キコ族の少女
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第7話「初仕事-2」
壁に飲みこまれていく体。
作戦開始時から俺の服の中にいたテトは、捕まった時の衝撃に驚いて俺から離れた為に無事だが、俺が壁に飲み込まれるという現状を理解できず如何するべきかと右往左往している。
その場にそのままいてくれと、願いながら俺は右手の薬指にある指輪からハクタクと同じ要領で別の念獣を呼び出す。
指輪から顕現したのは一羽のカワセミで、名前は「ヒスイ」
名前の通り翠色の(光の加減で水色になったりする)鳥で、川辺で「チーッ」と鳴く鳥である。
自然豊かな場所は勿論、都心でも生息している場所があるので見たことがある人がいるかもしれない。
―――って、何を説明してるんだ俺は!?
保管庫を監視していたハクタクを解除すると同時に、ヒスイを更に二体顕現させる……というか、これが現状で操作できる念獣の上限である。
それ以上は操作が効かず、自動操縦にしても正常に動かない、更に無駄にオーラの消費量が多い。
すでに身体の半分が壁へと飲み込まれている俺は、自分へのダメージを無視した攻撃を敢行すべく、その三体のヒスイを壁へと突撃させる。
「っ!!」
弾丸のよう速度で激突し、生き物ならただではすまない行動は、俺の念獣であっても例外でない。
まるで砲撃が間近で着弾したかのような衝撃と音を残して三匹全てが消滅してしまったが、その損失に相応しい穴を壁に開けることには成功した。
当然ながら自分へのダメージを無視した攻撃により、左腕に激痛が走り思わず意識が希薄になるのを気合で現実に縫い留める。
そして、壁が粉砕されたことにより飲み込まれていた体を露出させることに成功した。
あわよくば、強引に俺を引き摺り込もうとしていた奴に手傷をと思ったが、俺の攻撃を察したのか寸前のところで拘束を解いて、距離をとられてしまった。
とはいえ、当初の目的である壁を破壊しての脱出は成功しているので、後は力任せに壁から体を引き剥がすだけなのだが、咄嗟の攻撃で綺麗に破壊など出来るはずもなく。
そういった部分諸共、無理に抜け出したため剥がれていないコンクリートに服が引っ張られ上着とズボンがビリビリと哀れな音をたてて破れ、下のインナーとハーフパンツだけの姿になり、さらに髪の毛も若干巻き込まれており、流石に引き千切れないので手刀で切る。
場所が場所なら、強姦魔に襲われた幼女として写りそうな俺の姿の完成だ。
なんて、馬鹿な考えが頭を掠めるもすぐに振り払い、さっと自分の体の状態を確認。
ヒスイを突撃させた際の左腕にある爆傷と、脱出の際の擦り傷以外に目立った傷はない……よし、まだ戦える!
すぐさまヒスイを3体、自分の周囲に展開させると共に、”堅”を行い臨戦態勢を整える。
ヒスイを顕現させてから、この状況まで10秒。
旅団の皆からすれば長い時間が過ぎているが……って、シャルとマチは?
意識を分散できる程度に余裕が生まれたことで、いまさらになって感じた疑問からくる隙を狙い済ましたかのように、それは起きた。
「っ!?」
腹部に何かが巻きつく感覚と同時に、そこを基点として身体が後ろへと大きく引かれた。
こんな僅かな隙を狙われた事に驚きながら、腹部へ視線を移すと細い糸―――マチの念糸が、俺に腹に巻きついている。
敵の攻撃でない事に安堵すると同時に、なんで俺を?と思ったのも束の間、後ろへ引っ張られた先にいたシャルに抱きとめられ、俺を脇へ抱えると保管庫へ一直線に走り出した。
一瞬のタイムラグがあったものの、 テトも俺たちの後を追っている気配を感じる。
この突然の事態に呆然としていた俺だったが、すぐに正気へ戻ると俺を抱えているシャルに憤りを隠せていないだろう口調で声を上げる。
「なんで!?」
感情が先走った為に、様々な意味を含めた単純なこの言葉に、シャルも一言で返す。
「ユイじゃ勝てないよ」
「……っ!」
その一言が沸騰していた思考を急速に冷却し、さらにズシンと体全体に重く圧し掛かる。
……分かってる。姿は見てないが相手と対峙したことで感じた相手の力量は偵察した時よりも強く、そして圧倒的で、力の差は歴然であると思った。
でも、敵の一撃目を回避する事は出来た。ならば、やりようによっては……
「それに、気付いてないのかもしれないけど。今のユイは”纏”すらマトモに出来てない」
え?と、自分の手を見ると所々に穴が開いているみたいにグニャグニャと不安定なオーラ、顕現させていたはずのヒスイも自動操縦の場合は、俺の移動に合わせて追随してくるはずのなのに、いない。
さっき攻撃だけで動揺し、上手くオーラを操作できる精神状態ではなくなっている自分。
ノブナガを師匠とした修行の成果すべてが無駄であると言われているようで、言いようのない悔しさが俺の心を支配した。
結局、その後はマチが壁に隠れていた能力者を、シャルは保管庫を見張っていた能力者を短時間のうちに始末。
ノブナガとウボォーも、多少の返り血による汚れを除いて建物を壊すことなく、警備していた人間をすべて片付けて、たぶん呼ばれている増援が来る前に金目の物を持って撤退した。
その間、俺がしたことといえば周囲の警戒と強奪品を運搬する手伝いのみ。
初の実戦ということを考慮しても、到底満足できるはずもない。
それどころか、俺が壁から脱出するときに粉砕した壁が契約違反だと、依頼主からのクレームが来てシャルに余計な仕事をさせてしまった。
初めてということで緊張していたのは確かだけど、約一年だ。
約一年間、ノブナガの元で修行をしてきたのに、いざ実戦に参加してみれば……役に立つどころか契約違反を犯して皆の足を引っ張ってしまった。
そんな自分の不甲斐なさに、怒りを通り越して恐怖した。
俺はこのまま、一生役立たずなのではないのか?
修行しても、強くなれないのではないか?
そんな自己否定的な考えが普段なら浮かばないのに、今回の結果で不安定になっている俺の心が自然を浮かび上がらせていく。
その襲い掛かってくる恐怖心から逃げるように、仕事から戻った俺は怪我の治療もせず、現在の旅団が使っている仮宿の一室に立て篭もった。
そんなことをしても意味はないと、まだ残っていた冷静な自分が、今の俺を諭す。
でも、自己否定の塊である俺は理解できない。理解しようとはしない。
こんな役立たずは、捨てられるのではないか?
フランクリンやマチ、シャル達が呆れて、冷たくなるのかもしれない。
原作で見せた彼等の冷徹な目や態度が、自分に向けられる未来図が勝手に創造され、体の芯が冷水で浸されたように冷たくなっていく。
ふと、誰かが部屋に近づいてくる気配がして、訓練の成果から反射的に神経を研ぎ澄ませることで、ドアの前まで来た時にノブナガだと分かった。
ドアの前に立った彼は、数瞬だけ間を置いから声をかけてきた。
「入るぞ」
「……」
最初から、俺の返事など期待していないのだろう。
殆ど間をおかず、立て篭もっている部屋にノブナガが入ってくるのを、隅で膝を抱えて蹲っている俺は空気の動きで感じとれた。
廃ビルであるため、鍵付きドアの意味を成さない扉は、錆びていたとしても抵抗なく開いたことだろう。
「何泣いてんだ」
「……」
彼に言われて、初めて自分の目から涙が絶え間なく零れているのに気づく。
道理で息苦しくて、景色が歪んで見えるわけだ。でも、拭き取る気力が沸かない。
それ以降、何も言わなくなったノブナガ。
声をかけてもピクリとも動かない俺を、どんな表情で彼は見ているのだろう。
怒っているのだろうか?
呆れているのだろうか?
笑っているのだろうか?
自分が推薦して育ててきた奴が、こんな体たらくを晒しているのだ。
どちらにせよ、良い感情を抱いては居ないだろう。
そう思うと、自己否定の塊である俺は更に悪いほうへと考えが向かっていき、恐怖からさらに身を硬くする。
ドカッ
地面に散らばるゴミを足で払いのけ、乱暴な音を響かせてながら、俺の隣にノブナガは座り込んだ。
隣に座られたことで、ビクリと体を震わせるが俺はそれ以上動かない。動けない。
ノブナガも隣に座った以降、特に何をするわけでもなくただ無言で座り続けている。
そんな静まり返った部屋。
沈黙に耐え切れなくなった俺は、ポツリと掠れた声を漏らした。
「呆れてる、よね?」
「……」
沈黙。
それは俺の言葉を肯定しているようで、現在も流れ続けている涙の量が少し増えた気がした。
泣いている声を聞かれて、さらに呆れられたくなくて必死に声を出さないようにする。
前の俺だったら人前で泣くことはなかっただろう。
もう殆ど残っていない冷静な俺が前世の自分を思い出しながら、そんな見解を述べる。
「何勘違いしてんのか知らねぇが、俺が何時”呆れた”って言った?」
「だって……だって、皆の足を引っ張ってばかりで……」
「そんなもん誰も気にしてねぇよ。それに、お前が上手く仕事が出来るとは思ってねぇ」
「―――っ」
それは……期待されてないってことなの?
ノブナガの言葉に、心が鋭利な物で抉られたような感覚を覚えて、腕の出血は止まっているのに貧血のような眩暈がして倒れそうになる。
「初めてで上手く出来る奴なんざぁ、そう簡単にいてたまるか」
「……ぇ?」
思わず顔を上げると、俺を見ていたのかノブナガと目が合った。
が、それも一瞬だけで、フンッと一息ついた後に前を向いて彼は言葉を続ける。
「仕事をする前に言ったはずだぞ、空気に慣れろって」
「……うん」
「今回の失敗は、数をこなして慣れるしかねぇんだ。だから、落ち込んでんじゃねぇよ」
「わぷっ!?」
顔に叩きつけられたタオルで視界を塞がれため確認できなかったが、ノブナガが笑っていた気がした。
「それに、お前はまだ発展途上なんだ。これから強くなるのに、こんな所で立ち止まってるのか?」
「……ううん!!」
突き放すような言葉の中から見え隠れする彼の優しさに、自己否定していた俺が消えていくのを感じる。
何度目になるだろうか?
この世界で暮らすようになってから感じる、漫画で知っている彼とは違う一面に、つい頬が緩んでしまう。
「何笑ってんだよ」
「いたたたたっ!」
頭にゲンコツをねじ込まれて思わず悲鳴が上がるが、顔はニヤけたままだった。
そして気づいたときには、さっきまで自分を支配していたあの感情が消えていて、変わりに”強くなって見せる”という意気込みが俺を支配していた。
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