ソードアート・オンラインーツインズ・リブートー
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SAO:7tr―黒白の切り札―
前書き
えー……長い長い夏休みを終えてちょくちょく再開していけたらいいなと思います。
安全エリアを出て三十分が経過。
ドウセツの説得に成功した私達は運悪くモンスターの集団に遭遇していた兄達と合流した。
その道中、探している軍を見つけることはなかった。
「まだ軍とは会わないわね」
「ひょっとして、もうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」
アスナの発言におどけたようにクラインは言う。皆も同じように感じていたらしい。
……でも、あの私のイメージ的にコーバッツってアイテムを使うことを許さなそうな気がする。思い込んでいるだけでそうじゃないことを願いたいんだけどね。
「……そうじゃないみたいよ」
しかし残念ながら、ドウセツの発言で嫌な予感を的中したことを表す結果となってしまった。
というのも半ばほどまで進んだ時、微かな回廊内を反響する悲鳴が耳に入る。モンスター特融の叫びではなく、人の悲鳴。
そうとわかった時には私達は一斉に足を動かし駆け出した。敏捷力パラメータに優る私達は風林火山を引き離してしまうけど、今は立ち止まるわけにはいかない。
先へ進むと、彼方にある大扉が見えてきた。
ただ、その大扉はすでに左右に大きく開いていることから、悲鳴が響いて来たことも含めて『軍』はボスと戦っているに違いないだろう。
力いっぱい地面を蹴り飛ばして加速しさらにスピードを上げた。追随するように兄もアスナもスピードを上げる。ドウセツは敏捷力が高く、あっと言う間に私達に追いつき、風の如く疾走してはいち早く扉の手間にたどり着いた。
「ドウセツ!」
少し遅れて私もたどり着き、視界に映った光景のは、
「……最悪ね」
ドウセツがぽつりと漏らした通り、そこは最悪を超えた地獄絵図だった。
金属質に輝く巨大、山羊顔の青い悪魔『ザ・グリームアイズ』右手の斬馬刀とでもいうべき巨剣を振り回す。その迫力は凄まじく、まるで希望を打ち切るような素振りで軍を薙ぎ払っている。
それはまさしく恐怖の象徴。それに逃げ戸惑う軍はもう統制も何もあったものではない。頭がパニックして絶望の文字だけが浮かび上がり、その表現が悲鳴を表していたと感じ取れた。
「……ボスのHPは三割も減ってないとなると、ボスを倒す勢いは最初だけのようね」
ドウセツは冷静に状況を見極めている。
「……おかしいわね」
「な、何がおかしいのよ」
「二人いないわ」
「二人……二人って」
私は『軍』の部隊の人数を数えていく。
1、2、3、4……確かコーバッツ率いる『軍』は十二人いたはずだ。でも今は十人に減っている。
二人だけ逃げた? 敵わない相手だと判断して命を守るために優先するとしたら、転移結晶で逃げるのが先決だ。
状況を見ればこれ以上、ボスと戦うのは無謀であり命を落とすだけとなる。そう考えれば逃げることは十分にあり得る。
でも、それだったら何故他のプレイヤーは逃げることをしないんだろうか? コーバッツがそれを許されないからそれに従っている? それでも命を失う危険があるのだ、本能的に転移結晶を使う人はもっと多くてもいいはずなんだ。でもそうじゃないとしたら……。
「うわぁぁあぁぁっ!」
『グリームアイズ』に薙ぎ払われた『軍』の一人が床に激しく転がる。彼のHPが赤い危険域に突入していた。
すぐに離脱するべきだ。あるいはクリスタルを使って帰還した方がいい。
しかし離脱は軍と私達のいる入り口との間に、ボスが陣取ってしまっているせいで離脱は難しくなっている。下手をして離脱しようとするのなら命を落とす危険性が高い。
それなら選択は一つしかない。
「何をしている! 早く転移アイテムを使え!」
到着した兄はすぐに状況を理解し、倒れた軍のプレイヤーに向かって提案を伝えた。提案というよりは命令に近い。そうじゃないと、確実に死ぬからだ。
だが軍の一人はこちらに顔を向けると、青白い炎に照らされた表現は絶望を露わしていた。
それと同時に軍の誰かが、最悪の想定が確信へと変わる様な叫びをした。
「だ、だめだ……っ! く、クリスタルが……クリスタルが使えない!!」
「なっ……」
兄は絶句した。そして私もアスナも、冷静な態度を取るドウセツも苦い顔をしていた。
こんな状況で嘘つく度胸があるとは思えないし、嘘をつく余裕なんてない。だったら軍の誰かが言った通り、この部屋はクリスタルが使えない『結晶無効空間』と言うことになる。
「そ、そんな! ボス部屋が『結晶無効空間』になったことなんて今まで無かったのに……」
迷宮区で稀に見られるトラップはあった。だけどアスナが言った通り、今までボス部屋にそんなトラップを張ることは一度もなかった。
ここに来て新たな厳しい条件を与えたのか、萱場晶彦。
「何を言うか……っ! 我々解放軍に撤退の二文字はあり得ない! 戦え! 戦うんだ!」
悪魔の向こう側で一人のプレイヤーが剣を高く掲げ、怒号を上げた。おそらく彼がコーバッツ中佐だろう。彼は不利な状況でも、敗北の文字だけは許されないプライドを通したいのか? あるいは中佐としての使命を貫き通したいのか?
だけどそれは。
「馬鹿野郎……っ!」
兄が叫んだ通り、それは馬鹿でしかない!
結晶無効空間で二人いないなら消滅してしまったこと。そして二人は死んだと言うことになったんだ。
そんなことはあってはいけないのに、コーバッツは未だにボスを倒すことだけを目的としている。
誰がどう見ても一目瞭然、軍は敗北している。まともにHPを削ることもできず、逃げるのに精一杯で転移結晶が封じられているこの状況で戦い続けてしまえば、全滅するのは間違いない。
「コーバッツ!」
私も思わず叫んでしまう。それを心にしまわず、留《とど》まることはできなかった。
「今やるべきことが中佐としての使命? プライド? 攻略? そうじゃないでしょ! 今は逃げるべきなのよ! 死んだら全て終わるんだよ! 逃げるのが恥なら、死ぬ事は罪になるのよ! お願いだから恥を恐れないで、命を無駄にするような行動をしないで!」
だが私の叫びは、彼に届いてくれはしなかった。コーバッツ中佐は怒号を上げ続け、部隊を立て直していく。
「おい、どうなっているんだ!!」
ようやくクライン達六人が追いつき、兄が手早く事態を伝える。
私達が斬り込んで連中の退路を開くことは出来るかもしれない。いや、そうしないと『軍』は救えない。けれども緊急脱出不可能な空間で、こちらに死者が出る可能性は少なからずあるかもしれない。何よりも人数が足りない。
「全員……突撃……!」
なにか最善の策はないかと頭の中で模索しているうちに、コーバッツが悪魔の向こう側で部隊を立て直したらしい。
……考えている暇はない。
目の前にいる人達を助けるのなら、立ち止まっている場合じゃないんだ!
「やめ」
突撃しようとした時、ドウセツが右手で制して私を止めた。
「ドウセツ!」
「いいから」
言葉で止めたドウセツは瞬時にボス部屋へ踏み込み『グリームアイズ』に近づくために疾走し始めた。
「なんで……」
何故、私を止めてドウセツが先に行く? 足が速いから? 敏捷力が高いから自分が向かったほうがいいからか?
……それだけじゃない?
「まさかっ!」
「おい、キリカ!」
兄に止められそうになるも、私はボス部屋に踏み入れドウセツに向かって一直線に走り出す。
嫌な予感が間違いないでなければ、ドウセツは軍に攻撃される前に、囮になるために一人で勝手に飛び出した。そしてそのために私を止めさせた。
人数が足りていないこの状況でみんなを助けるには、誰かが囮になり、その間に救うのが私の中で思いついた対策の一つ。それをドウセツは実行しようとするならば、ドウセツが危ない!
私は疾走に駆けるドウセツに、なんとか追いつこうと必死に走り出した。
だけど。
私達が走り出した時には遅かった。
まず軍の何人かが一斉に飛びかかるものの、満足に剣技を繰り出すことなんて出来ず、ただ混乱するだけだった。その一人、コーバッツはグリームアイズの巨剣の餌食にされてしまい、すくい上げられるように斬り飛ばされた。
「ぐはっ」
私の目の前に激しく落下。唐突すぎで足を止めてしまった。
そして彼と目が合い、無数の断片となって消滅する前に口がゆっくり動く。
彼はこう言った。
あり得ない、と……。
誰に向かうわけでもない、その言葉は小さかった。そしてその直後、コーバッツはあっけなく消滅してしまった。
この瞬間、コーバッツがリトライすることもなく、萱場晶彦によって書き換えられたアインクラッドの世界で死んで逝った。
同時に現実世界でもコーバッツも死んでしまった。
……私が。
……私が早く動こいていれば、結果は変わっていたのかもしれない。
……私が動かなかったせいで、コーバッツは死んでしまった。
もっと説得していれば、何かが変わっていたのかもしれない。
私のせい…………私がもっと早く動いていれば……。
……いや。
まだだ。
「うあああああああああぁっ!!」
まだ、終わってない!
救うことをできなかったのは確かだ。でも、それで終わってはいない!
私は止まっていた足を再び前に動かす。囮として動いたドウセツを、そして取り残された軍を救うために、ただただ助けることだけに私は必死に足を動かした。
結果的にコーバッツが死んだことで、自分一人が囮になろうとしていたドウセツの行動は無意味になってしまった。それでもドウセツは止まることなく駆け出す。
しかし甘かった。ドウセツは近づいた直前にグリームアイズが急に振り返って、猛烈なスピードで斬馬刀を振り下ろしたのだ。それはあまりにも唐突なことだったが、ドウセツは咄嗟にカタナで受け止める。けどグリームアイズは強引にドウセツを薙ぎ払い、壁に激突させた。
ドウセツのHPバーが減り、手元からカタナを離してしまい地面に倒れこんでしまう。グリームアイズはそこに容赦なく斬馬刀を大きく振り下ろし、おいうちをかけようとしていた。
「ドウセツッ!」
もしも、このまま間に合わず、あの斬馬刀が振り下ろしたらドウセツは生きていられるの?
多分大丈夫なはず、HPもそんなには減ってない。
でもそれと同時に大丈夫ではない。HPが失くなればドウセツは消滅して、死ぬことになる。
ドウセツがここからいなくなる? まだ、恩は返していないのに死んじゃうの?
嫌だ。
そんなの絶対に嫌だ!
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶対に死なせない! 死なせてたまるか!
私は無我夢中に全力で駆け抜ける。
この世界では皮肉なことに、失ったこと、得られたこと、強さを勘違いしていたこと、罪の重さのこと、過ちを犯したこと、命の大切さ、命の重さと軽さなどを、多くのことを学んだ気がする。それで私はドウセツやアスナ、クライン達と出会うことができて今も生きていられるんだ。
でも……。
『キリカ。何でこんなことになっちゃったの? 何でゲームから出られないの? 何でゲームなのに、本当に死ななきゃならないの? あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの? こんなことに……何の意味があるの……?』
…………サチ。
……本当に、なんでこうなったのかな。私はただ新しいゲームと兄と一緒に遊びたかっただけなのにね。ゲームの世界で現実の様にプレイしたかっただけなのにね。なんで、百層クリアしないとゲームに出られなくなっちゃったのかな? なんでゲームなのに死んだらリトライできず現実の自分も死んでしまうのかな。なんで私達は…………萱場晶彦は目的に巻き込まれてしまったんだろう。
なんでそれで…………サチが死ぬことになったのかな。
…………。
疑問に思ったところで、何もかもが解決できない。戻って来て欲しいものは永遠に来ない。過去に戻ってなかったことにすることできはしない。
でも前を向くことはできる。例えそれが辛くても、苦しくても、悲しくても前を向いて生きていかないといけない時がある。
なんでこうなったかも、なんでゲームから出られないのも、なんでゲームなのに本当に死ななきゃいけないなのかも、萱場晶彦の目的のせいで理不尽に巻き込まれたとしても私は前を向いて、生きて歩き続ける。
生きている限り前を向いて歩き、そして私の家に帰るんだ。
この世界の恩人であるドウセツを救って! 一緒に現実世界へ帰るんだ!
「間に合ええええええええええええええええええっ!!」
悪魔が斬馬刀をドウセツを殺す勢いで振り下ろされる。
そんなことさせない!
私は薙刀を伸ばして敵の大剣を受け止めよとした。
「ま、間に合ったっ……!」
ドウセツに当たる直前で、薙刀で受け止めることに成功。私はギリギリ間に合わせることができた。
「だ、大丈夫、ドウセツ……」
「キリカ……前!」
ホッとしたのも束の間だった。グリームアイズは強引に斬り下ろし力ずくで突破しようとしていた。
私の薙刀は耐久がそんなにないから、あと少しで折られてしまう。折れた瞬間に私のHPは大きく削られるだろう。
今の状況で解決する方法は、ここで回避をすれば薙刀を折られることもなければ自分のダメージも最悪でも最小限に抑えられるだろう。
「くっ」
グリームアイズが最後の踏ん張りに怒号を上げる。そして怒号によって力いっぱいに込めた斬馬刀の圧を耐えられず、とうとう私の薙刀は折れてしまった。
当たる。重い一撃が……。
普通に避けることなんてできないが、私なら簡単に回避する方法を知っている。それを使えばダメージを受けずに回避ができる。
……なんてね。
「ぐっ!」
私は抵抗する暇もなく、グリームアイズの重い一撃を食らい、地面へと押しつぶされる様に倒れてしまった。そして生命線となる自分のHPバーがグイっと減少してしまう。
私も兄もドウセツも装備とスキル構成は壁使用ではなく攻撃特化仕様になっている。このまま追撃されると、確実に殺される。
死の恐怖。
救えなかった恐怖。
回りの人が急にいなくなる恐怖。
何回戦闘しても恐怖に慣れたことなんてない。
それでも私は。
「キリカ!」
挫けるわけにはいかない。まだ命はある。
私はすぐさま立ち上がりグリームアイズが追撃を行う斬馬刀を回避しつつドウセツに狙わない様へと誘導させる。
「ドウセツ! 一時避難!」
ちらっと、グリームアイズの周辺を見たら、アスナに続き兄、クラインが駆けつけるのが視界に入った。
「アスナ、兄! ちょっとだけドウセツと一緒に避難するから、その間だけどうにかして!」
私は兄とアスナの返答をまたずにドウセツと共に奥へ避難した。
現状を見ればもはや軍の連中はまともに戦うことができない。どうにかして自分の身を守るのに精一杯だ。一時的とはいえ、兄達には時間稼ぎをさせてもらったけどかなり厳しい。なにせまともに戦える人が限られている。軍を守りながら戦うとなると、崩れたら最後、一瞬で終わってしまう。それに加えて『結晶無効空間』だ。転移して街へ戻ることもできなければ、一瞬で回復することもできない。
とはいえ、薙刀を折られてしまった私は足手まといにしかならない。急いで別の薙刀を装備して加勢に行かないと。
「ドウセツ、大丈夫?」
「えぇ……」
力なく返事を返したドウセツは俯きながら壁に寄りかかる。
……グリームアイズの進撃がないのは、今はアスナ達と交戦しているおかげみたい。とりあえず、ドウセツを救えたことでホッとしているが、ずっとそうしているわけにはいかない。
「とりあえず、さっさと回復しよう。ポーション持っているよね?」
ハイ・ボーションと言う小さな瓶を取り出し、緑茶にレモンジュースを混ぜた味の液体を口に流し入れる。これで五分もすれば、数値的にはフル回復するけど……素直に満タンになるまで待ち続けるわけにはいかない。頃合いを見て復帰しよう。
「……どうして」
「え?」
「どうして……また私をかばったの?」
飲み干したドウセツが私に対して静かに問いかけてきた。
顔を上げ、清ました表情をするけど、声に力はなくどこか弱々しかった。
…………前もそんなこと聞かれたっけ。
「前も言ったと思うけどさ、そんなのドウセツを助けるために決まっているじゃない。今回はまだノーダメージだったし、ドウセツが食らったら最悪ゲームオーバーになる可能性があったでしょ? 助けるのは当然だって」
「…………」
ドウセツは私が助けた理由を納得していなかった。
「……“あの時”」
ドウセツは何故か顔を伏せるとまた弱々しく問いかけてくる。
「“あの時”もそうだったわね。私が殺されそうになったところを助けてくれた」
「それもドウセツを助けるためだよ」
「……そして、私を助けるために貴女は二人殺した」
「…………うん、その通りだよ」
ドウセツが言っているのは、かつてアインクラッドに存在し、無差別に公然と快楽に殺人を行い、三桁を上回る数の犠牲者を出した殺人ギルド『ラフィン・コフィン』の討伐したことだろう。
少なくとも私が“ちゃんと人を殺した”時はそこしかない。
今年の八月に私や兄、アスナが所属している血聖騎士団を含めた攻略組は、ボス戦なみの討伐隊を結成し、『ラフィン・コフィン』を捕縛した作戦が行われた。だけど、どこからか情報が漏れてしまったせいで急襲しようとしたこちら側が逆に奇襲を受ける結果となってしまった。
最終的に私達が勝利したものの、討伐対側は十人以上の犠牲者を出してしまい、『ラフィン・コフィン』側は約十人の捕縛に成功したものの、二十人以上を消滅してしまった。
そうだ。私はドウセツを守るために二人を殺したんだ。
「……どうして、そこまでして私を助ける? 手を汚し、自分の命を犠牲になろうとしてでも私を助けようとするの?」
ドウセツはそのことをどういう意味で言っているのだろうか。どんな表情を込めて言っているのだろうか。声は淡々としているけど、どこか弱々しい。表情は俯いているせいで何も読み取れない。
……ドウセツはあの時のことを気にしているのだろうか。こんな時、なんて言えばいいのか、わからない時がある。
ただドウセツを助けたいだけで、納得できるのだろうか。
…………いや、違うな。私は納得してほしいわけじゃない。
例え納得しなくても、私はドウセツを助けたい気持ちなのは何一つ偽りもないんだから。
「私はね、恩人であるドウセツを死なせたくないから助けるの。それと自分のためとか、過去のことを繰り返したくないから必死になっているだけなの。だから後悔していないわけじゃないし、正しいことをしているつもりはない。本当は殺人を犯したくなかったし、ドウセツに心配されるような行動はなるべくしたくない。コーバッツも助けたかった。それでも死ぬのが怖くて怖気づいてしまうこともある。だから、その……私が言いたいことはね、全部自分のためなの。自分の心を傷つけたくないために、立ち止まったままは嫌だから、とりあえず行動に移さないと……立ち止まった時に終わってしまったことが、もの凄く怖い」
助けるのに理由はいらないと、ヒーローが言っていた。
でも私はヒーローではない。ましてやヒーローにはなれない。
何故なら、助けることは私の我欲でしかないのだから。
「……その……迷惑、かな?」
「…………迷惑している」
「そうだよね」
「……でも、キリカは治す気なんてないよね」
「……ごめん」
私が謝るとドウセツは顔を上げる。なんとも言えない表情で私の問いに納得していないのが伝わってくる。
「…………面倒な人ね」
「そうかもね」
「そしてやっぱりバカなのね」
「これに関しては、否定できないかな……」
きっともっと賢いやり方はいくらでもあるはずなんだ。結果的に良かったとしても、あんまり人に心配されたくないし、あんまり迷惑もかけたくない。
そういう意味も含めてドウセツは私のこと呆れているんだろうな。
「キリカ」
「なに」
ドウセツはまた、顔を俯きだした。
「……庇ってくれて……その…………」
プライドが高いせいか、またはお礼を言われ慣れていないのか、照れ隠しする様にドウセツは、
「あ、ありがとう……」
うつ向きながら不器用な感じでお礼を言ってきた。
……私はそんな褒められる様なことはしていない。もっと早く駆けつけていれば、ちゃんとコーバッツを説得していれば救えたかもしれない。先に自分から出ていれば、ドウセツが危険な目に遭うこともなかったはずなんだ。
それでも……ちゃんと前を向かないといけない。誰のためでもなく、自分のために頑張って強くならないといけないんだ。
「うん」
私はドウセツのお礼を素直に受け止めた。ここでそんなことないって拒むのは、ドウセツに失礼を値するし、何よりも私が嬉しかった。
「……さて、そろそろ戻らないと……」
私は視線をグリームアイズに向ける。
兄、アスナ、クラインはなんとか少しずつ攻撃を与えつつ、防御に徹していた。風林火山の人達は倒れ込んでいる軍のメンバーを部屋の外へ引き出そうとしている。
順調そうに見えるけど、救出作業が遅々として上手くいっていない。なんとか対応している兄も流石に人数が少なすぎるせいか、ふとした瞬間に一気に崩れるのは明確。離脱しようとするのなら確実に被害者は出るだろう。
HPはまだ全回復していないけど、私も加勢しに行かないと兄達はやられてしまう。
ここで一番被害を出さない方法はたった一つ。やられる前に倒すことしかない。
「キリカ」
戦場へ戻ろうしとしたら、ドウセツが袖を引っ張って呼び止めてくる。
振り向くと、ドウセツは雪のような印象を与える真っ白な薙刀を右手に持っていた。
「ドウセツ……それは……」
「理由は生き残ってから説明する。その薙刀を使って生き残るわよ」
ドウセツの発言に勢いはなかったけど、不思議と強い意志を感じ取れた。
「わかったよ、ドウセツ。あと、ありがとうね!」
ドウセツにしては珍しいことだったとしても、理由は後でたっぷりと聞ける。
それにせっかくドウセツが私のためにプレゼントをくれているんだ。遠慮なんかいらない。
私は白い薙刀を受け取り、その薙刀を装備する。
名は雪村。
今から新しい相棒で状況を打開する。
戦場に戻って来た私は運が良いのか悪いのか、グリームアイズの攻撃で兄のバランスを崩れかけている。その隙を狙うように斬馬刀が勢い良く振り下ろされた。
「ごめん! 待たせ、たっ!」
一撃が重くなんとか受け流すのに精一杯だった。けど、私にも兄にもダメージを受けずには済んだ。あと一歩出遅れていたら、兄共々強烈な一撃を食らってしまっただろうね。
「なんだ、もう出てきたのか。もうちょっと休んでもいいんだぞ」
「お生憎様、兄がくたばりそうだったから戦線復帰したまでです」
「言ってろ」
グリームアイズが斬馬刀の追撃が襲い掛かる。先ほどの一撃の重さを考えると防御に徹するよりも私は回避に徹した。
結構マズイ状況なのに減らず口をたたく余裕があるとは、流石自慢のお兄様ってところかしらね。
でもこのまま現状維持を保ったままだと必ず押し切られて全滅するのは理解しているはずだ。
そしてこれ以上死者を出さずに勝とうとするのなら、今のままでは成し遂げられない。
ボス撃破を諦めて離脱するべきか。
それとも自分の命をかけて全力で撃破するか。
どっちを選んでも犠牲は出る確率は高いし、地獄を見ることになりかねない。
もっと考えろ、そして頭を回してすぐに答えを出せ。一番の最善な方法を見つけ出すんだ。
「キリカ!」
「なに!?」
兄が私に向かって叫ぶ。
「十秒間持ちこたえてくれ!」
私はその発言に何故か不思議と納得ができたし、そして何よりも勝利を確信できた。
だったら……私がやることは一つだけだ。
「一分でも構わないよ!」
私は兄に強がりな返答しつつ、真っ向からグリームアイズに立ち向かった。
持ちこたえた後は兄が必ずなんとかしてくれる。でもそれはきっと楽な方法ではない。となれば、私は兄を少しでも楽させる様に、多少の無茶をしてでも押し通す。
「ドウセツ! 『ジョーカー』の準備!!」
私は大声でドウセツに指示を送り、私はグリームアイズの一撃を回避しつつ薙刀スキルの大技を発動させる。
「戦刃、乱舞ッ!」
真紅のエフェクトを纏った薙刀を右から左へと振るように斬り払う。
「グオォォォォォ!!」
そして勢いのまま逆時計回りをする様に一歩踏み出しながら自分自身を回転、そしてまた薙刀を右から左へと斬りつける。間を開けずに自分自身を回転、右から左へと斬りつけることを何回も繰り返す。脳がショートして爆発しそうなくらい速度を緩めるどころか斬るたびに速度を上げながら薙刀を振るい続ける。戦場に舞う真紅の刃は青い目の悪魔を命を確実に削り取った。
これが薙刀スキルの数少ない連撃技であり、最大技である『戦刃乱舞』。連続十二回攻撃。
「グオオオオオォォォォォ!!」
十二回目の一撃がクリーンヒットしてグリームアイズはよろめくもののすぐさま体勢を立て直して、斬馬刀を頭上から思いっきり振りかぶろうとしていた。
対する私は大技を使った反動であり硬直してしまい、今のままでは私は確実に一撃を食らうのは必然的だろう。
きっと重い一撃で最悪私のHPを全て削り取ってゲームオーバーになって現実世界の私も死んでしまうのだろうなぁ……。
それが嫌なんで私は“奥の手”を使わせてもらうことにする。
「キリカちゃん!」
アスナが叫んでくる。アスナからすれば、グリームアイズの攻撃を避けられないと思っているのだろう。敵からすれば絶好のチャンスだと思っているに違いない。
でも私はそれを覆す“スキル”を持っている。
私はスキル『絶対回避』を発動。
私はグリームアイズの勢い良く大きく振りかぶった斬馬刀を身体が勝手に動かされる様にタイミング良くギリギリ当たらない様に回避を成功させた。
普通だったらスキルの反動の硬直が邪魔して思うように動かない自分の体を『絶対回避』のおかげで自分を守ることを成功させた。
と同時に、私が回避したタイミングで後ろから一閃がグリームアイズの胴をえぐる様に叩き込んだ。
ドウセツは私が絶対に回避できると確信して、ドウセツも強烈なソードスキルの大技を発動させたのだ。事前に頼んでおいた『ジョーカー』も成功して短時間でグリームアイズのHPを削り取った。これで少しは兄も楽できるだろう。
一分でも良いとは言ったけど、後は兄に任せることしよう。
だから兄が用意した切り札みたいなもので、不利な状況を覆して来てよね!
「スイッチ!」
グリームアイズの振り回す斬馬刀に私は薙刀を衝突させる。大音響と共に私が後退すると敵も同じように後退する。
同時に兄が敵の距離を詰めるため前へと飛び込んできた。
グリームアイズは対象を私から兄へと変更。自慢の斬馬刀で大きく振りかぶる。兄はそれを想定する様に右手の見慣れた黒い剣で弾き返す。そして兄は間髪入れず左手を背に回した。するとそこから、見慣れないクリスタルの輝きが放つ様な剣を握っていた。そして抜きざまに一撃をグリームアイズに与える、兄は攻撃の手を緩めることなく今度は右手に持つ黒い剣で斬りつける。グリームアイズの体制が崩れたところを兄は全ての力を振り絞って強烈なラッシュを開始した。
それはまるで星屑が飛び散る様な剣さばき。右、左、右、そしてまた左と斬り払いや突きなどを敵に叩き込む。
見たことないけど兄はソードスキルを発動している。そして兄の切り札がファンタジーでありながらもこの世界には存在しなかった『二刀流』ということになるのか。
「うおおおぉぉぉぉっ!!」
兄が絶叫する。自分の限界を超え、更に剣を振るうスピードを上げていった。
だが敵も守ることをやめたのか、斬馬刀や余っている片手で兄を殴って反撃を始めた。
グリームアイズに阻まれるものの兄は更に加速していき、食らいながらも次々と二つの剣で叩き込む。
もはや今の兄は自分を守るという意思は存在しない。目にも止まらないスピードで二つの剣を振るっているんだ、いつ脳が爆発してもおかしくはない。それでも兄は自分が死ぬ覚悟で、そして自分の手で勝つために攻撃に集中しているんだ。いや、もはや兄はそれすらも考えていない。あるのは緩めたら死ぬという、無意識な警告だけが脳に響いているのかもしれない。
両者共にHPは赤いラインに突入した。私やおそらくアスナも兄を少しでも助けたいところだけど、インファイトとなっている両者に割り込んだところで邪魔になってしまうのは目に見えている。
だから兄が勝てることを信じるしかない。大丈夫だ、きっと兄ならなんとかやってくれる。
私の自慢のお兄ちゃんだから。
「ぁぁぁあああああああ!!」
「ゴァァァアアアアアアアア!!」
雄叫びと共に兄が振る一撃がグリームアイズの胸の中央を貫くと同時にグリームアイズは絶叫する。
天を上げ、全身が硬直したと思った瞬間、膨大な青い欠片となって爆散し部屋中にキラキラと輝く光の粒が降り注いだ。
そう、兄が七十四層のフロアボス、グリームアイズに勝利した瞬間だった。
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