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国木田花丸と幼馴染

作者:ゆいろう
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勉強会とハプニング

 

 俺の幼馴染、国木田花丸の家はお寺である。そこは俺の住んでいる内浦では名の知れた寺であり、マルがその寺の娘であると知ったときは衝撃だった。それを知ったのは俺が小学生の頃だったのだが、中学二年の今でもそれを超える驚きには未だ出会えていない。

 寺であるマルの家庭は俺の家庭と比べてかなり厳しいようで、そこで生まれ育ってきたマルは、今の上品でお淑やかな女の子へと成長したのである。

 聞くところによると、それはそれは衝撃的な家庭環境であった。マルからは色々と聞かされたが、その中でも特に印象に残っているのは、家に家電製品がほとんど存在しないということであった。ちなみにこれが今まで生きてきた中で二番目に驚いたことだった。

 俺がその事実を知ったのは中学生になってしばらく経った夏の日のことだった。

 中学生になって友達もそこそこ増えた俺は、そのほとんどがスマホを持っていることに気がついた。自分だけがスマホを持っていない疎外感から、俺は両親にスマホが欲しいと頼み込み、スマホを手に入れることに成功した。

 その次の日にはスマホを学校に持って行き、友達と連絡先を交換したり使い方を教わったりして過ごしていた。その時の俺は中学生になると皆スマホを持っているものだと思い込んでいて、幼馴染のマルの連絡先も知っておこうと思ったのだ。

 スマホを持ってマルのもとへ行き、連絡先を交換しようと言うと、マルは「スマホ?」とまるで初めて聞いた言葉を反復するように口にして首を傾げた。

 そんなマルにスマホを見せてやると、マルは目を輝かせて「未来ずらー!?」と叫んだのを今でも鮮明に覚えている。

 あとで聞くとマルはスマホを持っていなかったらしく、それどころか家に家電製品がほとんど無いと言う。それはそれは衝撃的な事実だった。確かに小学生の頃マルの家で遊んだとき、家電製品をあまり見かけなかったなぁと、その時になって思ったりしたものだ。


 スマホの存在すら俺が教えるまで知らなかった俺の幼馴染。お寺という由緒正しいその家に、俺は今やって来ていた。

 それはなぜかと言うと――。


「なぁマル、この問題分からないんだけど」

「んー……それはここをこう計算すると」


 勉強である。

 季節は秋から冬へと移り変わり、日に日に寒さが厳しくなってきた今日この頃。もうすぐ冬休みへと差しかかろうとしているこの時期は、学生にとっての一大イベントが待ち受けている。そう、期末テストだ。

 クリスマスや正月といったイベントもあるが、生まれてこの方彼女のいない俺にとってクリスマスとは縁がなく、正月は正月で親戚からお年玉を貰うだけ。それはそれで一大イベントなのだけれど、俺にとっては二学期の成績が全てが決まると言っても過言ではない期末テストの方に集中せざるを得ない。

 期末テストに限らずテストの度に俺は必死に勉強に追われる羽目になるのだけれど。今回の範囲は特に分からないところが多く、自力での勉強は無理だと判断した俺は、マルに泣きついて勉強を教えてもらっているというわけだ。

 ちなみに今日は、あらかじめ家にあった菓子折りを持ってきてマルに渡しておいたので、俺の財布から野口さんが減ることはない。またケーキを奢るようなことだけは、どうしても避けたかった。


「マル、ここも分からないんだけど……」

「ここは、こうして……こうずら」

「あぁ、なるほど! お前天才だな!」

「ちゃんと勉強していれば解けるずら」

「ぐっ……おっしゃる通りで」


 勉強を教えてもらっていると、マルはたまにこうして毒を吐いてくる。反論したいのは山々だが、勉強を教えてもらっている立場であるのでここはぐっと堪えて我慢する。例え反論したところで、俺の頭が悪いのは事実だからあまり意味はないのだろうけれど。

 俺達が勉強会をしている場所は、マルの部屋である。家がお寺という関係から部屋は和室で、女の子の部屋にしては酷く殺風景だ。最低限の物しか置かれてなく、一般的に想像するであろう女子中学生の部屋のイメージからは随分とかけ離れている。

 マルとは幼馴染なので、そのことについて大した驚きはなかった。むしろマルらしい部屋だと納得した部分が大きかった。

 冬も本番ということで部屋にはコタツが出されており、俺とマルはそこに向かい合って座り、暖をとりながら勉強をしている。

 マルに教えてもらう勉強は、基本は自分の力で解くという方針だ。その中でどうしても分からないところをマルに言うと、マルが分かりやすく丁寧に教えてくれる。

 今はテスト勉強ということなので、もちろんマルも自分の勉強をしている。その片手間に俺に教えてくれているのだ。つくづく、良い幼馴染である。

 ふと、マルの勉強が気になってその手元を見る。ノートにスラスラと書かれていく字は、女の子らしい丸文字ではなく大人のような達筆だった。花丸の字は何度も見たことがあるのだけれど、その度に綺麗な字だなぁと感心させられる。

 俺のノートに書かれてある字は、マルの字と比べると小学生の落書きのように見える。たまに自分でも何を書いているのか分からないことがあって、これでは勉強も上手くできないなと今になって腑に落ちた。


「お前、やっぱり綺麗だよなぁ」

「ずらっ!? ど、どうしたのハルくん急に綺麗とか言って!」


 ふと思っていたことが口から零れてしまった。それにマルがなぜか大げさに反応する。考えていたことがポロリと漏れて恥ずかしいけど、聞かれてしまったのでは仕方ない。この際だから、思っていたことを話すとしよう。


「いや、俺は前々から思ってたぞ。大人っぽくて綺麗だなって」

「そ、そんなっ、急に言われるとマル困るずら……」

「何で困るんだよ」

「だ、だって……」

「言っておくけど嘘じゃないからな。マジでずっと前から綺麗だなって思ってたよ」

「ず、ずらぁ……」


 マルは口からは遂に口癖しか出てこなくなった。幼い頃からの付き合いである幼馴染の俺は、マルの口癖だけで放たれたその意味が分かるという特技を持っている。

 ちなみに今の「ずら」は照れているときの「ずら」だ。なんだマルのやつ照れているのか。よく見ると、マルの顔が少し赤くなっている。コタツはそこまで暑くないから、やはり照れて顔を赤くしているのだろう。


「本当、綺麗だよな……マルの字」

「……ずら?」

「字が綺麗だって褒められて、顔を真っ赤にして照れるとか、やっぱりマルって面白いな」


 字を褒められただけで何をそんなに赤くなるんだと思ってしまうが、マルにとってはそれだけの事だったのだろう。幼馴染でもまだまだ知らないことがあるのだと、俺は素直にそう思った。


「ハルくん」


 普段よりひときわ低いマルの声が耳に届いた。おそるおそる向き直ると、マルは笑顔だった。笑顔だけど、笑っていなかった。

 やばい、この表情をしたマルは怒っている。これも幼馴染だから分かるのだが、マルが何に対して怒っているかまでは分からなかった。やはり幼馴染と言っても、まだまだ知らないことの方が多い。


「ずらーーーー!!」

「ちょっマル、いきなり消しゴム投げてくんな! いてっ、おい鉛筆は危ないだろ! タンマタンマ! カッターはシャレにならないって!」


 急に口癖を叫びだしたと思ったら、マルは手元にあった消しゴムや鉛筆を俺に向かって投げつけてきた。筆箱の中からカッターナイフを取り出されては、さすがの俺もマルに向かって必死に制止を促した。

 それからマルは物を投げてこなくなったが、まだ怒りは収まっていない様子で顔を真っ赤にして頰を膨らませている。


「ハルくんの馬鹿! 不良! 女たらし! 大人になったらハゲてヅラを付ける人生になるといいずら!!」

「なんでそんなに怒ってるんだよ!」

「っ!? ハルくんは知らなくていいずら!」

「なんでだよ気になるだろ!」

「いいの! それより勉強の続きをするずら!」


 マルが怒っている理由が分からず追求しようとしたが、マルはそれを拒んで勉強の続きをしようと言う。

 こうなったマルの意思はテコでも動かないので、俺は諦めて勉強の続きを再開することにした。

 いつもは聞き分けが良くて素直なんだけど、意外と頑固なところがある幼馴染だ。




 幼馴染という関係は、長い時間を共に過ごしてきた分、お互いのことを他の人よりかは深く理解しているものだ。

 俺とマルは、正直言って正反対の性格をしていると思う。これでよく今まで幼馴染が勤まったなと感心するけど、これはこれで良い関係なのかもしれない。

 今日はマルと期末テストに向けた勉強会であったが、その中で今まで知らなかったマルの一面を新たに知ることができた。きっとまだまだ、マルには俺の知らない部分がたくさんあるのだろう。

 それはたぶん、マルにも同じことが言えるだろう。マルが知らない俺というのも、どこかに存在しているに違いない。俺がマルに話していないことも多いはずだ。

 俺はそれでいいと思っている。お互いの何もかもを知っている必要はない。今のマルとの距離感は、上手く言い表せないがバランスが良くて心地いい。

 幼馴染に向かってカッターナイフを投げようとするのだけは勘弁してほしいが、そういうところを含めて俺達は幼馴染なのである。

 そんなことを感じた、今日の勉強会であった。


 
 
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