キコ族の少女
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第21話「腕試し-2」
造血剤を摂り、頬や額に汗で張り付いた髪の毛を払いながら、制約による失血ダメージが予想以上に大きい事に、俺は内心で大いに焦っていた。
先ほどの戦闘だけで、それほどオーラを籠めていなかったとはいえ念獣を数十体も損失してしまっていた。塵も積もればではないが、それによってジワジワと俺の体への負荷が蓄積され、トドメの一押しとして最後の攻撃を防ぐ際に即席顕現とはいえ結構な量のオーラを籠めた念獣数体を同時に失ったのだ。
耳障りなほど大きくなった心拍に、嫌な汗が顔や背中をジワリと濡らす。強力な造血剤によるドーピングがあるとはいえ、副作用からヘソの下あたりがジクジクと痛みだしてきている。
思い返してみると、制約である血の代償を軽く見た軽率な戦闘行動だった。損失前提の戦闘スタイルは余程の事がない限りは捨てた方がいいだろう。自滅する恐れがあるし、何より薬代も非合法品ゆえに馬鹿にならない。
幸いにも、今回はルールなしの殺し合いではなく、ルール有りのちょっと血生臭いスポーツ?だ。
さらに、相手はエミリアで「ご挨拶」が目的の対戦だ、命という替えのない授業料を払う心配はない。
「クリーンヒット!3ポイント!!エミリア!」
俺の思いを証明するかのように、観客の声に負けないような大声でレフリーが先ほどの戦闘結果を叫ぶ。
加点が高いような気がするが、確か原作でもヒソカとゴンの対決では、危険だからと採点基準を下げるテクニカルジャッジで早期試合終了をしていたはずだ。
しかし、今回の対戦に危険な部分などあるだろうか?ヒソカの【勝利=相手の死亡】のような危険行動をとるようなことを俺もエミリアもしていない。
……やはり、俺の外見年齢のせいだろうか。
【小学生低学年 VS 中学生】
……うん。これだけ見ると、早めに終わらせた方がいい試合に見える。レフリーの私情が混じってる気がするけどね。
まあ、こうやってグダグダと思考を巡らせられるほどまで回復したとはいえ、長期戦はムリだから別に問題はない。それに採点基準が低いという事は、俺の攻撃も高い得点が与えられるということだ。
「休憩はもういいかな?」
「……待っててくれたんですね」
ヒスイを顕現させて警戒はをしてはいたが、エミリアは攻める気配がなかったようだ。
俺の呼吸が整うのを見計らったのように、声を掛けてくる。
「普段なら追撃はするけど、今回は“手合わせ”だからね」
「そうですか。それで評価は、どうです?」
「予想以上。正直に言うと、直ぐに終わらせるつもりで仕掛けたのに、仕留めきれなかった」
「……そんな気はしてました」
「そう?なら、次は―――」
そんな言葉を残して、エミリアが消えた。
先ほどもそうだが、目に“凝”を行いつつ彼女を注視しているのに見失うという状況は、俺に十分すぎるほどの焦りを与えている。俺の動体視力は未熟なのか、エミリアが速過ぎるのか、若しくは物理的に消えているのか、どちらにせよ見失うという事は、相手に奇襲するための準備を与えていることで、俺は必殺が込められた奇襲攻撃を十全な備えができないまま攻撃を受けなければならない。察知しようにも、素性を隠すためのコートとフードのせいで五感の一部を封じている縛りプレイという自業自得な状態。
となると、俺の取れる手はレーダー用として“円”を発動しているヒスイを周囲に展開されるしかない。感覚的には、潜水艦を探す駆逐艦みたいなものだ。
だが、ヒスイのレーダー網にエミリアがかかることはなく。代わりに、後ろでボコンッと最近聞いたことがある空気の音が耳に届いた。
瞬時に、右目の“凝”を“切り替え”て、周囲に展開させているヒスイから後ろを警戒してる子と視界を共有し、後ろを向くことなく後方の状況を確認しつつ、全速力で前に向かって駆けだす。
案の定、音の正体はリング状の石畳が剥がされた音であり、それに向かってエミリアが腕を振りかぶっているところであった。
そして次の瞬間には、攻撃を受けた石畳がダメージに耐え切れずに砕け散ったのだが、更にそこから“風”を利用したのか四方八方へと散らばるはずの石の破片が、まるで俺向かって吸い込まれるかのように迫ってくる。
音がしたと同時に走り出したとはいえ、向かってくる破片の方が速く、すぐ後ろまで迫ってきた。
だが数舜の時を稼ぐことができたので、追撃に備えて顕現させていたヒスイ3体を俺と破片の間に移動させて、必要最低限の破片だけを粉砕させながら残りを回避していく。
当然、破片を隠れ蓑として迫ってきたエミリアが一撃を与えんと、俺が回避した為ということで故意に生み出された隙を突くように拳を放ってきた。
「とっ―――」
「甘いよ。ユイちゃん!」
「……っ!」
彼女の攻撃を往なしてからの反撃を目論んでいたが、エミリアの最初の攻撃は陽動であり、俺が合気道のように腕を払いのけても態勢を崩すことなく、逆に往なすことで生まれてしまった正真正銘の隙を突かれて肉薄されてしまう。
身体能力はエミリアに分があるのは分かりきっているが、ここで下手に距離を取ろうとすれば先の戦闘の吹き飛ばされる原因になった衝撃波を伴った攻撃を受けてしまい、既に貧血と内臓ダメージでボロボロの体では耐え切れない。
自爆覚悟で粉砕処理をしているヒスイをエミリアの死角から攻撃する手もあるが、彼女は俺を盾にするように立ち回っていたようで、粉砕処理を辞めてしまえば残りの破片が俺を襲ってくるだろう。一つ二つなら痛みを我慢できるだろうが、10、20、30……耐えきれるかもしれないが、確実にその後の行動がとれなくなる。
走馬燈のように思考を高速回転させるも、それよりも早く、対策を取らせない為にエミリアは俺と肉薄したまま猛攻してきたために対応でいっぱいいっぱいになってしまう。後方からは豪雨のように破片が迫り、回避が出来なくなった為に大半を粉砕しなくてはならないので半自動操作とはいえ迎撃の為に思考が向けざるえず、前方からはエミリアからの猛攻によって打開策を考える暇もなくジリ貧となっていく。
そして、ついに―――
「っ、きゃあっ!」
捌ききれなくなった攻撃の衝撃によって、思わず漏れた悲鳴と共に態勢が大きく崩れるとともに打ち上げるような攻撃だったために、足が地面から離れてしまう。
両腕が弾かれたために大きく広げてしまったために、これから来るであろうエミリアの攻撃を受け入れるかのような形になってしまった。
そして、
「破っ!」
「まだ!!」
諦めずに失血による被害などを無視したオーラを籠めるだけ籠めたヒスイを即席顕現して、俺の胸に向かって放たれている掌底の前に移動させる。
ギリギリのタイミングで割り込ませることに成功し、エミリアの掌とヒスイが接触した瞬間に空気の爆発のようなものが起きて……壊れた。
「そ……んな……」
エミリアの攻撃を受けて、ヒスイがガラスを砕いたかのように形を崩して、落伍した破片は光の粒子となって宙に溶けるように消えていく。これでエミリアにもダメージがあれば、慰めにもなるが彼女の手には怪我らしい外傷も、痺れなどの状態異常も与えられているようには見えない。
「く……そっ……」
ヒソカにエミリア、勝ちたいと思う相手に勝つことは疎か、手傷を負わせることもできない自分の未熟さに涙が出そうになるも、それよりも制約による失血で視界がブラックアウトした。
ページ上へ戻る