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ダン梨・T
「ミアさん、この店の名前って豊穣の女主人だよねー」
「ああ、そうだけど?」
「ミアさん、元は冒険者だったんだよね?」
「なんだいアンタ、急にアタシの事なんか聞いて」
「女神フレイヤってさー、一般的には美の女神だけど豊穣の女神でもあるよねー」
「………………………」
目の前に無言でドン!!と馬鹿デカイ魚のあんかけが置かれ、遅れて「サービスだよ」とぶっきらぼうな一言が飛んできた。やばい、興味本位で質問したら地雷踏み抜いたっぽい。いや、もしかしたらと思って軽くカマかけたつもりだったんだけど、やっぱ関係者だったのかと思っていると、目を合わせないままミアさんが口を開いた。
「……女神フレイヤが豊穣の女神だなんて話、フレイヤ・ファミリアの人間くらいしか知らない話だ。アンタそれ何処で知ったんだい?」
「知り合いにオラリオ大好きな訳知り顔の爺さんがいて、その人から聞いただけだよ~……いや、マジ深い意図はなかったんすよ?」
「アンタ、それならあんな意味深な聞き方するんじゃないよ。あんまり迂闊な事言ってると痛くもない腹ぁ探られるよ?」
「さーせん」
毒気を抜かれたのかミアさんとの気まずい空気は払拭された。あとさりげなくジジイに罪擦り付けちゃったけどジジイだから別にいいよね。孫と俺に向かって「ハーレムはいいぞぉ?」とか言っちゃうエロジジイはね、痛い目見た方がいいよ。
「ね、バミューダ君が店長と微妙な空気になってんだけど」
「どーせバミューダの事だからお代の値引き交渉でもしてるんでしょ。今朝もね、果物屋の梨を10分かけて34ヴァリスまで値切りましたからね。何考えてるか分かんないから何言いだすか分かんないめんどくさい友達なんです、バミューダは」
どうも、ベルに軽くDisられているバミューダです。名前が言いにくい事に定評があります。
あの後、どういう訳か八つ裂きにされたミノタウロスの返り血がキッチリ避けていた筈の俺たちに降り注ぎ、二人仲良くトマトになって原作の流れでした。ちなみにエイナさんに会いにギルドにはいかず街の噴水で血を落としてたら別のギルド職員に「え~……おま、ちょ、え~……」みたいな顔されました。別にいいじゃん夏とか子供が入ったりしてるんだしと説き伏せた。
しかしあれだけ華麗に梨パワーを使ったのにやっぱり原作の流れに乗るんだな。俺もきっちり巻き添え食ってるけど、これが因果の流れという奴か?俺が世界を変えるには因子が足りないという事だな、うん。或いは主人公力が足りない。
貰った煮魚を遠慮なしにパクパク食べて「うめー」と言いつつ、そのうちロキ・ファミリア来るんじゃねーかとか先の事を考える。正味、個人的にはダンまちという物語の結末にさしたる興味がある訳でもないので、基本なるように身を任せつつ興味のある所だけ頭を突っ込むつもりである。
「ね、バミューダくん滅茶苦茶綺麗にお魚食べるね」
「ケチケチ精神が凄いんですよバミューダは。梨の種とかホームの中で植木鉢に植えて苗育てようとしてますからね」
誰かを助ける必要性も感じないし、この世界は生きている。生きている以上、勝手に動くし誰かの助けも必要ない。使命はない。目標もない。ついでに戦いの才能も特別ない。俺に出来る事といえば暇つぶしに喋って喋って喋り倒す事くらいだ。
という訳で、俺はいつの間にか到着していたロキ・ファミリアより若干滑稽な口プレイでベートにトマト扱いされてへこんでいるベルの肩をぽんと叩いた。あれで本気でアイズ氏の気を引こうとしてるんだとしたらアピールが犬並だな。さぁベルよ、ベートわんこに雑魚だのなんだの言われ放題で俯く暇があったら俺の話でも聞いていけ。
「ベル、前にトマト育ててどっちが美味いの出来るか挑戦したの覚えてるか?」
「え?ああ……あったねそういうの。バミューダの勝ちだったっけ。あんなに甘いトマト作るんだもん、おじいちゃんもびっくりしてたよ」
「ま、ちょっとコツを聞いた事があってな………ベル、トマトってな。与える水の量が少ないと逆にいいトマトになるんだぜ」
本当の事言うと水やりが面倒だったのもあるが、これは割と有名な話だ。
「トマトはな。水の少ない過酷な環境に置かれるほどに、生き残るための生命力を必死に振り絞って実に栄養を沢山送るんだ。もちろん枯れるリスクもある。でも苦しくて、苦しくて、ずっと苦しい中で頑張ったから、俺の作ったトマトは凝縮された努力で甘くなったんだ」
誰にだって苦しい時はある。ベルだって、じじいが演技でお隠れになったとも知らずにガチ凹みしていた時期があった。でも俺は知っている。こいつは気弱そうな面して、本当は負けん気の強い奴なんだ。だから、押してやれば面白いくらい進むさ、きっと。
「なぁベル。俺たちはトマトだ。まだ実ったばかりで食えたもんじゃねぇ青いトマトだ。俺たちが人様にいいトマトって言われるかどうかはこれからだ。地味でも地道でもバトって経験値積んで、危なくなったらトンズラこいて、それでも前へ進む苦しさに挑み続ければ……きっとすげぇトマトになれるぜ」
「………そこまで行ってもトマトなんだ?」
「バぁカ、トマトに笑う奴はトマトに泣くんだよ。言いたい奴には言わせとけ。あとでトマトに追い越されて恥かくのは、少なくとも俺らじゃねえんだからよ」
要は成すための覚悟があるかどうかだ。某物理特化ネゴシエイターの物語でも、合成トマトもずっと美味しさを追求すれば本物と変わらなくなるなんて台詞があった。まぁアレのトマトは隠語みたいな感じだったけどね。ある意味俺は前の俺のトマトなのかもしれんが、怖いのでやめとく。
「でも、実力は全然追いついてないし、向こうのが正しいんじゃ」
「人間誰だって自分が正しいって思って生きてんだから、完熟トマトの下らねぇ価値観にいちいちかかずらうな。ベル、こういうのは言ったモン勝ちだ。それに言葉には魂が宿る。言霊って奴だ。魂が詰まってるなら、その言葉は自分の背中を押してくれる。さあ、お前がなりたいのはどんなトマトだ!?」
「出来ればトマトじゃなくて人間の英雄になりたいんだけど……?」
「声が小せぇぞ!そんなんじゃ立派なトマトにはなれん!!」
「うああ、人にばっかり恥ずかしい事とか勇気あることさせようとして!バミューダの悪い所!だいたいそういうバミューダはどうなのさ!?冒険者として英雄とかなりたくないの!?」
何を馬鹿な事を言うのですかベル君よ。自分がやりたくない事を他人に押し付けるのは長生きの秘訣ですぞ。あと他人を唆して面白い状況を作るのもな。お前は本当に出来のいいピエロだよクーックックック……しかしよくリアクションしてくれるトマト君の頑張りに免じて俺の本音も聞かせてあげよう。
「俺が冒険者になったのはお前が誘ったから。そんだけ。面白そうだから着いて来た」
「わざわざオラリオまで来ておいてそんだけぇ!?」
「俺は俺のやりたいことをやるだけで、人間が生きる理由なんぞそれで充分!!神々でさえ俺を笑う権利はない!!」
何故なら神も自分のやりたことをしてるから、という揚げ足取りのようなオチはさておいて、ベルは眼尻を抑えて静かに呻いたのち、テーブルに置かれた料理を一気に掻き込んだ。その見事な食べっぷりに周囲が関心する中、食べつくしたベルは皿をテーブルに置いて叫ぶ。
「ほんっとバミューダって馬鹿だよね!!自分勝手で身勝手でずるっこくてさぁ!!ほんっとズルいよこういう時だけちょっとカッコイイなって思うようなこと言っちゃってぇ!!いいよ分かったよ!!僕これからダンジョン行く!!行ってバトって強くなって僕を笑った人をいつかこの手でブっとばして『トマトに負けた感想はいかが?』って聞いてやるよチクショーッ!!」
顔を真っ赤にして全力で叫んだトマト君は、それですっきりしたと言わんばかりに俺に向かってニっと笑った。やっぱりコイツ面白いなぁ、と思った俺は右手のげんこつを突き出し、ベルの左手のげんこつと突き合わせた。
「大胆な宣戦布告やで。どないするベー……いや完熟トマト?」
「いやー、言われちゃったね完熟トマト!」
「誰が完熟トマトだオラァ!!人を馬鹿にするのもいい加減に……」
「ベート」
「あん?な、なんだよアイズ……」
「顔真っ赤。もうちょっとで完熟トマトだね」
「………ウガァァァァァーーーーーーーーーッ!!!」
「静かにしろ、ベート。ファミリアの品格が問われる。まったく、これなら喋らないトマトの方が静かでいい」
翌日、ベルの徹夜強攻合宿に付き合わされた俺は、途中でバテたベルを抱えてファミリアに戻り……紐神様に盛大に怒られた。やっぱ唆すんじゃなかったかなぁ、と思いつつ、俺は夜明けの太陽を眺めながら本日の梨を齧った。
= =
バミューダ・トライアングルという少年について、ヘスティアは困っている。
いや、別に彼が問題児でベルが優等生という訳ではなく、ヘスティアからしたらどっちもタイプの違う問題児である。しかし敢えてバミューダ側に目を向けてみると、やはり困っているのである。
初めて出会った時、ベルはヘスティアに誘いをかけられて地獄に仏とばかりに目を輝かせたが、バミューダは別段ヘスティアの下に行きたい風でもなかった。なのに眷属の誘いには応じた。何故か聞くと、「成り行きにまかせるのもいいかと思って」と悪びれもせず笑った。恩着せがましい事を言う気はさらさらないが、客観的に見て自分を拾ってくれた神に対して取る態度ではない。
つまるところ、バミューダとしてはヘスティア個人はどうでもよくて、成り行き上面白そうだからファミリアになったに過ぎない。そんな享楽的なところが逆にヘスティアは心配だった。自分が面白そうだという理由だけでホイホイ仕える神を決めるようではろくでもない神に捕まってろくでもない目に遭いそうな気がしたのだ。
「ヘスティア様も十分ろくでもない神な気がしますよ?友神にたかって紐生活してた上に浪費癖のせいで貯金ないんでしょ?よっ、安月給!」
「ぐぶほぉぉぉーーーーーッ!?」
そしてこの毒舌である。バミューダと言う少年は、とにかく年齢に不釣り合いな程によく舌が回るのである。年相応の幼さを残したベルとは大違いで、正直に言うとその交渉能力の高さで猛烈に買い物を値切るので助かっている。助かっているのだが……。
「バミューダ君が何考えてるのか、さっぱり分かんない……!」
「神様ー、それ前からですから気にしない方がいいですよー」
割とどうでもよさそうなベル曰く、約2年の付き合いの中でバミューダの考えている事など悪だくみ以外感じ取れたことがないそうだ。しかも、そもそもバミューダは来歴からして謎だらけ。ベルのおじいさん曰く「寄る辺なき子」だそうで、どうやら家族はいもしなければ覚えてもいないようだ。故にベルはそういう人だとして割り切っているという。
何を考えているのか分からない、と言ったが、神は人の嘘くらい簡単に見抜ける。しかし「何をやらかすか」、すなわち未来に関しては何一つ分かりはしない。そういった点において、バミューダは何を目指しているのかという行動指針が分からない。いや、ないと言ってもいい。
(バミューダ、キミに寄る辺はないのか?君の心は一体どこにいる……?)
自分が楽しければ何でもいい――自分さえ楽しければ、何でもやらかす。それは、一時の享楽の為に命を投げ出したり、誰かに恨みを買う事にも繋がりかねない危険な思想だ。彼にはもっと明確な目標を持って、腰を落ち着けて欲しい。これから別のファミリアに心移りするにしてもずっとここにいるとしても、ヘスティアはバミューダの事を「ああ、この子は大丈夫だ」と思える不変の何かが欲しいのだ。
「無理でしょ。バミューダは多分一生根無し草ですよ……彼女でも出来ない限り」
「彼女かぁ………」
バミューダは基本ベルをからかって面白がっている。ファミリアに入る決定打になったのも、ベルがバミューダを誘った形だった。つまり、今のところ彼の好感度が一番高いのはベルという事になる。
「ベル君、妹か姉とかいない?」
「両親知らないんで可能性はないでもないですけど、多分ないと思いますよー」
「ベル君、女の子になってみな――」
「例え神様でもその先は言わせませんからね?仮に女の子になったとしても、ぼかぁ男と付き合う趣味もないし逆ハーレムとか嫌ですからね?」
先は長いようである。ちなみに自分がなろうともしたのだが、見事にスルーされていてヘスティアは自分の包容力に自信がなくなってきている。
後書き
T=トマトマトマートけちゃぷっぷーのT。トマトの世界で何かが起きる。
ベートを見ていると何となくウルフルンと重なるのは何故じゃ。
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