剣の丘に花は咲く
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第五章 トリスタニアの休日
第一話 その男執事?
前書き
ルイズ 「嫌よシロウわたしこんなところで働くなんてッ!!」
士郎 「我が儘言うなルイズ。ちゃんとここで働くんだ」
ルイズ 「いやいやいや絶対に嫌よッ!」
士郎 「はぁ……いいかルイズ。仕事に貴賎はないんだ。そんなに嫌がるものじゃないぞ」
スカロン「そうよルイズちゃん! ちゃんと仕事しましょ」
ルイズ 「うう~……でもでも」
士郎 「俺だってここで働くんだから、一緒に頑張ろうルイズ」
スカロン「ああ、そうよ忘れてたわ。ほら士郎ちゃんこれあなたの制服よ」
士郎 「……ナンダコレハ?」
スカロン「何って制服よ?」
士郎 「服じゃないだろッ!!?」
スカロン「何言ってんのよシロウちゃんッ!! シロウちゃんのために特別に誂えた制服よッ! ビキニパンツよッ!! ブーメランパンツよッ!!?」
士郎 「ルイズサアカエロ――」
スカロン「逃がすかああああああッ!!!」
士郎 「ッぎゃあああああ!!」
スカロン「仕事に貴賎はないんでしょおおおお!!」
士郎 「こんなんありえねえええええ!!」
逃げる士郎! 追うスカロン! しかし士郎は逃げきれず捕まり……
ああ士郎よ! 君の命は風前の灯で……狙われるのは前か後ろか……
士郎よ! 逃げだ……無理だな……。
まあ、壊されないよう頑張ってください。
それでは本編始まります。
常に賑やかな笑いが溢れる店内は、息をする事さえ躊躇う程の緊張感に満ち静まり返っていた。ただ一箇所、耳障りな騒音が響く場所を除き。
「おい姉ちゃん! もっとこっち寄らんかい!」
「あっ、あの、ちょっ――」
「いいからこっちこんかい!」
「きゃっ」
見るからに荒くれ者といった風体の男が、際どい派手な給仕服を着た若い女性の腕を掴んでいた。真っ赤に染まった顔で男が、唾をまき散らしながら怒鳴り散らしている。周りには他に客の姿はあるが、関わり合いになりたくないのか、全員が顔を逸らしている。少女の同僚と思われる、同じ様な際どい服を着た少女達も、どうすればいいか分からず手をこまねいていた。
少女の腕を掴んでいる男の腕は、掴まれている少女の胴程の太さはある。何とか振り払おうとするが、男の手は全くビクともしない。心の中では泣き叫んでいる少女であったが、給仕としてのプライドか、それともただの意地か? 若干引きつってはいるが笑顔を浮かべている。少女の必死の抵抗を全く気にすることなく、男は少女を引き寄せていく。
このままでは少女の華奢な身体が、男の分厚い胸の中に閉じ込められてしまう。自分が辿る未来を思い瞳に涙が浮かぶ。
男が腕を一気に引き寄せる。
少女の身体が宙に浮く。
暑苦しく汗臭い湿った感触に耐えようと、歯を食いしばり、来る未来から逃げるように目を閉じた。
「お客様」
しかし、
「当店にはそういったサービスはございません」
覚悟した感触は思ったよりも不快ではなく。
「ご注意してもお聞きになられない場合は」
それどころか、包み込むような暖かさと、ふわりと鼻腔に吸い込まれた香りは、どちらかと言えば好ましく。
「強制的に退店させていただきますので」
身体に回された腕は男らしく力強く、しかし優しくもあった。
「ですのでお客様」
少女がおずおずと顔を上げると、そこには笑いながらも鷹の様な鋭い眼光で、荒くれ者を睨み付ける精悍な顔の男がいた。
浅黒い肌を持つ男が身に纏うものは執事服。
上の燕尾服、下のスラックス、革靴、首に巻くネクタイは黒く。一瞬全身が真っ黒に思えるが。しかし、燕尾服の下のシャツや手を包む手袋、高い位置にある髪は対照的な白。
白と黒のコントラストが目を引く執事服を、男は全く違和感を感じさせずに着こなしている。流れるような仕草や、口元に浮かぶ淡い微笑。
執事の良し悪しが分からないはずの少女でも只者ではないと分かる程の何かをその執事は持っていた。
商家にいるような執事ではなく、貴族の屋敷にいる執事だと思わせる洗練された雰囲気は、一朝一夕で身に付くものではないだろう。しかしその執事がいる場所は、貴族のお屋敷どころか、お世辞にも高級な店とは言えない居酒屋である。
だがしかし、何故か特に違和感を感じない。
執事の胸の中にいる少女も、執事がいることに対し何も言わず、ただ口を半開きにしながら少女が執事に見とれている。苦し気に手足をばたつかせる荒くれ者の首元に、執事の手がガッチリと食い込んでいる。荒くれ者は顔を青紫色にしながら、必死に首元に置かれた腕を振り払おうしているが、執事の腕はビクともしない。執事は全く笑っていない目をしながらニッコリと笑い、腕にさらに力を込める。
「過度の接触はおやめください」
くぐもった声が荒くれ者の喉の奥で響き、机の上に倒れ込む。
「どうやら飲み過ぎのようですね」
肩を竦め、後ろに立つ少女に肩ごしに笑いかける執事。ポーッと赤らんだ呆けた顔で、少女は自分より遥かに高い位置にある執事の顔を見上げている。何も応えず呆然としている少女の様子に、執事が首を傾げながら少女の腕を取る。執事に身体を触れられビクリと震える少女。真っ赤な顔で執事を見上げる少女が、何かを言おうと口を開き、
「何やってんのよシロウッ!!」
「痛っ!」
何も出ることなく固まった。
「全くちょっと目を離すとこれだもの。いくら何でも節操なさすぎよ」
「いや節操なさすぎと言われてもな? しょうがないだろ絡まれていたんだから」
「なら助けたらさっさと戻ってきなさいよっ! べたべた触ることないでしょっ!」
「いやべたべたは――」
「触ってたッ!!」
「あ~……分かった分かった。今度から助けたらさっさと戻ってくる、だからルイズもさっさと給仕に戻れ」
「む~分かってるわよ」
頬を膨らませ、上目遣いで睨みつけていたルイズは、士郎の言葉に不満気な顔をしながらも素直に従って給仕を呼ぶ客に向かって歩いていく。肩を怒らせながら去って行くルイズの後ろ姿を、苦笑を浮かべ見送る。
一つ溜め息をつくと、気を取り直すように首を振り、店の奥に戻ろうと踵を返――
「何お尻触ってんのよッ!!」
「グハァ!」
さず客の胸ぐらを掴み、殴りかかるルイズの下に歩いていく。客と少女達の悲鳴が響く中、士郎の脳裏にここ……『魅惑の妖精』亭で働くことになった経緯が走馬灯のように流れていく。
はあ……凛もそうだったが。どうしてこう俺の周りにいる者達は、賭け事になると熱くなるんだ。
……絶対にルイズに金は預けないぞ。
ことの起こりは三日前の朝のことだった。
魔法学院が夏期休暇に入るということから、ルイズの部屋にルイズ、シエスタ、ロングビル、キュルケ、タバサそして士郎の合わせて六人が集まり、夏季休暇の予定について士郎抜きで話し合いを行なっていた時のことだ。夏季休暇の予定を決める筈なのに、自分の身柄についての会議に変わり。さらに話し合いから殴り合いに発展しかけるのを、士郎がどう口を出して止めよ――いややっぱ止めようと心の中で葛藤していると、開いた窓から一羽のフクロウが飛び込んできた。
「だからシロウはわたしの家に一緒に帰るって言ってるのよっ!」
「何言っているんですかっ! 独占はいけないとおもいますっ!」
「そうだね。特にあんたはいっつもシロウと同じ部屋に寝泊まりしてるんだから。こういう時くらいわたし達にも機会をくれなけりゃ公平じゃないんじゃないかい?」
「何言ってんのよあんた達っ! この頃あんた達も勝手に部屋に入って来てはベッドで寝てるじゃないっ! 最近やたら頻繁に入り込んできてるから、つい感覚が麻痺してたけど。最近シロウに起こされることより、あんた達の乳に挟まれて窒息死寸前で目が覚めることが多いのよっ! 何それ当てつけ?! 当てつけなの!? 喧嘩売ってんのなら喜んで買うわよっ! さあ、掛かってきなさいよっ!!」
「ねえシロウ。ゲルマニアに興味ない? あたしの実家結構ここから近いのよ? 一緒にあたしの屋敷に来ない? 色々とサービスしちゃうわよ」
「……」
「ほらほらタバサも何か言いなさいよ。いい所よゲルマニア。ちょっと暑いかもしれないけど。食事は美味しいし、景色も綺麗だし。何より美人が多いわよ……ほら、ここにも一人……ねぇシロウ、一緒にイきましょう」
「って何やってんのよキュルケッ!」
「何って? ナニ」
「い・い・か・ら・シロウから離れな――」
ルイズとシエスタ、ロングビルが腕を捲くって、額をゴンゴンぶつけ合いながら啖呵を切っている横で、キュルケが士郎の身体にしなだれかかっていた。目を閉じ現実逃避していた士郎は、身体をすり寄せてくるキュルケの感触を無視していた。何の反応を示さない士郎に、キュルケは気分を悪くすることはなかった。反対に何も反応しないことをいいことに、キュルケは服を脱ぎながら士郎を床に押し倒そうとしていた。今にも士郎に食いつこうとするキュルケに気付いたルイズが、泡を食って止めに入ろうとした瞬間、キュルケとタバサが風竜の背に乗って入ってきた時から開けっ放しだった窓から一羽のフクロウが飛び込んできた。
部屋の中に入ってきたフクロウは迷うことなくルイズに向かって行き。戸惑うルイズの肩に止まると、口に咥えていた書簡をルイズの手に落す。突然の出来事に呆然と手の上に落とされた書簡を見下ろすと、それに押されていた花押に気付き目を見開いた。直ぐに真面目な顔に戻したルイズは、書簡の中身を開き、軽く目を通すと軽く溜め息をつくと、床に転がったまま軽く目を開けこちらに目を向けている士郎に話しかけた。
「シロウ。残念ながら休暇は中止よ」
「そうか。……ザンネンダナ」
全く残念そうな顔をせずに頷く士郎。
「……ていうかシロウ」
「なんだ?」
「何時までその格好でいるのよッ!!」
「まっ待てルッゴフ」
キュルケに跨がられた形で仰向けに倒れている士郎に対し、ルイズが書簡を投げつけた。書簡は唸りながら士郎の顔面に直撃する。キュルケが身体の上に乗り、身体を動かせなかった士郎には避けることは不可能であった。
「……なんでさ」
その後ルイズは半強制的にシエスタ達を部屋から追い出すと、書簡に入っていた手紙を士郎に渡した。
手渡された手紙をざっと見た士郎は肩を竦める。
「次の任務は情報収集か」
「そうよ。それも身分を隠してのね……任務はいいけど……地味ね」
「地味だが重要なことだぞ。些細な情報が生死を分けることもある。地味だと言って手を抜いていると後悔することになるぞ」
厳しい声で士郎が忠告すると、肩を縮めてビクリと身体を震わせたルイズが、士郎から顔を背け、
「そっ、それぐらい分かってるわよっ! もう、それよりさっさと出るわよ士郎。馬車とかならともかく、身分を隠すから徒歩で行くことになるわ。行き先は王都だから二日は掛かるわね」
帰郷のために用意していた荷物を入れ替え始めた。
背を向けバタバタと荷物の用意を始めたルイズに同じように背を向けると、士郎も準備を始める。
「了解」
魔法学院を出発して二日後。王都に着いた士郎達は、まず手形を金貨に換えこれからの活動資金を手に入れた……はいいが、次の行動が問題だった。身分を隠さなければならないのに、この格好はまずいと、平民が着るような服を買いに仕立て屋に行ったところまでは良かったのだが、士郎がここで服を買うか、それとも布を買って自分で作るか思案している間に、ルイズの姿が消えてしまったのだ。時間が掛かかり過ぎるかと思い、服を買おうとルイズに声を掛けようとしたところで、ルイズがいなくなっていることにやっと士郎は気付き。慌てて周りを見渡すも見付からず、仕立て屋から出ると、そこで何かの建物に入ろうとするルイズの姿を見付けた。
そこからが大変だった。
慌ててルイズの後を追って、士郎はその建物、えらく騒がしい居酒屋の中に入る。居酒屋の中は古く汚かったが、小さな出入口に対し中は広かった。居酒屋に入った士郎が辺りを見回すと、居酒屋の一角で設えられた賭博場を見付けた。背筋を襲う寒気と岩を飲み込んだかのような胃に感じる重さ。凄まじい勢いで高まる嫌な予感に、無意識の内に全身に強化を掛け、全力で賭博場に飛び込んだ士郎が目にしたものは、
「いやあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
頭を両手で挟み、汚れた床に膝を落とし悲鳴を上げるルイズの背中だった……。
暮れゆく街の中央広場の片隅に、見るからに重苦しい雰囲気を放つ二人組がいた。鮮やかな桃色の髪を持つ少女は、ペンキが剥げかけたベンチに力なく座り込んでいる。その横に立つ男は、項垂れた様子の少女を冷めた目で見下ろしていた。
「どうして賭博場にいたんだお前は」
「うっ……その……ね。シロウが一人で服選びして暇だったから、ちょっと外に出てみたのよ。そしたら、汚いお店から出て来た男が『金が三倍になった』みたいなこと言ったのを聞いたの……」
「で?」
「……だから、その……四百エキューじゃ少なすぎると思って」
ベンチに座る少女は、隣に立つ男を涙に潤む目で見上げている。そんな少女に対し、男は変わらず冷めた視線を向けるだけであった。
「それで資金を増やそうと賭博場に……ということか?」
「だ、だって……その……だって……」
「……」
「ま、前にタバサが賭け事してたとこ見たことがあるんだけど……あの子簡単に勝ってたから……わたしにも出来ると思って……その……」
両手を使い、少女は過去に見た賭け事の成功例を説明する。
「タバサが簡単に勝ってたからといって。お前が勝てると言うわけじゃないだろ。そもそも、どうやったらあんな短時間で、四百エキューもすることが出来るんだ」
「どうやってって……一度に全部掛けたのよ」
「何で一度に全部賭けたんだ」
「……ちまちま賭けるのが面倒だったのよ」
男……士郎の視線の先には、力なく顔を地面に向け落ち込んだ様子を見せる少女……ルイズの姿。
視線の先のルイズの格好は、いつもの魔法学院の制服姿ではなく、士郎が自費で購入した地味で粗末な服装に変わっていた。隣に立つ士郎も、いつもの甲冑姿ではなく、同じように粗末で地味な服装に変わっている。それだけでなく、いつも腰に差していたデルフリンガーは、今は一人? 悲しく魔法学院でお留守番であった。
地味な格好で目立たず情報収集を目的にこんな格好をした二人だが、しかし、二人共地味な服装に対し中が全く釣り合っていないことから、何かしらちぐはぐとした違和感を感じさせ、逆に人目を引いていた。その証拠に、周りを歩く者の中に、チラチラと二人を見ている者達がいる。俯いてブツブツ呟くルイズを、凍えるような冷たい目で見下ろしていた士郎だったが、疲れたように溜め息を吐くと、日が沈み始め、赤みを帯び出している街に視線を移した。
「言っておくが、金は貸さないぞ」
「なっ何でよシロウッ! 確かに全部すってしまったわたしが悪いけど。これは姫様からの命令なのよっ! ちょっとぐらい貸してくれたって」
「お前に金を渡したら、目を離した隙にまた失くすかもしれないからだ」
指を突きつけ、一言一言力を込めて言う士郎に、ルイズはしどろもどろに言い訳をするが、
「もっ、もうしないわよ。だって、ねえ。ほら、ちゃんと反省してるし」
士郎は全く信用してない目で見詰めるだけであった。
もうしない。
反省している。
何度聞いたことだろうか……。
そんなことを言って、しおらしく反省していたことから、金を渡してしまい……。
と、遠坂……スるどころか借金まですることは無いだろう……。
「だからって貸す理由にはならない」
腕を組んで一度息をつくと、士郎は講義を行う教師のようにルイズにお金の大切さについて説明を始めた。
「いいかルイズ。公爵家の娘であるお前にとってはそんなに大した金額には思えないだろうが、四百エキューと言えば、一般家庭が一年は優に暮らせるだけの金額だ。一体どれだけの血と汗と努力の末に手に入るのか……だがルイズ。働いたことのないお前にはその実感が余りにも無さ過ぎる。だからここでお前に安易に貸すことがお前のためになるとは思えない。いい機会だ。情報収集に必要な金は、自分で働いて稼げばいいだろう。フォローぐらいしてやる」
「そ、そんなシロウ……」
目に涙を溜め、震えて見上げてくるルイズに、ほだされることなく、士郎は腕組みをしたまま微動さにしない。頑なな士郎の様子に、またもルイズは顔を下に向けると、膝を落として小さくなってしまった。
小さく丸まったルイズを見下ろし、士郎が、さてどうやって働かせるかと悩んでいると、
「ちょっとやめてよっ! これ以上しつこいと衛兵を呼ぶわよっ!」
「呼んだらいいさ。知ってるだろ。僕はそれなりに有名な商家の長男だ。この辺りの衛兵には顔が効く。例え呼んでも意味はないさっ! さあっ! 今日こそは僕に付き合ってもらうよっ!」
通りで若い男女がいささかいをしていた。一人は太い眉が活発な様子を伺わせる、長いストレートの黒髪を持つ美少女と言ってもいい可愛らしい少女。もう一人は耳に掛かる程に伸ばした金髪を持つ、メタボリックな体型のお世辞にも美男子とは言えない二十歳前後の男。
往来の真ん中で騒ぐ二人を、周囲を歩く者は関わり合いにならないよう遠巻きに避けて通っていく。女は男から逃げようと、掴まれている腕を必死に振っているが、男の手はビクともしないようだ。男は女の必死な様子をニヤニヤと見下ろしながら、ずるずると引きずっていく。女は助けを求めるように周りを見渡すが、視線が合わないよう逸らす周りの者の様子に悔しげに顔を歪めた。そして、いやらしい目で見つめてくる男に何かを言おうと口を開き、
「何をしている」
横から割り込んできた声に遮られた。虚を突かれ、目を瞬かせながら声が聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには見窄らしい格好をした男が立っていた。元は黒かっただろう服は所々色あせ、汚れ。今はどちらかと言えば灰色に見える。そこらの平民の平均的な服装だ。しかし、その中身は絶対に平民ではないだろうと女は確信する。
「嫌がっているだろう」
根拠の一つは、服の上からでも分かる程に鍛え抜かれた肉体。
二つ目は、高い位置にある顔から放たれる。直接向けられている理由ではないにも関わらず寒気を覚える程の鋭い眼光。
絶対に堅気ではないだろうと思われる男が、自分の腕を持つ金髪男の手を掴んでいる。金髪男はまともに男の鋭い眼光を受けたことから、へなへなと腰を抜かし地面に尻もちを着いている。
ダラリと地面に腰を落とした金髪男が、ガクリと首を垂らしている様子を訝しげに思ったのか、男が顔を覗き込んでみると、どうやら気絶していたようだ。男が手を離すと、べしゃりと金髪男が顔面から地面に倒れる。
「……何か悪いものでも食ったのか?」
「いや。あなたの目が怖くて気絶したんじゃないの」
人差し指で頬を掻きながらポツリと呟くと、後ろから士郎に声を掛けてくる声があった。それは、金髪男に腕を掴まれていた少女だった。金髪男に掴まれていた腕をはたきながら、少女は楽しそうに笑っている。
「そこまで怖い目をしてたか?」
「ものすっごく怖かったわよ。横目で見てるだけでも怖かったもん。真正面から見られたらそりゃ気絶もするわよ」
「……そうか」
微かに肩を落とす士郎の様子に、少女はますます笑みを濃くする。
「でも、ありがとね。おかげで助かったわ。何か御礼がしなきゃ」
「ん? 御礼? いや、別にい――」
「いいじゃない。このまま帰られちゃ、こっちの気が済まないのよ。いいから来なさいよ」
「お、おい」
士郎の腕を取った女は、その腕を自身の豊かな胸に挟むように抱きしめる。大胆な少女の態度に、焦った士郎が手を引き抜こうと腕に力を込めると、
「何やってんのよシロウッ!!」
「グハッ!」
服をはためかせながら飛び掛ってきたルイズのドロップキックを腰に受けた。
何とか踏みとどまった士郎が、慌てて振り返ると、髪を逆立てたルイズがそこにいた。先程のしおらしい態度は鳴りを潜め、猛々しい様子を魅せている。今にも火を吐きそうなルイズの様子に、どうやってこれを落ち着かせようかと頭を捻る士郎に対し、服を引っ張りながら声を掛けてくる者がいた。
「ねえ。この子誰?」
「わたしはシロウのごしゅ――」
「妹だ」
「えっ?」
「へぇ……」
ルイズの声に被せるように士郎が口を開くと、ルイズは疑問の、少女は面白がるような声を上げた。
慌てた様子で見上げてくるルイズに対し、士郎が何かを伝えるようにじっと見つめると、ルイズは何かを感じ取ったのか、何も言わず黙り込んでしまう。何やら見つめ合う二人を、先程とは意味を異にする笑みを浮かべると、少女は二人の様子を見比べた。
「ふ~ん……まっ、いいけど。なら一緒についてきて。ご馳走してあげる」
「お、おい。だからちょ――」
「ジェシカよ」
先を歩いていた少女……ジェシカはくるりと振り向き、士郎に身体を向けると腰に両手を当て、胸を張った。胸を張った瞬間、先程士郎が感じた豊かな胸がプルンっと揺れる。
「あたしは名前はジェシカ。あなたは?」
勝気な、しかし魅力的な笑みを浮かべるジェシカに、士郎も引き寄せられるように笑みを浮かべ応えた。
「衛宮士郎だ。よろしくなジェシカ」
ジェシカと名乗る少女について行った先にあったのは、『魅惑の妖精』亭という宿屋だった。
中に入ると、きわどい服装をした少女達がテーブルを拭いたり椅子を動かしたり忙しそうに働いていた。動くたびに短いスカートから覗く太ももや、大きく開いた胸元が揺れ。男なら思わず目が追ってしまいそうな光景が広がっていたが、士郎の視線はその刹那の美景を追うことはなかった。別にルイズの教育的指導が怖かったワケではなく、ただ単にそれどころではないモノ(・・)が士郎達の目の前にいたからだ。
「な、何だこいつは」
オカマだ。
「ヒッ! な、何アレ!? 男? 女? って言うか人間なの? 新種の亜人じゃないの?!」
オカマがいた。
男性ホルモンがムンムンと薫る分厚い胸板には胸毛がこれでもかと言うほど茂り、大きく胸元が開いた服から溢れている。髪はオイルでテカテカと輝いている。見事にパックリと割れた顎には、何かを挟めそうだ。近づかないでも臭う香水の香りで頭が痛くなってしまう。
「ミ・マドモワゼル。ちょっと一席借りるわよ」
「あらジェシカ? 随分遅かったけど、どうかしたの?」
化けも――オカマ……ミ・マドモワゼルは、腰をくねりくねりさせながらこちらに近づいてくる。思わずシロウは背後にルイズを庇い、数歩後ろに下がる。
「まね。最近しつこい商家の長男がいたじゃない。そいつに絡まれてるところを後ろの色男が助けてくれたのよ。その御礼をしたいから何か持ってきてもらっていい?」
「あらまあっ! それは大変だったじゃない! そういうことならちょっと待ってなさい」
ミ・マドモワゼルは背を向けその巨大な尻をフリフリと振りながら去って行く。その後ろ姿を出来るだけ目にしないよう、士郎とルイズは顔を思いっきり背けている。首をギリギリと捻っている士郎達の腕を引き、ジェシカは士郎達をテーブルにつかせると、向かいに座った。
何とか気を取り戻した士郎は、出て来た食事(持ってきたのはオカマではなかった)に舌鼓を打ちながらジェシカと話しを始めた。その中で宿屋の一階で居酒屋を経営していること、先程のオカマがジェシカの父親だと言うことを知った。
さらに先程のオカマがこの『魅惑の妖精』亭の経営者だということから、士郎がルイズにここで働きながら情報収集をしてみないかと提案した。
最初は給仕をする女達の派手な格好に顔を顰め、否定していたルイズだったが、先程の士郎の言葉を思い出し、渋々ながらも納得した。ルイズの了承を得た士郎は、ジェシカにここで働けないかと聞いてみると、ルイズの顔と身体をジロジロ見たあと、「いいんじゃない」と言って父親であるオカマを呼んだ。
オカ――ミ・マドモワゼル……本名はスカロンと言う店主は腰をくねらせながら近づいてくると、ジェシカから事情を聞き、ジェシカと同じようにルイズの顔と身体をジロジロ見たあと大きく頷き、ルイズの雇用を認めた。
しかし、そこからが士郎の予想を超え始めた。
色とりどりな露出が派手な給仕服を着た少女達の姿を眺め、これから自分が辿る未来を思い浮かべ、顔を真っ赤にするルイズを横目で眺めていた士郎の両肩を、スカロンの手ががっしりと掴む。
「ねえ。ジェシカから聞いたんだけどん? あなたってものすっごく強いんだって?」
「あ、ああ。まあ、それなりにだがな」
音を立てて鳥肌が立つのを感じ、士郎が不自然に揺らめく瞳でスカロンを見る。スカロンはニッタリとした笑みを浮かべた。
「なら。用心棒をしない? 最近乱暴な人が多いのよ。ジェシカちゃんが信頼出来る人って言ってるし。ねえ、やってみない? よ・う・じ・ん・ぼ・う?」
両手で身体を抱きしめ、くねくねと身体をクネらしながら頼みこむスカロンに、若干腰を引きながらも士郎は頷いた。
「ま、まあ。かまわないが」
「ほんとうっ!? うれしいわっ! もうキスしてあげる!」
「遠慮するッ!!!」
顔を近づけてくるスカロンの両肩に手を置き、必死に顔を背ける士郎。本気で嫌がる士郎の様子に、スカロンは肩を竦める。
「もうっ照れ屋さんね。まっ、いいわ。それじゃよろしくねシロウちゃんっ!」
「あ、ああ。よろしく頼むスカ――」
「ミ・マドモワゼルッ! 店内ではミ・マドモワゼルよシロウちゃんっ!」
尻を激しく左右に振りながら叫ぶスカロンに、士郎は本気で腰を引かせながらも手を差し出し握手する。
「わ、分かった。よろしく頼む。ミ・マドモワゼル」
「ええ。よろしくねシロウちゃんッ!!」
その後、用心棒の制服よと、フリフリのフリルがついたショッキングピンクのタキシードを持って来たスカロンを丁寧に断り。まあ……確かに見た瞬間関わり合いになりたくなくなり、さっさと店から逃げ出したくなるような服で、暴力を振るわず追い出せると言う点では、用心棒の服としては最高かもしれないが、大切な何かを捨ててしまいそうな危険性があった。
そういうことで服は自分で用意すると言い。時計塔に居た頃、遠坂の資金集めの一環としてやっていた執事の服を投影で作り出すことにした。それを見せるとなかなか評判がよく、一発で合格がもらえた。
ルイズだけでなく、自分の就職先も決まった士郎は、早速ルイズと共に『魅惑の妖精』亭の従業員に紹介されることになった……のはいいのだが、ちょっと……いや少し……結構大変なことになった。
スカロン改めミ・マドモワゼルが、身体に両手を回し身体をクネらしながら、眼前にいる色とりどりの挑発的な服を着た少女達に向かって叫ぶ。
「最近わたしたちの『魅惑の妖精』亭の大切なお客を奪う、にっくき『カッフェ』なるものが増えつつあるわッ! ……ッ! それはとっても辛いし悲しいわ……」
「スカロン店長泣かないでッ!!」
「ちっがあああああううううッ!! 店内ではミ・マドモワゼル! ミ・マドモワゼルよ妖精さんたちッ!!」
「はいッ! ミ・マドモワゼル!」
訓練された精兵のように、直立不動で一斉に応える少女達の姿に、満足気に頷いたスカロンは、唐突によよよ、と顔をびっしりと腕毛が生えたごつい手で顔を覆った。
「ああっ! 何て可哀想なわたしっ! 可哀想な『魅惑の妖精』亭ッ! でもッ! 泣かないわわたしっ! だってわたし女の子だもんっ!!」
「はいっ! ミ・マドモワゼル!!」
浮かぶ涙などないのだが、スカロンは目尻を漢らしく拭う。
「でも悲しい話しだけじゃないわっ! なんと今日はあなた達に新しいお仲間が出来るのよ」
スカロンの言葉に、少女達が顔を見合わせながらも拍手をする。
「ふふふ。じゃあ紹介するわね! ルイズちゃんいらっしゃい!」
「こ、こんな格好」
小さく口の中でブツブツ何やら呟きながら店の奥から現れたルイズは、恥ずかしさの余り真っ白な肌を真っ赤に染上げていた。
上着はコルセットのような身体に密着するタイプの服で、ルイズの華奢な身体の線を露わにしている。儚ささえ感じさせ、触れる事さえ躊躇ってしまいそうになるが、背はザックリと開き、下にはくスカートは膝上の高さにあり、そこから見える肌は生々しく。思わず手折っても手に入れたくなる程、危険な色気を放っていた。
「る、ルイズです。よろしくお願いします」
プライドが高いルイズが平民に混じってこんな格好で仕事をするなどありえないことなのだが、任務だということ、資金を全部すってしまったこと、さらにこれ以上我侭を言って士郎に嫌われたくないということから、今にも暴れだしそうになる心を必死に押さえつけ頭を下げる。
真っ赤になってぷるぷると震える姿を、緊張だと勘違いした少女達が微笑ましげな顔をしてルイズを見ている。特に問題がないことを確認したスカロンが、大きく手を叩き、自分に視線を集中させると、再度大きく声を上げた。
「はいはいルイズちゃんの紹介は無事にすんだわね。それじゃあ次はルイズちゃんのお兄ちゃんを紹介するわね」
ルイズの兄とスカロンが口にした瞬間。時が止まったかのように一瞬拍手が止むと、次の瞬間には近くの者と一斉におしゃべりを始めた。
「え? お兄ちゃんってあのお兄ちゃん?」
「お兄ちゃんっていったら一つしかないでしょう!?」
「男? 男なの?」
「うっそ! 男の人がこの『魅惑の妖精』亭で働くのッ!?」
一瞬に喧騒に包まれる店内を、スカロンの一括が制圧した。
「静かにしなさいッ! いい? ルイズちゃんは親が博打で作った借金で売られそうになったところを間一髪お兄ちゃんと一緒に逃げてきたの。だからちゃんと優しくしてあげなさいよ! いいわね!」
「はいっ! ミ・マドモワゼル!」
一瞬で静まり返った店内を見回し、ニコニコと笑ったスカロンは、どこぞの司会者のように大げさな仕草で店奥に手を伸ばす。スカロンの手の動きに導かれるように、少女達の視線が一斉に店奥に移動する。
シンっ、と静まり返る店内。誰かのゴクリと唾を飲み込む音が店内に響き。男が一人店の奥からゆっくりと歩いてくる。
「わぁ……」
「へぇ……」
鷹の様な眼光を放つ鋭い目。
整った鼻梁。
浅黒い肌。
所謂執事服に身を包んだ肉体は、服の上からでも分かるほどに鍛え抜かれ。現れた男を見た少女達の口から、感嘆の声や驚きの声が漏れた。
威圧感を感じてしまい、思わず腰が引けてしまいそうになった少女達であったが、じっと見ている内、男の扱いに慣れた少女達はある事に気付く。
「あ」
「ふぅん」
「ふふ」
物理的な圧力を感じる程強い眼光の中に、戸惑いや照れがあることに。
その事に気付いた少女達の顔にニンマリとした笑みが浮かび、美味しそうな料理を目の前にしたかのようにぺろりと舌で唇を舐めた。
「ッ」
獲物を狙う獣のような目つきに変わった少女達を見て。今度は執事……士郎が思わず腰が引けてしまいそうになった。そして、それに気付いた少女達の笑みがますます濃くなる。
士郎の頬を汗がつたい、ゴクリと喉が鳴った。
「士郎と言います。よろしくお願いします」
流れるような仕草で、胸に手を当て腰を曲げる。
執事の見本と言うべき礼をする士郎は、何とも言えない一種の色気を漂わせ。ルイズも思わず見とれてしまう。店内の少女達の喉がゴクリと鳴り、目つきが鋭く変化した。
「あ、あの」
「ししししししシロウちゃあああんっ!!」
「うおおっ?!」
周りの様子に戸惑い。何か言わなければと士郎が口を開いた瞬間、顔に影がかかる。首を刈られたような寒気と戦慄襲われ、顔を上げた士郎の目に、空を飛ぶ化物が飛び込んできた。
その瞬間、鍛え抜かれた士郎の反射神経と肉体は、素晴らしい反応を示す。無自覚の内に強化した身体は、一瞬にして化物の襲撃から逃れることを成功させた。が、強化された肉体による跳躍は、離れた位置にいた筈の少女達の中に飛び込ませてしまい。
結果……。
「うっわすっご! ほら触ってみてこの身体。この間来たマンティコア隊の隊長なんか目じゃないわよッ!」
「あらあらうふふ。怖がらなくていいのよ。ほら、体から力を抜いて」
「くくっ。怯えちゃって可愛い」
化け物から逃れることには成功した士郎だが、ゾンビのように群らがってくる少女達に捕まってしまい。結局は哀れ喰われてしまう結果となってしまった。
群がる少女達の数は多く。下手に抜け出せば少女達に怪我をさせてしまうため出来ない。執事服を引っ張られ、必死に脱がされないよう服を抑える士郎は天を仰ぎ絶叫した。
「ッッなんでさああああああああああッ!!!」
後書き
士郎 「あ~あ~あ~……」
ルイズ 「し、シロウ元気を出して」
士郎 「ふっ……汚れちまったよルイズ……」
ルイズ 「そ、そのシロウ。わたしも頑張って仕事」
士郎 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
ルイズ 「し、しろ」
スカロン「あらシロウちゃんこんなところにいたのね。さあお仕事よいらっしゃい」
士郎 「ッぎゃあああああああああああ!!!」
スカロン「逃がさないわよシロウちゃん!!」
士郎 「もうっ! もうッ! 嫌だああああ!!」
ルイズ 「しッ、シロオオオオオオオ!!?」
士郎とルイズの絶叫が響く中、スカロンの顔には満面の笑みが浮かぶ……。
地獄に連れ込まれる罪人のような姿……罪状は一体何なのか……?
地獄から抜け出せるか士郎ッ?!
次回『輝け! 俺の性剣!!』
煉獄で鍛えた剣! 振り抜け士郎ッ!!
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