ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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コラボ
~Cross over~
Acceleration;加速
「こ、ども……だと?」
月明りだけが全てを染め上げる《月光》ステージ。
その青白い世界の中で、ところどころに水たまりのように点在する影。そこから滲み出るように、その小さな人影は現れた。
デュエルアバター……ではないように見えた。
黒雪姫の知る限り、あらゆるバーストリンカーの移し身は、ロボットめいた硬質の外見を持っている。中には《ショップ》で買った衣服を纏う者もいるが、おしなべて顔は生身のそれではない。
しかし、遥か前方――――校門から現れたのは、明らかに人間の姿を取っている。
少年だ。幼さと静かな雰囲気が混在し、遠目ではっきりと断言できないが、おそらく小学校高学年あたりだろうか。赤を通り越し、血のような深紅のフードコートの上から被せるように丈の長いロングマフラーを身に着けている。幅広の袖に隠され、手に武器の類は確認できない。
―――ダミーアバターか?
ブレイン・バーストにおける《対戦》には多岐にわたる設定があり、その一つにはアバター自体を、自身のニューロリンカーのローカルメモリ内に保存されたオリジナルのものに置換できる機能がある。なんらかの事情で身元を伏せる、あるいは隠す際に利用されがちなその《ダミーアバター》設定だが、もっぱらその機能はギャラリーとして他人の対戦を観る時に使われる。
というのも、交換されたダミーアバター自体の能力値は、たとえそれが元のデュエルアバターより百倍格好よく、そして強そうな見た目だとしても、レベル1に劣るほどに低く設定されているのだ。
―――舐めているのか。はたまた……
静かに思索を巡らせる黒雪姫を置いて、梅郷中の校門に現れた謎の少年はまるで睥睨するように広いグランドを見回す。
その視線が自分のもとへ巡ってくる前に、ふと黒雪姫は気づく。
校舎の壁に背を預ける自分は今、校舎の落とす黒々とした影の中にすっぽり入っている形だ。月光ステージの特性は数あるが、その中に、影が異様に濃いというものがある。もはや二値化に近いレベルで陰陽別れているこのワールド属性の中で、ただでさえ元から黒いブラック・ロータスをこの距離で見つけろというのは至難の業だ。
咄嗟に影から飛び出し、声をかけるべきか迷った黒雪姫だが、その一瞬の逡巡は直後に断ち切られる。
ぐんっっ、と。
遠目でもはっきり分かる。
広いグラウンドを挟んで真反対の位置にいる少年の視線が、射貫くように黒雪姫を貫くのを。
背筋が凍る、どころではなかった。
四肢の剣が全て砕かれた状態で神獣級エネミーの前に放り出されても、ここまでの悪寒は味わえまい。何か得体のしれない生物に全身をぞるりと嘗め回されたような、そんな根源レベルの恐怖があった。
「――――ッ!?」
見ただけだ。
見つめられただけ。
ただそれだけなのに、王たる《最強》が一歩退くほどの何かを、その少年は放出していた。
じりっ、と黒雪姫は思わず後退する。ブラック・ロータスの移動法はホバー式。そのためボディバランスが極端に弱いきらいがある。そのため、少し動いただけでも視界が多少ブレる傾向にあった。
だが、ブレるとはいえ、それはほぼ誤差の範囲内のようなものだ。人間の目が左右で微妙に見る景色が違うにもかかわらず、それを見た脳が自動的に一枚の画像として吐き出してくれるようなもの。古参として長い間このアバターを移し身として闘ってきた黒雪姫にしてみれば、そんなものは無意識のうちに処理される類のもの――――そのはずだった。
間違っていた。
一瞬でも、目の前の怪物から目を離してはいけなかった。
あるべき所に、誰もいなかった。
思考に空白が生じた直後、思わず胸の前で構えた右腕を伝う小さな感触を黒雪姫は捉える。
少年が、眼前にいた。
広いグラウンドを挟み、七、八十メートルは離れていた彼我の距離。それがコマ落ちした映画フィルムのような気軽さで、飛び越えられた。
「なッ……んッ!!?」
―――移動、した!?バカな、早すぎるっ!何か推進器系の強化外装でも……いや、それなら噴射炎か推進音があるはずだ……!そのどちらもないとなると……ッ。
あまりの急展開に、思考がまとまらない。
一方、触れられるような近距離まで現れた少年のやっていることは割と単純だ。まるで初めて見たかのように、物珍しい光を宿した瞳で右腕の剣を触ったりしている。まるでトランペットを見る少年のような無邪気な仕草だが、それまでの行程を思うと冷や汗が止まらない。
たとえここで、この少年が見つめる右腕を思いっきり切り上げたとしても、掠りすらしないという確信に近い勘が脳裏を支配してしまっている。
仮想の背筋を冷や汗が流れる。
下手なアクションがどんな結果をもたらすか、その推移に即決で予測を立てられなかった黒雪姫は固まった。
その時。
ひとしきり剣の表面を撫でるように触れていた少年の人差し指が止まった。よく見ると、陶磁器のように白い肌に珠のような血が滲んでいる。おそらく刃に触れてしまったのだろう。絶対切断――――正式名称、常時発動アビリティ《ターミネート・ソード》によって、ブラック・ロータスの四肢は物理的接触に全て斬撃属性が乗ってしまう。そのため、たとえ小さな力ででも刃部分に触れるとダメージを負ってしまうのだ。
指が切り落とされたりしなくて良かった、と胸を撫でおろすが、しかし同時に黒雪姫は動揺もしていた。
加速世界における他者への攻撃というのは、アバター外見がメタリックなために、かなり精神的な負担が少ない。したがって、他ゲームの追随を許さないほど高精緻な物理エンジンと描画によって作り出された《出血》という現象に、黒の王であっても心が揺れたのだ。
だが、対して。
謎の少年は何でもないというように、べろりと舌を伸ばし、血の珠を舐めとる。
そして顔を上げ――――
「鯣膯闯벟」
………………………………………………………………………………………………………………………………………あ?
一瞬、黒雪姫は自身の耳がおかしくなったかと思った。いや、この場合実際の聴覚や鼓膜の類は使用されていないので、ニューロリンカーと接続した自身の生体脳を、ということになるか。
決して理解できない言語を、眼前の少年が喋った……のではない。
そういったアナログチックなコミュニケーションのすれ違いではない。もっと深く、複雑な、システムレベルでの食い違いのような何か。
―――これは……、音声データがクラッシュしたようなものか……?いや、何か違う。どちらかと言えば、マイクとスピーカーのデータフォーマットが違うような……。
だが、考えても始まらない。
音声自体は理解不能な状態だが、この流暢な口調からショップにいる加速世界でも数少ないNPCという線も薄そうだ。少なくとも、中に明確な意思を持つ一個人がいる。
意を決し、黒雪姫はこちらを見上げてくる大きな瞳を見据え、口を開いた。
「貴様は何者だ?どうやって梅郷中のローカルネットに侵入した?」
色々と聞きたいことはあったが、まずはそこからだ。同じレギオン員以外は絶対にできない、黒雪姫への対戦乱入。まずはここから紐解いていかねば、今後の学生生活の中で枕を高くできない。
しかし、少年はきょとんと首を傾げるだけだ。眉根を寄せ、自分の耳を確かめるようなそぶりを見せる。
同じだ。おそらくこの少年にも、黒雪姫の声自体は届いている。だが、こちら同様、あちらも音声が判読不能な状態で固定されているのだろう。
これでは話もできない。
どうしたものか、と何度目かの硬直を強いられる。
すると、そんな黒雪姫の反応をどう捉えたのか、好奇心旺盛というようにこちらを見つめる瞳がゆっくりと細められ、口端が死神の鎌のように持ち上がって――――
そして。
ピン、と。
その鼻先に突き付けられた剣先が、その一切の挙動を封じた。
一瞬先に不穏なものを感じ取った黒雪姫が、突き刺すように掲げた左腕の先だ。
「…………」
「すまないな。こちらとしても失念していた。……たとえ言葉が通じなくとも、ここは対戦の場。この場に降り立ったが最後、あるのは闘争しかないと言うのにな」
「……룣膈」
ざらり、と空気の質が変わる。具体的に大気成分に違いはないが、その粘度が明らかに重く、大きくなったのを仮想の肌で感じ取る。
ああ、ああ。なぜ気づかなかったのだろう。
―――驚いていた、だけでは片づけられんぞ。この少年――――コイツは、端から戦う気満々じゃないかッ!!
間近で漂い始める重圧。
まるで初手から戦闘の剣ヶ峰だと言わんばかりのその迫力は、対峙する黒雪姫とてたじろいでしまうモノを含んでいる。まるでレベル8の中でも相当なハイランカー……いや、それこそ《王》クラスと相対しているような緊張感を否応なく叩きつけてくる。
多少詰めすぎだが、この距離は近接戦特化のブラック・ロータスにとっては決殺の間合い。
だが、それを込みとしても謎の少年には隙のようなものを一切見出すことができなかった。それは攻撃にしても、逃走にしても同じだ。仮にここで黒雪姫が体勢の立て直しを図り、退こうとしたとしても、次の瞬間体力バーが消し飛ぶ未来しか見えてこない。
「――――チッ!」
ならば仕方ない、ことここに至っては対戦あるのみ。
先制攻撃を叩き込んでバランスを崩した後、そこからあらかじめ溜めておいた必殺技ゲージを消費して一気に畳みかけよう。
―――反撃の手を出す暇もないほどの連続ラッシュだ。どれ一つ取っても、部位欠損ダメージは免れんぞ……!
久方ぶりの未知に委縮していた心が、闘争心でほどけ出す。
鋭利なV字マスクの下。黒水晶のような半透過アーマーのの向こうで、ヴァイオレットブルーの両瞳が苛烈な光を放つ。
心の奥底から沸き上がった衝動に身を任せ、黒雪姫は夜闇の空気を切り裂くような、研がれたばかりの刃のような雄たけびを響かせた。
「せぇああああああああああぁぁぁっっっッッ!!!」
戦闘は加速する。
どこまでも。
当人達も知覚できない領域で。
後書き
そういえば今回クロスするに至っての理由は、かねてからというのもあったのですが、最近バトル要素がないように感じられたというのもあったりします。
というかGGO編でバトルに燃え尽きて、その反動でALO動乱編で動かなさせすぎたと言いますか……(汗
エセ群像劇に脳みそキャパをもっていかれたような感じで、まぁ要するに静かだったんですよねw
ほんで今回のクロスAW編ではもうちょっと動かしましょ、ということがコンセプトにあったりします。たぶん勘のいい方なら、視点からして分かってそうですが(笑)
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