SAO-銀ノ月-
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第二十八話
第五十五層、雪が降り積もった山がある地帯。
「……ッと!」
目の前のドラゴンから吐き出された、白色のブレスを新たな日本刀《銀ノ月》で斬り払う。
リズは本当に良い仕事をしてくれた、と、1ヶ月ほどが経とうとしている今もそう思えるのだから、文句無しの出来なのだろう。
背後にいる《クライン》も、その粗暴な野武士フェイスに似合わずに着実な回避をしていることを確認し、俺がまず率先してドラゴンに向けて突撃する。
「《縮地》!」
まずは突撃するのにもっとも有効な技を使用し、ドラゴンの足元付近に潜り込む。
突如として、標的としていた俺の姿が消えた為か、ドラゴンの標的は俺の後方にいたクラインにシフトし、ブレス攻撃をするための準備動作を開始する。
――当然、そんなことはさせやしないが。
「抜刀術《立待月》!」
《縮地》で得た勢いとスピードを殺さずに抜刀術を放つことで、自身の全身全霊の力と加速した力を込める比較的に大技である抜刀術《立待月》がドラゴンの足に直撃し、ドラゴンはたまらずよろけて壁のように降り積もった雪に身体をぶつける。
俺のこの攻撃により標的が俺に戻ったようで、チャージ中だったブレス攻撃をクラインではなく俺に向かって放ってくる。
「……ッ!」
雪の上で精一杯の力でジャンプし、ブレス攻撃を空中に行くことで避ける。
だが、避けるにはそうするしかなく、仕方ないとはいえ翼があるドラゴン相手に空中戦は下策。
溜めがあまり必要ない、翼による突風攻撃が空中では避けようの無い俺を襲った――
「こっちを忘れんなよオイ!」
――なんてことは無かった。
ドラゴンの標的から外されていたクラインが隙をついて一気に突撃し、ドラゴンの片翼をカタナのソードスキルで切り裂いた。
そのカタナのキレを、(一応)同じカタナ使いとして賞賛しつつ、突風攻撃の威力が単純計算で二分の一になったことで、俺には当たらなかった。
――何故なら、俺は既にドラゴンの真上まで飛んでいたからだ。
クラインのせいで威力を減じた突風攻撃は、もはや俺の位置には届かない。
「悪いが、トドメはもらうぜクライン!」
レベルアップしない俺は、モンスターを狩ってもあまり意味は無いかもしれないが……まあ、まだ俺のレベルやステータス関係のシステム辺りは、たがが俺の予想だ、倒しておいて損はない(クライン以外には)
「斬撃術《弓張月》!」
リズとのクエストの際、《マッシヴェイト・ゴーレム》戦でも使用した高高度からの斬撃が今度はドラゴンに炸裂する。
足に痛烈なダメージと、片翼を切り裂かれたドラゴンに斬撃術《弓張月》を避ける術は無い。
ブレス攻撃をチャージしていたようだが、残念ながら遅すぎる。
そのままドラゴンは一刀両断され、ポリゴン片となってこの浮遊城から消え去った。
「微妙にナイスな展開じゃなかったな……」
俺はがっくりと肩を落とし、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまうのだった。
「いやあ、助かったぜショウの字!」
「何だよその呼び方……」
五十五層《グランサム》の転移門前で、俺とクライン、ギルド《風林火山》のメンバーは集まっていた。
今回の依頼はこのギルド《風林火山》からの依頼で、レアなインゴットが採れるクエストへの共同挑戦だった。
とある鼠みたいな情報屋から買った情報によると、あのドラゴンを倒してもレアインゴットは出てこず、実はドラゴンの住処に落ちているだという。
入手するには、ドラゴンの住処に通じる横穴を見つけるか、ドラゴンの出現する穴からダイブするかのどちらかだけらしいので、俺とクラインがドラゴンの足止めをし、他のメンバーが住処を探す作戦に出た。
ドラゴンは夜行性という話を聞いていたが、俺とクラインがドラゴンの出現地帯をブラブラしていると、律儀に現れて来た。
微妙にナイスな展開じゃなかったのは、もしかしてドラゴンが眠かったからか……?
……まあいい。
とにかく、作戦が功を労したようで、ドラゴンを倒してからしばらくした後、大量のインゴットを手に入れたらしい風林火山のメンバーが現れたものだ。
クラインたちはギルド《風林火山》の戦略の増強、俺は手に入れたインゴットの二割と報酬を貰い、双方なかなかの収入だった。
「俺たちゃこれからどっかの店で、昼飯でも食いに行くけどよ。お前も来るか?」
「悪いな。ちょっと先約が入ってるんだ」
正直腹が減った俺にはクラインの申し出は魅力的ではあったが、先約があるというのは本当だ。
もっとも、昼飯の用事ではないのだが。
「お、そうか……じゃあ何かあったらまた頼むな」
「任せろよ。……転移! 《リンダース》!」
手を挙げてクラインたちに別れを告げ、俺は転移特有の眩いライトエフェクトに包まれた。
第四十七層《リンダース》。
のどかな街並みが特徴的で、ゴトゴトと揺れる水車が、どこか心を落ちつかせる効果を持った層だった。
猥雑な街の《アルゲート》にホームタウンを構えるキリトも、この層は気に入っていたようで、一時期はここに住んでいたらしい。
さて、俺は今日、友人の鍛冶屋兼メイサーのリズとの、『依頼が終わったらこの店にメンテナンスに来る』という約束を果たしに来たのだが……そのリズはと言うと。
「なんなんだコイツは……」
寝ていた。
もう少し具体的に言うと、店先にあるとても寝心地が良さそうな揺り椅子でうたた寝をしていた。
「はぁ……」
ため息を一つつきながら、肩を揺すってリズを起こそうとする。
このままでは、心ないプレイヤーに何をされるかわかったもんじゃないので、寝るなら寝るでキチンと店内で寝てくれた方が良い。
「おい、リ……」
肩を揺すっただけでは起きようとしないので……揺り椅子に座っているんだから当然だろうか……声をかけてみると。
「は、はいっ! ごめんなさいっ!」
「おわっ!」
今まで寝ていたリズが声をかけたら突然飛び起き、俺は反射的にバックステップで後方へと距離をとる。
「えっと……ショ、ショウキ!?」
少し寝ぼけて辺りを見回した後、呆れ顔であろう俺の顔を見ると、今何が起きたかという状況を一瞬で把握したらしく……素晴らしい判断力だ……顔を赤く染めた。
「そ、そういえばショウキ。あんたに頼まれてた武器、作っといたわよ」
ゴホン、と咳払いをして照れ隠しをし、リズは俺が何かを言う前に即座に次の話題に移った。
……ここでリズの寝顔のことを追求しても面白いのだが、機嫌を損ねられても困るので、話にのってやることにする。
「お、早いな……昨日頼んだばっかじゃないか」
「これぐらい余裕よ。まあ……ちょっと夜遅くなっちゃったけどね」
なら、店先で寝ていたのはそもそも俺のせいだったらしい。
ちょっと頼んだものの金額を上乗せしよう、と心に秘めつつ、リズと共に《リズベット》武具店の店内へと入った。
「お帰りなさいませ」
住み込みの店員NPCのハルナさんが、店主とは違って礼儀正しく挨拶をしてくれる。
しかし、この前来た時には挨拶は『いらっしゃいませ』だったような気がしたが……?
俺の疑問を悟ったのか、ハルナさんは恭しく礼をしながら答えてくれる。
「店主から、ショウキさんについてはお帰りで良いと――」
「さ、ショウキこっちこっち!」
ハルナさんの言葉が途中だが、またもリズに和服の裾を引っ張られて工房に連れ込まれる。
「ちょ……引っ張るな!」
なんだか1ヶ月前あたりに経験したような既視感。
デジャヴって言った方が通じたりするが。
そのまま工房へと入った俺に、リズが差し出してきたものは、本家鍛冶屋にキチンとメンテナンスしてもらった足刀《半月》とクナイ……つまりは、システムアシストが使えない俺を、陰で支えるサブウェポンたちだ。
自分自身の手でメンテナンスはしていたのだが、所詮は専門職ではない俺では武器の摩耗は防ぎがたく、本家鍛冶屋であるリズにメンテナンスを頼んだのだ。
ついでに、クナイ作りも頼んだのだが……まさか、こんな早く出来上がるとは思わなかった。
「足につける仕込み刀なんて……こんなの始めて作ったわよ」
「ま、だろうな」
普通のプレイヤーがやったら、多分バグが発生してソードスキルが使えなくなるだろうからな。
……とは、リズには言わない。
俺のシステムアシストが使えない事情を知っているのは、今やキリトやアスナ、クラインといった親しい攻略組だけだ。
別に言っても構わないのだが……言わなくても構わないだろう。
「さて、代金はいくらだ?」
「はいはい、えっと……これくらいかしら」
足に、メンテナンスしてもらった仕込み刀を装着してクナイを自分のクナイ入れに入れると、リズから代金が算出されたトレードウィンドウが、俺の近くに表示された。
少し金額を水増ししてOKボタンを押し、リズが文句を言う前にトレードが成立する。
「やっぱ、足に無いと落ちつかないな……なあリズ、そろそろ昼飯だろ? どっか食いにいかないか?」
「そうね。……思えばもうこんな時間だし……」
その時、店のドアが開く音とハルナさんの『いらっしゃいませ』という声が店内に響きわたって、リズがなんとも微妙な顔をした。
「いらっしゃいませ〜」
しかし、流石は商人プレイヤーであり、若干微妙な表情を残しつつも接客に向かった。
鍛冶屋業務に俺は邪魔だろうと思い、工房に引っ込んでおく。
聞き耳スキルなんていう趣味が悪いスキルは上げてないが、たかが部屋一つの境目だ、特に集中していなくても普通に聞こえる。
どうやら、来た客は片手剣のオーダーメイドに来たようだ。
「予算は気にしなくて良いから、今出来る最高の剣を作って欲しいんだ」
どっかで聞いた声だな、と思い工房から顔を出すと、黒い服に身を包んだ、俺の予想通りのプレイヤーがリズと話しをしていた。
「……キリトか」
「ショウキ!? ……お前、どこにでもいるな……」
(確かに否定できないが)ほっとけ、と言いながら工房から店の売場に出る。
リズは一人状況が分からないようで、俺とキリトの顔を交互に見ていた。
「えっと……知り合い、なの?」
「ああ。こんな身なりでも攻略組の一員の、《黒の剣士》キリトだ」
キリトも俺も、あまり上質そうな防具を着ているようには見えないせいで、下層プレイヤーに見られがちだ。
……まあ、二人とも服装を変える気は無いが。
「こんな身なりは余計だっての。それで、作れるか?」
「それは、もちろん作れるわ。少し待っていてくれる?」
キリトが頷いたのを見たリズは、一旦工房の方へと引っ込んでいった。
オーダーメイド品を作るのに、何かしら準備があるのだろう。
「キリト。もう一本の片手剣ってことは……」
「……ああ。《二刀流》のスキルをカンストした」
キリトが持つエクストラスキル……いや、ユニークスキル《二刀流》。
去年のクリスマス、キリトとちょっとしたいざこざがあり、俺はそこでキリトの二刀流のことを知った。
あまり思い出したくない話のため、この話は割愛する……
「リズ」
キリトを売場に待たせ、工房で準備しているリズに呼びかける。
「なに?」
「このインゴット、使ってくれ。コイツなら、あのキリトだって満足出来ると思う」
そう言って俺がアイテムストレージから取り出したのは、クラインたち《風林火山》と手に入れてきた《クリスタライト・インゴット》。
鼠の話が確かならば、このインゴットは素晴らしい潜在能力を秘めているという。
「え……でも、良いの?」
「ああ。……俺は何か昼飯買ってくるよ」
――これはキリトへの、去年のクリスマスのお詫びなのだから。
心中で呟いて、俺は工房側の裏口から昼飯を買ってくるために、《リズベット》武具店から出て行った。
後書き
ぶっちゃけ閑話、原作の心の温度でした。
次回からまた長編に戻ります。
ところで、作中で述べている『去年のクリスマス』。
キリトに何があったのかは……説明不要だとして、それにショウキがどう関わったかは、またいずれ。
次の長編が終わったら、ショウキの過去編は書くつもりなので……誰得とか言わないで。
次の長編、時系列的に予想出来る人はいると思いますけど、それはそれとして感想・アドバイス待っています。
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