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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Myth25-A圧倒的暴力と超絶的暴力~Adversa Virtute RepellO~

 
前書き
Adversa virtute repello/アドウェルサ・ウィルトゥーテ・レッペロー/私は逆境を勇気によって跳ね返す
 

 
†††Sideオーディン†††

眠りこけてしまったアギトとヴィータとアイリを用意してもらった寝所で休ませた後、クラウスとオリヴィエと別れた私とシグナムは、2人きりで詰所の通路を歩いている。虫の鳴き声もない静かな夜。ガラスの無い窓枠から入ってくる月明かりは優しく、あと数時間で滅亡の危機に陥ってしまうかもしれないとは思えないほどだ。
議会場へ戻るまでの間、シグナムとの会話は無い。彼女はあまり話好きではないからな。しかし気まずくはならない。それどころか気を遣う必要がないと判っているため逆に心地いい。中庭と通路を繋げるアーチの前で私は足を止める。数歩先に進んだシグナムが「オーディン、どうかしましたか?」と私に振り返った。

「・・・・いや、議会場に戻る前に少し考え事をしようと思ってな」

アーチを潜り中庭へと出る。「では私もお供します」シグナムも私に続いて外へ出た。空を見上げれば雲一つとしてない夜天が広がり、月はミッドチルダと同じ2つ。枯れた噴水の縁石の上に寝転がり、頭の後ろで組んだ腕を枕代わりにして夜天を見詰める。考える事はただ1つ。エテメンアンキを相手に、私単独で攻略できる方法だ。一撃で破壊できる魔道は扱えない。
ならば攻撃を段階的に加えるのはどうか。効果も威力も高い儀式魔術の連発による殲滅。“異界英雄エインヘリヤル”による包囲攻撃。だがどれを成してもエテメンアンキのカレドヴルフによる報復攻撃を受け、全滅か・・・。
そもそも攻略に必要な戦力を“英雄の居館ヴァルハラ”や“英知の書庫アルヴィト”から召喚する魔力が扱えない。魔力放出だけならガンガン行けるが、魔道発動に変換するとアウトだ。

「結局、問題は魔力の制限になるのか・・・!」

その問題が解決できさえすれば、私単独でカレドヴルフの対処が出来るはずなんだ。

「こうなれば記憶を犠牲にしてでも・・・」

「いけませんっ!」

私の足元の方に腰掛けていたシグナムが急に立ち上って叫んだため「うおっ?」驚いて縁石から地面に転がり落ちた。「大丈夫ですかっ?」と心配して手を差し伸べてくれるシグナムに「あはは、格好悪いところを見られたな」苦笑いで応じて、手を取って立ち上る。しかし「何で急に叫んだんだ?」気になるのはそれだ。だから2人で縁石に座り直して、シグナムにそう訊ねる。

「何でも何もオーディンが、記憶を犠牲にしてでも、と仰ったので」

「・・・声に出してたか・・・?」

「はい。ハッキリと」

「あー・・・すまない」

無意識にポロッと零していたようだ。シグナムは「考えましょう。貴方が犠牲にならない方法で、エテメンアンキを破壊する方法を」と真剣な、そして諭すような目で真っ直ぐ私を見た。しかし、と口答えをするかそれとも、そうだな、と素直に頷いておくか。正直無傷で成し遂げられるほど甘くはないんだ、エテメンアンキ攻略は。
ただ今は「そうだな。そうならない方法、まだ見つかっていないだけかもしれないしな」とシグナムを安心させたい。それを聞くとシグナムは「はい。約束ですよ」と安心したように微笑みを見せた。それから少しの間、シグナムと寄り添うように縁石に座って思考を巡らせたが、まったく思いつかなかった。

「・・・会議再開の時は、アウストラシアの騎士が迎えに来てくれるそうだが・・・」

「その前に戻りますか?」

「・・・いや。もう少し考えたい。この辺を少し歩いてみようと思うんだ。すまないがシグナム。手間になるがアギト達のところへ行ってくれるか? 迎えの騎士が来て、あの子たちが起きてしまうのも可哀想だ」

「そうですね。判りました。それでは失礼します」

一礼して寝所へ戻るシグナムの背中が見えなくなるまで見送り、散歩を再開する。歩を進めた矢先、「見られているな」どこからともなく視線を感じた事で、周囲に気を巡らせる。ダールグリュン帝じゃないな。この視線にはなんと言うか緊張が含まれている。仕方なく「あまりじろじろ見られるのは嫌なんですけどね」と立ち止まり、私を見ている誰かに語りかける。

「あ、ごめんなさい」

幼い少女の声が背後から聞こえた。振り返ると・・・本来の姿になっているイクスヴェリアが佇んでいた。ヴィンツェンツ王子は・・・まだ隠れて私を見ているな。

(イクスヴェリアを私の元へ寄越した目的はなんだ・・・?)

とりあえずは「どうしたんだい?」目線を合わせるためにしゃがみ込み、そう訊ねる。やはり王としての格を持っているイクスヴェリアはオドオドせず、

「お初にお目にかかります。わたしはガレアの王女フィロメーラと申します」

堂々と正体を偽った。あくまで正体を隠すというのなら付き合うしかないか。

「私はシュトゥラの食客・・と言えばいいのだろうか? まぁシュトゥラに協力させてもらっているオーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードです」

イクスヴェリア・・・フィロメーラが差し伸べた右手を取り、握手に応じる。フィロメーラからの「少しお話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」というお誘い。私に向けられているヴィンツェンツの視線には気の所為かもしれないが、応じろ、と含まれているような・・・。元より「はい、構いませんよ」なためそう応じ、先ほどまで座っていた噴水の縁石に座る。フィロメーラも座ろうとし、その前にコートを脱いでシート代わりに敷く。

「あの・・・」

「どうぞ。綺麗な服を汚すわけにはいかないから、よろしければコートの上に腰掛けてください」

「あ・・ありがとうございます。失礼します」

少し戸惑いながらも私のコートの上にちょこんと座ったフィロメーラ。さて。どのような話があるのか聞かせてもらおうか。と思っていたんだが、なかなか話が出ない。だったら「お話とはなんでしょう? フィロメーラ王女」こちらから切り出す事にしよう。

「はい。・・・騎士オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。貴方はシュトゥラに協力しているとの事ですが、もしシュトゥラと同盟を結べば、その同盟国も守っていただけるのですか?」

あぁなるほど。私の“力”が欲しいのか。

「私の力など無用でしょう。クラウス殿下よりガレアの王――イクスヴェリア陛下の御力は聞き及んでいます。イクスヴェリア陛下の屍兵器マリアージュがあれば、戦場では事が足りるはず。戦場で死んだ屍を利用した人型兵器。戦場ではさぞ絶大な効果を発揮するでしょう」

そう言うと、明らかにフィロメーラの表情が悲しげなものに染まった。いや、フィロメーラとしてではなく、マリアージュを生み出し管理するイクスヴェリアとしての顔だ。
フィロメーラは意を決したように「イクスヴェリア陛下は、残虐非道の王だと言われていますが、本当は・・・」そこまで言って口を噤んだ。さすがに自分自身であるイクスヴェリアの汚名を庇うようなセリフは言えないか。「どうしました?」と訊ねると、フィロメーラは首を横に振るのみ。

「・・・いいえ何でもありません。騎士オーディン。先ほどの返答、いかがでしょうか」

「1つ質問があります。その質問に返答を頂ければ、私も答えましょう」

「・・・どうぞ」

私の問いへの返答いかんによって、私がガレアに協力するどうかが決まると見たフィロメーラは少々緊張してしまっている。

「私の“力”を求めようとしたのは、イクスヴェリア陛下か? ヴィンツェンツ王子か? それとも・・・あなたの判断ですか? フィロメーラ王女」

フィロメーラは真っ直ぐ私の目を見詰め、深く考え込み始めた。ああ、君の本心を聞かせてくれ。咄嗟の嘘くらいならば見破れるぞ。2万年と培ってきた人を見る目は伊達じゃないからな。

「貴方を求めているのは、イクスヴェリア陛下であり、そしてわたしでもあります」

「(彼女自身が私を求めている、か)・・・そうですか。ならば約束通りお答えします。私がシュトゥラに協力しているのは、私の生きる目的がイリュリアに巣食っているからです」

私がベルカの人間でない事も、“堕天使エグリゴリ”の事も、シュトゥラに協力している理由も、話す。そして「イリュリアを潰し、エグリゴリを全機救えば、私はシュトゥラを離れます」とも。当然だ。ベルカ戦争にこれ以上関わると、確実に歴史が変わるだろう。
元よりアースガルド・グラズヘイム城にて時間凍結封印を施されている私の肉体に不死と不治を掛けた堕天使ガーデンベルグを救えば、そう時間を置かずして私は世界から消える。“神意の玉座”との取引も終わり、“界律の守護神テスタメント”として留まる事はもう出来ない。だからエリーゼの想いには応えられないし、クラウスの手伝いは出来ない。

(ヴィータ達との約束・・・戦っては死なない。あぁ死なないさ。ただ役目を終えて消えるだけだ)

“神意の玉座”から解放されたルシリオンの本体である精神体は肉体へと戻れる・・・。それから“英雄の居館ヴァルハラ”に封印しているシエル、カノン、シェフィの遺体を他のアンスールと同じように霊廟に移して、魂を解放。・・・その後はどうなるだろうな。もう生き続ける理由は無い、な。いっそ自害でもするか。私の肉体を守り続けてくれているはずのフェンリルには悪いが。

(だってもう生きているのが辛いんだ・・・!)

2万年も存在してしまうと、生きる事に飽きてくる。

――有限は体を縛り、無限は魂を縛る――

有限無き無限と永遠の生の果て、幾度もの出逢いが霞むほどに幾度もの別れを重ね、それでも在り続ける事などただの苦痛でしかない。肉体に戻り、すぐさま自害をしようとした時、フェンリルはどういう反応をするだろうか。あぁ何ならフェンリルと結婚でもしようか。
いつかの契約で、人の姿になれる賢狼ホロと行商人のロレンスも、種族の壁を越えて結ばれていたしな。あの子たちは元気でやっているだろうか。いつか必ず失う事なるだろうその思い出をいったん区切り、現実に目を向ける。

「ですからシュトゥラと同盟したおまけに私は付いてこないですよ。フィロメーラ王女を含めガレアがクラウスの夢に協力してくれるのはすごく嬉しいですが」

「クラウス殿下の夢、ですか?」

「ええ。ベルカから戦を無くし、誰もが笑っていられる平和な世界を築く。しかも他の国を戦禍で滅ぼす事なく。まぁ最初の辺りは戦う事になるでしょうが、それでも最後には解り合って手を取り合い、そして築く平和」

「それはまた随分な理想論ですね」

「ええ、まったく。甘えた考えです。ですが――」

私の言葉を継ぐように「わたしも、そんな世界を見て・・・いいえ、築きたいです」フィロメーラは微笑んだ。ガレアの王(正式な王位じゃないだろうが)であるイクスヴェリアが、シュトゥラとガレアの同盟に協力してくれれば、クラウスの夢はまた一歩現実に繋がるはず。
聖王家のアウストラシア、冥王家のガレア、のちに覇王の名を持つ事になるクラウスのシュトゥラ、この3ヵ国が協力すればきっと・・・。だが、それは叶わない事を私は知ってしまっている。こういう時により強く思う。

(未来など知っていなければいいのに・・・!)

そうだったら心の奥底からクラウスの夢を応援できるのに。フィロメーラに「どうかなさいましたか?」と訊かれ、私は「いいえ。何でもありませんよ」と努めて微笑む。私は立ち上ってフィロメーラの前に立ち、頭を下げる。

「そういうわけですので、私はイリュリア戦争後、おそらくベルカには居ません。ですからガレアの御力になる事も出来ないでしょう」

「そうですか。判りました。残念ですが、貴方を迎え入れるのは諦めます」

フィロメーラは本当に残念そうに言って立ち上がり、私のコートをわざわざ畳んで差し出してきた。それに礼を言って受け取り、袖に腕を通す。そして「それでは騎士オーディン。お話が出来て嬉しかったです」フィロメーラはスカートの裾を僅かに上げて一礼、踵を返して去って行った。それと同時にヴィンツェンツの視線も外れた。警戒されっぱなしだったなぁ、ホント。また1人になり、月を見上げて改めてエテメンアンキ攻略を考えようとした時、

「騎士オーディン様。お時間になりました。議会場の方へお願いします」

甲冑を着込んだアウストラシアの騎士が呼びに来た。「判りました」と答えて、その騎士と共に議会場へと向かう。途中でシグナムと合流。アギト達はやはりぐっすり眠っていて起こせないそうだ。最後のT字の合流地点でクラウスとオリヴィエと合流し、議会場へと入る。ヴィンランド、シュヴァーベン、ヘルウェティアの代表3人はすでに議会場入り。で、ダールグリュン帝は議会場を出た時と変わらず足と腕を組んだまま考え込んで・・・・ん?

「・・・・Zzzz」

眠りこけてるダールグリュン帝の姿に「眠ってる・・・?」力が抜けそうになる。オリヴィエは「時間が時間ですし。ふわぁ、私も少し眠いです」と小さな欠伸と苦笑い。そしてクラウスは「なんとも起こし辛いですね・・・」と少し腰が引けている。気持ちは解る。誰だってそう思うだろうな。三連国バルトの主格であるウラル国の皇帝だ。
そんな男を起こせる勇者はそうはいないだろう。騎士たちも困っている様子だ。あぁ仕方ない。ダールグリュン帝の傍に歩み寄り、「ダールグリュン帝。時間です」と揺さぶる。代表3人や騎士たちが「うわぁ、勇気あるなぁ」「勇者だ」などなど私の行為に称賛を送ってくる。

「む? おお、魔神か。いかんな、居眠りをしていた」

寝起きがいいのが幸いしたな。もし悪ければ、バトル突入になっていたかもしれない。いつぞやの契約先世界で、私が仕えていた半狼半人の御令嬢(寝起き最悪すぎる)を起こした際、刀で斬り殺されそうになったものだ。

「遅れて申し訳ありません」

謝罪の言葉と共に入ってきたのは、ヴィンツェンツと変身し直したイクスヴェリアだった。全員が円卓に座し、日を跨いでの会議その2の開始だ。とは言え、話の内容は変わらない。ポロッとドルテ王女が漏らした、民を優先するために降伏するか、あくまで徹底抗戦か、という言葉に・・・議会場は揺れた。民の命優先。国を治める王族として最も重要な事柄だ。クラウスとオリヴィエが悔しそうに拳を握り締めたのが見えた。

『・・・・(ここまでか)シグナム・・・』

『はい、何でしょうオーディン』

『先に謝っておくよ。君との約束、破ってしまう事を』

『まさか・・・いけませんっ!』

「『すまない、シグナム』・・お集まりの皆さんに、私から1つ提案させてください」

†††Sideオーディン⇒????†††

エリーゼの身代わりとしてイリュリアへと拉致された私。私の大切な妹分のエリーゼを求めていたのは、女王となっていたテウタだった。口づけした相手に魔力を供給できる能力を持つエリーゼを、オーディンさんから引き剥がす事が目的。エリーゼとオーディンさんを引き剥がすのはダメ。あの子の恋を邪魔したくない。それに、

(これ以上、アムルを傷つけさせないわ・・・!)

口づけされた怒りと悲しみを、使命感で捻じ伏せる。テウタを護る騎士団総長グレゴールや騎士が居なくなった今、テウタを暗殺する絶好の好機だわ。私が身構えているのを恐怖心からだと思い違いをしたテウタが「そう身構えなくても取って食べようとは思いませんから」と微笑んで、堂々と背中を向けた。“アインホルン”を音もさせずに起動する。不死身じみたグレゴールには通用しなかったけど、

「はぁぁぁぁああああああああああああッッ!」

――バリサルド――

いくら強者でもあんな隙だらけの背中なら、一刺しでその命を刈り取れるわ。細身の刀身に雷撃を纏わせ、テウタの背中に“アインホルン”の剣先を突き入れた――はずだった。

――影渡り(シュルプリーズ)――

「え・・・?」

私とテウタの間に在る私の影から1人の少女が現れて、雷撃をものともせずに“アインホルン”の刀身を鷲掴み、テウタを救った。

「わざわざありがとうございます、レーゼフェア様。ですが、そのような事を為さらずとも私は平気でしたよ?」

テウタが、様付で呼んだ。その事実があまりにも衝撃で、私はテウタにナメられていた事なんかより、私の一撃を防いだ少女にだけしか意識が向かわない。テウタに、レーゼフェア様、と呼ばれた少女が「にゃはは、それはごめん。まっ、僕も大丈夫かなぁって思ったけどさ」と私に振り向きながらそう笑った。第一印象は猫ね。真紅の双眸も、艶やかな唇も猫っぽい。でもそれ以上に、

(この子、なにっ・・・!?)

本能的な恐怖で体が震える。「えっとさ、そろそろ雷撃止めてくれると嬉しいかなぁ」と口端を吊り上げて、さらに猫のように見え始めた。ほんわか雰囲気を発しているのに、とても可愛らしい笑顔なのに、私にはただ恐怖しかない。だからすぐに雷撃を武装に纏わせる魔導バリサルドを解除する。するとレーゼフェアが「ありがとね~」と“アインホルン”を離してくれてた事で私は一足飛びで大きく距離を開けた。

「エリーゼ卿は戦闘が出来ないって話のはずなのだけど・・・。あぁ、エリーゼ卿本人ではないという事ね。なら、貴女・・・誰?」

バレた。こうなれば改めて決死を覚悟して、「カスパール!」再度雷撃を纏わせた“アインホルン”を振るって、雷弾を8基放つ。レーゼフェアは「おおう」と驚きを見せ、そのまま佇んでカスパール全基の直撃を受けた――かのように見えたけど、当たる直前で消えた。障壁!? それにしては不自然な消え方で。防がれた、弾かれたというより消滅したと言った方がしっくりくる。

「ランクは大体AAAくらいかなぁ~。確かにテウタには通用しないよね」

「申し訳ありません。どうぞお下がりくださいませ、レーゼフェア様。私が相手をします。・・・さて。貴女がエリーゼ卿の偽者と判った以上、貴女にはもう用は無い。イリュリア女王たる私を殺そうとしたのだから、もちろん反撃される事も覚悟の上なのでしょう?」

テウタの魔力が膨れ上がったと思った時には、すでに私の懐深くにまで最接近していた。体勢からして肩からの突進。一瞬でそう判断した。けど体が思考についていけない。ただ瞬間的に、前面に障壁を展開。

――夢影・弐乃打ち方・連拳――

テウタはその場で半回転、障壁に裏拳を打ち込んだ。確かにそう見えた。だけど信じられない事にテウタが何人も居る。実際に見ているのに、テウタの姿は1人じゃないのだ。まず初撃の1人。初撃のテウタが消滅したかと思えば、二撃目の裏拳を打ち込んできた2人。2人目が消えたと思えば三撃目の裏拳を繰り出す3人目。障壁はその3人目の裏拳で砕かれ、4人目と5人目、最終的には9人目までの裏拳を胸部に打ち込まれた。

「ぐふ・・・っ!!」

変身の魔導の副次効果である防御力強化と騎士甲冑本来の防御力のおかげで意識は落ちず、殺される事もなかったのだけど。でもテウタの攻撃はそれで終わりではなかった。胸から背中へと突き抜ける9連撃の衝撃で呼吸困難になった私の顔面へ蹴打を繰り出してきた。直撃は確実に致命傷。そう思えるほどの威力だと肌で感じ取れる。

「待つんだ」

突如として目の前が真っ赤になった。ゲホゲホ咽ながらもなんとか後退。離れた事で全体が見えた。私とテウタの蹴打の間に入ったのは、真紅の大剣だった。息を整えつつ私を救ってくれた?大剣の持ち主に目をやる。真っ先に目につくのは銀髪だった。ベルカではそう見ない髪色。オーディンさんと同じ色。そう思うと、大剣の持ち主の青年がどこかオーディンさんに似ているように見えた。

「ガ、ガーデンベルグ様! 申し訳ありませんでしたっ!」

テウタが顔を蒼くしてかしずいた。いよいよこの青年――ガーデンベルグが只者ではない事が見て取れる。ガーデンベルグの持っていた大剣が無数の深紅の羽根となって消えた。そして、

「驚いた。君、アルベルトゥス・フォカロルの血族か」

気付くとガーデンベルグは私の右頬に触れていた。だけど身動きが出来ない。でも思考だけは働く。アルベルトゥス・フォカロル。幼少の頃、エリーゼの御父上エーベル様に引き取られる前、実の祖父母に、禁句だよ、と言われていた名前。

「テウタ。彼女を殺害するのは待ってくれ。神器王ルシリオン・セインテスト・アースガルドを討つ駒にしたい」

「はい。ガーデンベルグ様の御意志のままに」

ルシリオンとは誰? 誰とも知らない人を討つために、私を利用するの? そう思う反面、セインテスト、という名前に、まさか、という思いも生まれる。オーディンさんと同じセインテスト。そしてベルカでは見ない銀髪をしたガーデンベルグ。オーディンさん、私たちに嘘の名前を騙ってる? ルシリオンと言うのが本当の名前・・?

「アルベルトゥス・フォカロルの血族よ。今こそ目醒めの刻」

私とガーデンベルグの足元に、純白の光が生まれた。それは魔法陣。発光量が凄まじすぎてどういった形状の魔法陣かは判らないけれど。

「え?・・・う゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!」

強烈な頭痛に叫び声を上げる。何か、何かが頭の中に流れ込んでくる・・・? ベルカ? ううん、違う。ベルカよりももっと寂しい鈍色の空。すぐ近くには広大な海。海面の至る所から爆発が起き、水柱を噴き立てている。時には剣やら槍やらいろいろな武装が勢いよく海面へ落ちていく。何が起きているのか確認するために辺りを見回そうとするけれど体は動かない。何故? それに、

「エレウシス様にも困ったものね」

私の口が勝手に動いた。口調が違って、声も私のものより大人びている。

「まったくだわぁ。孤人戦争ルシリオンさまってぇ、シュゼルヴァロード家の双姫さまやぁアルファデウスのお転婆姫さまのぉお客様でしょぉ~♪」

ゆったり間延びした、ちょっとイラッとくる口調をした少女の声が隣からした。首が勝手に動く。その少女を見て、愕然となる。上半身は人間。でも裸。胸は鱗のようなもので隠れているけど。背中からは4枚の翼。片方は鳥の羽、もう片方はコウモリの羽。そして下半身が、伝奇で見たような竜の尾。

「孤人戦争? 神器王ではなかったかしら・・・?」

「どっちでもいいじゃない。結局、同じ人間のことなんだし」

「うんうん。そのルシリオンってぇ人間なのにぃ、最下層魔界の魔族相手によく持つよねぇ」

「彼、魔術師でしょ。元々私たち魔族の専売特許だった魔術を、人間の棲む表層世界にもたらした原初王オーディンの末裔と聞いている」

シュゼルヴァロード。オーディン。その末裔のルシリオン。途轍もない何かを生み出す欠片が集まってくる気がしてならない。

「ルシリオン、今人間やめてる。自分と恋人で生み出したエグリゴリっていう子供たちに殺されたって話で、今はテスタメントになってる」

「テスタメントって世界の奴隷じゃない。お可哀想にルシリオン様。散々こき使われて、いつか壊れてしまうわ」

「それほどまでに復讐したいのではなくて? 自身どころか恋人や家族をも殺されたって話よ」

まったく同じ格好の魔族?という連中が、ルシリオンについてわいわい話し続ける。理解できない単語ばかりだというのに、私には何故か意味ある欠片として組み上がっていく。そして、一際大きな爆発が海上で起こった。立ち上った水柱からここへと何か黒い影が飛んでくるのが見える。
周り連中が「終わったようねぇ」「こりゃルシリオン様の負けね」と1ヵ所に集まって、空から落ちてくる何かを受け止める態勢になる。私もその1人だ。徐々にソレが何か判る。人だ。長くきれいな銀髪。全身が黒い服に包まれていて・・・。サッと私たちが受け止めたソレは間違いがなく、

(オーディンさん・・・!)

「負けた。さすがは大海の竜アルベルトゥス・フォカロルの当主エレウシス、強いな」

「ルシリオン様ぁ、私たちを甘く見過ぎだよぉ」

銀髪、蒼と紅の虹彩異色、男性なのに女性みたいな貌、声、そのどれもがオーディンさん。なのに誰もが彼をオーディンとは呼ばず、ルシリオンと呼ぶ。私たちの知るオーディンさん。あなたはいったい何者なんですか・・・?

「ルシリオン様も大変ですね。世界の奴隷になってまで復讐をするなんて」

「復讐、か。最初の千年はそうだったが、エグリゴリへの復讐はもう考えてない。今はただ救いたいんだ。洗脳されていたとはいえ、その手で家族を殺してしまったあの子たちを。そのためなら奴隷だろうとなんだろうと、数千年・数万年掛かろうと、私は戦い続ける」

ルシリオンの決意に満ちた横顔は、まさしくオーディンさんのものと同じ。意識はそこで途切れ、次に意識を取り戻した時、私はオーディンさんと水中戦を繰り広げている最中だった。オーディンさんを傷つけ、化け物の体に変えられた私は、殺してください、と死を求めた。

――生きることを諦めるなッ――

――ああ、助けるさ!――

――ああ、そうだっ、君は人間だ!――

――もう少しだ! がんばれ、アンナ!――

でもオーディンさんはそう励ましてくれた。そこには何一つとして嘘はない。だから信じよう。あなたの正体がオーディンではなくルシリオンであったとしても。











「・・んぁ・・・・ここは・・・?」

長い夢を見ていた。なぜか流していた涙を袖で拭い、現状を確認する。私は今、寝台の上に寝かされている。寝台の寝心地や部屋の天井のデザインからして、シュテルンベルクの屋敷ではないことが判る。少し気怠いけれど上半身を起こし、窓から外を眺める。アムルじゃない。街の外観からして隣街のヴレデン。
状況を知るためにモニカかルファに思念通話を繋げようとするも、「魔力が空っぽだわ」諦める。しょうがなく部屋を出る事にした。寝台から足を出し、「元に戻ってる・・・!」竜の尾ではなくちゃんと私の両足だった。

「オーディンさん・・・本当にありがとうございます」

改めてオーディンさんに感謝をし、寝台の傍に置いてあった靴を履く。歩けることに感動を覚えつつ部屋を出る。廊下は消毒液臭いため、ここは病院・・? とりあえず外へ出てみることにした。陽の高さからして夜が明けたばかり。
少し辺りを歩いていると、「そんなの嫌ですッ!」悲痛な叫びが聞こえた。「エリー・・・?」の声で間違いない。声のした方へと向かう。その間にも、「なんでそんな事を言うんですか!」や「嫌ったら嫌です!」エリーゼの叫びが続く。
辿り着いたのは、早朝と言う事もあって閑散としている公園。その中央で、エリーゼが1人ジタバタ暴れながら喋っていて、「え? なに?」少し引いた。

「エリー・・・」

「――の馬鹿ッッ!・・・って、アンナ・・・?」

私の声に反応して振り向いた泣き顔のエリーゼに「・・・おはよう、エリー」と挨拶をする。するとさっきまでとは打って変わって「アンナ・・・アンナ!」目の端に涙を浮かべながらも満面の笑みとなって私に駆け寄り、「アンナ!」飛びついて来た。しっかりと受け止め、「エリー。どうしたの?」と今しがたの独り言について訊いてみる。

「え?・・・あ、うん、そう聴いてよ! オーディンさんが馬鹿なの!」

『馬鹿て・・・。待ってくれ、エリーゼ』

どこからともなくオーディンさんの声が。というか「何? この胸の高鳴りは・・・?」オーディンさんの声を聴いただけで心臓が早鐘を打つ。それに顔も火照りだして。まさか・・・嘘、そんな・・・私、オーディンさんに・・・・

「オーディンさん、馬鹿じゃないですか! エテメンアンキ攻略の為に、犠牲になるなんて!」

まずそのエテメンアンキというのは何なのかしら? 攻略と言うからにはイリュリアの兵器か騎士団か、あるいは融合騎か。

『誰も犠牲になるとは言っていないだろう。多少の記憶消失は免れないだろうが、何千万と言う人命を救うのなら安い代償だ』

「その代償の中に、わたし達との思い出が在ったらどうするんですか!」

エリーゼの言葉に心臓が跳ねる。オーディンさんに忘れられる。それがすごく恐ろしい。ダメだわ私、やっぱり・・オーディンさんに恋してる。どうしよう。叶わない、叶えるわけにはいかない想いなのに。ドキドキしながらオーディンさんの声がする場所に目をやる・・・ん? 小鳥が一羽・・・?

『大丈夫だよ、エリーゼ』

小鳥が喋った・・・って、あ、使い魔か何かなのね。 エリーゼは小鳥を介してオーディンさんと話をしていたわけか。こんな便利なモノがあるなら、もっと以前から使っていればよかったのに。

「そんな根拠のない、大丈夫、を言われても安心なんか出来ませんっ! アンナからも何か言ってあげてよっ。オーディンさん、無茶ばっかりして、きっと壊れちゃうよっ!」

エリーゼの必死さ、そして私自身の受け入れがたい恋心。それらの想いと一緒に「自己犠牲などがカッコいいと思っているんですか? 確かに馬鹿ですね」つい冷たく言い放ってしまったわ。心のうちで、もっと言い方というものがあるでしょ、私の大馬鹿、などと頭を抱える。

『あはは、いつも通りのアンナのようで良かったよ』

「っ・・・!」

オーディンさんが私の身を案じてくれている。ダメ、にやけてしまう。必死ににやけるのを抑えつつ、「はい。心身ともに問題ありません。助けて下さってありがとうございました」努めて口調は冷静に(内心は心臓バクバクで狂いそう)して礼を言い、

「オーディンさん。自己犠牲なんかカッコよくありません。一体どういった経緯でその結論に達したのか、今起きたばかりの私には判りません。ただ、あなたのその行為によって助かる人もいれば、悲しみ苦しむ人がいるのは忘れないでください」

「アンナの言うとおりですよっ」

『と言われてもな。もう手が無いんだ。クラウスやオリヴィエ王女殿下、ダールグリュン帝やイクスヴェリア陛下らも困っている』

とんでもない名前が出てきてクラッとなる。そしてオーディンさんから語られる、私の知らないベルカの現状。

(私がイリュリアに拉致されてからたった1日でこうも状況が逼迫するだなんて・・・)

ミナレットに続いてエテメンアンキなんてふざけた兵器が、今日の正午、テウタからの降伏勧告を受け入れなかった国を蹂躙する・・・。それを防ぐためにオーディンさんが、自分の持つ魔導でどうにかしようと必死になって。その対応策には膨大な魔力が必要なのだけど、オーディンさん個人の全魔力を使って足りる量らしい。だけど、その魔力を生み出している中で魔導を発動すると、記憶が消失。

『――魔力供給が連続で行えればいいが、エリーゼの能力の使用限界回数は1日2回。発動から維持となるとそれでは追い付かない。なら・・・・仕方ないじゃないか』

諦観めいたオーディンさんの声が小鳥から零れる。エリーゼが「ごめんなさい」と頭を深く下げた謝ると、『エリーゼは何も悪くないよ』優しい声色で諭すオーディンさん。何か良い手が無いかと必死に思考を巡らせる。正直オーディンさんでも諦めているとなると、私の頭では考えられないかもしれないわ。

「わたしと同じ魔力供給できる能力を持つ人がもっと居ればいいのに・・・」

「魔力核を2つ持っていて、それを口づけだけで相手に供給できるなんて便利な能力、そうそう無いわ」

「そうだよね・・・。えっと、それじゃあ・・・う~ん・・・」

『もういいよエリーゼ。それにアンナも。気持ちだけ――』

「いいえ、ダメです!」

ピシャリとオーディンさんの言葉を遮る。エリーゼが少し驚いているけれど、今はオーディンさんの記憶を失わない方法を探すのが重要だわ。

「連続供給が出来ればいいのですよね。確かオーディンさんは魔力吸収の魔導を持っていましたね・・・?」

『ああ。女神の救済(コード・イドゥン)という魔道があるが・・・。ん? 待てよ・・・。もしかして・・・いや可能かもしれない』

オーディンさんが何か閃いたようで、少し黙り込む。エリーゼと顔を見合わせ、オーディンさんの言葉をじっと待つ。そして『エリーゼ。アンナ』名前を呼ばれ、「はい」エリーゼと一緒に返事をする。

『君たちのおかげで何とかなりそうだ! ありがとう、感謝する! 大好きだ2人とも!』

オーディンさんに、大好きだ、と言われ、私はもう嬉しすぎて何も言えなくなってしまった。エリーゼだって「はぅぅ」耳まで真っ赤にしてもじもじしている。そんな事などつゆ知らずオーディンさんは『エリーゼ。君に頼みたいことがある』そう前置きし、エテメンアンキ攻略についての簡易な計画案を私たちに話した。
正直、「そ、そんな事が出来るんですか!?」「それこそ無茶・無理・無謀ですっ!」だわ。ちなみに前者はエリーゼ、後者は私の発言よ。オーディンさんが計画で行おうとしているのは、もはや人間業じゃないもの。

『ふふ。これでもかつては孤人戦争と恐れられたほどの猛者だったんだぞ私は』

孤人戦争と恐れられていた。その言葉に、あぁ間違いない、と一気に覚める。オーディンさん、あなたはやっぱりルシリオン・セインテスト・アースガルドさんなのね・・・。

「孤人戦争・・・ですか?」

『私個人の有する魔道の火力が、独りで戦争を戦い抜けるだけのものだという事で付けられた、ある種の忌み名だ』

「そ、それはまた凄そうですね・・・」

エリーゼの戦慄を余所に、私は「その計画は、どの国、どの地域で行いますか?」と尋ねる。

『今からクラウス達と話し合って決める。場所が決まり次第、もう一度連絡をつける。それまで待っていてくれ。・・・それでだエリーゼ、その――』

「オーディンさんのお役に立て、そしてエテメンアンキ攻略の重大な役目を担う事が出来るんです。それって、とても光栄な事ですよ」

『ありがとう』

オーディンさんの感謝の言葉を最後として小鳥がチュンチュンと本来の鳴き声を出す。

「ねぇ、エリー」

「ん? なぁにアンナ」

「・・・・ううん、何でもないわ。オーディンさんの計画に備えて、ご飯をたくさん食べて少し休みましょ」

「うんっ♪」

今はまだ私の胸の奥に閉じ込めておこうと思う。私がオーディンさんに恋をしたこと。そしてオーディンさんが、名前――正体を偽っていて、最悪人間ですらないナニかだという事も。
 
 

 
後書き
タロファ。
・・・ええ、判ってます。判っています。みなさん、今話を呼んでこう思っているはずです。

「全然話が進んでねぇじゃねぇかッ!!」

まったくもってその通りでございます! 進んだのはアンナの想いだけですっ!
前半のオーディンとイクスヴェリアの会話・・・要らなかったかも!
後半のアンナの夢と言う形での回想・・・アレは決戦前にやっておきたかった――というよりはここしかなかったですっ。
一応、前後編という形を採用し、同じサブタイトル二話を一話として話が進んだのだ・・・なんて・・・言い訳みたいなことを言ってみたり。
ごめんなさい、石を投げないでください。もうあまり予告は信じないで下さい(泣)
次話の後編にて、孤人戦争の能力を発揮するオーディン。いよいよエピソード・ゼロも終盤です。
 
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