SAO-銀ノ月-
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終演
「あれ……?」
リーベ――現実における愛が最初に考えたことは、そんな単純な疑問だった。彼女は今の今まで《ALO》にログインしていた筈が、久々に訪れていた我が家の天井を眺めていたからだ。天井に貼られている、かの浮遊城のポスターが眺められる絶好のロケーションに、一方的によく見知った青年の顔が映りこんで、愛の疑問の一部が氷解する。
「…………」
「……おはよ、ショウキくん」
苦虫を噛み潰したかのような表情のまま、何を言葉にすればいいか迷うような彼の代わりに、目覚めの言葉を告げてみせる。そんな彼の手元には今の今まで愛の頭部にセットされていた筈のナーヴギアがあり、どうやら無理やり外して愛を強制ログアウトさせたらしく。かの《SAO事件》よろしく、外されたら殺されるなんてことはなく、むしろ寝てるところを無理やり叩き起こされた気分だった。
――自分には、そうして起こしてくれる人はいないわけだけど、と愛は多少なりとも内心で自嘲してから、すぐさまそれを取り消した。同情してもらいたいわけではないと、そんなことより愛は残る疑問をショウキにぶつけていた。
「それでショウキくん。その……どうしてウチはさ、生きてるのかな?」
愛の計画は至極単純なものだった。ペイン・アブゾーバーを導入したデジタルドラッグを服用し、リミッターのないナーヴギアでログインした後に、向こうの世界でHPを全損するほどのダメージを受け脳死する。それが可能なようにシュミレートはしてきたはずで、死に至ることはなくても、こうして無事に喋れるようなことはあり得ないはずだ。
「簡単だろ。ダメージを受けたことを、ナーヴギアが認識しなかったんだ」
そうして自らにショック死させるほどのダメージを与えてくれる、と愛が期待と核心を抱いていた彼からの言葉もまた、残酷なほどに単純な言葉だった。先のデュエルで終わりを告げる一撃となった、高速を越える抜刀術は、愛のアバターが痛みを感じることもないほどに『光速』だったと。痛みより早くHPが0になった処理が加わったがために、愛の脳に与えられるはずだったダメージは、アバターとともに向こうの世界へ四散した。
「ううん……なら……どうしてウチを、生かしたのかな?」
「生きて罪を償え、だなんて言うつもりはない。ただ……」
愛はゆったりと身を起こしながら、計画通りに行かなかったことに拳を強く握り締めると、爪が刺さって拳に血が滲んでいく。あの《死銃事件》で向こうの世界にいようが危険だと味あわせて、デジタルドラッグで友人であるシノンのトラウマを誘発させて、数日後にはショウキというアバターのアカウントが削除される手筈となっていて。それを阻止するために怒りに任せて愛を殺せば、それだけでよかったというのに、ショウキはナーヴギアを放り投げながら嘲るようにそう言い放った。
「……なんでもお前の言う通りになると思うなよ。端的に言うと――ざまあみろ」
「ッ――そんな理由で……貴方なら殺してくれると思ったのにっ!」
ざまあみろ、という理由が語られるとともに、愛は初めて怒りの感情を見せてショウキに掴みかかった。別にSAO生還者ならば誰でもよくて、御しやすい相手を選んで何年も観察してきたのに――そんな彼に、最後の最後で引っくり返されて。いっそ絞め殺してやりたいところだったが、現実ではただの少女にすぎない愛には、だだっ子のように効きもしない拳を打ち付けるしか出来なかった。
「殺してよ! ねぇ、殺してってば! 殺して……殺してください……お願いですから……おねがい……」
最後は力を失って身体ににもたれかかって、彼の胸に顔をうずめながら泣き落としていて、本当に子供のかんしゃくのようだと、愛はどこか他人事のように自分の行動を思っていた。そんな愛を哀れとでも思っているのか、振りほどこうとも何も喋ろうとしない彼に感謝と殺意を抱きながらも、うずめていた胸から顔を放して彼の表情を見上げてみれば――愛は、自らの選択ミスを悟ることとなった。
「……何で、何も言わないのさ」
「俺に何かを言う権利なんてない」
自分ではそんなつもりはないだろうが、この状況に至ってまで、ショウキの顔には愛への同情の感情が広がっていた。相対する者はかの《死銃事件》の共犯者だというのに、まだ愛への甘さを押し留められない相手などに、人間を殺せるわけがないのだと、愛は理解してしまう。
――相手にこの男を選んでいた時点で、自分の計画は失敗していたのだと。
「あは。あはは。あははははは!」
「おい……!?」
泣いて懇願してきたかと思えば、今度は逆に笑いだした愛のことが流石に心配になったのか、何かを言う権利などないと言ってのけたショウキが慌て始める。そうして彼がこんな自分に優しさを向けてくればくるほど、そんな彼をこの計画に入れた自分が馬鹿らしくなってきて、もう笑うしか出来ずにいた。ずっと操り人形程度にしか思ってなかった存在より、自分の方が圧倒的に劣って
いたなどと思い知らされて。
ああ、こんな相手に助けを求めていたのかと。
「あはは、はは! あーもう……やーめた。もうさ、すぐお巡りさんが来るんでしょ?」
そう分かった瞬間、愛から毒気が抜けていた。最後の最後どころか、最初に自らが選択ミスをしていたことに笑いが込み上げてきて、愛はショウキの懐からそっと放れていく。まさか彼しか来ていない訳でもないだろうと問いかけてみれば、当然ながら《ナーヴギア
》をひっぺがす前に警察には通報済みらしく、ショウキは小さく頷いていた。
「……ああ」
「なら、その前にお化粧させてよ。ニュースになっても恥ずかしくない格好にするから」
敗北の原因が目の前の彼であるならば、さっきのようにみっともなく暴れてみせるが、そもそもの原因が愛自身のものであれば、ああして暴れるのも我ながら馬鹿らしくなってしまって。表面上はおとなしく、了解を求めるような体ではあったが、今度はショウキの言葉を待たずに部屋の化粧台へ向かっていく。死に化粧よろしくログイン前に化粧はしておいたが、先程の騒動と涙でボロボロの顔が、化粧台の鏡には真実の顔だとばかりに映し出されている。そんな片隅に置かれた化粧台は、いつだか兄に買ってきてもらったお気に入りの代物だ。
「そういえばショウキくん。どうしてウチがここにいるって分かったの?」
「悔いを残さず死ぬならここだろう」
愛は化粧が好きだった。最初は兄をからかうためのものだったが、自分が自分でないものに変わっていく瞬間が、愛にとってはたまらないことだった。死に化粧の際に余ったものを贅沢に使いながら、つい先程まで殺したいほど憎いと掴みかかっていた相手と、ただの世間話のように語りかける。隙なく見張り同然にこちらを見ているショウキも、呼んだ警察が来るまで暇なようで、髪をガシガシと掻いて溜め息とともに問いを返してきてくれた。
「あらら、今度はこっちが先読みされた番だったかぁ……そこのネカフェでダイブしてたのかな?」
無言で頷く彼はあまり会話をする気はないようだが、とはいえ愛から会話を振るだけというのもつまらない上に癪で。どうすれば彼の気を引けるかな、などと化粧の片手間に思考していると。
「……そういえば、さっきからウチが聞いてるばっかだけど、ショウキくんは何かある? 聞、き、た、い、こと」
「なんで俺に……誰かに、殺されようとしたんだ?」
「ショウキくんを選んだのはね、簡単に殺してくれそうだったからだけど。うーん……なんでかな」
そうしてみれば、しばしの沈黙の後に問いが放たれてきた。ショウキの問いは、聞かれるだろうと思っていたことと、半ば程だけズバリでいて。確かに言われてみれば、わざわざショウキに殺してもらうなどと遠回りな方法を取らずとも、ペイン・アブゾーバーが完成した時点で、身投げでもしていれば死ねていただろう。にもかかわらず、わざわざ《SAO生還者》に殺されることにこだわったのは。
「お兄を奪った《SAO》への、ウチなりの復讐……だったのかも」
「復讐……か」
先程、ひとしきり泣くわ暴れるわ笑うわと感情を発露させたからか、愛はどこか清々しく答えていた。ナーヴギアを使ってSAO生還者を道連れにして死ぬことで、ささやかながら《SAO》への復讐を……などと。今の今まで、愛はそんなことは全くもって考えていなかったというのに、ショウキはどこか得心が言ったように呟いた。
「……なんて。復讐とかじゃなく八つ当たりって言った方がいいかも。デジタルドラッグを使った人や、《GGO》で死銃の標的になった人には無関係な話だしね」
「後悔してるのか?」
しかも復讐だなんて自分で言っておいてなんだが、そんな大層なものではないと、愛は自らの言葉をすぐに否定してみせると。さらにショウキから放たれた言葉につい吹き出してしまい、化粧をしている手が狂ってしまい、忌々しげに修正するついでに、嘲笑を浮かべながら鏡の向こうにいるショウキと目を合わせた。
「後悔? まさか。今からでもショウキくんを殺して、早くお兄のところに逝きたいぐらいなのに」
「…………」
無音の部屋にショウキが奥歯を噛み締める音が響き渡るが、愛は構わず計画が狂った化粧を再開していく。兄の元へ行くための実験台として死んだ死銃事件の被害者や、ただの使い捨ての道具だったデジタルドラッグの服用者についての発言に、ショウキが何を勘違いしたのか知らないが。愛が後悔することとすれば、計画の相方に鏡に映る男を選んだこと、ただ一点だ。
「なら、なんでそんな諦めた様子なんだ」
「ウチがリアルでショウキくんに勝てるわけもないのに、そんなにみっともなく暴れて抵抗して欲しいの? ショウキくんってばSー」
不摂生とストレスで痩せ細った身体をした少女と、十全な調子で鍛えている青年。例え何か得物があったとしても、どちらが勝つかは火を見るより明らかだ。そんなことも分からないのか――と侮蔑を込めた愛の言い方に、無表情を貫いていたつもりらしいショウキにも、目に見えて眉間にシワがよっていた。
「初めてこんなにゆっくり喋ったね。ね、これから友達になれるかな?」
「……無理だ」
「知ってた」
今までの会話で理解できない存在だとお互いに再確認しただろうに、それでも一瞬、こんな馬鹿みたいな問いかけについて考えてしまうような甘い彼を、どうして自分は選んでしまったのだろう――と、愛は何度目になるか分からない自嘲を心中で発していると、タイミングよくショウキの携帯に着信が入った。聞き耳をたててみれば、どうやら愛にとってのお迎えが到着したらしく、自分もあの《死銃》たちと同様の経緯を辿るのだろう。
「それじゃ、ショウキくん。じゃあね?」
――そんなのは真っ平ごめんだ。ナーヴギアも応酬されてしまえば、愛の目的が達成されることは二度とない。背後にいたショウキが通話に気をとられている隙に、化粧箱の中に隠してあった針を取ると、愛は躊躇なく自らの首に突き刺した。逮捕されるくらいならば、VR空間でなくても兄の元へ行くことを選択した愛だったが。
「っつ……!」
「え?」
その針が貫いていたのは、愛の首ではなく。いつの間にか近づいてきていて、愛を庇うように突きだしていたショウキの腕だった。針程度が青年の腕を貫通するはずもなく、小さな刺し傷を与えたのみに留まって、針はそのままショウキに没収されてしまう。そうして痛みに耐えながら、針を愛の手の届かないところへしまうショウキを、愛は怒りを通り越した哀れみの視線を向けていた。
「なんで庇うわけ? ショウキくんにはもう関係ないでしょ? やっぱり生きて償え、とか言うの? ……ああそれとも、お兄はそんなこと望んでないだとか?」
「いや。ただの……そうだな、我が儘」
「ワガママ?」
「死ぬとかデスゲームだとか……もう、たくさんだ……」
どんなに聞き飽きた絵空事を言ってくるか期待して言葉の暴力を浴びせてみれば、彼から返ってきたのは思いもよらぬ言葉でいて。ついつい愛が素で聞き返してしまえば、ショウキは何かを思い出していくかのようにしながら、陰鬱な表情を崩さずに愛ではない誰かに向かって疲れ果てたようにそう呟いた。
「それに……ざまあみろって言っただろ。生きて敗北感を味わってもらわなきゃ困る」
「ああ――そういうこと」
その後、喋りすぎたとばかりに、そっぽを向いてそんな取って付けたような理由を語る彼へと、愛は適当に納得したような声をあげておく。何にせよ、彼の前では死なせてくれないらしく、愛は溜め息をつきながら立ち上がった。連動するように家の扉が開き、今度こそ真のお迎えが来たようだ。
「ほんと最悪。お兄には会いに行けずに……ねぇショウキくん。ウチはこれからどうすればいいわけ?」
怒ろうとしても、泣こうとしても、暴れようとしても、その度に彼の甘さに毒気を抜かれてしまってきたけれど、愛も最後は苛立ちまじりにショウキへと問いかけた。無意識にも、『これから』などと自らが死から生を選んでいることに気づくことはなく。
「……そんなことを聞かれるのは、二回目だよ」
答えは変わってないが――と自嘲気味にショウキが答えるとともに、部屋には新たな闖入者たちが幾人も入ってきていた。
「はぁ……」
そうして《死銃事件》の重要参考人として、愛は黒塗りの車に乗せられていた。思っていたような警察やパトカーではないそれは、運転手や同乗人の黒服も合間ってむしろマフィアかのようで。適当に外の景色を眺めながらも、様々なことが愛の胸中に浮かんでは消えていっていた。
どこに連れていかれるのか、兄との思い出の家にはもう戻れないだろうな、《死銃事件》の罪はどれぐらいのものになるのか、結局は子供の癇癪にすぎなかったなとか、それに――車に乗せられなかった、彼のことを。どんなことを考えようとしても、最終的に彼のことになってしまう思考に溜め息を幾度も吐きながら、彼との最後の会話のことを思い返す。計画を頓挫されて、これからどうすればいい、という問いかけへの彼からの返答を。
――生きるしかない。
「何の答えにもなってないじゃん……」
愛には知るよしもないけれど。ショウキの言葉は、愛した少女を二度も亡くした少年への返答と同じだった。愛の言葉通りに何の答えにもなっていない、気の利いた気休めの言葉ですらない。
「……ま、お兄に会いに行くチャンスも、生きてればまたあるってことかな……」
ただし気休めではないからこそ事実であり、愛は気楽に次の目標を呟いてみせると、外の景色を眺めるのを止めて目をつぶっていた。これから随分と死銃事件の罪とやらの償いをすることになるだろうが、生きていればいつか死ぬことは出来るだろうと、愛は心中で諦めることなく空想を描いていた……結果的に、彼の言った通りに動くのは、愛にとっては忌々しい話だったが。
「じゃあね、ショウキくん……大っ嫌い」
二度と会うことのないだろう、会う気もさらさらない、愛を助けてくれなかった彼に別れの言葉を。ついでに最後に残した呪いが彼を苦しめてくれるならば、今の愛にとっては、これ以上に嬉しいことはないと祈りながら。愛は車が止まったことを他人事のように捉えていた。
「……じゃあな」
もう二度と会うことのないだろう彼女が乗る車を見届けた後、アミュスフィアなど一式が入ったリュックを背負うと、もう振り返りはしまいと駅に向かって歩き出していく。手を回してもらった菊岡さんには感謝しているが、ここからは自分で干渉してはいけない領域の話だ。いつか彼女が罪を償える日が来ればいいと、ただ祈るばかりでいて。
「終わったの?」
「シノン? その……」
そうして俺を待ち構えていたかのように立っていたのは、シノン――現実の朝田詩乃だった。どうしてここに、という問いを出したいのはやまやまだったが、彼女はデジタルドラッグの後遺症で伏せっているはずでもあり。どちらを聞こうか迷っていたところ、一息とともにシノンから言葉が紡がれた。
「いつまでも寝ちゃいられないわよ。でも現実に残ってたのは確かだから、リズにあんたの様子を見てくるように頼まれてね」
「そうか、リズに……」
そう言いながら装着された《オーグマー》を指で示してみるシノンに、ばつの悪そうにしながらあらぬ方向を向く。わざわざ俺とリーベの戦いに駆けつけてくれたリズに対して、手早くことのあらましを告げたままログアウトしてしまったからだ。リズは何か言ってなかったかと、チラリと視線でシノンに問いかけてみれば。
「レインの店でやるケーキバイキング。奢りだって。……そんなことより、終わったの?」
「ああ。こっちは、大体」
溜め息まじりにリズの伝言を教えてくれるシノンの眼光が、死銃事件とのことでどこか鈍い色で輝いた。特に《GGO》で個人的にも親交があったらしいリーベのことだと、今の今まであったことを包み隠さず話していく。リーベは最後まで自らのやったことを後悔するようなことはなかったけれど、それでも彼女の凶行は止めることが出来た、と。
「……そう」
「……GG――」
「――キリトたちは、まだデジタルドラッグを使ったプレイヤーたちについて、後始末が残ってるんだって」
そうして残っていた彼女の《ナーヴギア》とともに、菊岡さんたちの手に預けられることとなり、今しがた車で送られていったとまで語ると。シノンは無関心を装いながらも、どこか安心したように呟いていて。《GGO》でリーベと何かあったのかと聞こうとするものの、それより先にキリトたちの動向について語られた。リズたちを襲っていたデジタルドラッグの服用者たちの制圧には成功したようだが、後始末ともすれば、セブンや運営への通報でもしているのだろう。
「服用者たちは……」
「当然、アカウント削除でしょ。あんなチート使っておいて」
リーベにデジタルドラッグについての実験台や、餌をちらつかせての時間稼ぎなどの道具にされた、リーベの被害者とも言える彼らを思う。とはいえ被害者と言えども、彼らは自発的にデジタルドラッグを使い、俺たちへと襲いかかってきた訳で同乗の余地はないが。さらに特にデジタルドラッグについて忌避感と軽蔑を隠さなかったシノンの断定口調に、とても二の句を告げる雰囲気ではなかった。
「……まあ、あっちの世界でも強くなりたかった気持ちは……分からないでもないけどね」
ただしシノンも言い過ぎたと思ったのか、多少は服用者たちへのフォローが入れられて。手早く強くなれる存在であるデジタルドラッグは、確かに服用者たちには天恵だったのだろうと、シノンはどこか遠くを見ながら語っていたが、それも一瞬のことで。次の瞬間には、普段通りのクールな表情に戻っていた。
「なんにせよ、これでもう終わりなわけでしょ」
「……まだ、一つだけ残ってる」
「え?」
本気で思い至ってなかったらしいシノンに、背負ったリュックの中に入れてあった《アミュスフィア》を示してみせれば、どうやら察したようで表情が面白くないものに変わる。それはリーベがデジタルドラッグを通して与えた呪いであり、デジタルドラッグを適応した際の症状を俺のデータと同じものとし、デジタルドラッグの服用者たちのアカウントを削除すれば俺もまた、同様に削除されてしまうというものだった。
「あとは俺のデータを消すだけだ」
ならば必要なのは、デジタルドラッグの服用者たちがアカウントを強制的に削除される前に、自らの手で今まで戦ってきたデータを削除すること。セブンからの茅場の手が入ったこのデータを解析し、バグを解除してみせるという申し出を断ったところから、この結果は変わらない結末だった。
「……いいの?」
「惜しいって言ったら嘘になるし、愛着もある。だけどこのデータが残ってたら、またデジタルドラッグみたいな、何かのきっかけになるだろうから」
あのデスゲームからとはいえ、今までの戦いをずっと乗り越えてきた初めてのデータであり、未知のバグが仕込まれていようがずっと使い続けるつもりだった。ただしそのバグを今回のリーベのように利用されるとなれば、このデータが残っていることは許されないのだろう。我ながら悲劇のヒロインぶったような結論だが、あちらの世界に迷惑がかかるというならば。
「俺だってあの世界は気に入ってるんだから、たまには恩返しさせてくれ」
「……そう」
あの世界を気に入ってる――などとデスゲームに囚われた時には死んでも思わなかったことを、こうして笑顔で口にできるのも、あちらの世界で出逢えたリズのおかげだろう。そんな彼女と結んだ《リンダース》への帰還という約束を破ることになるのは、何やら皮肉めいた感覚に襲われてしまうが。リズとの約束のことを含めた今までのことを思い出していると、無意識にふと呟いていた。
「……さよなら、俺」
――そうして密売人の逮捕と服用者と呼ばれるプレイヤーたちのアカウント削除を以て、短いながらもデジタルドラッグの事件は幕を閉じるとともに、ショウキというアバターのデータは削除された。
……それともう一つ、彼女も行動を起こしていたが。
後書き
リーベ。田山愛さん。GGOの敵戦力増強のために作った初めてのオリキャラでしたが、気がつけばこんなところまで来ていました。結局は救われるわけでもなく打ちのめされることもなく、はてさて。
あ、次回で最終回の予定です。この二次
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