うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~
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第1話 うぬぼれ銃士
今から、少しだけ過去の話をする。
――荒れ果てた街の中。曇り空の下。かつてそこにあった美しい景観が、嘘のように打ち砕かれた世界の中で――
「ぉおぉおッ!」
――勇敢とも無謀ともつかない戦いを繰り返す男がいた。
数多の足を持つ黒い巨体に、絶え間無く弾丸を浴びせ――自らを喰らおうと伸びてきた牙を蹴る。
その反動で後方にひっくり返った彼は――後ろに転がった勢いのままうつ伏せの姿勢になり。そこから間髪入れず、伏せ撃ちの体勢に移ってみせた。
目にも留まらぬ反撃に、黒い巨体は反応できず――頑丈な装甲で守られていない口の中に、大量の鉛玉を注がれる。
黄色い体液を撒き散らし、絶命して行くその様を一瞥し――かの強敵に勝利した男は。
「……次だッ!」
一遍の油断も見せることなく、次の獲物を目指して走り出す。
そうして人など容易に喰らう怪物に、恐れることなく接敵して行く彼を――多くの兵が目撃していた。
だが。同じ服を纏って戦っているはずの彼らは、仲間の戦いぶりを賞賛するどころか――どことなく、気味が悪いと視線で訴えているようだった。
「なんて数なんだっ! 一体何処から出てきやがった!」
「突然現れたんだ! 前触れも無く、気が付いたら町中が巨大生物だらけだッ!」
「……おい、あいつ! まさか『うぬぼれ銃士』じゃないのか!?」
「あんな無茶苦茶な戦い方して……死ぬ気か!? あのクレイジー野郎!」
不名誉な異名で呼ばれている男は、同僚達の言葉に耳を貸すことなく――ただ愚直に、異星からの侵略者を屠り続けていた。
――その最中。
「……うぁあぁあぁあっ! お母様ぁぁあぁああっ!」
「――!」
この世の嘆きを集約したような悲鳴が、男の注意を引きつけた。彼が視線を移した先には――男とどこか似ている格好に身を包む、1人の少女の姿がある。
(イギリス支部のペイルウイング……? 母親を食われたのか……)
「お母様っ……お母様ああぁあ!」
彼女は艶やかな桃色が掛かったブロンドのセミロングを振り乱し、母親と思しき女性の遺体を抱きしめていた。亡骸を抱き、むせび泣く彼女の声を聞けば、2人が親子であったことは容易に窺い知れる。
「君、早く逃げるんだ! ここも危ない!」
だが、ここは戦場の中心。例え親との別れという絶大な悲しみの中であっても、歩みを止めていては死を待つのみ。
その思いで、男は少女に手を伸ばす。せめて彼女自身の命だけは、明日に繋がるように。
しかし。
「聞こえないのか!? 早く逃げ――」
「いやぁぁあっ!」
「――あぐッ!」
それを阻んだのは、新手などではなく――少女自身の手だった。
彼女は、自分と最愛の母を引き離そうとする男の顔面を、持っていた銃の銃身で殴りつけたのである。まるで、駄々をこねて親の手を振り払う子供のように。
その一発は男のヘルメットにあるバイザーを割り――破片が、彼の右目の瞼を切り裂いてしまった。縦一文字の傷が生まれた右目から、鮮血が滴り落ちる。
だが、その傷以上に。男は、少女の姿に胸を痛めていた。大切な家族を失う痛みを、己が身を以って学んでいるが故に。
「……」
「ひぐっ、うぅっ……お母、様ぁっ……」
男の手から離れた少女は、もう動くことも自分を抱き締めることもない、冷たい家族の体を抱いてすすり泣く。男は右目から赤い雫を頬に伝わせ――少女に掛ける言葉を見つけられずにいた。
『こちら、EDF本部。飛鳥隊員。飛鳥竜士隊員。応答せよ!』
「……はい。こちら飛鳥」
『巨大生物の猛攻が続いている。急ぎ、戦線に復帰せよ!』
「わかりました。ただ、その前に彼女を……!」
『そのペイルウイングに構っている暇はない。その戦域からはすでにインベーダーの反応は消えている。今はこちらを優先しろ!』
「しかし、オレはッ……!」
『これは命令である! 本部の命令は絶対だ!』
本部からの命令に対し、意義を唱えるも――聞き入れられず。男は、鎮痛な面持ちのまま踵を返す。軍人として、上官の命令は絶対なのだ。
(済まない……! オレは、何もっ……!)
それでも。途中、何度も振り返り。
男は未練を残すような思いで、彼女の元を去って行く。崩落して行く巨大な時計台を、その黒い瞳に映して。
やがて。瓦礫に埋もれたこの世の地獄に――少女の慟哭だけが、絶え間無く響き渡っていた。
◇
――かつてこの星は、二度に渡る侵略戦争に苛まれていた。
2017年5月17日、第一次インベーダー大戦。2019年6月12日、第二次インベーダー大戦。
地球と呼ばれる星の中に住まう人類が、ようやく共存という永年の夢を叶えたその日に、惨劇は訪れたのだ。
守ると誓った人間も、誓われた人間も、皆等しく炎の中に沈み、その未来と命を失って行った。
インベーダーと呼ばれた外宇宙からの侵略者に立ち向かう、連合地球軍――EDFの隊員達も、この星の平和という理想に己の全てを預け……同じ未来を辿ったのだ。
後の世に生きる人は、語る。これは神が人類に課した、生きる権利の是非を問う「審判」だったのではないか、と。
――そして。
二度に渡る審判の戦いを駆け抜け、この星の平和と正義に身命を賭した、「うぬぼれ銃士」と呼ばれるEDF隊員が居た。
己の胸に秘めた苛烈なまでの勇猛さと、擦り切れた一丁の小銃を頼りに、激動の時代を生き延びたその男は、審判の終わりと共に光を見た。
空を覆う侵略の象徴が――燃え尽きる刹那の輝きを。
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