
「ちょ、ちょ、ちょちょっと子どもっぽかったかな? でもぼくは――」
「お、それじゃあおれは『みんなで海に行きたい』だ」
「海! あ、でももう今年は無理かな。クラゲの時期だし」
「クラゲかぁ……、やつらは海水浴の敵よな。クラゲ除けの呪術とかないのかな」
「う~ん、虫除けの術の応用でなんとかできそうかな……、あ!」

 小首をかしげて思案する夏目。その矢先に夜空をまた新たな光が流れた。
 春虎と夏目はこんどこそなにか願いごとを唱えようとした。しかし次の瞬間、光点はかくんと鋭角に曲がった。

「「ええっ!?」」

 仰天するふたりの目の前で光点はさらにかくんかくんと曲がり、天空にでたらめな軌跡を描いていく。
「ど、どうなってんだ。あの流れ星は」
「わ、わからないよ。虫や鳥だとしてもあんな動きはありえないし」

 怪奇な現象におどろきを隠せない。
 謎の流れ星はジグザグ飛行をくり返したすえに、ふたりの近くまで急降下してきた。
 夏の夜気が大きくたわむ。
 それは星ではなかった。虫でも鳥でもない。
 銀色に光り輝く金属製と思われる巨大な円盤。中心部が上方にふくらみ、鐃鈸(にょうはち)という法会で打ち鳴らされるシンバルのような打楽器に酷似している。
 空飛ぶ円盤の基本中の基本形。いわゆるアダムスキー型UFOだった。
 はじめて遭遇した未確認飛行物体に春虎と夏目は絶句した。
 鵺や野槌、牛鬼といった異形の存在を見てきたが、そのどれにも眼前に浮遊する空飛ぶ円盤は似ていない。
 未知との遭遇に硬直するふたりの頭上を越えて、謎の円盤はいずこかへと飛び去ろうとする。

「追うぞ!」
「ええっ?」
「なにおどろいてるんだ、あんな超常現象を目にして陰陽塾の生徒がほうっておけるかよ。おれたちは怪異を祓う陰陽師なんだぜ。行くぞ!」
「は、はい!」

 いつになくきびしい声で宣言する春虎に夏目がときめいた。大友陣と蘆屋道満の呪術戦を目のあたりにして以来、それまでとぼしかった熱意と意識をもって呪術を学び、たのもしさを感じさせるようになった春虎だが、今夜もまた陰陽師としての自覚を発揮し、超常現象に立ち向かおうとしているのだ。

「さすがは春虎様! 面妖な未確認飛行物体を前にしても一歩もひるまぬそのお姿、このコン。春虎様の勇敢さに感服いたしております」

 非常事態に実体化したコンも春虎の勇姿を賛美する。
 実際のところは絵に描いたようなザ・UFOを目撃し、単純に好奇心を刺激されて野次馬根性むき出しで追跡を開始したにすぎないのだが、そうとは露知らずに追随し、空飛ぶ円盤を追いかけた。





 未知との遭遇を経験したのは春虎たちだけではなかった。
 フィールドスコープをのぞいて空を見上げ続けていた天馬がふと視線を下げると、灰色の建造物が視界に入った。大きなグランドに大きなプール、アーチ状をした天井のある建物は体育館だろうか。
 学校の校舎だ。
 その校舎の屋上で複数の人影がもみ合っている。
 よく見ればひとりは女の子で、ふたりの黒服の男に取り押さえられ、いまにも突き落とされそうな様子に見えた。

「あ! ああっ!? ちょっ!」
「うっさい。なにさわいでるのよ、女湯でものぞいちゃったとか? このエロ眼鏡!」

 周章狼狽した天馬がスコープを手渡す。怪訝そうな顔でそれをのぞき込む鈴鹿。

「――ッ!」

 即座に表情が引き締まり、いつも持ち歩いている一冊の本。単行本サイズのハードカバー、聖書を取り出し、素早く掲げた。

「式神作成! 急々如律令(オーダー)!」

 掲げ持った聖書が光りを放ち、突風を受けたようにバタバタとページがめくれ上がった。さらにはページがちぎれ飛んで宙を泳ぎ、あたり一変を乱舞する。
 ちぎれ飛んだ聖書のページは折れ曲がり、張りつき、重なり合い、次々と形を形成していく。猛禽を象った折り紙で作られたかのような式神があらわれた。

「飛べ!」

 主を背に乗せ、号令を受けた式神は校舎へと飛び立つ。

「ああっ、まってよ鈴鹿ちゃん!」
「走って来い!」

 純白の鷹に乗り、夜空を翔ける。直前までの光景があっという間に背後に遠ざかり、そう離れていない校舎の屋上まですぐにたどり着いた。
 黒の背広に黒ネクタイ、黒の革靴を履き黒いソフト帽をかぶり黒レンズのサングラスを着用した、上から下まで黒ずくめの男がふたり、ひとりの少女を追いつめていた。

「その子からはなれろ変態野郎!」

 宙に浮いての一喝。普通の相手ならばこれだけでかたがつく。
 だが男たちはちがった。

「……」

 ふところから取り出した小型の銃をむけ、引き金を引いた。

「んナッ!?」

 だが射出されたのは弾丸ではなく一条の光。光線だった。
 この黒ずくめの男はSF映画にでも出てくるようなレーザーガンを撃ってきたのだ。
 とっさに防御用の呪符を掲げて光線をふせぐ。

「……なに、これ。呪術?」

 鈴鹿は光線にこめられた五気の偏向、呪力の気配に気づいた。

(あのおもちゃみたいな光線銃ってば呪具なわけ? この黒づくめども、呪捜官? まさかね……)

 鈴鹿の見鬼が黒づくめ男たちの霊気を視る。一般人となんら変わらない凡庸な霊力と気配。どこからどう見てもただの人――。
 ――否。
 ちがう、常人ではない。
 十二神将のひとりであり『神童』の異名を持つ彼女の見鬼は並の陰陽師のそれより深く見通し、看破した。
 隠形している。気配を消すのではなく、霊気の質と量を隠して一般人に見せる。そのような類の隠形で、これは呪捜官などがよく使用する。かつて呪捜官相手に大立ち回りを演じた鈴鹿をいらつかせるにはじゅうぶんだった。

「こそこそしやがって、うぜぇんだよシャバ僧が! バン・ウン・タラク・キリク・アク!」

 左右の手が飛燕のように素早く舞い、それぞれ異なる印を描く。
 呪符を掲げていたほうの手で呪力の盾を展開。五芒星を象った強固な障壁が生じ、かたほうの手に結んだ刀印が呪力の刃を飛ばした。
 攻防一体の卓越した技巧。光線銃を完全にふせぎつつ、放たれた呪が空間を裂いて黒ずくめ男に炸裂。

「popopopopooooーッ!」

 直撃を受けた男は人とは思えない奇声をあげて痙攣するように動きを止めた。まるで電波妨害。ジャミングされたかのように輪郭がぶれ、姿が明滅した。
 ラグと呼ばれる現象に酷似していた。いや、それそのものだった。

(なに、こいつら、人じゃない!?)

 式神や動的霊災は物理的な衝撃に対してこのような反応をしめす。 
 と、そのとき鈴鹿は背後に気配を感じた。見ればプールの水が割れ、中から漆黒の円盤がおびただしい量の水滴を落としながら浮上し、鈴鹿たちのいる真上まで飛来してくると銀光を発し、一条の光が照射される。
 トラクター・ビーム。牽引光線にあてられた黒ずくめ男たちが円盤に引き寄せられ、内部に回収されると、円盤は銀色の軌跡を描いて星空の下を音もなく飛び去って行った。

「……ちゃちい円盤。『プラン9・フロム・アウタースペース』かっつうの」

 つい先日、深夜のテレビ放送で観たカルト映画の題名が思わず口に出た。

「あ、ねぇ。ちょっとあんた、だいじょうぶ?」

 呆然とこちらを見上げる少女に声をかける。

「……あ、ああ、あの平気、です。ありがとうございます。……あ、あの、鈴鹿、さん? ひょっとして十二神将『神童』の大連寺鈴鹿じゃないですか!?」

 自分もとんだ有名人になったものね。妙にくすぐったい感じがしたが、おびえた少女に営業スマイルを浮かべるだけの余裕はじゅうぶんに持ち合わせていた。

「うん、そう。あたしは大連寺鈴鹿。あんたの名前は? なんでやつらにおそわれてたの?つか、やつらナニモン?」
「あ、私の名前は笹岡――」





 夏と秋と行きかふ空のかよひ路は、かたへすずしき風や吹くらむ――。
 夏が往き去り、秋が来る空では、暑い風の吹くもう片方に涼しい風が吹いているのだろう。そのような意味の古歌だ。
 まさにいまの季節にぴったりの歌だが、たったいま春虎と夏目の眼前には季節を匂わす雅な風などではなく、安っぽいSF映画のような光景が展開されていた。
 銀色に光り輝く空飛ぶ円盤はかなりの速度で飛行しており、全速力で駆けても追いつけない。見失いかけたそのとき、円盤が唐突に停止し、高度を下げていく。
 そこは小さな牧場。牛舎の中には数頭の牛が横たわっている。異様な気配に頭を上げた牛がなにごとかと外に顔を出して視線を上に上げた、そのとき。円盤からひと筋の光が牛にむかって放たれた。
 まばゆい光につつまれるやいなや、だれも触れていないにもかかわらず牛舎の檻が開き、牛の身体がふわりと浮かび上がった。
 そしてそのまま音もなくまっすぐに円盤へと吸い寄せられていく。

「ン、ンモー」

 身の危険を感じた牛は悲痛な鳴き声をあげながら四肢をばたつかせるが、むなしく宙をかくばかりだ。
 それと同時に近くの草々がなぎ倒され、奇妙で複雑な丸い模様を描いていった。

「ああっ、牛が、牛がさらわれちゃうよ春虎!」
「くそっ、キャトルミューティレーションでもする気かっ」
「しかもあれ、ミステリーサークルじゃないですか!?」

 キャトルミューティレーション。牛や馬といった家畜が殺害され、死骸の一部が切り取られて全身の血液が抜き取られるという異常な惨殺事件で、宇宙人の仕業とされる。
 ミステリーサークル。穀草が円形にたおされる現象やその跡。おもに円形が複数組み合わされた形状をしており、宇宙人の仕業とされる。
 つい先日見た『ドキッ! 真夏の夜の丸ごと超常現象スペシャル20XX ポロリもあるよ!?』という、宇宙人やUFO、UMA。幽霊や心霊写真といったオカルトものTV番組でそのように説明されていたのを春虎と夏目は思い出した。

「やらせるかっ、急々如律令(オーダー)!」

 語気を強めて宣言すると、春虎はふところから一枚の呪符を取り出して円盤めがけて投げ打った。呪符は矢玉のごとく大気を切り裂いて飛び、円盤に命中。轟音とともに炸裂した。
 およそ紙一枚によるものとは思えない衝撃。だがそれこそが呪術の力だ。呪力により円盤が大きくかたむく。と同時に牛への照射がとぎれた。
 中空に浮いていた牛は地面に落下し、痛そうな悲鳴をあげたが、草地が衝撃を吸収してくれたようですぐに起き上がると一目散に逃げ出した。

「よかった。あの牛さん、無事みたいです」

 ほっと安堵の息を漏らす夏目。

「ああ。だけどあいつ、邪魔をされて怒ったりしてな」

 春虎は固唾を飲んで上空の円盤を見つめた。夏目もふところに手を入れていつでも呪符を打てるように身構える。 
 相手は宇宙人(?)それもキャトルミューティレーションやミステリーサークルといった動物虐待や自然破壊をおこなう人非人(にんぴにん)。非友好的なタイプだ。気を抜くわけにはいかない。
 しかし緊迫のときは長くは続かなかった。
 円盤はいきなり上昇するとさきほど以上の速度で牛が逃げていったほうとは逆へと飛んでいった。その姿は遠く輝く銀色の光点となり、やがて満天の星々にまぎれて消えてしまった。

「くそっ、逃がしちまった!」
「…………」

 歯がみする春虎とは裏腹に夏目の顔には喜色が浮かび上がっていった。

「春虎、すごい!」
「え?」
「霊災修祓どころか外宇宙からの侵略者を追い払うだなんて、ほんとうにすごいです!」
「え? あ!? いや~、それほどでも……。進級試験のときの鵺のほうがよっぽど手ごわかったぜ」
「ですが得体の知れない相手に臆することなくイニシアチブを取るだなんて、以前とはくらべものにならないほど成長してますよ」
「あはは、それほどでも~、あるかもな」

 実際、先の祓魔局目黒支局におけるシャイバとの戦闘以降、まるで堰を切ったかのように春虎はレベルアップしていった。
 もともとあった非凡な霊力にくわえて、技術面においても急激な成長をはたしたのだ。

「春虎、すごい! 春虎、えらい!」
「あ、あはは、アハハハ! そうかな、おれ、エイリアンから地球を救っちゃったのかな? かな? かな? かな?」

 夏目からの嵐のような絶賛に白い歯を見せて上機嫌で笑う春虎であった。





「――で、けっきょくその未確認飛行物体を取り逃がしちゃったってわけ?」
 ふたたび丘の上に集合。簡易テントの前に集まり、先ほどの超常現象について情報を交換し合う。
「そりゃ逃がしちまったけどよ、相手は空を飛んでるんだぜ。捕まえられるかっての」
「北斗と雪風はどうしたのさ。あいつらでも追いつけないくらい高空高速で飛んだわけ?」

「「――あ」」

「なにが『あ』よ。まさかあんたら、自分の式神のこと忘れてたとか?」

 土御門家に代々仕える古豪の式神、北斗と雪風。神馬と見まごうばかりの雪風は夏目がつねに身に帯びている式符に宿り、北斗もまた夏目が使役する護法式で、二体とも飛行能力をもっている。

「あっきれた、手持ちの式の存在を失念するとか、どこのド素人だっつうの。あんたらほんとに土御門のニンゲン? 夏目っち、ダメなほうの土御門が伝染ったんじゃないの」
「し、しかたないだろ。相手は宇宙人だぞ、宇宙人。あんなの目のあたりにして冷静でいられるかよ」
「そ、そそ、そうですよっ。大連寺さんだって捕まえられなかったじゃないですか!」
「あたしは女の子の保護を優先しただけ~、あんたたちとはちがいます~」

 黒服たちにおそわれていた女の子、彼女の名は笹岡真唯といった。中津川学園の二年四組の生徒で、天文部員。おなじ天文部員の岩井聖子を探しに夜の学園に来たところ黒服たちの襲撃を受けたという。

「――天文部の活動はないはずなのに岩井聖子って子が『天体観測に行く』とか言って家を出たのが気になって来たら、やつらにおそわれたってハナシ。そのくらいしか聞けなかったわね。ひどいショックだったみたいで、それ以上のくわしいことを話せるような状態じゃなかったわ」
「……その黒服たち、ひょっとしてメン・イン・ブラックかも」

 それまでだまっていた天馬が眼鏡を光らせ、沈黙をやぶる。

「麺・イン・ブラック? イカスミのパスタか?」
「ちがうよ! 宇宙人やUFOなんかの目撃者や研究者のところに現れて脅迫や警告をあたえたり、さまざまな圧力や妨害行為をする謎の組織で、その正体は地球人の恰好をした宇宙人じゃないか、という説もあるんだ。こないだいっしょに見てたTV番組で、『ドキッ! 真夏の夜の丸ごと超常現象スペシャル20XX ポロリもあるよ!?』でも説明してたでしょ」
「ああ、そういえばそんなの言ってたな」
「そうだよ、みんな。やつらはすでに地球にやってきて、侵略の機会を虎視眈々とうかがっているんだ!」
「やつらって、それはつまり……」
「宇宙人だよ!」
「だよなぁ、宇宙人、だったんだよな、さっきのやつら」
「そうさ! 宇宙人だよ! いいかい、みんな。すでに地球上には宇宙からの侵略者が、やつらがやってきているんだ! たとえば一九四七年、実業家のケネス・アーノルドはワシントン州レーニア山の近くを自家用機で飛行中に編隊を組んで飛行していた九機の未確認飛行物体を目撃し、その形状からフライング・ソーサー(空飛ぶ円盤)と命名した。UFOという名称を生むきっかけになった事件だよ。おなじ年にニューメキシコ州のロズウェルに空飛ぶ円盤が墜落して、その機体や中に乗っていた異星人が米軍の手によって回収されたロズウェル事件も有名だよね。――アメリカ政府には『MJ‐12』と呼ばれるUFOや宇宙人問題を専門にあつかう大統領直属の秘密機関が存在し、ラスベガス北部にある秘密組織エリア51でやつらの研究をしている。チリでは異常航空現象研究委員会(CEFAA)という組織があって、航空機の航路安全を守るためにチリ全空域に現れた正体不明の航空現象、つまりUFOのデータを収集、解析しているんだ――。常識だよ!」
「お、おう……」
「これはもう僕たちだけの問題じゃない、早くみんなに知らせないと大変なことになっちゃうよ!」

 なにかのスイッチが入ったのか、いつにないテンションで天馬はそうまくしたてて、宣言した。





「……モルダー、君は疲れてるんや」
「だれがヒマワリの種の大好きなFBI捜査官ですか!」
「暑気あたりには漢方の清暑益気湯(せいしょえっきとう)が効くいうから、なんなら処方しよか?」
「だからそんなんじゃないですって!」

 警察か自衛隊か、はたまた宇宙航空研究開発機構(JAXA)かアメリカ航空宇宙局(NASA)か――。
 とりあえず身近にいる信頼できるおとな。担任講師の大友陣に朝一番に昨夜起きた異常なできごとを告げたが、白眼視され、真摯に受け止められることはなかった。

「まぁ、そうだよな~。実際に遭遇したおれらでさえ、あれは夢だったんじゃないかと思うし」
「あれは夢なんかじゃないよ! 現実に春虎君も鈴鹿ちゃんもUFOや宇宙人と接触。それどころか呪術戦したじゃないか。これはもう第一種接近遭遇どころか、いっきに第五・五種くらいすっ飛ばしちゃってる。ゆゆしき事態なんだから」
「だいいっしゅ?」
「接近遭遇?」

 土御門の若きふたりの言葉がハモる。

「そう。UFO界のガリレオとも呼ばれる、 宇宙人研究の第一人者ジョセフ・アレン・ハイネック博士の定義したUFO目撃事件の分類方法さ。――第一種接近遭遇はUFOを至近距離から目撃すること。第二種接近遭遇はUFOが周囲になんらかの影響を与えること。第三種接近遭遇はUFOの搭乗員と接触することで、四種はUFOの搭乗者を捕獲すること、五種は直接対話すること、六種は遭遇の結果、死傷が発生すること。今回はそこまで大ごとにはならなかったけど、交戦状態にはなったから五・五ってとこじゃないかな。これは史上初のできごとだよ! 僕たちはいま歴史の転換期に直面しているんだ! まるでアメリカ大陸を発見し、先住民とはじめて接触したコロンブスのように!」
「どっちかっつうとコロンブスはむこうのほうじゃねぇか? にしても不吉なたとえだな、よりにもよってコロンブスとは」
 
 クリストファー・コロンブス。この野心あふれる奴隷商人のせいで新大陸の人たちはつぎつぎ奴隷とされ、ヨーロッパから持ち込まれた疫病と虐待のために殺されていく。
 コロンブス、マゼラン、ヴァスコ・ダ・ガマ。彼らヨーロッパ人が大西洋やインド洋に進出したときから人類史に悲劇がはじまる。
 彼らは南北アメリカを〝発見〟し、インドを〝発見〟し、フィリピンを〝発見〟し、行く先々で流血と破壊を巻き起こし、財宝を略奪し、先住民をさらって奴隷にした。
 そしてなんの良心の呵責もなく言い放った。

「やつらは唯一絶対たる真の神を知らぬ異教徒であり、文字も知らない野蛮人である。すなわち人ではなく、獣にひとしい。獣をあつかうようにやつらをあつかうことになんの問題がある」

 漢字やアラビア文字はヨーロッパ人たちにとって文字ではなかったのだ。自分たちの悪行――他国の独立を奪い、他国の人たちを奴隷とし、他国の財産を掠め、他国の文化を貶め破壊し、それに逆らう者は殺す――。それらを正当化するために「こんなものは文字ではない」と主張し、実行した。
 フランシスコ・ピサロは南米インカ帝国を滅ぼしたスペイン人だ。彼が西暦の一五三二年にインカ帝国に侵攻して皇帝アタワルパを捕らえると、その命と引き換えに莫大な身代金を要求した。インカ側はその要求に応じて黄金と白銀の山をさし出した。だがピサロは邪教の神を信仰し、真の宗教であるキリスト教を拒否した罪とやらで皇帝をでたらめな裁判にかけ火あぶりを宣告した。
 しかしインカの信仰を破棄し、キリスト教に改宗するなら減刑し絞首刑にしてやるとピサロは言った。
 インカの信仰は死後の世界を重んじる。人の遺体はミイラにされて神殿に安置されて魂の不滅と休息を得る。ということになっているのだが、火に焼かれてしまっては遺体は残らずミイラにもされず、魂は滅びてしまう。そう考えたインカに人たちは屈し、屈辱と無念のなかで皇帝はキリスト教の洗礼を受け、「フランシスコ」という洗礼名をあたえられた。
 以後、インカの富はすべてスペインに強奪され、インカの民は奴隷にされて虐待の果てに死んでいった。
 国や財宝どころか精神までも侵され奪われたのだ。
 すべては唯一絶対の神の名において。
 唯一神の名のもとに世界中を侵略し、植民地に対する圧政と暴政、搾取と大虐殺を長年にわたって展開した。
 似たようなことは近代になってもおこなわれている。阿片戦争の顛末など、いかに西洋人が傲慢で横暴かがわかるというものだ。

 閑話休題。

「くっ、おとなは信じちゃくれない。僕たちの手でどうにかしないと……」
「まぁ、やつらが本当の宇宙人だろうがそれ以外のなにかだろうが、得体の知れない連中が俺たちの街で好き勝手しやがるのはいけ好かないな。さいわいまだ夏休みは続いているし、ちょっとその子、笹岡真唯の身辺を探ってみたらどうだ。またやつらがちょっかいかけてくるかも知れねぇぞ」
「それなら心配いらないわ」

 鈴鹿が手にした聖書をめくると、そこには黒板塀に囲まれた大きな屋敷が映し出されていた。どこかの旧家だろうか、周りは田園地帯で、いかにも地主の屋敷。という感じだ。
 絵は静止画ではない。風に揺れる木々の枝や道路を走る自動車の様子は、まるでストリートビューのようだ。

「おおっ!」

 思わず目を見張る春虎。

「あの娘の近くに式を放ったの。妙なやからがちょっかいかけてきてもすぐにわかるわ」
「じゃあ、これ。彼女、笹岡さんの家ですか? ずいぶん立派なお宅ですね」

 土御門の家ほどではないが笹岡家も歴史のある家のようだ。

「……ふた組に分かれない? 笹岡さんの護衛と、情報収集」
「情報収集?」
「うん。プールの中から円盤が飛び立ったとか、あの学園にはなにか秘密があるかもしれないでしょ、街の様子も見てみようよ。やつらが地球人に化けて潜り込んでいる可能性もあるから油断はできないよ。『ゼイリブ』や『V(ビジター)』みたいにさ」
「天馬、おまえけっこう変なもん見てるんだな」
「部外者がガッコーの中に入るわけにはいかないから、ここは穏形に長けた人が――」
「おれ、最近は穏形も上手くなったんだぜ」
「春虎はぼくの式神だから当然ぼくとペアで――」
「俺は街をぶらついてみるか」
「あ、じゃあ、あたしは――」

 中津川学園の調査。春虎、夏目。
 街の調査。冬児、天馬。
 笹岡真唯の護衛。京子、鈴鹿。

「よし、これでいいな」
「うん、いいんじゃない」
「いいと思うぜ」
「それじゃあにヒトヒトマルマルに作戦開始だ。各自時計を合わせろ!」
「春虎、おまえも変な映画の影響受けてんな」
「宇宙人が変装してたときのことも考えて合言葉とか極めない?」
「バッカじゃないの、ほんと男っていつまでたってもガキなんだから……」
「くすくす、でも男子のそういうところってかわいいでしょ」
「そうですか? ぼくはもっとおとなになって欲しいなぁ」
「とにかくミッションスタート!」
「さぁ、いこう」
「いくぜ」
「いきましょ」
「しゃーないわね」

そういうことになった。 
 

 
後書き
元ネタ(?)である、千葉誠治監督の『エイリアンVSニンジャ』は、肘井美佳演じる女忍者のピッチリスーツ姿がおがめるので、そういうの好きな人はぜひ観てください。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧