うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~
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第13話 スカイハイ・キャットファイト
同時に飛び立ち、ビッグベンを目指して空中を翔ける機械仕掛けの天使達。だが、その競技には早くも大差が生まれていた。
フィリダが建物の上を飛んで移動しているのに対し、かりんは路地裏の狭い道を低空飛行で駆け抜けている。上昇するための微かなタイムロスがない分、かりんの方が遥かに先を行っているが――当然、障害物だらけの道を行くかりんの方が、危険は多い。
「なんて無茶をッ……!」
「無茶に見えるのは、あなたに真似できる技量がないから――でしょう? だって、私は――」
だが、彼女はそんな状況の中でも涼しげな表情を崩すことなく――鮮やかに路地裏を抜け出してしまった。まるで、映画のアクションシーンを見ているかのような光景に、フィリダは絶句する。
普通のペイルウイングなら、確実に衝突事故を起こすような挙動を繰り返していながら――どこかに掠める気配もなく、地の利もないロンドンの路地裏を、危なげなく駆け抜けてしまう。
「――義兄さんのためなら。なんでも出来るんだから」
「……ッ!」
「義兄さんの強さに甘えることしか出来ない、あなたとは違ってね」
そんなかりんの実力は――間違いなく、自分を凌いでいるからだ。
挑発的な笑みを浮かべ、振り返るかりんに対し、フィリダは薄い唇を強く噛み締める。
あくまで市民の安全を優先して高所を移動しているフィリダに対し、かりんは1秒未満のタイムを縮めるため、危険を顧みず最短のルートを疾走していた。
フィリダも徐々に追い上げてきてはいたが――2人の間にある距離は、未だに長い。
(足りない……私の気持ちが、足りないとでも言うの!?)
だが、フィリダの表情に諦めの色はない。その脳裏には、想いを捧げた男と共に過ごしてきた復興の日々が巡っていた。
強く拳を握る、彼女の真紅の瞳が――余裕の笑みを浮かべる後輩の背を射抜く。
(違う! 私は、リュウジだけが全てじゃない。私は……彼と2人で、この街を守って――この街のみんなを、笑顔にするために戦ってきた! リュウジのことしか頭にないあなたとは、背負っているものが――違うのよッ!)
噴き上がる激情のまま、フィリダは桃色のブロンドを靡かせて――バーニアを加速させる。その強い眼差しは、確実に目標を捉えていた。
「見てあれっ! 『白金の姫君』フィリダ・エイリング様よっ!」
「キャーッ! フィリダ様ぁあッ!」
「一緒に飛んでる子は誰なんだ!? すごい速さだぞ!」
「あのフィリダ様と、互角のスピードで飛んでる!?」
そんな彼女達の勇姿を地上から見上げ、この決闘の経緯を知らない民衆から歓声が上がる。だが、パフォーマンスと思っている彼らに対し、当人達の表情は険しい。
「……っ! これだけ引き離せば、諦めると思ってたのに……!」
「バカにしないで……! これでも、彼を想う気持ちだけは――誰にも負けないつもりよ!」
「減らず口をッ!」
いよいよビッグベンの荘厳な時計塔が、目と鼻の先にまで迫ってきた。視界を埋め尽くす、その巨大な影を見上げ――かりんは、強く地面を蹴り上げて急上昇する。
「――はぁあぁあッ!」
そんな彼女を追うように、同じ地点からジャンプしたフィリダは――弾丸の如き速さでかりんに肉迫していく。その怒涛の追い上げに、圧勝を予定していたかりんが目を剥いた。
「なっ……!」
「お嬢様だと思って、甘く見ないで。これでも入隊前まで、脚はバレエで鍛えてたんだから!」
「――このおぉおぉおッ!」
かりんを遥かに上回る脚力から放つジャンプは、バーニアの上昇力も加えて彼女の体を高く舞い上げている。自分と肩を並べる「白金の姫君」の姿に、かりんは唇を噛み締め――さらにバーニアを加速させた。
その背を追随するように、フィリダのスピードもさらに高まって行く。天へ向かう2つの流星が、ビッグベンをなぞるような軌跡を描いていた。
「接戦してるな……こりゃあ、どうなるかわからないぜ」
「かりん……!」
その艶やかなラインを描き続ける流星を見上げ、アーマンドと昭直は手に汗を握る。一方、リュウジは――フィリダに接近されてからの、かりんの過剰な加速を静かに見つめていた。
彼女の真後ろに回る、フィリダの挙動も。
(……あれでは、エネルギーがすぐに尽きてしまう。あの高度で緊急チャージ状態になるようなことがあれば……)
だが、その懸念がありながら、リュウジの表情には切迫の色がない。彼の瞳は義妹を見据える、白金の姫君を映していた。
(なんで、なんでよ……! 私は勝たなくちゃいけないのに……!)
一方。追い上げてくる仇敵の加速を目の当たりにして、かりんの表情には徐々に焦りの色が滲むようになっていた。
近いようで遥かに遠い、ビッグベンの上端を見上げる、彼女の黒い瞳の奥には――在りし日の平和な家族が映されていた。
仲睦まじい姉夫婦と笑い合い、生まれてくる新しい命に思いを馳せた――穏やかな毎日。それを一瞬にして奪った、あの巨獣。
そして――密かに想いを寄せていた義兄の、失踪。
希望と絶望に挟まれた日々が、少女の目の前を埋め尽くし――その目尻に、微かな雫が現れた。
(私がのろまだったばかりに、屑な隊員がいたばっかりに、姉さんは命も子供も失って――義兄さんは全てを失った! だから弱卒を淘汰して、義兄さんのような優れた兵士だけのEDFを作って……同じ事を繰り返させない未来を作らなくちゃいけないのッ!)
リュウジを教育大隊長のポストに据える。その判断に込められた思いを胸に――かりんは、バーニアをさらに加速させていく。緊急チャージが近いことを知らせる警告音にも、耳を貸さず。
(何より……義兄さんが大切なものを失ったまま、他所の国に使い潰されるなんて、絶対に許されないッ! フィリダ・エイリングのものになんて、させるわけにはいかないッ! だから私が義兄さんのものになる! 義兄さんの子を私が産んで、1つでも多くの幸せを、あの日から取り返すッ!)
かりんの飛行ユニットは、緊急チャージの警告を無視した加速を続ける余り――ついに、煙を噴き出すようになっていた。その暗雲に、観衆の間にどよめきが広がる。
「いかん! 減速しろ、かりんッ!」
「おいヤベェぞ! あの高さから緊急チャージで落下なんてしたら……!」
昭直とアーマンドも、緊迫した面持ちで事態を見守っている。対して、リュウジは平静を崩さないまま、真剣な表情で勝負の行方を見つめていた。
――そして。
(もう少し! もうちょっと! あと、ほんの少しだけ……ッ!)
上端に当たる部分が視界に大きく映り――かりんの白い手が、懸命に伸ばされた瞬間。
その時が、ついに訪れた。
「……ぁあっ……!」
届いたはずの場所が――遠ざかって行く。
手を伸ばしても、決して届かない。
その現実に打ちのめされ、彼女の目元から溢れた雫が――空高く舞い上げられていく。同時に、下にいるであろう大勢の観衆から、悲鳴が上がっているのがわかった。
(……姉、さん……)
何も取り返せないばかりか、自分まで命を失うことになり――かりんは表情を絶望の色に染めたまま、空を仰いだ。
――が。
「……ッ!?」
その直後。かりんの背後に、衝撃が走る。地面に激突した――にしてはあまりにも弱いショックであり、何よりそれにしては早すぎる。
何事かと、彼女が振り返った先には――亡き姉に似た微笑を浮かべ、自身を見遣る少女の姿があった。
彼女――フィリダ・エイリングは、緊急チャージで落下するであろうかりんの背後に回り込み、受け止める準備をしていたのだ。
世に言う「お姫様だっこ」の体勢でビッグベンの上端へ向かう「白金の姫君」の姿に、観衆から爆発的な歓喜の声が上がる。
「……ど、どうして……!」
「EDFは、仲間を決して見捨てない。ペイルウイングじゃなくても、わかっていて当然よね?」
「……っ!」
動揺した表情のかりんに対し、フィリダは穏やかな面持ちのまま天を翔け――ビッグベンの頂にたどり着く。2人同時にゴールを迎えたこのレースだが、勝敗は誰の目にも明らかだった。
「あ、危ないところだった……まさか、あそこでエイリング隊員が救助してくれるとはな」
「アスカ、お前妙に冷静だと思ってたが……こうなると読んでやがったな? 人が悪いぜ、全く」
「……私は信じていただけですよ。彼女が持てる強さを」
この結末を最初から予見していたのではないか。そう訝しむアーマンドに対し、リュウジは朗らかに笑いながらそう答えていた。
(……そう。そんな彼女と共に歩んでいけるから……オレは、今もここに居たいんだ。かりん)
そんな胸中の思いを、心の中だけに残し――巨大な時計塔を見上げる黒い瞳には。全てのプライドを砕かれ、恋敵と憎んだ少女の胸で泣き縋る義妹の姿が映されていた。
後書き
キャラクタープロフィール 06
名前:一文字昭直
性別:男
年齢:57
身長:190cm
体重:84kg
兵科:極東支部副司令
趣味:囲碁、盆栽
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