キコ族の少女
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第20話「腕試し-1」
この世界―――裏の世界―――を甘く見て、コレクターに目を付けられてしまった。
法外な懸賞金が掛けられている以上は、依頼主が撤回しない限りは追手は延々とやってくる事になるだろう。いや、金になる存在として名が売れてしまった以上は撤回されたとしても意味がないかもしれない。
こうなると、200階へ達して資金稼ぎが出来なくなった天空闘技場に留まり続けるのは、常に襲撃を警戒しながら闘技場で念能力者と戦っていく事になり、それで得られるのが僅かな戦闘経験値と興味のない称号、そして目立つことで更に寄ってくるハンター。
流星街の外でゴン達のような信用信頼できる仲間がいない単身である俺には、常時警戒しながらの生活なんて不可能だ。
徐々に心身を慣らしていけば出来るようになるかもしれないが、そうなるまで襲撃者が待ってくるわけもなく、そう遠くないうちに奴らの餌食になるだろう。
ならば一度、流星街へ戻ることも考えたが、何の成果も得られるず「懸賞金を掛けられたから逃げてきました」なんてノブナガに報告しようものなら、確実に見限られて捨てられる。彼は慈善で俺を保護しているわけではないのだから……。
そうなると、最終的な結末は天空闘技場へ留まり続けていた場合とほとんど変わらない。
身を隠すというのも、10歳にも満たない子供一人の逃避行など目立ちまくって仕方ないし、そういう事に関しての知識なんて無いから痕跡を辿られて終わりだ。
ならばと金に物言わせたとしても、違法な手段と言うのは高額なのが常だ。現在の所持金が大量にあるとしても、直ぐに尽きるだろう。
こういう状況であったために、エミリアの取引に応じるしかなかった。
八方塞がりなのを自覚したと同時に、目の前に差し出される手……こういう結末までが彼女のシナリオなのかと思ったりするが、信頼は出来なくとも信用は出来る協力者を手に入れられた事は大きい。
もちろん代償が発生しているが、それも無理難題ではなく、短い時間を我慢し感情を殺していれば良いだけのものだ。
そんな取引があった翌日。
天空闘技場のリングの上で、俺はエミリアと相対していた。
理由は簡単で、互いの実力を測る為だ。
俺からすれば、どの程度の者が自分を守ってくれるのか。
エミリアからすれば、守る対象はどの程度、動けるのか。
もちろん、不特定多数の観衆が見守る中での戦闘なのだから、手の内を見せないor見られても問題ない“ご挨拶”レベルではあるが、それでも分かることが多々あるので問題となる事はない。
そういう事なので、対決までの猶予を使ってエミリアの事について調べてみた結果。
能力を隠しているのか、本気を出すまでもない相手ばかりなのか―――確実に後者だろうけど―――数手ほど様子見をした後に、相手の勢いを利用した投げ飛ばしで場外……というテンプレ勝利を続けて、一直線に200階へと到達している。
これでは、何も分からない。と同義である。
初めて会った時の身のこなしからして、実力者であることは疑いようはないが、収穫ゼロとは思わなかった。
というか、あの見た目で【15歳】はサバ読み過ぎ―――いや、この点には触れないで置くとしよう。
「今日は騎士様と一緒じゃないんだね?」
俺が雑念を振り払うかのように軽く頭を振っていると、昨日のスーツ姿から動きやすいジャージ姿になっているエミリアは、テトの姿を探して僅かに視線が動かしながら訊ねてくる。
その姿は「中学生です」と言われても納得でき、「女性はメイクや服で、印象をいくらでも変えられる」と、前世の男友達が言っていたことが間違っていなかったと思えた。
さっきのサバ読み云々は訂正しないとだな。
「ええ。私の実力を知りたいとのことでしたので」
感情を読ませないように口調や声質を注意しながら返答しつつ、いつもの格好をしている俺のコートの隙間から、何体ものハクタクがボトボトと落ちて足元を覆いつくす。
見せつける目的でワザとらしい顕現の仕方をしたが、“隠”を使っているので一般人は当然として、実力のない念能力者には念獣は見えていないだろう。
当然ながら、エミリアにはバッチリ見えているようで、「大量の白蛇を足元に纏わりつかせる9歳の女の子」というインパクトのある光景に、口を僅かに引きつらせた。
「な、なかなか凄い光景だね」
「驚いてもらえて、嬉しいです」
「……可愛くないよ。ユイちゃん」
「エミリアは可愛らしいですね」
軽口による応酬を終えて、開始の構えを取った審判の動きに合わせて俺は軽く体を沈める。
エミリアは、半歩ほど右足を引いて体を斜めにした、どこかで見たような構えをとる。
近接タイプなのか、それとも構えはブラフで遠距離攻撃タイプなのだろうか?いや、カウンタータイプなのかしれない。
戦闘経験がないから、どれが正しいのかわからない。ならば―――
「始め!」
審判の声と同時に右手を胸の前で横一線に振るうと、その軌道上に沿って10体のヒスイを顕現させる。
そして、すぐさま某ロボットアニメのパイロットが言っていた台詞を心の中で叫ぶ。
(行けよ!ファ○グ!)
俺の命令を受信したヒスイは一直線に突撃を開始したかと思えば、途中で握っていた拳を開くかのように一斉に散開して多方面からエミリアへ襲い掛かる。
相手の出方を調べる為の文字通りの“鉄砲玉”ではあるが、隙があれば追撃を駆けるつもりでハクタクを繰り出そうと構えさせた。
しかし、次の瞬間に起きた結果に追撃を中止させる。
襲い掛かったヒスイ10体が、同時に何かに斬られたかのように様々な角度から両断されて消失したのだ。
破壊されるのは分かっていたので、それほど念を込めてなかったとはいえ、それなりの強度があるはずのヒスイが簡単に、それも同時に破壊された。
隙あらば追撃を、と考えて相手の動きに注視していたのに動いた形跡はなく、強いて挙げれば彼女の髪の毛がフワリと風を受けたかのように……風?……まさか
「……カマイタチ」
「凄いわね。一発で看破されるとは思わなかった」
無意識に零れた呟きを拾ったエミリアは、驚きの声を上げつつも何故か嬉しそうな表情で俺を眺める。
何となく俺に対する評価が上がったような気がするが、前世では異能者を取り扱った娯楽作品なんていうのはごまんとあったから、変化があった箇所から何となくあたりをつけただけであって、観察眼系の良評価をされても困るんだが、そんなことを説明しても意味はないので黙っておく。
それよりも、相手がどうやってヒスイを迎撃したのだろうか?
キルアがオーラを電気へ“変化”させたように、オーラを風へと変化させているのか?
周囲の大気を“操作”して、圧縮して展開させているのか?
いや、単純にオーラを刃のようにして“放出”させているのかもしれない。
「じゃあ、攻守交替ね」
「……っ」
その言葉と同時に、エミリアの姿は“消えた”。
彼女のいた場所から粉塵が舞い上がっているのを視界の端に捉えつつ、注視していたのに見逃してしまった相手を補足するために、地面で蠢いていたハクタク達を全方位に向けて放つ。
この子らには、範囲は50cmにも満たないが“円”が展開されているので……
「―――そこ!」
「っと」
すぐさま反応のあった右後方へ向けて裏拳を放ちつつ、ヒスイ3体を顕現させて上・中・下の三方向から追撃を仕掛ける。
俺が対応して反撃してきたことは予想外だったのか、若干の驚きが混じった声を上げつつも俺の拳を軽く往なし、三方向から迫ってくるヒスイを“カマイタチ”で両断すると、周囲へと放ったためにハクタクがいなくなった俺の足元に、台風レベルの風圧が襲い掛かってきた。
裏拳という反撃方法によって体を軽く回転させていたために、足払いのように地面と離れ離れになった俺の体は独楽のように回転してしまい、相手に対して隙だらけの脇腹を晒してしまう。
当然、隙を作り出したエミリアはチャンスを逃すはずもなく、密着するかのように一歩踏み込んできつつ俺の脇腹へ手を添えると、次の瞬間―――
「破っ」
「ぅ、がっ……!?」
足を払われた際に感じた風圧の数倍もの圧力が脇腹へ襲い掛かり、浮いている現状では踏ん張ることも出来ず、こみ上げてきた嘔吐感による変声を上げつつ、場外へ向かって吹き飛ばされる。
とはいえ、このまま素直に場外へと行くわけにはいかないので、吹き飛んでいく方向へ飛ばしたハクタクを操作して、タイミングよく俺の足へ絡みつかせると、地面へ潜り込ませることで引きずられた足を地へとつけて、二重のブレ―キによって場外に出る前に勢いを殺し切る。
これと並行して、エミリアからの追撃を防ぐために、散らしていた他のハクタクを地面に潜り込ませて、そこから彼女に向けて飛び出すかのように攻撃を繰り出す。
だが、足止め……あわよくばダメージを狙ったこの攻撃は、三度目となる“カマイタチ”によって両断されることで苦もなく防がれてしまい。無理やりブレーキを掛けたために、体勢が崩れたままの俺に向かって一直線に向かってくる。
今回は真正面から向かってくるために見失うことがなかったが、だからと言って体勢が整えられていない俺にとっては、脅威であることは変わりなく。
破壊される危険性を理解していながらも、速攻で作り出せる最大オーラを籠めたヒスイを連続で生み出し続けつつ俺の前面へ壁のように展開させて、防御の構えを取る。
「かっ……たい!?」
「くっ、ぅぅっ」
案の定、エミリアの“カマイタチ”が俺のヒスイを両断するために襲い掛かり、数体が真っ二つにされてしまうものの、それなりのオーラを纏って防御の構えを取った10体を超えるヒスイを殲滅するには威力不足のようで、俺に攻撃が届かず。反撃として、生き残ったヒスイによる突撃攻撃を回避するために、斜め後方へ向けて退避していった。
追いかけて態勢を立て直させる暇を与えないようにしたかったが、念獣の連続顕現と撃破による失血から、こちらが一時的な休息が必要な状況であり、諦めるしかない。
袖口に仕込んでいた造血剤を口元を拭うフリをしながら飲み込みつつ、先ほどの攻撃の威力から耐えられる強度を持ったヒスイを三体顕現させて、エミリアの攻撃に備えた。
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