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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!

作者:織部
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まぼろしの城 2

 聚楽第。
 安土桃山時代に平安京の大内裏跡に豊臣秀吉が建てた政庁兼邸宅。当時の文献には単に聚楽。まれに聚楽城とも書かれている。
 ヨーロッパの城塞都市を参考に造られた城であり、周囲には堀の他にも防御用の外壁が張りめぐらされていたという。
 天守閣があり外壁は白。高さは四十五メートルで大阪城よりも高かったという。
 当時の技術で作れる白い漆喰は水に弱く脆かったため、城などの外壁に使用されることはなく、姫路城に代表される白い城は徳川家康の江戸城からと言われていたが、最近の研究では聚楽第がその嚆矢ではないかと言われているが、さだかではない。
 落成からわずか八年で破壊されたため資料の乏しい幻の城だからだ。
 その聚楽第の模型が、あと一つのパーツを組むことで完成する。

「あいかわらず精密な作りだなぁ、大宮通りや一条通り。庭園まで再現されてジオラマみたいだ」
「作ってる時は豊臣秀吉になった気分だったよ」
「そういうのって、あるよな。自分の中で物語とか作ってさ」
「そうそう! だからこのサイズに合う人形を置いて、物語を再現したいんだよね」
「人形かぁ、でも武士とか公家の人形なんて……。む、いっそ簡易式で作るか」
「え、でもこのサイズに合うまで小さく作るのって、難しいよ」
「それも修行のうちさ。趣味と実益をかねて、いい鍛錬になる」
「なるほどね。あ、それじゃあ、はめるよ」
「おお、やってくれ」
 
 最後のパーツを組み込むことで天守閣が完成。聚楽第が落成した。
 金色に輝く天守閣の金箔瓦、汚れ一つない真っ白な外壁、二階建ての御殿――。絢爛豪華な安土桃山時代の歴史の一ページがそこに再現されていた。

「……できた。ついに、完成したよ」
「ああ……、やったな。天馬」
「うん……、うん?」
「ん、どうした?」
「なにかの、見まちがいかな……、そこに人が。小さな人が動いてるみたいなんだけど……」
「なぬ!?」

 秋芳が目を凝らすと敷地内の庭園。そこに一人の老人が歩いているではないか。人形だとするなら精巧な、実に精巧な作りをしている。
 小さすぎて顔はよく見えないが、白髪頭に黒い着物姿だということは判別できる。

「…………」
「…………」

 老人は秋芳らを見上げると、ちょいちょいと手を振り出した。

「……ええと、秋芳君。これって、君がこっそり幻術か式神かなんか使って遊んでたりしてるの?」
「いいや、使っていない。科学的なホログラムってわけでもなさそうだし、この模型。呪具の類かもな」
「僕の見鬼じゃわからないけど、秋芳君は呪力を感じるたりするの?」
「いや、しない。だが、極めて巧妙な隠蔽が施された呪具なら俺でも感知はできない」
「そ、そんな凄い物があるんだ」

 ちょいちょい、ちょいちょい。老人は変わらず手を振りかざしている。

「これ、手招きしてるのかな?」

(秋芳~、天馬~)

 小さな老人が呼びかけてきた。

「ええっ!? 僕らのことを呼んだの?」
「よせ! 反応するな!」

 遅かった。
 老人の問いかけに応えた天馬は人形のように小さくなり、聚楽第の中へと吸い込まれてしまった。
 世の中には呼ばれて返事をする。あるいはそれに対してなんらかの反応をしめすことがトリガーとなる呪が存在する。
 『西遊記』には返事をすると吸い込まれる紫金紅葫蘆(しきんこうころ)羊脂玉浄瓶(ようしぎょくじょうびん)という宝貝。呪具が出てくる。
 怪異からの呼びかけに対して『返事をしてはいけない』系の都市伝説や怪談の類など、枚挙にいとまがない。
 天馬はそれに引っかかってしまったようだ。
 その時、秋芳の携帯電話が振動して着信を告げる。落ち着いてディスプレイを見ると京子からだった。

「もしもし……。ああ、ひと足遅かったな。ちょっと厄介なことが起きた――」





 目を半眼にして模型を流れる気に探りを入れる京子。

「……ん、これって前に秋芳君が作った遁甲双六と似たような作りをしてると思う。あれよりかなり本格的だけど」
「時空間を入れ替えて、この模型内に別世界をこしらえたわけか。古に伝承にある『壺中天』だな」
 
 壺中天。壺中の天地という言葉がある。
 後漢の時代。汝南の町に壺公という薬売りがいて、仕事が終わると、いつも持っている薬壺の中に入っていったという。それを見た町の者が一緒に入れてもらったところ、そこには立派な建物があり、酒と肴があったので共に飲んで出てきた。という話がある。
 空間そのものを縮小し、壺の中に移すという方術の一種だ。

「あの爺さん、天馬をさらってから姿を見せやしない。携帯電話もつながらないし、こっちから出向く必要がある」
「あたしも一緒に行くわ」
「いや、もしもの時のためにここで様子を見ていてくれ。帰ってこなかったら呪捜部に連絡を頼む」
「それは笑狸ちゃんの仕事でしょ。こういう時のための式神じゃない。ねぇ、秋芳君。あたしけっこう強くなったでしょ? 犬神の時みたいなヘマはしないから、一緒に行かせて」
「わかった。じゃあ一緒に行くぞ」
「ええ、行きましょう!」
「まぁ、あせるな。いろいろと準備がある」

 幸か不幸か天馬の家族。祖父母は共に遠出しており留守で、遅くまで帰ってこないそうだ。時間には余裕があった。





 香炉の中で炭が赤く熾っている。秋芳はそこに抹香を落として煙を焚き、呪を唱える。

「天道清明、地道安寧、人道虚静――」

 炉の中から立ち昇った煙が部屋中に満ちる。秋芳は呪を唱え続け、抹香をつまんでは炭の上にはらはらと落とす。

「三才一所、混合乾坤、百神帰命――」

 つまんでは落とし、つまんでは落とし、つまんでは落とす――。

「万将隨行、永退魔星、凶悪断却――」

 やがて部屋中に満ちた煙は一カ所にかたまり、そこから一筋の煙がひものように模型の中へとのびてゆく――。

「不祥祓除、万魔拱服――。よし、これで道ができた。この煙に入れば模型内にある異界へ行ける」
「……ええ」
「どうした?」
「え? ううん、なんでもない」
「いや、なにか言いたそうな顔をしてるぞ」
「あー、あのね。あたしのカン違いかもしれないし、気のせいだと思うから気を悪くしないで聞いて。なんかね、今みたいな方法じゃなくても、あたしがもうちょい気をいじれば模型の中に入れる〝扉〟をもっと早く作れたような感じがしたの」
「ああ、なるほど。龍脈を始め森羅万象の気を見て動かす如来眼の力があれば確かにできるかもな。次の訓練じゃ、ちょっとそこらへんの力の使いかたも試してみよう」
「ええ、お願いするわ」

 秋芳と京子は手と手を結んで煙の中へと姿を消した。

 この世のなかにあって、この世のものならぬ世界。陰態、とでも呼ぶべき場所を二人、手と手とをしっかりと結んで歩く。べつに手をつなぐ必要はないのだが、自然にこうなってしまうのだ。
 京子は秋芳の手の冷たさに心強さを、秋芳は京子の手の温かさに安寧を感じた。
煙の道を抜ける。
 黒い空、異様に大きく明るい月が地上に冴え冴えとした光を放ち、桜が舞い散る中。金色に輝く黄金瓦と白い壁の建物が遠目に見えた。
 月の光というスポットライトに照らされた巨城。聚楽第だ。

「うわぁ、すてき……。まるでライトアップされてるみたい」
「こりゃまたずいぶんと華美に飾ったものだな。模型よりもかなり豪華だぞ、これは」
「お城って、こうして見ると綺麗なのね~」
「この城は綺麗に盛りすぎだけどな。さて、今いる場所は……、出水通りだな。とりあえず一番近い門から入ろう。ここからだと南門か西門だな」
「ここって、かなり広そうね」
「聚楽第はディ●ニーシーと同じくらいの広さがあるというからな」
「そんなに! 豊臣秀吉ってずいぶん贅沢な所に住んでいたのね」
「まぁ、天下人だからな。それに聚楽第はたんなる私邸じゃなく政務を取りあつかう場所でもあったから、ことさら豊臣の威信をしめすよう、でかくする必要もあったんだろう」
「そういえばあたし、豊臣秀吉について教科書に載ってる程度のことしか知らないわ。ねぇ、秀吉ってどんな人だったの?」
「んー、好きな食べ物はひき割り粥だったとか、食事はわりと質素だったみたいだな。と言っても当時の食事なんて公家や大名クラスでもそのくらいで、江戸時代の庶民のほうがよっぽどバリエーションに富んだ、良いものを食べてるよ」

 上杉謙信は梅干しを、織田信長は焼き味噌が好物だったと伝わる。食うや食わずの戦国の世では美食なぞ夢のまた夢。こと食事に関しては贅沢したくてもできなかったことだろう。今では普通に食べられるものも、昔は高級食材だったりもする。たとえば鮭だ。
 こんな逸話がある。
 毛利元就の四男にして長門長府藩の初代藩主に毛利秀元という武将がいるのだが、その秀元が江戸時代。江戸城に出仕したさいの弁当に鮭が入っていた。この時代、鮭は高級魚であり、まわりの諸大名から「結構なる菜なり、珍し」とうらやましがられ、分け与えるうちに自分の食べる分がなくなってしまったとか。

「その逆にウナギなんて平安時代は大衆魚で安かったが、今じゃ高級魚だしな」
「へぇ、そんな頃からウナギなんて食べてたんだ」
「ああ、万葉集にウナギを詠んだ歌があるぞ『石麻呂にわれ物申す夏痩せに良しといふ物ぞウナギとり食せ』」
「ええと……『夏痩せにはウナギが良いらしいからとって食べなさいと石麻呂さんに言った』」
「――で『痩す痩すも生けらばあらむをはたやはたウナギをとると川に流るな』と続く」
「う~ん……『どんなに痩せてても生きてればマシなんだから、ウナギを獲ろうとして川に流されないようにね』……なんかずいぶん大らかでのん気な歌ね」
「俺はこの歌を思い出すたびにウナギが食べたくなるんだ。あ~、また食べたくなった! 白焼きにして味噌つけたやつを肴に酒が飲みたい! もうこれは呪だな、呪の込められた呪歌だな」
「たんにあなたが食いしん坊の飲み助なだけでしょ」
「で、秀吉の話にもどるが、豪姫って聞いたことないか?」
「あ、なんか聞き覚えがあるわ」
「加賀百万石で有名な前田利家の娘で、養女として秀吉に引き取られるんだが、この豪姫が大きくなって宇喜多秀家という武将のもとに嫁ぐ。しかしそれ以降やけに病気がちになってしまい、これは狐の仕業だと吹きこまれた秀吉は怒って伏見稲荷大社に『日本で俺を軽んじるものはいない。まして畜生風情がなめるなよ。早く豪姫から手を引け。さもなくば伏見稲荷大社をぶっ壊して、日本中の狐を狩って根絶やしにするぞ』という内容の文を出すんだ」
「うわぁ……、強気すぎ。てか傲慢ね」
「その恫喝が効いたのかどうか、その後豪姫は病に伏せることはなかったそうな。傲慢っちゃ傲慢だが、押す時に押すのも駆け引きだしな」

 出水通りから知恵光院通りへ。模型の作り通りなら、右へ行けば正門へと通じる馬場が、左に行けば豊臣秀次邸と、その先をぐるりと曲がって西門があるはずだ。

「さて、天馬はどこに連れ去られたんだか。建物を虱潰しに調べていくしかないか」
「……このあたりにはいないと思うわ」
「わかるのか?」
「ええ、それとあちこちから変な気を感じるから気をつけて。この感じは式神ね……。それとたぶん呪的な罠もあると思う」
「わかった。……なぁ、どのくらいの距離まで見鬼できるようになったんだ?」

 見鬼。
 霊気の流れや霊的存在を視覚でとらえたり、感じ取る力のこと。いわゆる霊感能力であり『見鬼』というが、かならずしも目で視る必要はない。
 高位の見鬼は通常では見通せないような術理や法理まで見極め、範囲内にあるモノの位置や形状を気で感じ取ることができる。
 見鬼できる範囲や精度など、この能力の強さは個々の才能に大きく左右されるというのが定説になっている。

「んー、半径五〇メートルってとこかしらね」
「なん……だと……、俺の十倍じゃないか!」
「あ、でも秋芳君のほうが細かく視られると思うわよ。あたしのは範囲が広いだけ」
「それでも凄い。現役の霊視官でもそこまで見通せるやつはそうそういないぞ」

 正門から入ることにした秋芳らは馬場を通る。

「あ、かわいい。ポニーがいるわ、子馬かしら?」

馬場にある厩舎の中で何匹かの小さな馬が草を食んでいる姿が見られた。もちろん本物の馬ではない、式神と思われる。

「馬場に馬か、凝ってるな。でもあれ、たぶん子馬じゃなくて成馬だぞ」
「あ、そういえば昔の日本の馬って小さかったのよね」

 時代物の大河ドラマなどに出てくる馬は、大型で格好の良いサラブレッド種が使われているが、時代考証的にはまちがいだ。アラブ系のサラブレッド種は明治時代になって始めて輸入されたもので、それ以前の日本には胴や足が太く、背も低い馬しかいなかった。
 走る速さも遅く、長い距離は走れなかった。日本の馬は平地を駆けるのではなく坂道を登り降りするのが得意だったという。
 源平合戦の一の谷の戦いで、源義経は少ない騎兵で山を越えて平家の陣の背後に回り込み、崖の上からの奇襲に成功したが、あれがサラブレッドだったら足の骨を折ってしまったことだろう。日本の馬だからこそできた作戦だったのだ。
 また、日本の馬は制御しやすいサラブレッドとちがい気性が荒く、オス同士を近寄らせると興奮してケンカを始めるので、あつかいが難しかったという。
 去勢すればおとなしくなるのだが、馬を去勢するという発想も、明治になって西洋から伝わってきたものだ。

「馬で思い出した。これも一応秀吉に関係する話だが、敵の軍にたくさんのメス馬を放つ奇襲作戦なんてのがあってな――」

 秀吉が播磨の別所長治を攻めた時のこと。秀吉の弟の秀長が別動隊数千を率いて別所がたの支城を攻撃した。相手の城にはわずかな兵しかなく、秀長軍は一気に攻め落とそうと押し寄せたのだが、そこへ城内からメス馬数十頭が放たれた。
 当時の軍馬はオス馬ばかりだったため、秀長の軍馬たちは発情し、色めきだってメス馬を追いまわし、制御できず混乱状態になったところを突かれ撃退されたという。

「西洋みたく馬を去勢してたら、こんな作戦もとれなかっただろうな」
「……対人呪術戦の参考になりそうな話ね」
「うん?」
「術のレベルも重要だけど、あつかいかたに注目して、自分の手持ちのカードを組み合わせて戦術を考えるのも大事でしょ?」

 呪術戦は手の内の読み合い探り合い。霊力と霊力の、単純な力のぶつけ合いではない。知っている術の種類に限りがあり、あつかう技術も未熟だったとしても、そういった手札の数やレベル以上に大切なのは手持ちのカードをいかに組み立てるか、呪術戦における『戦術』の重要性のことを京子は言っている。

「そうだな。だが陰陽庁のトップに立とうって人間なら、目先の勝ち負けを左右する戦術よりも、そんなきわどい状況を作らない戦略と政治を重要視する考えをしたほうが良い。小競り合いの処理なんてはこっちに任せとけ」
「あたしは戦術も一流、政戦両略も一流の人間を目指すわ――あ、秋芳君、気をつけて」

 ふと、足を止めて注意をうながす京子。

「あの門のあたり、気がおかしいわ。木気が妙にかたよってる」
「木気か。いつでも金行術を使えるようにして通ろう」
 門をくぐらなければ中には入れない。注意して近づく二人の前でそれは起きた。
 つる草がするすると伸びて緑のカーテンを形作ったかと思ったら、たちまち瓢箪が実った。一つ、二つ、三つ……、何十個もの金色をした黄金の瓢箪が大量にぶら下がり眩い光があたりを照らす。そして銀色の花を咲かし、そこから蜜が漏れだす。甘く馥郁たる芳香があたりをただよう。なんとも幻想的で豪奢な光景だった。
 なにかある。そう警戒していたにもかかわらず、思わず見とれてしまうほどの光景が目の前に広がる。
 その隙を狙ったかのようにつる草がうねり、巻きついてきた

「きゃっ」

つる草は京子の手足に絡まり、そのまま全身を縛り上げようとうごめく。

「白桜、黒楓!」

 呪符が取り出せないので護法式を召喚し、その刃でつる草を切断しようと試みたが、思うように刃が通らない。花からあふれた蜜が潤滑油の効果を発揮して刃を滑らしてしまうからだ。

「むぐぅっ!?」

 つる草が猿ぐつわのように口をふさぎ、言葉を封じる。植物特有の青臭さに混じって妙に甘い匂いが鼻腔を満たす。蜜の匂いだ。すると脳に靄がかかったように意識が混濁し始め、睡魔にも似た心地の良い痺れが全身に広がり――。

「禁毒則不能害、疾く」
「!?」

 目の前に秋芳の顔があった。自分が片腕で抱きかかえられていると気づいた京子はすぐには離れず、秋芳の胸に頭をもたげる。

「……あたし、どうしちゃったの?」
「あの瓢箪の毒気にあてられて、わずかな間だが意識を失ってたんだ。しかし巧妙なトラップだったなぁ。木行符によるつる草の罠に、幻術も重ねてあったんだよ」
「どれが幻だったの?」
「あの金ぴかの瓢箪は幻術。いきなり木行トラップが発動するんじゃなくて、まず最初にあれで注意を引きつけてつる草で縛り上げる仕組みだったみたいだな」
「不覚……、もう! くやしいっ! 絶対に足手まといなんかにはならないつもりだったのにっ。またあなたに助けられちゃったわ」
「でも、良かったぞ」
「なにがよ?」
「エロかった」
「!?」
「触手みたいなぬるぬるのつるに絡まれて、頬を上気させ朦朧としてる君の姿はそりゃあもうエロかったよ。いやぁ『ハイスクールD×D』のサービスシーンみたいだった」
「な、な、な……」
「あ、でもすぐに助けたからな『もう少し様子を見よう』なんてことはしなかったぞ」
「あ、あたりまえでしょ! 恋人がそんな目に遭ってるのに傍観してるなんて最低よ! もし秋芳君がそんな人だったら末代まで祟る…、ううん。末代ができない体にしてやるわ」
「それは、怖いな……」





 門をくぐり、いよいよ聚楽第の中へと入る。
 湖といっても通用するくらい大きな池を中心に、周りに園路が巡り。池中に設けた小島や橋、築山や名石などで各地の景勝などを再現していると思われる造りだ。園路の所々には野点用の茶席が置かれ、能舞台まであった。
 それが聚楽第の庭園だった。その規模、その見事さに思わずため息がもれる。

「ほんっと凄いわね……、桂離宮や浜離宮にも行ったことあるけど、ここまで壮観じゃなかったわよ」
「池泉回遊式庭園ってやつか。やれやれ、俺達はすっかり呪にかけられてしまったみたいだな」
「そうね、魅了という乙種呪術にかかっちゃったみたい」
「模型内に別世界を作り出すだけでも尋常じゃない術なのに、それにくわえてこの造形センス、あるいは再現力だ。あの小人の爺さん。いや、爺さんじゃないのかも知れないが、ここの主はとんでもない術者だぞ。それこそ十二神将と同じか、あるいは以上だったとしても不思議じゃない」
「いったい何者なのかしらね。あなたならそういう実力者に心あたりとかあるんじゃないの」
「う~ん、ここまでの使い手となると流石に思いつかん。ひょっとするとこの模型が霊災そのものだったりしてな」
「付喪神……」

 はらり、はらり――。
 はらはらと紅い木の葉が落ちてくる。紅葉だ。

「さっきは桜で今度は紅葉って、綺麗は綺麗だけど季節感ゼロね」
「そうだな。四季折々の美しさ、楽しさってのがある。どんなに綺麗でもただ並べ立てればいいってもんじゃない。ここらへんは侘び数寄とは程遠い華美贅沢好みだった秀吉の好みを現してるのかな」

 池に紅葉が落ちると、それは魚となって水面を跳ねた。
 鯉だ。木の葉が池に落ちると、それは赤、青、白、黒、緑、黄色、金色――。様々な色をした錦鯉と変じて池の中を泳ぐ。

「こ、これって幻術!? 視てもわからないわ」
「この感じは式神だな。それより気をつけろ、こうして注意をそらしてなんかしかけてくるパターンかもしれない」
「ふん、もうあんな手になんてかからないんだから!」
 
 一〇秒、三〇秒、一分、二分、三分。なにも起こらない。

「なによ、たんなる演出?」
「みたいだな。先に行こう」
「ちょっと、この鯉って式神なんでしょ? このままにしておくのってあぶなくない?」
「んー、だからといってなにもしてこない池の鯉に手を出すのも無粋だしなぁ」
「せめて、動きを封じておきましょうよ」

 京子はなにか思いついたのか、水行符を手に池に近づく。

「水気は清冽にして――」

『テケリ・リ、テケリ・リ』

 京子がなにかしらの術を行使しようとした時、奇妙な音を発し池の水が盛り上がり押し寄せた。
 否、水ではない。半透明をした寒天のような生物。それが京子の体にまとわりついた。

「ちょっと、また変なのじゃない!?」

『テケリ・リ、テケリ・リ』

 それは奇妙な鳴き声を出して京子の身体をおおった。生暖かくぬめりをおびた粘性の感触に不快感をおぼえたが、それがゆるやかに蠕動を始め出すと、その感想は吹き飛んだ。
 気持ち良い。

「ひゃンっ! アッ、ぃやだ、ん、……ンン!?」

 胸を揉みしだかれ、腰をまさぐられ、尻を撫でられ、首筋と脚をさすられる。全身をくまなくマッサージされているかのような甘く優しい刺激に、思わず悩ましげな声が出てしまう。

(やだ! なんて声出してるのよ、あたし!)

 顔から火が出るくらい赤面し、目に涙を浮かべ、羞恥にさいなまれて身悶えする京子の耳に、どこか怒気をおびた口訣が響く。

「禁妖則不能在、疾くッ!」

 あやかしを禁ずれば、すなわち在ることあたわず。
 京子にまとわりついていた妖物はたちまち消し飛んだ。その存在自体を禁じられ、消滅してしまったのだ。

「う~~~~ッ」

 その場にうずくまった京子は怒りと恥ずかしさで顔も上げられない。

「以土行為石槍、貫。疾く!」

 土行を以て石の槍と為す、貫け。
 秋芳が術を行使すると無数の石筍が池の中から盛り上がる。そのうち何本かには不定形の粘性妖物。 先ほど京子にまとわりついたあやかしと同じ種のものが串刺しにされているのが見てとれた。先ほど池の鯉の手を出すのは無粋と言った秋芳だが、その行為には容赦がなかった。

(あれ? 秋芳君、怒ってる?)

 京子が見上げれば、確かに秋芳の表情には怒色が浮かんでいる。

「……あの無数の式神は池に潜む妖怪の気配をごまかすために撒いたんだろうな。しかし女好きの秀吉に倣ってエロトラップを用意したのか知らんが、悪戯が過ぎる」
「……ねぇ、秋芳君。怒ってる?」
「ああ」
「なんで?」
「好きな子がエロい目に遭ってんのを見て平気なやつなんているか!」
「え、え~と、あなたってそういうの好きなんじゃないの? さっきも喜んでたみたいだし……」
「あのくらいなら偶発的なラッキースケベだが、今のは完全にやる気だったろ。俺は自分が好きな子の裸を見たり、好きな子にエロいことするのは大好きだが、他のやつがそれをするのは断じて許さん! ましてそれにあっはんうっふん反応するのを見て喜ぶわけがない!」
「あ、あたしだって好きで変な声あげたわけじゃないんだからっ!」
「わかってる。だがこの先も似たような罠があると思うから君は帰ったほうがいい」
「いやよ! こうまでされてすごすごと引き下がるだなんて絶対にいや。こんなふざけた真似をしたやつ、とっちめてやるわ!」
「その格好でか?」
「え? きゃっ!? なな、な。なによこれ!」

 いつの間にか服の一部が消えて、下着姿をさらしているではないか。下に穿いていたズボンの布地は腿のあたりまでなくなり、上着はほぼ布きれ状態だった。

「今の粘性生物の仕業だろうな。肌を傷つけず衣類だけ溶かすとか、どこのエロスライムだっつうの」
「なによ、服くらい簡易式で作るわよ!」
「さっきも言ったがこれから先も『TO LOVEる -とらぶる-』や『ハイスクールD×D』みたいな罠があって、ひっかかるたびに『健全ロボ ダイミダラー』の日笠みたいに恥ずかしい声をあげることになるかもしれないぞ」
「『TO LOVEる -とらぶる-』や『ハイスクールD×D』や『クイーンズブレイド』みたいな罠にはもう引っかからないわ! だから恥ずかしい声もあげない!」
「……わかったよ、じゃあ俺の服を着ろ。簡易式で作る服よりは丈夫だ」

 そう言って上着を脱ぎ、京子に着せる。
 Tシャツ一枚になった秋芳の姿からは、痩せてはいるが全身これ筋肉。という印象がただよう。無駄な肉がいっさいないのだ。

「あ、ありがとう」

 恋人が着ている服を脱いで自分に着せてくれる。それが妙に気恥ずかしい。
 ふと秋芳の露出した腕や胸元に目がいく。意外と綺麗な肌をしている。そんなふうに思って見ていると、突然おびただしい量の傷跡が『視えた』。大小無数の傷跡が広がり、左上腕部など肉が大きくえぐれていて痛々しい。

「あ、秋芳君、その傷跡は……」
「傷跡?」

 次の瞬間、傷跡は消えていた。

「今、見えたのよ。秋芳君の身体中にいっぱい傷がついてるのが。やだ怖い……。これって予見かなにかかしら……」
「その傷ってのは真新しい傷だったか?」
「ううん、古傷って感じ。それがいっぱいあったの」
「……たぶんそれは予見じゃなくて過去視だな」
「過去視って…、秋芳君が今までケガをした所が見えちゃったってこと? あ! あの腕のキズ。前にあたしをかばってくれた時の……」

 犬神を使うはぐれ陰陽師との戦いで、秋芳は京子をかばい左の腕に大ケガを負ったことがある。

「昔の修行や戦いで受けた傷が偶然『視え』ちまったんだろうな。さすが如来眼だ、傷を禁じて跡を消しても、そういうのがわかるとは」
「百戦錬磨ってのは伊達じゃないのね」
「……ああッ!」
「ど、どうしたの?」
「本当はここで『京子、それはちがう。この傷は修行中に自ら負ったもので、敵につけられた傷など一つもない』とか、『幽遊白書』仙水みたく言いたいのに、言ってみたかったのに! 戦闘で負傷したこともあるから言えない! 無念!」
「……変なとこでくやしがるのね、傷は男の勲章。なんじゃないの?」
「勲章と同時に弱さの証でもある。本当に強いやつは傷なんてこしらえないからな。みっともいいもんじゃないよ」
「ふ~ん」

そんなやりとりをしつつ、秋芳の上着に袖を通した京子はその服に込められた呪力に気がついた。

「……これ、けっこう高い呪が込められてるわね。防瘴戎衣みたい」

 防瘴戎衣とは祓魔官が着用している黒いユニフォームで、呪的防御が施された防具だ。かの土御門夜光が愛用していた黒マント、鴉羽織をモデルに作られたという。

「あらゆる傷害から身を守る呪が込められてある。鴉羽織や紫綬仙衣ほどではないが、並の防瘴戎衣よりも上等だろうな」
(秋芳君の匂いがする、それに温かい。なんだか彼に抱かれてるみたい……。て、いけない、いけない!)

 ぬくもりと匂いが伝わってきて、さっきとは別の意味で赤面しそうになった京子はあわてて気を引き締める。




 
 天馬を探して建物の中へと入る。いくつかの御殿や遠侍(警護の武士の詰所)をまわり、大小いくつかの罠があったものの、もはやそれにかかるようなことはなかった。

「穴の上に幻の床を作って落とそうとするとか、タチが悪いな」
「そうね。でもあたし達の見鬼にかかれば、どうってことないわ」
「広間から宴の騒ぎを聞かせ、踊ってる人の影まで障子に浮かせて開けたら誰もいない。とか、どこのお化け屋敷だよ」
「あれはちょっとゾクっときたわ。あたしひとりだったら怖かったもの」
「たしかにおっかないシチュエーションだよな」
「でもその後が最悪。変な音楽が流れてきて、それを聞くと服を脱ぎたくなるとか、まったくしょうもない……」
「あの曲は『タブー』ていうラテンミュージックだよ。官能的な響きだったろ?」

 そして天守閣のある御殿。御座の間で、二人はついに天馬を見つけたのだが――。

「余は正二位、右大臣。豊臣秀頼である」

 朱金色の豪華な衣冠束帯に身を包んだ天馬は、開口一番、そう口にした。 
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