辛い愛
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第三章
「今のうちにね。行って」
「だからそれだけは」
「さもないと私だけじゃないから」
だからだとだ。明菜は言ったのである。
「皆死んじゃうよ。それでもいいの?」
「嫌よ、絶対に嫌よ」
首を横に振ってだ。春奈はまた言った。
「このままだと明菜本当に死ぬよ。だからね」
「それでだっていうの?」
「明菜は絶対に見捨てないから」
強い決意を見せてだ。春奈は言った。
そしてだ。家と家の間を何とかこじ開けようとする。しかしだった。
家と家の間は開かない。どうしてもだ。
春奈は万事休すと思いかけた。しかしである。
咄嗟にだ。彼女は足元に包丁を見た。台所で使っていたものであることは言うまでもない。それを手に取ってだ。妹に対して言ったのである。
「明菜、いい?」
「いいって?」
「御免、痛い思いさせるけれど」
狼狽はあった。だがそれ以上にだった。
何とか決意した顔になってだ。それで言ったのである。
「いいわね」
「痛い思いって?」
「あんたは助けるから」
この決意があった。他の何よりも強く。そのうえでの言葉だった。
「何があってもね。だから」
「だからって?」
「御免、本当に」
こう言ってだ。その包丁を明菜の足元に持って来て。
一気に振り下ろした。それで明菜の足を断ち切った。
明菜の足は足首から下がなくなった。骨まで奇麗にそうなっていた。だがそれによって。
明菜は自由になった。家から解放されたのだ。春奈はその切り口を自分が着ていた服の一部を咄嗟に破って包帯代わりにした。
そのうえで明菜を担いでだ。それで言ったのだった。
「行こう、いいわね」
「お姉ちゃん・・・・・・」
「御免、本当に御免」
泣きながらだ。春奈は背負う妹に言った。
「こうするしかなかったから」
「私を助ける為に」
「そう。本当に御免」
泣き続ける。そうしながらの言葉だった。
「けれど行こう。今から」
「うん、避難場所までね」
「お父さん、お母さん、いいわね」
娘の突然の決断と行動に呆然となっている両親にもだ。春奈は声をかけた。
「行こう、今から」
「ああ、そうだな」
「すぐに行かないとね」
両親もだ。ここで我に返ってだった。
そのうえで行こうとする。その時だ。
母は家の方を見た。そしてあるものを見つけた。それを見つけてだ。
咄嗟にそれを手に取ってだ。そのうえでだったのだ。
家族は春奈、彼女が担いでいる明菜を先頭に避難所まで向かう。春奈は必死に明菜を担いで避難場所まで向かった。そうしてだった。
避難場所まで来てだ。へたれ込んで言ったのだった。
「何とかね」
「そうだな。何とかな」
「ここまで来たわね」
「明菜、大丈夫?」
春奈は両親の言葉を受けてから明菜、まだ背負っている彼女に顔を向けて問うた。
「何ともない」
「うん、安心して」
こう言ってだ。妹は姉を安心させようとする。
「何ともないから」
「そうなの」
「お姉ちゃん有り難うね」
背負われているところから何とか座ってだ。明菜は目の前にいる姉に述べた。
「助けてくれて」
「ううん。私貴女に酷いことしたから」
「足のこと?」
「足、切ったから」
このことをだ。妹自身に対して言ったのである。
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