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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!

作者:織部
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万聖節前夜祭 4

 東京都内を荒らしまわる百鬼夜行のほとんどが陰陽庁の、倉橋源司のあやつる霊脈に捕われ、火界咒の渦巻く新宿都庁へと強制移動させられたが、運が良いのか器用なのか、それから脱出を果たしたものたちも存在した。
 少数ながらも強運、もしくは実力を持った霊災に対する備えもしなければならない。
 祓魔局局長と修祓司令室室長。祓魔局のツートップが修法にかかりきりとなり、指揮をとることができなくなったため、呪術犯罪捜査部部長である天海大善が一時的な総司令となり指揮をとる。彼は絶対不可侵の領域である皇居に当代随一の結界師、十二神将のひとり。      
 独立祓魔官で結び姫の二つ名を持つ弓削麻里を護りにつかせ、それ以外の場所にも独立祓魔官を割り振り、要所の防衛。霊災の撃退を命じた。





 各国の大使館が軒を連ねる東京の中心部。
 眼光炯々とした青年祓魔官が日本刀を振るい、たった一人で群がる霊災を修祓している。ヴィンテージ物のフライトジャケットに膝の抜けかけたジーンズ、だけど足には雪駄というなんとも奇妙ないでたちだが、その強さは本物だった。

「むかむかドッカン! ごーとぅーへるしたる!」

 カボチャ頭の霊災が手にしたランタンをかざすと、そこから大小無数の火球が祓魔官を目がけて弾け飛ぶ。

「オン・ビロバキシャ・ナギャ・ジハタ・エイ・ソワカ!」

 祓魔官が広目天の真言を唱え、刀身を剣指でなぞると、そこに清冽な水気が宿った。
 西方を守護するとされる四天王の一尊広目天は諸竜王。すなわち水神の首領とされる。
 仏の加護による水気を付与された刀を一閃。火球はすべて消し飛ばされた。

「ヒィホォォォ……」

 そのまま一気に距離をつめ、横薙ぎに振るった刀に両断されたカボチャ頭が悲痛な声をあげ、一瞬のラグの後に消滅する。

「オン・ビロダキャ・ヤキシャ・ジハタ・エイ・ソワカ!」
 続いて増長天の真言を唱えると、水気に満ちていた刀身が一転、火気をまとう。紅蓮の刀で氷の息吹を吐こうとしていた雪だるまのような霊災も斬り伏せ、仔牛ほどの大きさをした漆黒の猛犬の牙を弾き、突き刺す。こちらの二体もラグとともに消え去った。

「オン・ジリタラ・ シュタラ・ララハラバ・タナウ・ソワカ!」

 刀身から暴風が吹き、雷をほとばしらせる。時に火、時に水、時に木――。相手の性質に合わせてもっとも効果的な五気を刀に付与して振るう、陰陽師というよりはまるで魔法戦士といったおもむきの戦いかたをするこの青年祓魔官の名は木暮禅次郎。神通剣の異名を持つ十二神将の一人だ。 
 やがて地上で動くものはいなくなった。小暮は血振りの動作をして残心をしめす。
 生身の生物を斬ったわけでもないのに血振りするのは無意味に思えるが、決められた動作というのは、それ自体が呪だ。

 呪術師が軽んじるわけにはいかない。
「黒龍、獺祭、醴泉、鳳凰美田。離れすぎだ、集まれ!」

 木暮が夜空にむかって叫ぶ。

「カァッ! わかってる。心配するなゼンジロー」
「カァカァ、あの鳥女。ただ速いだけで弱い!」
「楽勝、楽勝」
「もうすぐ終わるッ」

 宙を舞っている身体の大きな四羽のカラスたちが応えたかのように見えた。だがカラスではない。くちばしのある黒い頭や羽ばたく羽根はカラスのものだが、頭の下には人間のような胴体をもち、そこから手足がはえていた。
 しかも身につけているのは防障戎衣。サイズこそ小さいがそのデザインは祓魔官の制服そのもの。
 彼らは木暮の式神である烏天狗たちだ。
 烏天狗が四羽の鳥。いや、こちらもただの鳥ではない。顔から胸までが人間の女性で、両腕が翼、下半身が鳥という半人半鳥のハーピーと空中戦をくり広げていた。

「キィーッ! 小うるさいカラスどもめ、皮をはいで喰ってやる!」
「カァッ! おまえらこそ手羽先をもいで汁物に入れてやるカァッ」
「クルックー、肝臓を抜き取って塩もみして食べてやるックー」
「カァカァッ、おまえのササミでコブサラダを作ってやるカァッ」
「チュンチュンチュン、砂肝チュンチュン、コリコリチュンチュン、美味しくチュンいただいてやるんだチュン」
「カァッ、ももを唐揚げにしてやるカァッ」
「ピヨピヨピヨピヨ……、ピヨッ!」

 縦横無尽に空を駆け。羽と羽、爪と爪をぶつけ合う空中戦の合間にも、たがいに舌を動かしてピーチクパーチク舌戦を交える。
 カァカァカァッ、クルックー、キィーッ、カァーッ、チュンチュンチュン、チュチュンチュチュンがチュン、クルックー、カァーッ、カァーカァー、キィーッ、クルックー、ピヨピヨピヨ――。
 ひじょうにやかましいことこのうえない。
 空の高い、ひらけた場所にもかかわらず共鳴し合って乱反射しているようにたがいの鳴き声が響く。まるでハウリングだ。
 それもそのはずで、この鳴き声には呪力が込められている。霊的な抵抗力の弱い人間ならば聞くだけで騒音にさいなまれ行動不能になるだろうし、呪術師であっても集中を乱され術の行使がむずかしくなる。そんな類の呪が込められている。
 これもまた呪術戦だった。

「キィーッ! これじゃあらちがあかないよ。オキュペテー、ケライノー、ポダルゲー。一気に蹴散らすよ! ジェットリプラーアタック!」
「「「ラジャった!」」」

 長女アエローの号令一下でハーピー四姉妹が縦一列にならび、鴉天狗の一羽に狙いをさだめ、突進。
先頭が一撃をくわえると同時に列から離れ、すぐさま後ろの二番手が攻撃。攻撃を終えた二番手も列から離れ、三番手、四番手……。と続くはずだった連続攻撃は結局不発に終わった。

「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ!」

 地上にいた木暮が毘沙門天の真言を詠唱し、天にむけて刀をふるうと、莫大な呪力が切っ先から銀光とともに奔り、その軌道上にいたハーピー四姉妹に直撃。
 重なった布陣がかえってあだになった。世界そのものを叩き斬るかのごとき豪快で壮絶な剣気による斬撃が四体を同時に両断した。
 ハーピー四姉妹は断末魔の叫びすらあげることできずにラグとともに消滅する。

「やった! さすがゼンジロー」
「やっつけたゾ!」
「強い!」
「ゼンジロー、強い!」

 烏天狗たちがやんやと称賛する。

「よし、おまえら。そのまま空から見張ってくれ。大使館内に侵入されでもしたら日本政府の――」

 式神に命を下していた木暮が横っ飛びに跳躍した。その直後、彼の立っていた地面に無数の孔が穿たれる。
「よくもオイラの仲魔をひどい目に遭わせてくれたな。絶対にゆるさないホ!」

 中世ヨーロッパの板金鎧を思わせる装甲で、バケツのようなフルフェイスをかぶった小人がこちらに銃をむけて立っていた。

「泣いたり笑ったりできなくしてやるホ! うちまくりだホ! てっけんせいさいだホ!」

 やれやれ、今夜の動的霊災は実にユニークぞろいだ、面白い。木暮はいささか不謹慎な感想をいだきつつ、愛刀『二つ銘則宗』をかまえなおした。





 東京都千代田区。皇居手前の大手門で弓削麻里は結界を展開し、無数の動的霊災と対峙していた。
 バレッタで止めたミディアムヘアにすらりとした鼻梁と怜悧な双眸。毅然とした佇まいで眼前の妖精たちを見すえる。
 そう、妖精。そんな表現がぴったりな動的霊災が弓削の目の前にひしめいているのだ。
 尖った耳と薄い翅をはやした乙女たち、長靴をはいた猫、ふさふさの毛をした牛のように大きな犬、赤い三角帽子をかぶった小人、毛むくじゃらの巨人――。
 絵本に出てくる妖精のような姿をしたものどもが弓削の前にいた。

(かわいい……)

 いずれも霊気は安定し、周りに瘴気をまき散らすようなものはいない。それにおどろおどろしい、恐ろしげな姿形のものもほとんど見かけない。だから思わずそんな感想をいだいてしまった。

(あの大きな犬、毛がふさふさしてて『ネバーエンディング・ストーリー』に出てきたファルコンみたい、背中に乗ってモフモフしたいかも……)

 やさしい犬のような顔をした竜に乗り、大空を翔る少年。子どもの頃にテレビで見たファンタジー映画のワンシーンが弓削の脳裏に浮かんだ。

「美しいお嬢さん、どうかその壁を消して私たちを通してくれませんか?」

 背中から翅のはえた青年が一礼したのち、丁寧な口調で要望する。

「だめです。この先にはやんごとなき身分の方がお住まいです。あなたたちが許可なく入っていい場所ではありません。すみやかにお引き取りください」

 弓削は内心のモフりたいという欲求を顔にはあらわさず、やたらとハサミを持ち出すベストセラー作家や戦う図書館員のような凛とした声で応えた。

「では許可をいただきたい」
「私にはその権限はありません」
「権限のある方を連れて来て欲しい」
「無理です」
「……どうあっても、私たちを通したくないと?」
「お引き取りください。でなければ不退去罪で――」

 霊災相手に人界の法を説く滑稽ぶりに気づいて途中で口をつむぐ。

「――とにかく、ここからは一歩も先へ進ませません。回れ右して帰ってください」
「しかたありません、他の道を探しますか……」

 王冠青年はしぶしぶときびすを返し、多くの妖精たちがその後に続いたが、それに従わない一団もいた。
 胸と腰まわりだけをわずかな布地で隠し、黒いローブを羽織った女性が進み出る。
 白い、新雪のように真っ白な肌と、新月の晩の夜空のような漆黒の髪をした女だった。

「問答無用、推して参る。――万物の根源にして万能なるマナよ、魔力を打ち消す力となれ。ユベオー!」

 女の身体からほとばしった呪力が弓削の結界を無効化せんと侵食する。

「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ」

 弓削は動じることなく不動金縛りの術を唱えた。これは対呪術者のみならず対霊災用呪術として祓魔官、呪捜官。両者とも多く使用するスタンダードな術だ。
 弓削の放った呪は散弾のごとく飛び散り、結界を無効化しようとしたローブの女の呪力のみならず、女性自身。さらには周囲にいた妖精たちまで巻き込んで拘束した――ように思えた。

「我が身に宿るマナよ、魔力の源よ。心の力を強め、変化をさまたげよ。ユベオー!」

 そうはさせまいと抗魔の術を発動。術と術がぶつかり合い、呪力により力比べが生じた。
こと護りに関しては結界術のエキスパートである弓削に勝る呪術師はそうそういない。押しては引き、引いては押し、押すと見せかけて横にそらす――。
 弓削の巧みな術さばきにローブの女はいら立ち、次の呪文を口にする。

「万物の根源たるマナよ、光の矢となりて疾れ。サギッタ・ステッラエ。サギッタ・ステッラールム。ユベオー!」

 呪力の塊が銀色に光り輝く無数の矢となって殺到。

「なめるな!」

 霊災のくせに呪術まがいの芸当をするなんて生意気な――。
 弓削が一喝すると彼女の周囲の結界が光の矢を受け止めるような形で、折りたたむように変形した。さらにそれを囲むように複数の結界が一度に展開。
 光の矢を受けて虹のようなきらめきを放った。
 巧妙な術理で構成された複合型の結界。それは防御型の結界ではなく、獲物にむかって口を開いた獣のあぎとを連想させた。
 光の矢はことごとく獣のあぎとへと吸収されてしまった。
 さらに弓削は手印を結ぶと夜空にむかって突き上げる。頭上に放たれた呪力が一瞬で広がり、あたりを覆い尽くす。

「遊びはおしまいです。――オン・トナトナ・マタマタ・カタカタ・カヤキリバウン・ウンハッタソハカ!」

 真言を唱えた弓削が黒いローブの女を中心とした妖精の群れに刀印を突きつけたとたん、妖精たちは動きを完全に封印された。
 まるで時間が止まったかのように妖精たちは動かない、動けない。
 結界とは外部からの攻撃を防ぐ盾であり鎧だが、それを裏返しにすれば外部への動きをすべてシャットアウトする拘束衣へと変わる。 
 シャットアウトするのは物理的な干渉のみではない、呪力や霊力もだ。
 妖精たちを捕らえた術は二つの術式で構成されており、ひとつは対象を拘束する術式。だがその外側には不動金縛りと同じ不動法にある結界護身法を組み合わせていた。
 本来、結界護身法は術者が自分に対して使用するもので、呪的霊的影響力を完全に遮断する術だ。
 妖精たちは呪縛されたうえに、さらに結界を重ねられてしまったのだ。もはや微動だにしない。
 このまま結界で押し潰すことも可能だが、どうしたものか……。
 弓削が迷っていた、その瞬間。ひと筋の光がほとばしった。

「バン・ウン・タラク・キリク・アク!」

 とっさに呪壁を展開し、襲いくる光を避ける。
 動けない妖精たちの中、一本の槍をかまえた若者が弓削をにらみつけていた。
 束縛を破ったものがいたのだ。

「わが師に対する無礼、ゆるさぬ!」

 槍を持つ若者の手がかすんだ。刹那、五月雨のごとき刺突がくり出される。
 呪術による結界。それはその硬化強度よりも強い呪的衝撃をあたえれば破壊は可能だ。可能ではあるが、その破壊速度を上まわる再生力が続くかぎり、攻撃を完全にはばんでしまう。
 その再生力をさらに上まわる速度で攻撃を繰り出さないかぎり、力押しで結界は破れない。
 青年の攻撃はことごとく弓削の結界にはばまれたのだが、それでもなおひるまず、あふれんばかりの闘気をみなぎらせていた。

「わが魔槍に貫けぬものはない。このクランの猛犬が相手だ!」
「私の結界はどのような攻撃も防ぎます。あなたの攻撃は私には絶対にとどきません」

 弓削は新たな呪を紡ぐため、その白い繊手をひるがえした――。





 東京都内某所。
 片手に刀袋を持った、細身だが長身で、がっしりとした体格の青年に骸骨が群がる。

「――ノウマク・サラバ・タタギャテイビャク・サラバ――」

 だが青年が火界咒を唱えると、骸骨たちはたちまち燃え上がり、ラグを走らせ灰になったかと思うと消滅した。
 現在新宿で執り行われている宮地の火界咒ほどではないが、高い呪力を感じさせる。

「クックック……」 

 そのままなにごともなかったように夜の街を早足で駆けながら、凶暴な笑い声をもらす。
 青年の齢は二十歳前後だろうか、銀色に染めた髪を短く刈りこんでいて、夜だというのにミラーコーティング・レンズのサングラスをかけていた。指には無数のリングがはめられ、耳には複数のピアスが、それ以外にもたくさんのシルバーアクセを身につけている。
 ファーつきのジャケットにシルバー・バックルのスタッズベルト、ウォレット・チェーンのからまるデザイン・ジーンズに、光沢のあるエンジニアブーツをはいていた。
なにより禍々しいのはひたいにある×印のタトゥーだ。まるで刀傷のような剣呑な印象をはなっている。
 鏡伶路。それがこの青年の名前だ。
 彼もまた独立祓魔官であり、『鬼喰らい(オーガ・イーター)』の異名を持つ十二神将の一人だった。

「GAAAAッ!」

 雷鳴のような雄叫びをあげて青銅の皮膚をした一つ目の牛が物陰から突進してくる。
 しかし鏡は動じない。わずらわしげに、そして小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、片手を振り上げる。空中を爪で引き裂くように横薙ぎに、ついで人差し指から小指までの四本を縦に。呪力をおびた指先が描くのは、早九字の格子紋。ドーマンだ。
 その巨体で押し潰さんと体ごとぶつかってきた魔牛だったが、呪力の障壁に衝突してラグをはしらせる。格子紋は空中で赤い光を放ち、魔牛の体にめり込んだ。

「GUGAAAッッッ!」

 天突き器に押し出される寒天のように肉が押し潰され、ひしゃげ、いっそう激しいラグを生じて消滅した。
 呪文の詠唱もなければ、印の一つも結ばない。略式だったが、その威力は絶大だった。
 弓削にせよ木暮にせよ、この鏡にせよ、動的霊災をいともたやすく祓っているのでかんちがいしそうになるが、フェーズ3の霊災というのは並の祓魔官ならば一部隊でも勝てるかわからない大敵だ。
 それだけ十二神将に列せられる者たちの力量がすごいのだ。
『将』の一字は伊達ではない。一人が一軍に匹敵する強さを持っている。だからこそ神将と呼ばれるのだ。

「ぬりぃ……」

 ぬるい。と、鏡はそう口にした。

「どいつもこいつもぬりぃんだよ。姿形はユニークだが、中身は雑魚ばかりじゃねぇか」

 都内各地を荒らしまわるハロウィン仕様の百鬼夜行。鬼や天狗、牛鬼や鵺や野槌といった比較的頻出する霊災とはことなる外観をした、前例のない異形の動的霊災の出現に心躍らせて現場に出張った鏡だったが、今のところ彼の戦闘欲を満足させてくれる獲物には遭遇していない。
 ひさしぶりにクールなバトルを楽しめると思っていたが、とんだ拍子抜けだ。
 すると、鏡の手にしていた刀袋が、その思いに応じるかのように震えた。
 刀袋の中には一振りの日本刀が収められている。木暮の愛刀である二つ銘則宗は江戸時代以降に作られた打ち刀だが、ここにあるのはそれ以前の時代に作られた、太刀に分類される日本刀だった。
 はるか昔に鬼の腕を斬り落としたと伝わる、伝説の名刀。そして鏡が使役する式神シェイバの形代でもある日本刀。
 その名は髭切。
 ちなみに太刀は刃を下にして腰帯にぶら下げるようにつけるもので、これを佩くといい、打ち刀は刃を上にして鞘に差し込むというつけかたをして、これを差すという。

「ああ? シェイバ、おもえもつまらねぇよなぁ、こんな雑魚ばっかりじゃよ。斬りてぇよな、刺してぇよな、薙いで、かち割って、屠りまくりてぇよな」

 シェイバは鏡の式神ではあるが、通常任務に持ち出すことは禁止されていて、普段は陰陽庁が管理している。
 それが今、手元にあるのは今夜の霊災が広い範囲で猛威をふるい、出現する動的霊災の数も多い。つまり特別な任務だからで、この一件が片づけば陰陽庁はふたたび鏡からシェイバを取り上げてしまうだろう。
 シェイバは血を吸いたがっている。
 鏡もまたシェイバの力をぞんぶんに振るい、味わいたい。そのためには弱い霊災など何体まとめてかかってきてもだめだ。もっともっと強いやつと戦わなければ意味がない。
 戦闘をとおして、さらなる力を身につけるのだ。技を知り、戦いを学び、みずからの血肉にするのだ。霊災は鏡にとって敵ではない。刈るべき獲物だ。
 おのれの糧となる獲物にすぎない。
 霊災を糧にしてさらなる強さを求め、高みを目指す。それが鬼喰らい(オーガ・イーター)、鏡伶路という男だった。
 それからも何体かの霊災を処理してまわる。
 ハンス・ルドルフ・ギーガーのデザインした地球外生物のようなもの、機関銃を乱射する殺人ピエロ、清朝の官服を着てぴょんぴょん飛び跳ねる屍、赤と緑の横縞のセーターを着た焼けただれた顔の鉤爪男、地上を泳ぐ鮫、首のない騎士、首のないライダー、不定形のブロブ――。
 ホッケーマスクに肉切り包丁やチェーンソーを手にした巨漢の霊災など、もう十体近くも祓った。
 やたらと呪詛を連発してくる、長い黒髪を前にたらして顔を隠した女性型霊災を祓い終えた鏡は、今夜の仕事に勝手に終止符を打とうとした。

「あー、うぜぇ。めんどくせぇ。……もうバックレるか。こんなクソ虫どもの相手、するだけ時間の無――」

 ぞわり、全身の毛が逆立つ感覚。強大な気を近くに感じた。
 鬼気にも似た、鏡にとってなじみ深い性質の気。極上の獲物が近くにいる。
 音も立てずに刀袋のひもを解き、シェイバを抜き放つ。抜けば玉散る氷の刃が夜気に触れて、よりいっそう冴え冴えとして見えた。

「殺る気まんまんって感じじゃないか、おっかいないねェ」

 !?
 声はすぐ近く、至近距離から聞こえた。
 とっさに跳びすさりながらシェイバによる一閃。と同時にオリジナルの式符を乱打。その一つ一つが猛獣の骨を象り、牙や爪で声の主を強襲する。
手ごたえあり。だがしとめてはいない。

「ナマサマンダ・ボダナン・カロン・ビギラナハン・ソ・ウシュニシャ・ソワカ!」

 数ある陀羅尼の中でも極めて強力な尊勝仏頂陀羅尼。鏡の編んだ強烈な密呪が怒涛の勢いで正体不明の相手に迫り、飲み込んだ。
 呪力の波が去ったあと、そこには腕を交差させて首から上をガードしている男の姿があった。
 ずいぶんと背の高い男だ。鏡も長身だがこの男はもっと背が高い。それでいて筋肉質でプロの格闘家といっても通用するような鍛えられた体躯をしている。
 男がゆっくりとガードを下げる。あごの細いシャープな顔立ち。側頭部を完全に剃り、短く刈った髪に鋭角なレンズのサングラスをかけていた。

「……やるねェ」

 低い、臓腑に響くような低音の声でつぶやく。今の攻撃を受けてなお平然としている。
 やっとまともに戦える、喰うに値するやつが出た。鏡の顔に凶悪な笑みが浮かぶ。もしも肉食獣が笑うことができたら、こんな顔で笑うのだろう。そんな表情だ。

「シェイバ!」

 鏡が手にしていた髭切を宙に放った。地に落ちる前、長身でほっそりとした青年がその柄をつかむ。実体化した鏡の使役式シェイバだった。
 くせの強い長髪を首筋でたばねた、気の弱そうな優男。だがその目の色は普通ではない。虚ろで空疎。だけども飢餓感にも似た異様な光が宿っていた。
餓えているのだ、血に。

「斬れ」
「ヒャッハー!」 

 鏡の命に狂喜して髭切を振るうシェイバ。凶刃が男の首筋目がけて振り落とされる。

「ぬうん!」

 男の二つの拳が刀身を左右からはさみ、斬撃を止めた。双拳白刃取り。
 と、同時に左脚がひるがえり、シェイバの右わき腹をえぐるように蹴る。中段回し蹴りによる肝臓を狙った攻撃。普通の人間なら呼吸困難におちいり、死に体となるであろう急所攻撃も、霊的存在であるシェイバにはただの打撃にしかならない。ラグが走り外観がノイズで歪むが、その霊気に衰えはない。
そしてラグが走ったのはシェイバだけではなかった。斬撃を止めたはずの男の首筋からわき腹まで一直線にラグが生じていた。
 刀を物理的にふせいだが、その刀身から放たれた霊気の刃が男を斬っていたのだ。

「ノウマク・サンマンダ・バサラ・ダン・カン!」

 強力な呪力がほとばしり、鏡から炎が吹き上げた。炎は伸び上がり、炎の蛇と化す。かま首をもたげて男に襲いかかる。不動明王の小咒だ。

「ますます、やるねェ……」
 炎につつまれ全身をラグで歪ませながらも、男はなお平然としている。

「あんたたちをやるには、五十パーセントってとこかな?」

 男の身体が、筋肉が急激に盛り上がった。もともと筋骨隆々としていた身体だったが、さらに筋肉が増えた。霊気も爆発的に増長する。ここまでくるともはや人の身ではない、まるで鬼だ。異形の鬼がそこにいた。
 その姿を見て鏡はますます愉快になった。
 こりゃあ、死ぬかもな。
 だが、それでいい。そうでなくては戦う意味がない。死線をくぐり抜けてこそ、強くなれる。弱い相手と何十何百何千回と戦っても無駄だ。意味がない。
 最低でも自分と同じ、互角以上の相手と死合って始めて経験となる。
 生きるか死ぬか、勝つか負けるか、二つに一つ。実戦に引き分けなんてぬるいものはない。だからこそ戦いはおもしろい。やめられない。
 殺し、殺される。最高の娯楽じゃねぇか……。今夜の霊災はアタリだな。鏡はそう確信した――。





「ひまですわね、お姉様」
「ひまですわね、玄菊さん」

 霊災が多発するハロウィンの渦中において、厳重な防御結界のほどこされたリムジン内で双子の姉妹が言葉を交わす。
 若く見える、というより見た目では年齢のわからない女性逹だった。
 まず着ている服がフリルを多用したかわいらしいブラウスとスカートで、カールさせた髪には花の髪飾りまでつけている。
 特別霊視官の幸徳井(かでい) 白蘭(びゃくらん)と幸徳井玄菊(くろぎく)だった。
 日本を代表する陰陽道の二大氏族。安倍清明で有名な安倍氏と、清明の師匠である賀茂忠行や保憲などの賀茂氏。
 安倍氏はのちに土御門を名乗り、賀茂氏は勘解由小路(かでのこうじ)を称して共に陰陽道を伝えてきた氏族だが、勘解由小路家は室町時代後期に没落、断絶してしまった。
 江戸時代。断絶した勘解由小路家に代わり、賀茂氏宗家となったのが幸徳井家だ。
 秋芳が養子になった、自称『賀茂』家とはちがう、正統な賀茂氏の末裔である。

「こんなにも霊災がドンドンバンバン出てきたら、わたしたちの出番なんてありませんわ」
「遠くから霊気を視るのと、直接肉眼で見るのでは迫力がちがいますわね。……あら?」
「あら?」
「「あらあらあらあら」」

 祓魔官逹の猛威をくぐり抜けて、人の身体に鳥の頭をした一体の動的霊災がひょこひょこと双子の乗ったリムジンに近づいてくる。

「あらあらどうしましょう、お姉様」
「どうしましょうか、玄菊さん」

 霊視官であるふたりに直接戦闘力は乏しい。
 力の弱い霊災であっても、修祓するのは困難なのだ。

「う~ん、こまりましたわね玄菊さん」
「こまりましたわねお姉様」

 近くの祓魔官に連絡しようと思った矢先、鳥頭人身の霊災が手を差し出した。

「あなたが菓子であるだろう、欲しくて。必ずいたずらして」
「……? お菓子が欲しいんですの?」
「ごまかしをしない。何かの望みと、口に書く。Trick or Treat」
「今夜はハロウィンですものね」

 今夜はハロウィン。なのでリムジンの中には双子が持ち込んだ多種多様な菓子類があった。
 双子の手からモンブランケーキが渡される。

「そして遠慮なく……。たぶん良くなる次第。私はそうだ、寛大」

 そう言うと霊災はかき消えてしまった。

「「まぁ」」

 不思議な展開に顔を見合わせる。まるで珍しい動きをした動物でも見かけた子どものような仕草だが、わざとではなく、これがこの姉妹の素の様子なのだ。

「……乱暴なことなんかしなくても、お菓子を捧げれば修祓できるのかしら?」

 正解である。
 だがそのことを知る陰陽師は、まだこの時にはいなかった。
 
 

 
後書き
 殺伐とした修祓シーンが続いたので、双子によるお菓子修祓のくだりを書いてみました。 
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