国木田花丸と幼馴染
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変わるもの、変わらないもの。
満開の桜が、俺たちの門出を祝うように咲き誇っている三月末。今日は俺の通う中学校の卒業式。たった今、その式が終わったところだ。
あれから俺は必死に勉強して、第一志望だった沼津の公立高校に合格。水泳部が強い高校で、俺はそこで水泳を頑張ろうと早くも決意している。
マルとルビィも浦の星女学院に合格し、四月から俺たちは晴れて高校生となる。
俺たちは別々の高校に行くことになったが、彼女たちとの関係は変わらないままだろう。俺はそう信じている。
「ハルくん!」
式が終わったあとの教室で、マルが俺の名を呼んだ。これから別々の高校に通うことを考えると、やはり少し寂しい。
「マル、卒業おめでとう」
「ハルくんも、なんとか卒業できたね」
「待て、卒業が危ないほど俺は頭悪くないぞ」
そんなやりとりをして笑い合う。そんな幸せな時間もこれからは減ってしまうけれど、それでも俺はこれからも幸せでい続けられるだろう。
「えへへ、ハルくん」
マルが甘い声で俺を呼びかける。ここ最近、マルがこうして甘えてくることが多くなった気がする。やっぱり別々の高校に通うのはマルも寂しいのだろうか。
「どうした?」
「言ってみただけずら」
屈託のない笑顔を見せるマル。その笑顔が愛おしいと思うようになったのも、およそ半年前からだった。
「ハルくん」
「なんだ? また言ってみただけか?」
そう尋ねると、マルは首を横に振った。
「ううん。やっぱりマル、あの告白はないずら」
「……あれはマルが悪いんだろ」
「ハルくんにはもう少し、ムードというものを大事にしてほしかったずら」
「なんでだよ、放課後の図書館とかムード満点じゃないか」
「ダメずら」
マルは未だに納得していないようで、ことあるごとに俺にダメ出しをしてくる。この話題になると決まって平行線をたどるのだ。
半年前、俺はマルに告白した。そして俺たちは晴れて恋人同士になった。
***
「マル! 俺はお前が好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
放課後の図書館。カーテンの隙間から差し込む夕日に照らされたマルは、どこか幻想的な雰囲気だった。
ムードは抜群。まるで世界に俺たち二人だけが存在しているようだった。
「ハルくん……」
「マル……」
だけど、世界には俺たち以外にたくさんの人が存在しているのは当然のことで。
放課後の図書館は、マル以外にも多くの生徒が利用していた。
『なにあれ告白〜?』
『こんな大勢の前で……』
『勇気ある〜』
周りからそんな声がヒソヒソと聞こえてくる。マルに告白することに夢中で、全く周りが見えていなかった。
「ハルくん」
「はい」
なぜか怒っているような声色のマル。俺は自然と身構えてしまう。
――そして。
「図書館では大声厳禁ずらーーーーッ!!」
「お前も大声出してるじゃねえかーーーーッ!!」
それから俺たちは図書館を出て、人気のない場所に移動。改めてマルに告白をし、オーケーをもらって俺たちは晴れて恋人同士になったのだ。
***
恋人になっても、俺たちの間で変わったことといえば少ない。強いて言えばデートを数回したことと、マルが時折甘えるようになってきたことぐらいだろうか。
それ以外はなにも変わっていない。俺とマルが恋人になる以前と、なにも変わらない日常を俺たちは過ごしていた。
「花丸ちゃん! 榎本くん!」
「ルビィちゃん!」
俺とマルのもとにやって来たルビィ。俺は彼女の気持ちに応えることができなかったが、それでも今なお俺たちは友達のままだ。なにひとつ変わらない。
「二人とも、卒業おめでとう!」
「ルビィちゃんも、卒業おめでとうずら!」
「ルビィも、卒業おめでとう。あとマル、俺のときに比べて態度が違うくね?」
「ルビィちゃんはハルくんみたいにバカじゃないから。ねぇー!」
「ねぇー!」
「お前ら……」
俺が合格した高校、浦の星とそんなに偏差値変わらないからな。いい加減俺をバカ呼ばわりするのはやめてほしい。
まあ、二人の笑顔が見れるのならそれで構わないのだけれど。
「そうだ、二人の写真撮ってあげる! 花丸ちゃん榎本くん、並んで!」
「サンキュー。あとでラインで送ってくれ」
「ライン……?」
「……マルには関係のないことだよ。ほら撮るぞ」
ラインに疑問符を浮かべるマルを強引に引き寄せ、俺たちは密着する。そうしてルビィに写真を撮ってもらった。
「ありがとうルビィ。次はマルとルビィな、俺が撮ってやるから」
「ルビィちゃんとも写真撮るずら!」
「うん、撮ろう花丸ちゃん! 榎本くん、あとでラインで」
「オッケー」
「ねえ、ラインってなにずら?」
「……撮るぞ。ほらもっとくっつけ。よし、そんなもんかな。はい、チーズ」
パシャリと写真を撮る。仲良くくっついて笑い合うマルとルビィが写っていた。いい写真だ。
「次はハルくんとルビィちゃんで撮るずら!」
「花丸ちゃん、いいの?」
「もちろんずら!」
俺と写真を撮ることに少し躊躇いを見せるルビィだったが、マルから許可を得たことでパァッと明るくなる。
「ハルくん、すまーとふぉん? マルが撮ってあげるから貸して!」
「……大丈夫か?」
「大丈夫ずら!」
マルはなぜか得意げに言う。いやスマホ持たせた瞬間「未来ずら〜!」とか言いそうだし、操作できないっぽいし。
まあやってみないとわからないので、俺はマルにスマホを渡す。もちろんカメラアプリを起動させたまま。
「未来ずら〜!」
「いいか、ここを押したら撮れるから」
「わかったずら!」
予想通りの反応を見せたマルに念押しして、俺はルビィと並ぶ。マルと撮ったときに比べて少し距離があるが、こればかりは仕方がない。
「えーっと、ここをこうして……ずらっ!?」
「どうした!?」
慣れないスマホに手間取っていたマルが、突然驚きの声をあげた。
「画面が変わったずら……」
「どれどれ」
近づいて確認してみると、カメラアプリがタスクキルされていた。いったいどう操作したらこうなるんだ。
「マルには任せられない。俺とルビィは自撮りで撮るから」
「自撮り?」
またもや聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべるマル。そんなマルをよそに俺はスマホを持ってルビィに顔を近づけた。
「はい、チーズ」
こうしてルビィとも無事に写真が撮れた。やっぱりマルにスマホを貸してはいけない。
そう思っていたらマルが頬をぷくりと膨らませていた。
「マルもさっきので撮りたいずら」
「さっきのって……自撮り?」
「ずら」
どうやら俺とルビィの自撮りが羨ましかったようで、マルはご機嫌斜めになっている。
「ほらハルくん撮って!」
マルが俺の隣、ルビィとは反対側にやってきて顔を近づけてくる。突然のことに俺は慌てながらも、手に持ったスマホでなんとか写真を撮ろうとした。
「ちょっ、マル動くな! あとルビィ、それだと写らないからもっと近づいて!」
「で、でも……」
「いいから!」
「わ、わかった……!」
「あ、ルビィちゃんズルい! マルももっとハルくんにくっつくずら!」
「おいマル近いって! ちょっ、頼むから動くなって! ……あっ」
パシャリ。
ドタバタしているうちに手がシャッターボタンを押してしまい、写真が撮られてしまった。
撮れた写真を三人で見てみると、奇跡的にピントは合っていたものの、俺たち三人の慌ただしい様子がしっかりと収まっていた。
ルビィは顔を赤くしながら俺の腕に抱きついていて。マルは俺の胴に両手をまわして楽しそうに抱きついていて。俺はただただ慌てた表情をしているだけだった。
なぜマルとルビィはこの状況でバッチリカメラ目線ができているのか、疑問は残るけど。
それでもこの写真、これはこれで良い写真が撮れたと思う。
「ハルくん、ルビィちゃん」
マルの声に、俺とルビィがマルを見る。
耳を傾け、マルの次の言葉を待つ。
「これからも三人で、楽しい思い出をたくさん作ろうね!」
「ああ!」
「うん!」
俺とルビィはマルの言葉に強く頷いた。俺は二人とは別の高校になってしまうが、放課後や休日なんかに集まって三人で楽しく遊ぼうという、マルの強い意思が込められているような気がした。
高校を卒業して大学生になっても。
働き出して大人になっても。
俺たち三人は、いつまでも繋がっているだろう。
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