ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人
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シーホーク騒乱 2
フェジテからシーホーク間の移動には専用の駅馬車――都市間移動用の大型箱型馬車が使われており、街道の一定区画ごとに設けられたステージと呼ばれる各停車駅で馬を取り替えるついでに休憩を入れて街道を進み続ける。
早朝に出発すれば翌日の正午には到達できる計算だ。
これは乗り心地を優先してゆっくり進んだ場合で、揺れるのを承知で急行馬車をもちいればもっと早く到達できる。
ウェンディはナーブレス家が所有する馬車を二台用意し、一台にはウェンディとミーアが、もう一台には秋芳が乗ることになった。
護衛の必要はない。主要街道周辺は衛兵らが定期的に巡回や整備をおこなっており、治安が良いのだ。
道中なにもすることのない秋芳は持参した初等レベルの呪文書をなんども読み返して内容を頭に叩き込む。
武術の心得があるとはいえ、呪術が使えないのはなんとも心もとないし、不便だ。こちらの世界の魔術を少しでも多く習得したかった。
「この奉神戦争てやつは酷いなぁ」
呪文書以外にも歴史関係の本にも目を通していてそのような感想を抱いた。
帝国政府は魔術師を諸外国に対する潜在的な戦力と考えており、有事の際には学院の生徒ら魔術師の卵たちですら戦力として導入することも視野に入れている。
実際にそうなった例は少ないが、四〇年前の奉神戦争では戦争の末期に魔術学院から有志の学徒出陣があり、そのおかげで辛うじて勝利を拾えたとも伝わっている。
「学徒を動員するほど追い込まれての勝利……。たがいに総力戦だったんだろうな。しかし有志を募って、なんて書いてあるが、どこまで正確かわからんし、どんなあつかいを受けたのかも書いてない。動員された学生らを肉壁にされている間に後方を整えて……、とかそんな使われかたをされたりしたのかなぁ。ソ連みたいに銃はふたりに一丁とか、そういうレベルで……」
「アキヨシ」
「よく『入隊の日にコップ一杯の醤油を飲んでいけば検査で引っかかって家に帰される』なんて徴兵逃れの話を聞くが、これは誤りで、入隊じゃなくて入営。しかも当日にそんなことしても手遅れだし、コップ一杯ならやろうと思うとだれでもできる。正確には徴兵検査当日に醤油を一升飲むと死人同然の顔色になって兵隊に取られずにすむ。が正しいんだよな。もっともこれは都市伝説で、そんな詐術はすぐに見破られて厳罰にされたそうだが」
「アキヨシ!」
「あらかじめ条件起動式か時間差起動(ディレイ・ブート)に病気治療(キュア・ディジーズ)を組み込ませておいてから、めっちゃ重い病気に罹って検査を受ければ――」
「カモ・アキヨシ!」
「しかし解せんな、この魔導兵団戦とやら。火や雷の魔術を使うだけで馬は恐慌状態になり騎兵は機能しなくなる。隊を組んでの弓兵や銃兵の一斉掃射も対抗呪文で防がれる。重装歩兵を並べての密集陣形も広範囲破壊呪文の的にしかならない。これはまぁ、わかる。だが魔術を使えない兵士が敵魔導兵掃討後の拠点制圧や兵站活動や後方支援にしか役に立たないとか、敵の魔導兵を相手に一般兵が立ち向かわなければならない状況というのは捨て駒か敗北が決定した時だけと書いてあるが、はたして本当にそうだろうか?」
「ア~キ~ヨ~シ~ッ!」
「そもそも破壊魔法をもちいた個人レベルの戦闘にこだわりすぎだ。召喚呪文を使えば戦力を増やせるし、幻術を使えば容易く伏兵でき、魅了や混乱で同士討ちを誘えて、火と風を起こすだけで火計は成功する。それなのにわざわざ魔術師が最前線でドンパチ魔術バトルする意味なんて――」
「……《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」
か細い雷光が秋芳の鼻先をかすめて壁にあたって弾けた。
「あぶないじゃないか」
「主の問いを無視するからですわ、あてなかっただけでも感謝なさい。聞きましてよ。あなた、独学で呪文を習っているそうですわね」
「ああ、入学までに少しでも多くのことを知りたいと思って。初歩の初歩のしか使えないが」
汎用の初等呪文の多くは攻性系の魔術が占めているが、学士生が通常の授業範囲で習得するような攻性呪文は、せいぜい相手を気絶させる【ショック・ボルト】、目を眩ませる【フラッシュ・ライト】、突風で相手を吹き飛ばす【ゲイル・ブロウ】などの殺傷能力が低い術ばかりだ。
グレンの指導は基本的に学院のカリキュラムに沿って進んでいるため、秋芳もこのみっつの呪文の習得からはじまった。
「喜びなさい、あなたが学院に入るよう手配しておきましたわ」
「おお、それはありがたい! だがまだ学費のほうが……」
「出世払いでかまわなくてよ。逆に言いますとそれなりの働きをしてもらってからでなくてはお国への帰還はゆるしませんことよ」
「もちろんだ、受けた恩はかならず返す」
「けっこう。ところであなた、今の【ショック・ボルト】の呪文の詠唱節を四つに区切るとどうなるか、ごぞんじかしら?」
とっておきの秘密を教えたくて仕方がないという顔だ。
「ああ――」
詠唱節についてのあれこれはグレンから学んで知っていた。そしてそれが教科書には記載されず、普通の講師は教えないということも。
「ああ、いや知らないな。俺はまだ初歩の初歩しか学んでないんだ。そういう応用編も後々教科書に出てくるのかな」
だがグレンから教えを受けていることは極秘だ。国の許可なく魔術を教えることは禁止されている。 まして営利目的で教えているとあっては依頼したほうも受けたほうも厳罰を受けることとなるだろう。
なので秋芳は知らないふりをする。
「ふふん、なら特別にこのウェンディ・ナーブレスが教えてさしあげますわ。《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》」
得意げに四節になった呪文を唱えると、大きく弧を描くように右に曲がって窓にあたって火花を散らした。
「さらに……《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》で、射程が三分の一くらいになりますの。《雷精よ・紫電 以て・撃ち倒せ》みたいに呪文の一部を消しますと出力が落ちましてよ! 他にも――」
ひとしきり変則詠唱をもちいた魔術を披露して満足したウェンディは自分の馬車へと戻っていく。よほど自分が得た知識を、だれか魔術に理解のある人に見せつけたかったのだろう。
ウェンディが去ってしばらく、ふと思いついた秋芳が両手を広げて【ショック・ボルト】を唱える。
一〇本の指、すべてから雷光が射出されるよう心に念じて。
「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」
右手の指先からひと筋の微弱な電気が放たれた。
「……《群れなす雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」
一〇本の指先から放たれた一〇条の光が壁にあたって弾ける。
続いて両手を拝むように合わせて前に突き出す。
「群れなす雷精よ・疾く集え・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ」
太い雷光が放たれ、壁に焦げ跡を作る。太さだけではなく威力もまた通常のものより上がっているのは明らかだ。
生身で当たれば痺れるだけではすまないだろう。
「意識するだけではダメか。唱えるルーン語を変化させることでのみ術式は改変可能なのか、ただたんに俺が未熟なだけか……」
シーホークに着くまで試し撃ちを繰り返す。いま使える魔術は三種のみ。このみっつでなにが、どこまでできるのか、できる限り把握する。
対人呪術戦というのは手持ちの術(カード)でいかに勝つかにかかっている。手札が足りなかったり弱かったとしても、組み合わせの妙や応用で勝敗は決まる。
この手札、なにも甲種呪術に限ったことではない。
呪術者が数多の問題を解決するにあたり、その手段として呪術が有効なことは確かだが、それはあくまでも手段のひとつ、選択肢のひとつに過ぎない。
大切なのは、より柔軟に対応する能力だ。
ある意味、呪術者が目的のために用いるのなら、剣だろうが銃だろうが、金や舌先三寸で人を動かそうが、なんであろうと「呪」なのである。
呪術は奥が深く、幅が広いのだ。それも様々な方向に。
潮風が吹き、磯の香りがただよう港町シーホーク。
帝国西海岸部の各主要都市や沿岸部各地。周辺の島々をつなぐ定期船が行き交うほか、海外からの貨物船がつねに出入りし、人と物と情報が集まる重要な交易拠点。
各地から訪れる観光客のほか、未知の世界を求めて海図なき航海に挑む冒険者や、一獲千金を狙って捕鯨船に乗り込む若者たちがひしめく、富と欲望、希望と絶望、活気に満ちた街だ。
だれが最初に言い出したのか、シーホークでは観光スポットや商業施設の建ち並ぶエリアを潮風地区、地元住人のうち比較的裕福な人の住むエリアを高潮地区、そうでない人の住む引き潮地区、貧困層の住む磯地区。
そして貴族や豪商といった富裕層の住むエリアを雲地区と呼んでいる。高潮でさえ届かぬ雲のある場所にナーブレス家のシーホーク屋敷はあった。
「お久しゅうございますお嬢様」
白い髪に白い髭をはやした老人がウェンディたちを出迎える。彼の名はマスターソンといって、ナーブレス家に古くから仕えている帝国騎士――領地を持たない最下級の貴族だ。
「ごきげんようマスターソン。わたくしのいないあいだ、変わりはなくて?」
「はい。おかげさまでなにごともございません。……強いて言うなら旧磯地区の堤防問題についてあれこれ取り沙汰されていることくらいでしょうか」
街のもっとも古い部分。西側の一角は堤防に囲まれていてマイナス海抜になっている場所が存在する。老朽化による多数の漏水が発見されており、もはや改修できる状態ではない。
いちど破壊する必要がある。だがその費用はどこから出すのか。長い間そのことで議論されていたのだが、商品の減税を条件に費用の一部をナーブレス公爵家が負担することを条件に解決した。
この堤防のあるマイナス海抜地域はもともと貧民街であったが、アルザーノ帝国女王アリシア七世主導のもと実施された近年の福祉政策の影響によって住民は他所へと移り、今は無人と化している。
あとはいつ、どうやって破壊するかが問題だ。
「そのことについて話をつけにまいりましたの。明日の商工ギルド会議に出席しますから、今日は早めに休みますわ」
「はい。お疲れでしょう、ご入浴の支度ができていますのでお食事の前にどうぞごゆるりと」
「気が利きますわね、お言葉に甘えて旅の塵を洗い落とさせてもらいますわ。ミーア、あなたも一緒なさい。アキヨシも湯浴みして綺麗になさい」
綺麗好きなウェンディは最低でも一日一回の入浴を習慣とし、従者にも清潔を求める。現代日本に生まれ育った文明人である秋芳もそのことに異存はない。素直に風呂に入った後、特に用事を命じられることもなかったので、その日も魔術関連の本を読みふけって就寝した。
翌日。
商工ギルドの会議は滞りなく終えたウェンディは秋芳とミーアをともなって件の堤防を視察した。
「これはでかい、実に見事だ。こうして見ると壊すのがもったいなくなるなぁ」
下から見上げた秋芳が正直な感想を口にする。
「ですが毎年の維持管理費が重なるいっぽうですし、破壊処分もいたしかたありませんわ」
「金にあかせて造った悪趣味な建物ならいくら壊してもかまわないが、風雪に耐えてきた古い建物は大事にしたいものだ。けど人々の安全や生活がかかっているんじゃしかたがない。だがどうやって破壊するんだ、ダイナマイトでも使うとか?」
「帝都から魔導士を招聘して軍用魔術を披露してもらう予定ですの」
軍用魔術とは文字通り戦争用の強力な呪文。純然たる破壊魔法であり、学院で習う汎用魔術とはけた違いの威力がある。
軍用魔術はA級、B級、C級の三クラスに分かれ、A級は戦術・戦略レベルの大魔術で天変地異に等しい威力があるが単独で詠唱するものではなく複数の魔導士が協力して詠唱する儀式魔術だ。
主として近~遠距離の魔術戦でもちいられるのはBC級の軍用魔術であり、一般的な目安としてC級を一節で詠唱できれば超一流。B級なら何節かけてでもとにかく詠唱することができれば超一流の魔導士とされる。
しかしB級軍用魔術の一般的な詠唱節数は七節以上、これは通常、味方との連携の中で運用されるべき節数であり、B級はC級にくらべて威力が格段に高いものの一対一の魔術戦では詠唱に時間がかかり使い難いというのが実情だ。
「魔術にA級だのB級だのとか、なんだかすてプリみたいだなぁ。そのうち廃棄王女とかいって社会的には死んだことになっている女王陛下のご落胤とか登場するんじゃないか、この世界」
「さて、ついでにもう一か所視察に参りましょうか。たまには市井の人たちの暮らしぶりを見てみるのも貴族たる者の務めですわ」
秋芳の意味不明なたわ言にはもう慣れっこだ。軽く無視して潮風地区でおこなわれている万年蚤の市広場へと向かう。
「ううん、聞きしに勝る猥雑ぶりですわね。ごちゃごちゃしていて、いるだけで人酔いしてしまいそうですわ」
「わぁ、かわいいお人形。あ、こっちの髪飾りも。やっす~い。買っちゃおうかなぁ」
「安いからと必要のないものを買うのはおよしなさい『小銭に賢く大金に愚か』という言葉がありますわよ」
「おお、この壺の『はにゃあ』とした感じがたまらない」
「そんなひしゃげた出来損ないの壺のどこが良いのか、理解に苦しみますわ」
「破調の美と言ってだな、俺の国にはととのった形ではなく、くずれた形に美を見い出す思想があるのだ」
服や食器といった日用品、絵画や彫刻といった調度品、装飾品、書物、武器、防具、用途不明のなにか――。
広場のあちこちに天幕が張られ、その下に置かれた台座や茣蓙の上に多種多様な品々があふれている。
あふれているのは物だけではなく人もだ。
「これではゆっくりと落ち着いて買い物もできませんわ」
「……お嬢、【センス・オーラ】は使えるか? 使えるならあのナイフとそこの古本を見てみろ」
【センス・オーラ】
視界内の魔力を感知し、魔力を帯びた品物や空間、強さ、大体の性質や属性を知ることができる。
「できますけど、学院の外での魔術の使用は禁止されていますわ」
「あれ、魔道具かも知れないぞ」
「…………」
ウェンディは周囲に気づかれないよう、小声で呪文を唱える。
「ナイフのほうは魔力を感じますけど、本からは反応ゼロですわ」
「ふうん、隠形――魔力隠蔽(シール・エンチャントメント)されているようには視えないから、魔道具じゃなくて普通の逸品かな。非凡な気が宿っている」
「普通なのに逸品て、言葉がおかしくてよ」
「とにかく掘り出し物だ、買おう」
このような場所に出品されているだけあって値段は安いが、それでも秋芳はなんとか半額以下に値切ってナイフと古本を購入した。
広場から少し離れた場所で品定めする。
「まずナイフのほうだが、【ファンクション・アナライズ】は使えるか?」
【ファンクション・アナライズ】
対象物の分析と解析をおこなう。物理的な構造や機能のほか、魔術的な機能や符呪された魔術も知ることができる。
「とうぜんですわ」
なんの変哲もない青銅製のナイフには【ホーリー・エンチャント】が符呪されていた。設定されたコマンド・ワードを唱えることによって神聖な力を宿し、屍鬼や死霊といったアンデッドに対して強力なダメージを発揮する。
「お次は本のほうだが、こいつからは普通の作品にはない強い気を感じる。それなりの作家が書いた作品だと思うが、あいにくと文芸評論家じゃない。来歴鑑定の呪文は使えるか?」
「いくらわたくしでも、そんな専門呪文なんて知りませんわ。プロの魔導考古学者でもない限り習得しない呪文でしてよ。……それよりも、あなたなんで魔道具だと見抜いたんですの」
「あれぇ、見鬼のことは説明してなかったか?」
「あ、そういえば最初に聞いたような気が……」
見鬼とは霊気の流れや霊的存在を感じ取る力のこと。いわば霊感能力であり、通常は視認できる範囲のものを〝視る〟が、高位の使い手ともなると目のとどかないような広範囲や遮蔽物も関係なく感知することが可能だ。
「素で【センス・オーラ】がかかっているだなんて、ずいぶん便利ですこと。ちょっとした異能ですわね」
「異能か、たしかこの国では追われる存在だったな。魔術学院へ入れるのはありかたいが、まさか適性検査でそれが引っかかって、人体実験の検体にされるとかはやだなぁ」
「レザリア王国や聖エリサレス教会の異端審問官じゃあるまいし、わがアルザーノ魔術学院がそのような非人道的なおこないを許すことは断じてありませんわ」
「レザリアってのはそんなにひどい国なのか」
「愚問でしてよ、先の奉神戦争はかの国の狂信的な信仰が引き起こした一方的な侵略戦争で――」
ウェンディがレザリア王国に対する悪口雑言すれすれの批判を口にする。
それはこの国の歴史書に書いてあるとおりの内容だった。
おそらくレザリアではレザリアでアルザーノが先に侵略してきただの、魔術は野蛮な悪魔の技だのと、真逆の歴史が語られているのではないだろうか。
(時は変わり所は移ろえど、人の営みに何ら変わりはない。春秋に義戦なしとはこのことか)
「あああ~! これってばライツ=ニッヒの初期作品集ですよ!」
黙って本をめくっていたミーアが著者に思い当たり驚きの声をあげる。
「ライツ=ニッヒ、どこかで聞いた名ですわね」
「ひと昔前の有名な幻想小説家ですよ。行ったことも見たこともないような古代遺跡をまるで実際に見てきたかのようにリアルに表現することに定評があって――でも彼は若い頃の自分の作品を黒歴史認定していて、絶対に書籍化しなかったんです。それどころか片っぱしから処分して、なかったことにしたいほどだったそうです。晩年になって自分が若い頃に書いた作品を焼き捨てろと家族に遺言した話は有名ですよ。これは彼のアマチュア時代に書いた同人誌じゃないですか。ちょーレア物ですよ!」
「自分の作品を焚書にするとはおだやかじゃありませんわね、どうしてそこまでしてみずからの過去を否定なさるような真似をしたのかしら」
「なんか、いろいろとひどかったそうですよ。内容とか設定が」
「ひどい?」
「はい。――とにかく主人公はやたら最強能力設定を搭載しまくった天下無敵で、クールでぶっきらぼうのくせになぜか人をひきつける魅力があって、特に理由もなく女の子にモテモテで常にハーレム状態。どんなに固い信念を持った敵も少し主人公が説教するだけであっさり揺さぶられてあげくの果てには主人公に理論的にも物理的にも完全敗北して改心し、だれもかれもが主人公をすごいすごい、さすがですわと大絶賛」
「まぁ、それは……、たしかに、ひかえめに言ってひどいですわね」
「いや、俺はそうは思わないな」
「あら、以外ですわね。あなたこそこういった作品を毛嫌いしてそうですのに」
「物語の主人公が高スペックなのは当然だ、だれが好き好んで凡人の平凡なお話なんて読みたがるものか、そんなのは自分自身のリアルライフでじゅうぶんだろ。それよりも実質最強系主人公なのに、俺ツエーじゃありません、他の作品とはちがうんですアピールしてとってつけたような、なんちゃって最弱落第劣等生属性をつけるような作品こそうっとうしいわ。信者どもは信者で毎回ケガしている、苦戦しているから〇〇は最強系じゃないとか擁護しだしてさ――」
『花関索伝』という物語がある。
主人公である関索は関羽の子という設定だが史実にそのような人物は存在しない(つまりオリ主!)関索は武勇のみならず知略にも優れ、美少女たちにもモテモテという最強系主人公。
そんな彼が魏や呉の悪役をやっつけていく歴史IFをテーマにした古典ラノベだ。
さらに京劇では孟獲の娘、花鬘と戦い彼女を嫁にして四人目の妻にまでしている。
関索が主人公の転生学園ハーレムラノベでも出るのも時間の問題だろう。
「――とまあ、神話や伝説から個人の創作物にいたるまで、主人公が強くてモテモテな作品は数多く、それだけ人々に求められているのだ。陳腐だなんだのと言われるが、陳腐というのは幾度にもわたって使われるからで、幾度も使われるということはそれだけ効果があるからであり、王道を理解できないやつには――」
「そんなことよりも、この方法で他に魔道具がないか調べてみますわよ!」
「そんなことって……」
「わたくしは魔道具を担当しますから、アキヨシはそれ以外の気? とかいうのをまとったいわくありげなやつを任せますわ。ミーア、あなたは荷物持ちですわよ」
こうして午後は蚤の市での掘り出し物探しに費やされた。
「思っていたよりも見つからないものですわね……」
「そうかな、けっこうな釣果だと思うが」
ナーブレス邸にもどったウェンディ一行は部屋いっぱいに収穫品を広げて整理をしている。
「伝説の武具や秘伝の魔導書などが発見できるかと期待していましたのに、小物ばかりでしたわ」
入手できた魔道具は小粒の魔晶石や【トーチ・ライト】が付呪されて文字通りペンライトとして仕える筆、【ファイア・トーチ】が符呪されたワンドなど、こまごまとした物ばかりだった。
「いや~、そんなものだろ。むしろあんなところに魔道具がごろごろと転がっていたら、国の管理能力を疑うわ」
魔術と魔術師が国によって管理されているように、魔道具の類も原則として国家の管理下にある。
とはいえすべての魔道具を完璧に管理するのは無理なので、害がなかったり目立たない物は一般に流通されてしまったり、今回のように市に流れてくることがある。
「それよりもこっちの未鑑定品の価値が知りたいね」
非魔道具。秋芳の見鬼で発見した非凡な気を纏う品々は後日専門家に見てもらうことになっている。
「それこそ小物ですわ。わがナーブレス家にそのような小汚ない壷や絵は不要でしてよ」
「城ひとつが買えるほどの価値がある美術品かも知れないぞ」
「もしそうなら好事家連中にでも売って、あなたの入学費にあててさしあげてよ」
「いや、こういった芸術作品は美術館などに寄付して多くの人に観賞されるべきだ」
「好きになさい」
こうしてライツ=ニッヒの未公開作品はアルザーノ魔術学院の図書館に寄付されることとなり、のちに幽霊騒動を引き起こすことになるのだが、それはまたべつのお話――。
「けれどセンス・オーラにこんな使いかたがありましただなんて、思ってもみませんでしたわ」
この手の感知系の魔術は遺跡で見つけたあやしい場所や道具を鑑定する際にしか、魔導考古学の授業でしか使わない。ウェンディのなかではそういうイメージだったのだ。
「呪術は奥が深く、幅が広い。それも様々な方向に。陰陽術において必要とされる才能は、極めて多岐にわたる。どんな才能であれ、武器にすることはできる――。俺のいた世界ではそういうふうに教えられている。あとこういう余興もできるぞ」
秋芳は机の上にあった布巾で頭を覆い、ヴェールのように目隠しをする。
「さぁ、これで視界が妨げられたわけだが、ちょっと目の前になにかかざしみてくれ」
ミーアが言われるままに手近にあったポットをかざしてみる。
「ポットだ」
「わぁ、あたりです!」
ウェンディが無言で燭台を差し出すと、これも言い当てた。
「【クレアボヤンス】を使っているわけじゃありませんわよね……」
「この世界の魔術じゃない。俺のいた世界の陰陽術のひとつで射覆と言う」
射覆とは箱や袋の中に入れてある物を言い当てる陰陽術で、賀茂忠行という平安時代の陰陽師はこの術の名人だったという。
安倍晴明と蘆屋道満が箱の中身を当てる、射覆勝負をした逸話は有名だ。
「ただしこの射覆は甲種じゃない、乙種だ」
「乙種……、つまり種も仕掛けもある手品というわけですわね。見破ってみせますわ!」
ウェンディは秋芳から向こうの世界の話を聞くうちに陰陽術についても耳にしていた。甲種呪術と乙種呪術のことくらいは覚えている。
花瓶、フォーク、ワインボトル、皿、人形――。
なんども繰り返し、トリックを暴こうと試みているうちに、ミーアが感づいた。
「あっ! わかっちゃいました。影ですよね」
目を覆う布巾は強く縛っているわけではない。
視線を下げれば床が見え、床には顔の前にかざした物の影が映る。秋芳はそれを見て言い当てていたのだ。
「このような小細工、詐欺師の手口ですわ」
「これもまた呪、そして人の智恵だ」
「わたくしが求めるのは賢者の叡智。このような狡智は不要でしてよ」
こんどはウェンディが語る番だ。
優雅さと気品、古き良き伝統的な貴族の教養としての魔術について――。
それらのことを秋芳にとくとくと語ってみせた。
「――了解した。天なる知慧に栄光あれ。魔術は偉大なり」
フェジテからの連絡。同志たちは首尾よく対象の確保に成功した。撤収すると同時に学院を爆破することだろう。
倉庫におさめられた五〇〇を越える数の木箱を前にしたカルサコフは課せられた任務を実行する。
「《虚ろなる兵よ・黒鉄の魂を宿し・目覚めよ》」
金属の軋む音を立てて箱の中の鎧たちが起き上がる。
「ニ〇〇は雲地区を襲え、もうニ〇〇は潮風地区を、残りは私についてこい。動くものすべてを殺し、形あるものすべてを壊すのだ」
五〇〇の兵士が無言の喚声を上げて動き出す。
シーホークに死と破壊を撒き散らすために――。
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