学校の怪談〜宮ノ下さつきとフォークロア〜
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プロローグ 白い少女と黒い猫
「ん〜〜〜、いい天気!!! ここがパパとママが生まれた町なのねぇ。うわぁ! ちょっと見て見て敬一郎。大きな山があんな近くに見えるわよ!」
山の麓にある町中を一台のトラックが走っていた。
そのトラックの助手席に座るのは長い茶髪をおさげにした、活発そうな女の子。
少女の名は宮ノ下さつき10歳。小学五年生。
その日、さつきは住み慣れた生まれ故郷である東京から、父の転勤により一家揃って父と母の生まれ故郷である天の川市に引っ越し中だった。
東京生まれのさつきは僅かながらも自然が残る天の川市内の風景に終始歓声をあげていた。その一方で。
「……山なんか別に見たくないもん」
さつきとは対象的にテンションを下げて、顔を下に向けたまま、弟の敬一郎は姉であるさつきに返事を返す。
さつきが元気、活発、ドジっ子、おてんば娘だとしたら、その弟の敬一郎は泣き虫、怖がり、甘えん坊……小学一年生という幼い年齢的なこともあり、とっても純粋な少年だ。
「あ、そう。……あっ! 」
さつきは引っ越し業者が運転するトラック助手席の窓を開け、窓から顔を出して歓声をあげる。
「見えてきたぁ!!!」
さつきと敬一郎の眼前に広がるそれは、かなり古びた木造建築物だった。
カラスが飛び立つ様子やその門構えからして、かなり不気味な雰囲気を醸し出している。
「あれが新しく通う……学校?」
まるで、映画とかで如何にも何か出そうな雰囲気がある校舎だった。
そんなさつきの疑問に父親である礼一郎は答える。
「昔、義理母ちゃんが学校の校長をしていたんだぞ!
パパもママもここで勉強をしたんだ……」
昔を懐かしむように礼一郎は語りかける。
さつきは、大好きだった母が通っていた学校の校舎をボーッと見つめる。
敬一郎は……
「僕、前の学校の方がいい……」
腕の中の飼い猫の黒猫を抱き締めながら、どこか寂しそうな表情を浮かべたまま呟く。
「おいおい、あれは旧校舎だ。お前達が通うのは隣だよ」
「「ええ⁉︎」」
礼一郎が指差す方向に目を向けると、曲がり角を曲がったその先に、新築のようなピカピカの鉄筋コンクリート製の校舎が姿を現した。
「うわぁ! 新しいよ〜」
敬一郎はさっきまでとは違い、目を輝かせて新校舎を見上げた。
怖がりの敬一郎が何か出そうな雰囲気がある旧校舎に通うことになれば、本気で泣いていただろう。
「よかった。水洗トイレじゃなかったらどうしようかって、本気で心配しちゃった」
弟と違い、さつきはさつきで心配が解消されたようだ。
「なぁんだ。お姉ちゃんも怖かったんだ」
姉の強がりに、自分のことを棚に上げて敬一郎は笑う。
「怖くなんかないけど……⁉︎」
弟へ弁明しようとしたさつきは、自分の左側。つまり、側道の左を何かが横切ったような感じを感じてしまった。それは黒い影のように見えた。
(見間違い? え、でも……)
さつきはトラックの窓から顔を出して、後部を確認した。
(え?)
そこにはもちろん誰もいなかった。人っ子一人いなかったのだ。
さつきが気のせいか、とホッと胸を撫で下ろしたその時だった。
トラックの前方、窓ガラスに白い無数の手が現れたのだった。
「きゃ、きゃーーー!!!」
さつきの叫び声に運転手が驚いたのか、トラックは急ブレーキをかけて停車した。
揺れる車内でさつきは頭を手で覆い、身を竦める。
ガタガタ震えながら、停車し動かないままの車内に疑問を浮かべる。
(……なんでみんな騒がないのよ? この中で一番怖がりそうな敬一郎が声を上げないなんて。そんなの絶対、ぜーったい変よ。ありえない!!!)
恐る恐る顔を上げると……そこには誰もいなかった。前方の窓ガラスに視線を向けたが、さっきまで確かにそこにあった無数の白い手もなかった。それだけではない。
トラックの運転手も、父親も、怖がりな弟も、黒猫カーヤも誰の姿もなかったのである。
「あれ? 運転手さん? パパ? 敬一郎? ちょっと……なんでみんないないのよ?
パパ! 敬一郎! カーヤ? なんで? なんで誰もいないの? どうなってるのよ!」
さつきは頭がこんがりそうになる。何が起きてるのかわからない。さっきまでいた大人達はあんな短い時間でどこかに行った? いやいや、トラックの運転席から出るにしろ、外に出るにはドアを開閉しないといけないはずだ。開閉音は聞こえなかった。助手席に座っていたさつきが気づかないはずがない。それとも……さつきが感じないだけで、かなりの時間が経過していたのか?
いや、それにしたって、弟や父親が何も告げず自分を置いていなくなったなんて……そんなことは認めたくない。
(夢? これはきっと夢よ。そうよ。悪い夢でも見てるのよ。そうに違いないわ。よし、早く覚めろ!)
さつきは瞳を閉じて祈った。これが夢なら早く覚めますように……と。
____その時だった。
「お姉さん」
突然、さつきを呼び止める声が聞こえた。恐る恐る声がした背後を振り返ると、そこには、後部座席の上にちょこんとまるで人形のように座る、全身白ずくめの小さな女の子がいた。
「キャーーーーー!!!」
さつき、本日二度目の大絶叫である。
あまりの恐怖と驚愕のせいで、さつきの頭の中は真っ白に燃え尽きていた。立て、立つんだ、さつき!
まだ恐怖は終わってないぞ!
(何よこれ何よこれ何よこれ何よこれ⁉︎)
さつき絶賛大混乱中である。
「これ。お姉さんの」
そんな絶賛大混乱中の彼女に向かって、両手を掬い上げるようかに差し出す少女。
その手には漆黒の携帯電話が乗っていた。
それは……黒い不思議な光沢を持った、デザインの良い携帯電話。艶やかなその表面を見ていると、さつきは何故だか吸い寄せられるような気分になっていた。
「私の……じゃない」
さつきは携帯電話なんてそんなハイテクな機器は持っていない。
最近、世の中が物騒になってきたとはいえ、子供……小学生に持たせる家庭はまだまだ少ないのが現状だ。
それに、かなりの機械音痴であるさつきには、宝の持ち腐れになる、という父親の意見もあり、連絡は専ら自宅の固定電話か、道端にある公衆電話で取ることになっている。
だから、さつきは差し出されたそれは自分のではない、と少女に告げたのだが、少女は首を左右に振って、両手をさらに高く差し出してきた。
「ふふっ、はい。これはお姉さんの『Dフォン』だよ」
「ディー……フォン?」
「そう。運命を導く為の、そして、運命から身を守る為の。お姉さんだけの端末。お姉さんはもうすぐ、『オバケ日記』を手に入れると思うけど、『オバケ日記』は伽倻子お姉さん専用の……だから……それとは別に持っておいた方がいいよ」
『伽倻子』という名前が出てきたことにさつきは驚愕する。
「伽倻子って……もしかして、ママのこと? あなた、ママのこと知ってるの?」
「ふふふっ、うん、知ってるよ。とーても、よく、ねぇ」
「ディーフォンとか、日記とか、今何が起きてるのか……とからよくわかんないことだらけだけど、ママに関係することなのね?」
さつきは少女に問いかけるが、少女は……
「きっとお姉さんを助けてくれるよ。多分だけどね」
さつきのその質問には答えずに、有無を言わせないほど強い言葉で、さつきの手に『Dフォン』を握らせた。
Dフォンを握り締めたさつきは、手に馴染む質感と、見ているだけで心惹かれるデザイン、持っているだけで落ち着いてくる感触に、不思議と違和感を感じずに受け入れていた。
不思議なことに……確かにこれは『自分の』だと思えてくるのだ。
「そのDフォンには、お姉さんと因果……縁がみたいなものが繋がっているロアを探してくれるから。大事にしないとダメだよ?」
「……因果? ロア?」
「そう。因果があるロアが出す磁場……電波みたいなものを受信することで助けてくれるの。試しに、ちょっとあっちの方に向けてみて?」
少女が指差した方向は学校の校舎だった。
「あの校舎に何かあるの?」
さつきはドキドキしながら、尋ねた。
内心、新校舎の方でよかった。旧校舎の方だったらどうしよう、とドキドキしっぱなしなのは秘密だ。
「ううん。そっちじゃなくてあっち」
少女が指差したのは新校舎ではなく、その裏にある旧校舎の方角だった。
さつき顔面蒼白である。
「い、いやよ。なんで私があんな校舎に近寄らないといけないのよ! 私は絶対に旧校舎になんか行かないんだからね! 絶対に行かないから、絶対に!」
それ、何かのフリか? と思えるくらい何度も何度も『絶対に』を強調するさつき。
「そう。でも、お姉さんは必ずあそこに行くことになるよ? 絶対に」
「な、なんでそんなことわかんのよ⁉︎」
「それが運命だから、だよ。じゃあね?」
「ちょっ! ま、待ちなさいよ!」
後部座席から立ち去ろうとする少女に掴みかかろとするも、狭い車内の中を移動するのは大変で、さつきが後部座席に移動する前に少女の身体は消えてしまった。
「こらぁ、待ちなさ__」
後部座席のドアを擦り抜けて車外に出た彼女の姿を見ようと、助手席の窓から顔を出して……。
………。
「どうしたの? お姉ちゃん」
心配そうな敬一郎の言葉でさつきはハッとした。
「あ、あれ?」
辺りを見渡すさつき。さっきまでいたはずの少女の姿はどこにもない。
そして、何故かトラックは停車していない。まるで、時が戻ったかのように、何事もなかったというような感じで学校の前を過ぎ去っていく。
「さつき、危ないぞ?」
父親、礼一郎の言葉に訳がわからないと思いながらも、素直に従ってさつきは助手席におとなしく座ることにした。
(さっきのアレは……夢? そ、そうよ。あんな変な出来事現実に起きるわけないじゃない!)
「お姉ちゃん……大丈夫?」
さつきは心配する敬一郎に「大丈夫よ。ちょっとボーッとしちゃっただけよ」と返した。
あれは、ただの夢。そう自分に言い聞かせた。
後部座席に座っていた黒猫のカーヤが、座席下に潜り込んで、落ちていた黒い携帯電話で遊んでいるとは、つゆ知らずに。
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