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キコ族の少女

作者:SANO
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第1話「ようこそ○○○へ」

 何の前触れもなく、ムアッと吐き気を催すほどの異臭が嗅覚を直撃したことで、俺は半ば強制的に目を覚ました。
 条件反射的に匂いの原因を探そうとして、昨日の夜に失敗してしまった煮物になる筈だった残骸がフラッシュバックのように思い出すが……


「……?」


 その煮物は放置せずに処分したことを思い出してホッと安堵する。
 しかし、現在進行形であり予想以上の強烈な臭いは覚醒したばかりの意識を再び眠りにつかせようとする。
 夢の世界に旅立ちそうになる意識を慌てて首を振ることで引き戻し、その強烈過ぎる臭いの原因を探そうと覚醒直後のボヤける視界を手で擦ることで修正し、周囲に目を配って……唖然とした。

 目の前にはゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ……
 自分がいる場所(様々な書物の山)を含めて、たまにテレビで見るゴミ屋敷が可愛く見えるほどのゴミの山が、視界いっぱいに広がっていた。
 明らかに自分の知らない場所である景色に、座っていた状態から少しでも高いところからと立ち上がって確認しようとしたとき、チクッと髪の毛が引っ張られる痛みを感じた。
 たぶん、髪が何かに引っかかったのかと思い髪の毛に触れたとき、ある違和感を覚える。

 髪が、長い?
 自慢ではないが、俺は髪の毛が耳に掛かる前にいつも切っていためにすごく短い。
 仕事の関係もあるのだが、それでなくても長いと乾かすの面倒だし、目に入るのは勘弁して欲しかった。
 そして、セットだ何だというのがないので時間や金が掛からない!!
 市販で売っているバリカンには、長さを決めて切れる道具がついているので、少し伸びたなと思えば自分で手軽に切ることが出来る。
 そうすれば、かかるお金はバリカン使用による電気代のみで、美容院に行って切ってもらうより断然安上がりなのだ!!

 というわけで今現在、眼前まで持ってきた腰まであるような黒髪を俺は不思議な物を見るような目で見ている。……と


「誰かいるのか?」
「!?」


 髪の毛に意識を集中した為に、落ち着いた感じの男性の声にビクリと肩を揺らしつつも、慌てて視線を向ける。
 すると、ゴミの丘に足をかけて此方を見下ろしている今の俺と同じくらい長い髪の毛を後ろで一つに束ねた髭面の男がいた。

 あれ?どこかで見たような顔だな?

 ロンゲの髭面なんて最近では見ないような風貌の男なんて会った事などない。
 なのに何処で見たことのあるような既視感を男に対して抱き、思わず首を傾げる。
 すると、男は俺の様子を暫く眺めた後、思わぬ一言を発した。


「……捨て子か」
「……ぇ?」


 捨て子?
 誰が?―――俺?

 ちょっと待て、俺は今年で20歳になった成人男性だぞ!?
 身長だって自慢じゃないが180はあるんだ。どう考えったて捨て“子”になんて見えないはずだ!
 あまりにもズレた評価に思わず否定の言葉を出そうとして……今日、何度目になる違和感に感じた。周囲にではなく自分の身体から……
 先ほど髪の毛を触る際には動きが小さかったから気づかなかったのだが、いつものより動きづらいのだ。
 体験したことはないが、あえて言葉にすれば体が縮んでしまっているような感覚だ。
 そんな状況を決定付けるかのように、咄嗟に男へと伸ばした手の長さや、大きさが見慣れた俺の体とは似ても似つかない小さく可愛らしいものとなっていた。

 あまりのもな状況に叫び出したくなるのを必死に耐え、現状の確認とこれからを考えるように頭を働かせる。
 自分の記憶を辿って、こんな状況になった原因を探るが、先の煮物の件を除いて、ここ最近の記憶がボヤけて思い出せない。
 自分の記憶が当てならないとなると、今の状況を何とかするには……


「……あ、あの!」
「あん?」


 目の前の男に聞くしかない。
 今出した声が、少女の声のように聞こえたことで更に増大した自分の中の衝動を自分の心臓部分を手で押さえる事で宥めつ、男から情報を引き出すために言葉を続ける。


「こっ……ここは、どこなんですか?」
「流星街……つっても分からねぇか」
「……」


 分からない?
 とんでもない、自分の趣味のせいで理解したくないことまで理解してしまった。

 俺の趣味は読書である。
 といっても本格的なものではなくライトノベル系が中心で「感性や知識を云々」を抜きにした気楽なものだ。
 当然ながら紙媒体ものだけでなく、ネット内にあるものも読んでいる。
 そして、最近とある漫画のきっかけで「二次創作」というものに興味を持ち始めていたところであった。
 そして、今の現状が俺が好んで読んできたあるジャンルの序章の部分と酷似していた。


「転生・憑依系」


 場所や人によって呼び方は様々だが、登場人物が様々な理由で現在の記憶や知識を持ったまま他人に乗り移ったり、第二の人生を歩むというジャンルと似ているのだ。
 目の前の男が言った「流星街」という地名……仮説だと思いながらも間違いないだろうと俺の頭は判断している。
 つまり、ここは漫画「ハンター×ハンター」の世界で、俺は転生……もしくは憑依の類を体験している。


――――――――――

――――――――

――――――

――――

――


 小鳥達の囀り……ではなくカラスに似た鳥の不気味な鳴き声を目覚ましに、俺は目を覚ました。
 まだ寝ていたいと駄々をこねる体を無理やり起こして、聞こえている鳥の鳴き声により半ば諦めつつも自分の状況を確認する。
 目線を自分の体へ向けると、男物のTシャツを着ているだけの幼女の体。


「……はぁ」


 思わず溜息が漏れた。
 夢であって欲しかったが、俺は「ハンター×ハンター」の世界(もしくは似た世界)に転生or憑依をしてしまったらしい……年端もいかぬ少女の体という最悪な条件で……。
 さらに、俺は良かったと思うが、人によっては多分最悪な事象が一つ。


「おう、起きてるか?」
「あっ、おはようございます。ノブナガさん」


 俺がこの世界に来て一番最初に会った人物である髭面の男、彼の名前はノブナガ=ハザマ。そう幻影旅団No1の“あの”ノブナガである。
 最初は俺をそのまま放って置くつもりだったそうだが、心の変化があって俺を拾ってくれたのだ。
 あのまま放置されていた場合、彼の言葉を要約すれば「私にひどいことするつもりでしょう!エロ同人誌みたいに!!」だったらしい。
 教えてくれた話を今思い出しても、背筋がヒヤリとする。

 そんな危機から救ってくれたノブナガの心を動かした変化というのは、俺の体から出ている靄のようなもののせいである。
 “念”……だと思う……というか、この世界ではそれしかないはずだ。

 今の自分は体格的に6歳くらいだろうか?
 現実であれば小学1年生になるかならないかの歳で念を習得しているとなれば、興味をもたれるのも納得できる。
 最初は、なんで念なんて覚えてるの!?とか思ってはいたが……よく考えると、今の年代を聞いてない為になんともいえないが、外の様子からして将来だろう。
 必ずキメラアントの脅威がこの世界に降りかかる。
 幸いと言うべきか結末付近までの記憶は頭の中にある。正確にはネテロの遺言の所までの記憶がある。
 キメラアントによるバイオハザードは、近隣諸国は当然ながら流星街も一時的とはいえ侵される以上、最低でも師団長クラスの実力を持っていなければ“死”または、やつらのお仲間に……なんてことになりかねない。
 脅威が去るまで隠れるか、逃げ続ければいいという選択肢もあるが、その為の準備そのものが年齢的、または金銭的に難しい。

 そう考えると、念を習得しているという今の状況は大変ありがたい。
 ノブナガに拾ってもらえなかっただろうし……


「昨日も言っただろう、敬語は止めろ」
「あ、すみま―――ごめん」
「ほれ、これ着て出かける準備しろ」
「?……わぷっ!?」


 無愛想な会話の後に、突然投げて寄越された布を受け取りきれず、顔面に直撃してそのまま押し倒された。
 この体の小ささに慣れてないので、つい男の頃の感覚で体を動かしてしまって昨日も似たような行動を何度かしてしまっている。
 今の体の不便さに何度目かの不満を感じながら、そこから脱出して布―――衣服を確認すると、子供用の白いTシャツと黒いズボン、それと全身を覆い隠せる……フード付きのオーバーコート?


「お前の容姿は少し目立つからな、外に出るときは隠してろ」
「あ、はい……じゃなくて、うん」


 この家には鏡がないから、今の容姿を見ていないが、そんなに目立つのだろうか?
 確かに現在の髪の毛は綺麗だなとは思うから、それが目立っているのかもしれない。
 そんな自己解釈をしつつ、その場で借りていたシャツを脱いでTシャツなどに袖を通していく。 

 ちなみに目が覚めたとき、俺はボロイ布切れ一枚を身体に巻いただけの状態だった。
 そんな状態なら、捨て子とか思われても仕方ないない。いや、それ以前にあんな所に子供が一人でいる時点で完全に捨て子だな。

 思考の海へ意識を漂わせつつも、身体だけは渡された服を着ていき、そんな俺をノブナガはその場で待っている。
 ……まあ、性別が反転したとはいえ男の感性のままなので別に気にしてないけど。
 というか、彼が幼女に欲情するような性癖の持ち主とは思えない。そもそも恋愛とかそういう類をする人には見え……これはさすがに失礼か?

 あっ、そうだ。
 目が覚めたときに着ていたのは布切れ一枚といったけど、下着は下だけだけどちゃんとつけていたから、別にノーパンじゃないよ……ん?誰に言い訳してるんだ俺?

 とにかく、長い髪の毛ごとオーバーコートを羽織り、フードを被って準備は完了。
 今になって気づいたが。着替えている途中何度も女になっている自分の体が目に入るが特に動揺などを起こすことがない自分に、逆に少し驚いた。
 まあ、これから長い付き合いになる体だし、これは別に悪いことじゃないだろう。


「よし、いくぞ」
「うん」


 そういって歩き出すノブナガの後を、小走りについていく。
 歩幅が違うので、そうでもしないと置いてかれてしまうからだ。
 懸命に後をついていきながら、ふと気付く。

 ……あれ?どこ行くか俺聞いてないんだけど?



**********



 自分の後を必死についてくる少女の気配を後ろで感じながら、気持ち歩幅を縮めつつノブナガは昨日の出来事を思い返す。

 気まぐれで立ち寄った場所で見つけた、捨て子の少女。
 いつもの彼であればそのまま置いていくところを、彼女から漂っている”あるモノ”を見てつい拾ってしまった。

”念”、”オーラ”

 自分の生活の中で、あるのが当たり前になったモノが彼女を包み込んでいた。
 少女の見た目は6歳といったところで、今はフードで隠れてしまっているが腰まである綺麗な黒髪。
 そして、光に当たるとダイヤのような淡い輝きを放つ右目という人体収集家にとっては手に入れてみたい特徴を除けば、どこにでもいそうな子供。
 しかし、彼の後を小走りで懸命についてくる少女が纏うオーラは、一切の揺らぎもなく静寂を保っている。

 年齢と念の錬度があまりにも不釣合い。
 こんな面白そうなガキが、どこぞの収集家の奴等の愛玩具となって終わるのは面白くない。


 ダメ元で言ってみるか……


 歩幅をまた縮めつつ、ノブナガはある人物を思い浮かべた。 
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