TOHO FANTASY Ⅰ
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ようこそ
パチュリーが勤めている会社の社長の慈悲を貰い、奴隷になることを避けられた霊夢は歪みの中を通って外界へ急ぐ。まるでブラックホールに吸い込まれているような感覚で、終わりのない歪みの中を霊夢は進む。
1分後ぐらいであろうか、霊夢の視界に光が映ると、幻想郷とはまた違う空気を肌で感じた。霊夢の視界に映ったのは、幻想郷とは正反対の「機械化された」世界。モダンが支配する、近代的な世界観であったのだ。
車が道路を行き交い、高架の上を近郊型電車が駆け抜ける。奥には天に向かって聳え立っているビル街が乱立し、それは彼女にとって「未知の世界」であった。
空には工場から排出されているガスが出ているため、少し汚れている。彼女がいた公園の中には長方形型の大きな置物もあり、近くの人が硬貨を入れてボタンを押すと自動的に飲み物が排出される。
見たこともないようなハイテクな世界に、彼女は驚き、そして馴染めそうになかった。
「パチュリー…こんな世界で暮らすっていうのかしら…。私は幻想郷の方が空気が綺麗だし、あっちの世界の方が暮らしやすいわね」
霊夢はさっき使った歪みの方を不意に振り向いたが、そこにあったはずの歪みは消えていた。ただ公園の概観が、そこに虚無と化して存在していた。
「歪みが…消えてる!?」
そう叫ぶや否や、周りにいた人たちは変な服を来た彼女に不審な視線を向ける。とある家族連れの男性が懐から携帯を取り出した矢先、相手に告げた。
「警察ですか!…こちらA区の中央公園です!奴隷と思わしき人が脱走してます!」
すると周りはそんな彼女を捕まえるため、何かしらの武器…その場にあったスコップなどを構えて彼女を取り押さえようとする。
それは不審者が周りの人たちに追いつめられている場面と殆ど等しかった。
…だが、彼女は何も悪いことなどしていない。否、したつもりはなかった。
「覚悟しろ!脱走者め!」
「俺たちの生活を素直に支えてればいいのに…小賢しい奴らだ!」
勇敢な男たちはそんな霊夢に襲い掛かる。彼女の能力を使えば、一般市民など一発で倒せる。魔法という、近代的な世界では全く相手にされない背反的な能力が、彼らを圧倒するだろうから。
…然しここは幻想郷ではない。何があるか分からない、未知の新世界だ。
霊夢は「騒動を起こせば大変なことになるだろう」と考え、飛び立とうとするが…飛べない。今まで当たり前のようにあった力が、大きく収縮していたのだ。
「と、飛べない!?」
何かの力に妨げられ、飛ぶ能力を失った彼女は近くに乗り捨ててあったバイクを見つける。以前に外の世界の乗り物として魔理沙から教わったものだ。
あの時は馬鹿馬鹿しく聞いていたが、今となっては死活問題である。
「…悪いけど、借りるわね!返すとは言わないわ!」
泊めてあった、鍵が差しっぱなしの黒塗りのバイクに跨った彼女はそのままアクセルを切る。恐らくは一時的な駐車で泊めていたものであろうか。
襲い掛かってきた男たちはバイクに乗って逃走する彼女を追いかけようとするが、間に合わなかった。
◆◆◆
「どうやらこの世界に来たみたいだわ…」
警察からの情報を受けたパチュリーは高層ビルの窓から下を見渡しながら呟いた。その横には「和」の文字が刻まれたヘッドホンをつけている、もう1人の同期がいた。その同期の名は神子と言った。黄金色の髪を陽の光に映えさせては、ただ黙然としている。
2人の後ろにはスーツ服姿の社員たちがしっかりと整列していた。
「…そうみたいですね。後はあの巫女だけ。…今までずっと他の並行世界に行っていたようなので、捕まえるのは一番最後になりましたが…もう終わりそうですね」
「これで金づるは消えたわ。また新たな金づるを探すのよ。そうしないと、また社長に怒られるわ」
パチュリーは右手で指パッチンをすると、スーツを纏った社員がパチュリーに1枚の書類を渡す。
書類には赤と青の折れ線グラフが書いてある。比較表であった。
「これが今月の合計費用と予算よ。…今までは幻想郷の奴らを売っていたから利益が順調に伸びていたけど、これからは厳しい道を歩むことになりそうね」
「でも並行世界…パラレルワールドはいくらでもあります。…何とかなるでしょう。後はPDMの生産費用が嵩張らないことを頑張るだけですね」
神子も右手で指パッチンすると、パチュリーとは別の社員が巫女に書類を渡す。まるで召使いのようである。
「PDM…大体1つあたりに生産費用が3万です。再利用が出来るから沢山生産する必要は無いですが、1人の力を完全に抜き取るまで2か月。…つけた瞬間に力の80%を奪えるのは素晴らしいものの、完全に抜かないと暴れる可能性があります。…だからその「空虚紀」を補う為に新たなPDMが必要なのです」
「分かってるわ。でも最近は政府も私たちの行為を認めて援助金を大幅に出してくれるじゃない。それに民衆たちも奴隷のお陰で助かってるわ、いざとなって増税しても何も反論しなさそうよ」
すると神子の携帯に何かの着信が入る。ふと手に取り、彼女が手早く応答する。相手はボソボソ声で静かに告げた。その内容に神子は驚きを隠せなかった。
「はい、こちらPDM担当課の神子です。…え?あの巫女が大暴れしていて警察への通報が絶えない!?」
◆◆◆
彼女は奪ったバイクで道をひたすら走り続けた。ガソリンとか彼女は全く知らず、永遠に走れるものだと思っていた。限界突破を信じていたのだ。
時速100kmで普通の道を駆け抜けるため、信号無視は当たり前。逆走という概念を知らない彼女は対向車にぶつかりそうになりながら、とにかく前へと進んでいた。巒巘のように連なるビル群を視界の端で通り過ぎていく。
そんな騒動を多くの人がビル内や道の脇、対向車の運転手などが見ており、治安を司る警察への通報が絶えなかった。
霊夢は怖かった。これから自分の身に何が起きるのか、全く分からなかった。だからスピードを出していたのだ。寧ろスピードと言う概念さえあやふやな彼女にとって、それは宇宙的な数値であった。バイクのメーターに橙色の丸いランプが点灯しても、彼女は把握出来ない。
「…何よ、このランプ」
特に気に止めもしなかった彼女はビル群から離れ、郊外のスラム街へと入っていく。
無造作にかけられた洗濯物が走行する彼女の視界を遮り、最終的にはスラム街の真ん中でガソリン切れになり、バイクは止まってしまった。
「何よ!止まったじゃない!」
霊夢は仕方なく降り、周りを見渡した。全員、貧相な服を着ていた。が、全員は事態を察知したのか慌てだし、その中の1人の女性が巫女に話しかける。
「今はここに隠れてください!」
二十歳前後と思われる女性は霊夢に棚の中を勧めると、霊夢は疑い無しに「助かるわ」と言って棚の中に隠れる。そして女性はすぐに棚の扉を閉めた。棚の中は魚が燻ったような匂いが充満しており、とても居やすい場所ではない。しかし彼女は我慢した。その真っ暗な中、彼女は扉越しに耳をあてて外の様子を確認することに精神を研ぎ澄ませたのである。
外では誰かがやってきては執拗に聞きまわっていた。男の力強い声が、辺りに響き渡る。
「ここらへんで紅白の服を身に付けた脱走奴隷を見なかったか?」
「み、見てません…」
自信なさそうに知らないふりを貫き通した周りの人たち。霊夢は自分を匿ってくれた人たちに心から感謝した。
「本当に見ていないんだな?」
「はい、見ていません」
「…そうか。もし見たのならば、仕えている主人たちに連絡するように」
その「誰か」はそのまま去っていった。それを足音で把握した。そして真っ暗な世界にいた霊夢の眼に突如、光が映し出され自身に手が差し伸べられていた。彼女にとって、それは救済を司る天使のように見えた。これが恩寵であったのか、と。
「これでもう大丈夫ですよ」
「助かるわ。…しかし、どうしてあなたたちはこんな見ず知らずの私を匿ってくれるのかしら?」
「…それは、あなたがかつての私たちだからです」
◆◆◆
「かつての私たち?」
霊夢は疑問を呈した。相手が言い放つ、意味深な表現に突っかからずにはいられない性分であったのである。
これとて彼女は心底で考えてみた。その内省において彼女自信が測るところの正義に於いて、錯綜する真相を放っておけないと言う世話焼きな性格も人格として対岸に体現されていたのだ。
「はい。私たちも別世界から連れてこられた奴隷たちなのです」
そして霊夢は再び周りを見渡すと、匿ってくれた人たちは彼女に一筋の希望を抱いていた。
「…あなたは最近、マスコミが報道している「幻想郷」から来たと聞きました。そうですよね?」
「そ、そうね…」
彼女はマスコミが何たるものかを知らなかった。ヒュペーリオンのような世捨人迄では無いとは言えども、世間知らずに程があったのかもしれない。恐らく魔理沙に問えば、開口その無知加減を馬鹿にするだろう。
「…幻想郷から来た方たちは超能力を持っていると聞きました。…そこでお願いがあります。どうか私たちを助けてくれないでしょうか?…私達は囚われの身、貴方のような能力者ではないのです──」
「当たり前じゃない!絶対助けてやるわ!」
周りの人たちはそんな「救世主」のような存在の彼女を崇めた。霊夢はその崇拝を、全く固辞すること無く寛容した。澎湃する真相の中で、何かしら伝って行けば辿り着けるのかもしれないのだ、という不確定的な確信を抱いていたのだ。その確信をも超越する現実は甚だ恐ろしく、地獄が地獄を呼び寄せる(Abyssus abyssum invocat)と言う言葉を直に瞼に焼き付けた。
「…助ける為の力はあるわ。でも私だってこの世界のことは余り知らないし、どうやってあなたたちが助かるのか、それすらも知らないわ。手段あれども目的知らず、よ」
「まだ来たばかりなんですね。なら私が説明します」
すると女性は何も知らない彼女にこの世界のことを語りだした。淡々と、時にはその口を暴虐の彼岸に連れて生かせる鞭と化させる口調は、霊夢をのめり込ませた。
―――――この世界は、政府と手を結んでいる会社である「株式会社:PYT研究所」が実質的に支配しています。
その会社こそ、私たちを他の世界から連れてきては、抵抗しないように背中にPDMという装置を付け、抵抗する力を奪った上で、私たちを奴隷として売り捌き、そして無限に働かせられます。
ここは交代制で働いている奴隷が多いので、その為に政府が作った「待機用スラム街」なんです。当番が回ったら、番が終わるまで酷い目に…。
―――――ここからはPYT研究所で勤務している私たちの主人の話を盗み聞いた話なんですが、私たちの力はPDMを通じて本部に送られた後、5個あると言われている、「GENESIS」と呼ばれる巨大なスーパーコンピュータに力が分割して転送されるそうです。
1つの力を同じ場所で蓄えるよりも分割した方が暴走時の安全性が高い、と聞きましたが…。
───要するに、5つのそれを壊せば私たちに力が戻ってきて、私たちもようやく抗えるようになるのです。その時こそが、あの会社の終焉です。
…お願いします、どうかGENESISを…GENESISを壊してくれませんか……
聞き終えた後、霊夢は頷き、そして相手を見て微笑んだ。そこには力強く生が肯定されていた。見たものを安心させる安堵感を眠らせた、取り繕いの無い純粋的な意志であった。
「…分かったわ」
もはや彼女の心は何事にも揺らぐことは無かった。
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