機械の夢
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第01部「始動」
第03話
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「それじゃ、次は?」
白いフリフリを畳んで、エリナが新しい箱を開ける。
これで何枚目だろう?ちょっと疲れる…でも…何でだろう。視線が離せない。
「あ…」
黒いフリフリ。アキトが何時も着ている服と同じ色…
「やっぱり気に入ったかぁ…私としては黒より白の方が良いと思うわよ。だからこれは」
「ん…」
エリナの服の裾を掴む。……黒い服。箱に戻そうとしたから。
「冗談よ。ラピスは何でも似合うわ」
「エリナ、いじわる」
服を取ろうと両手を挙げると服を着せられた。
「うん。やっぱり似合うわ」
「…………」
鏡に私が映る。
襟に入り込んだ髪を直す。服、アキトと同じ色……だけど髪は違う。でも良い。アキトが綺麗って言ってくれたから。
「ラピス?」
エリナ、顔近い。
「……アキトといっしょ」
「もぅ!!堪らないわ」
!!
「エリナ、くるしい」
「あ、ごめんねラピス。でも、ちょっと反則だわ」
?
時々エリナの言うこと分からない。
『ラピス』
「アキト」
アキトの声。聞こえると凄く落ち着く…
「え?アキト君?」
『今からそっちに行く。エリナにそう伝えてくれ』
「わかった」
「どうしたの?」
「アキトがくるって」
「そっか。ラピスはアキト君とコミュ要らずだもんね。それじゃ、とっておきを出しましょうか」
がさがさ音がして、新しい袋から小さな物……なに?
「ラピス?」
「……なに?」
黒くて小さな物が二個。ちょっと細長いけど折れ曲がってる。
「一度やってみたかったのよねぇ。さ、こっちにいらっしゃいラピス」
「いや」
エリナからラムダと同じ感じがする。アキトと話してる時のラムダと同じ…
「大丈夫。絶対似合うわ。アキト君だって好きな筈よ!絶対」
………アキト。
『どうしたラピス?』
…なんでもない。
『?ああ』
笑顔のエリナ。私は笑うのは解らないけど、良くアキトにあれが笑顔だって言われる。自然となるもの………自然?
黒いものを持ってエリナが私を見る……私、__じゃない。
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「待たせた…………エリナ」
「あら?遅かったわね。私はもう堪能させて貰ったけど、どう?」
どう…っと言われてもな。
目の前にはラピスとエリナが居る。ラピスはエリナの嗜好につき合わされている…それは分かっているが、まさかな。
「お前にこんな趣味が有ったとはな」
「何よ、別に可笑しくはないでしょ?可愛いんだし」
まぁ…確かにな。
「わたし、いぬじゃない」
マントの端を持ちながら言われてもな。
所謂-いわゆる-、コスプレとでも言うのか?折れ曲がった犬耳を付けたラピスは、散々エリナに抱き締められたんだろう。疲れたという感情が伝わってくる。
「そうだな。だが………なんだ、似合っているぞ」
「うそ。アキト、こころがわらって、る」
「嘘じゃないぞ。笑いっていうのは、楽しい時もそうだが嬉しい時にもなるんだ」
頭を撫でる。
分かってないか。
「ラピスは無いか?」
「ん」
首を縦に振る。
「嘘だ」
「うそ。じゃない」
抑揚の無い声で発せられた言葉に…
不意に気付いた。
俺はラピスに………そうか。そうだよな…
膝を折って目線をラピスに合わせる。頭に置いた手は後頭部を触れている。離そうとしたらラピスに掴まれたからだ。
「エリナに服を着せて貰ってどうだった?」
「エリナ、こわかった」
「そうか。そうだな…俺も怖いぞ」
「ちょっと!」
エリナが批難の声を上げるが無視する。
「でもな、ラピスから俺は助けてと言われ無かったぞ」
ピクッとラピスが動く。
「怖かったんだろ?」
「う…ん」
自分でも戸惑っているんだろう。いや、考えてるのかもな。
「ラピス…それは怖いんじゃない。困ったと言うんだ」
「こまった……こまった、こと?」
「ああ。嫌じゃ無いが……ちょっと駄目、かな?俺がラピスと風呂に入らなくなってから、俺を風呂に連れて行こうとしてた時、ラムダはどうしてた?」
「わらって、た」
「俺が嫌なことをされてたらラムダは笑うかな?」
「…ん」
一瞬の間を空けて首を横に振られる。
「じゃ、何でラムダは笑っていた?俺が困っていたのに」
「わからない」
「嘘だ。ラピスはエリナが嫌いか?」
「ううん」
即座に首を横に振る。
エリナが嬉しそうに拳を握っていた。
「でもエリナが怖かった?」
「ん」
今度も即答。
ガクッと頭が落ちる。
「それが答えだ。勿論全部がそうじゃないが、ラピスはエリナが好きだが嫌いじゃない、だから困ったんだ」
「…よく、わかんない」
「ああ、そうだな。今は…それでいい。でもな」
これだけは言っておきたい。
「その服は気に入ったか?」
「ん。アキトといっしょ」
「いつも着ていたいか?」
「ん」
「じゃあ、その服を渡された時どう思った?」
「…むねがあつかった」
「それは嬉しかったからだ。ラピスが良かったと…ありがとうと言いたくなったからだ」
「ありがとう…かんしゃのコトバ………エリナ、ありがとう」
「………こっちもよ。楽しかったわラピス。ありがとうね」
「ん。アキト、ありがとう」
「ラピス…そういうときはな」
俺はラピスの頬に両手を押さえる。
「アキトくん!?」
そのまま親指で口の端を持ち上げる。
「ファキト?」
「嬉しい時や楽しい時は、こうやって笑うんだ」
「わら、う?」
……………
手を離すと、ラピスが俺達を見上げながら微かだが笑った。
「アキト、エリナ、ありがと、う」
「………ああ」
反射的に、本当に反射的に俺も笑っていた。
…あの時以来か。
ルリちゃんとの予期しない会合。ほんの一瞬だったが、俺はルリちゃんを見て笑っていた。
「アキト………ルリのこと、かんがえてる」
「ラ、ラピス?」
「酷いわねぇ?ラピスと話してる時に、別の子の事考えてただなんて」
「…いや、それはだな。そういえば、ラピス。なんで俺にも礼言ったんだ?」
く…咄嗟にしても、何を言っているんだ俺は…
「アキトにおはよう言うときも、おやすみ言うときも体が変…だから」
………やぶ蛇だ。
「アキトく?ん」
ああ。本当にやぶ蛇だ。
それから少しの間、俺はエリナにいじられた。
…………………………俺はラピスから、笑顔も奪っていたんだな。
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「…駄目ね」
女はデスクの上に束になった書類を置く。目元に浮かぶ疲労の後が、ここ数日彼女が満足に寝ていないのだろうと感じさせる。
時間が足りない。女は以前にそう言った。
ナノマシンという技術が人体に与える影響と可能性。だがそれは、幾度の失敗と実験によって招かれるものだ。
だが、女が今診ているのは目標が無い実験の結果だ。多量のナノマシンを何種類も打たれた結果、脳に多大な負担を強いる。結果もたらされたのは五感の損失。
「まさか、自分達も理解できていない物-ナノマシン-を投与してたなんてね…」
つくづくあの科学者…いや、下衆は狂ってる。
そう女は思う。
結果として、彼女の患者が行われた実験について、人体に与えた影響を結果として記録されていたに過ぎなかった。幾人の犠牲者を出して…それぞれの結果からどんな効果が伺えるか………女も科学者。だが、これは最早虐殺だ。ジャンプに必要な因子は少しずつ解明されている。
彼らに取って、ジャンプ先を遺跡に伝える事が出来るA級ジャンパーを、人為的に生成する事はクーデターを成功させる為の一つの因子だったかも知れないが、その結果がA級ジャンパーを拉致しての人体実験…当初の目的はクーデターの邪魔をさせない為だったのかも知れないが、それでもその非人道的行為は許しがたい。
「はぁ…」
溜め息も吐きたくなるだろう。
一部とはいえ、女が愛しく思う患者に対する実験内容…加えて、期待していた患者を治す手掛かりが、この様な結果だったのだから。
「時間がないわ…何か見付けないと」
言って、積み上げられた一冊に手を伸ばす。
記録媒体が紙しか無いのではない。映像記録も多数発見残された。見てみたが、数分も経たない内に映像は消える。女と一緒に見ていた一人が投げつけたものによって。
「狂ってる」
漏れでた言葉が耳に残っている。
女もそう思った。
正しい未来の為に協力出来て嬉しいだろう?
そう一人の科学者が被験者に笑いながら言っていた…正しい未来。こんな事の上に立つ未来が正しいと、本当にそう思っているならお笑い草だ。
新たな新薬の製造に犠牲が生じるのは必然…だが彼等は、自らの為だけにそれを行なっている。目的は人を悪魔に変える。だが、そんな事が理由にはならない。
やった事の責任を追うのは自身だ。正常な人間なら、他人に理不尽な死を押しつけたりはしないだろう。そういった意味なら、女の患者…そして関係者も罪を背負った。
ある者は慰謝料を、ある者は己の生を……女もまた、一人の加害者である。だが、女は患者に好意を…愛を感じている。生きていて欲しいと、少しでも長く彼に触れていたいと願う。
それが、患者の意思に背くものだと理解していても。
「…………お兄ちゃん…」
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『マスター…』
…マスターは怒るでしょうか?
『…これで完了ですね』
今私は、格納庫の一室でバッタを制御しながら作業を行なっている。
マスターに嘘を吐いてしまいました…
その事が気に掛かる。しかし、言えばマスターは良い顔をしなかったでしょう…でも、私は…
私は壊れてしまったのでしょうか?
マスターに対して虚偽をしました…本来なら許されません。してしまう事も考えてませんでした。だから問いました。検査を行うのは私ではありません…そう言わなかっただけです………方便ですね。
いや、一プログラムでしかない私がこんな事を考える事自体、可笑しな事なのでしょう。
『結果は真っ白…いや、だからこそ怪しいですね』
コレがあの男に関わりがあるのなら……マスターはどう思うのでしょうか…
『………』
後一歩……越えてしまえば後戻りは出来ないでしょう。下手をすればネルガルからも…
『マスタァ…』
内在する記憶層からマスターのデータを読み取る。
出てきたのは、ラピスを抱き抱えるマスター。
ネルガル重工シークレットサービス(以後NSS〉所属、火星生まれのA級ジャンパー。異常とも言える訓練(と呼べるなら〉を、復讐という感情で乗り越えて目的を遂げる。
戦闘技術はエステバリスを除けばB程度。情報戦もそれほど高い技能は持たない。
ただし、身体能力は過去の実験の副作用で、脳の制御を外れた為か常人を超えた力を出すことが可能。瞬発力や単純な力に関してはA+。
痛覚を失っていることによって、拷問にも等しい機体の制御に成功。
携える弓は戦艦ユーチャリス。射る矢はブラックサレナ。
たった二機とは思えない戦果を叩き出し、ワンマンオペレーションシステムを搭載したユーチャリスの有用性を証明。ブラックサレナに至っては、多対一を前提に作られた異能の機体であり実験搭乗者を幾人も壊している。
ただし常人を超えた力を手に入れた結果。その代償として身体は加速度的に消耗し、生存時間を大きく削った。
私はマスターの、私はマスターの。私はマスターの為に…………私はマスターの為に、何が出来ていますか?
『………ダウンロード開始』
ナノマシンでリンクしたマスターとラピスは二人で一人。ナノマシンという媒介を介してならば、人は真の意味で集合体と成りうる可能性の証明。
「………マ…ス…タァ…」
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