和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
第08話 伊角の帰還
H13年7月前半 side-Asumi
中国から帰って来た伊角さんと棋院の近くのファーストフード店で待ち合わせて会う。
「それで帰国してすぐに進藤と一局打ったんだ」
「和谷から進藤のことを聞いて家まで行ったんだ。
最初は碁をやめるって言ってたけど……打ってたら、苦しんでた迷いが晴れたみたいだった」
「よかった。進藤も復活ね。伊角さんは中国どうだった?」
「中国で改めてプロになりたいという気持ちを強くしたよ。
後で聞いたけど楊海さんにオレのことよろしくって言ってくれてただろ?
ありがとう。色々と面倒を見てもらったよ。そういえば――」
「――いいなぁ。私は中国は数日だったから羨ましいよ。
楽平は和谷そっくりだったでしょ?
伊角さんも完全復活して今年のプロ試験は外来が強いから院生の皆が大変そう。
プロ試験の予選には元学生三冠の人も参加するんでしょ?」
「らしいな。まずはプロになって奈瀬に追いつかないとな。
そうそう。若獅子戦の優勝と昇段おめでとう。進藤も驚いてた。
次は天元戦の本院予選Aの決勝だって?」
「うん。勝てば天元戦の本戦トーナメント。
そこで四回勝てば挑戦者決定戦だけど、塔矢先生が引退して天元は空位だから……今年は挑戦者決定戦を番勝負にして天元を決めるみたいね」
「そういえば塔矢先生といえば中国棋院で噂になってた。
正体不明のネット棋士Aiがtoya koyoに挑戦状を叩きつけたって」
「えええ。中国でも話題になってるの? ネット碁で対局するのは本当らしいよ。
私は緒方先生から聞いたけど、あまり騒がれたくないって口止めされてるの」
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同日 日本棋院
本因坊戦の三次予選決勝が行われている。塔矢アキラ三段と萩原昌彦九段の対局だ。
原作では塔矢アキラが勝利し本因坊戦リーグ入りを決める。
15歳、プロ2年目のリーグ入りは快挙といえるだろう。
しかし若獅子戦で奈瀬が優勝したとこで不安が募っていた。
しかも奈瀬がアキラくんに勝ったのではなく真柴充初段に負けたと聞いて驚いた。
進藤ヒカルは果たしてプロの世界に戻ってくるのだろうか?
原作とは違ってsaiはAiに負けてこの世界から去った。
saiとAiとの対局がヒカルに影響を与えてないかと急に恐ろしくなったのだ。
だから進藤ヒカルが立ち直れるかを己の目で知りたいと棋院へと足を運んだ。
「ほぅ。珍しいところで会うのぉ」
そこで桑原本因坊と出会った。近づいて挨拶を交わす。
「先生、本因坊戦の防衛おめでとうございます。倉田七段も惜しかったですね」
「ふぉっふぉっふぉ。新しい波が来とるからのぉ。
今戦っとる塔矢のせがれもそうじゃし、緒方くんや一柳のお気に入り小娘もそうじゃの」
「だとしたら進藤ヒカル初段は残念ですね。
桑原先生や緒方先生、塔矢行洋先生まで注目してたと聞きましたが?」
「ひゃひゃひゃ。ワシは何も心配しとらんよ。
時には苦しみも迷いも必要じゃ。
お主だって迷っておるからこそ此処におるんじゃろ?」
「……はい。ライバル視してる進藤初段が欠場したことで、アキラくんが調子を落としてないか心配になって。若獅子戦も敗れましたし……」
「そりゃあ大きなお世話じゃい。誰だって負けることくらいあるわ。
負けることがあっても塔矢のせがれは全力で上を目指しておる。
自分が向かい合うべき相手が諦めない限りアヤツは必ず戻ってくる」
「随分と進藤ヒカル初段を買ってるんですね」
「ふぉっふぉっふぉ。お主もじゃろ?」
棋院の入り口の扉を開け進藤ヒカルが飛び込んでくる。
気づいた職員が声をかけるが、桑原本因坊が止めてヒカルにアキラの対局の場を伝える。
進藤ヒカルは僕の存在に気づくことなくそのまま階段を駆けていった。
「ほれ。杞憂じゃったろ?
目を見たらならわかるじゃろ。どうやら立ち直ったらしい」
「知っとると思うが、碁は二人で打つもんなんじゃよ。
碁は一人では打てん。1人の天才だけは名局は生まれんのじゃ」
「のう。小僧も分かるじゃろ? 等しく才たけた者が2人いるんじゃよ」
「二人そろって神の一手に……一歩近づくですか? だとしたら皮肉だ。
ネット碁で無敗を続ける正体不明の棋士Aiは誰にも手の届かない孤高の存在だ」
Aiはsaiに勝った。おそらくtoya koyoにも勝つだろう。次に誰と戦えばよいのだろうか?
「あの“ヒトのものではない碁”を打つ存在か。お主も散々に振り回されておるのぉ」
「先ほどは碁は一人では打てぬといったが……。
歴史を見れば時として一世本因坊算砂、本因坊道策といった突出した独りの存在が、碁の高みを引き上げることがある。
今や和-Ai-は正にそういった存在じゃの」
「碁の高みを引き上げる……ですか?」「そうじゃ」
気が付けば和-Ai-の存在が多くの棋士たちに影響を与えていた。ただ僕は帰りたいだけなのに。
これでは囲碁の神様の笑えない遊戯に付き合って弄ばれる道化だ。
「苦しみも迷いも必要と言ったが、いつかは歩む覚悟を固めるのじゃな。
生きるということは終わりのない道を歩むようなもの。碁と同じじゃ独りでは歩めんよ」
いつか歩む覚悟か……まだ僕は戻ることを諦めたくはない。
桐嶋和……ただ彼女に会いたい。
せめて一度だけでも会いたい。声が聞きたい、声を届けたい。
「そういえばお主も塔矢のせがれの応援に来たんじゃろ? 行かんのか?」
「いえ、今日は帰ります。お話ありがとうございました」
進藤ヒカルはパーカーで隠していた僕の顔をハッキリとは覚えていないと思うが今日は会わない。
塔矢アキラを追う進藤ヒカルの邪魔をしたくないから。
「なら次に会ったとき小僧どもや小娘に伝えておけ、このワシがおるうちはラクはさせんぞと」
たぶん彼らプロ棋士は和-Ai-に負けても多くが前を向いて更なる高みを目指すのだろう。
ありとあらゆる棋士たちに片っ端から喧嘩を売ってくつもりだったのに、いらない心配をしてしまった。
彼らは弱い僕と違って眩いほど強い。
どれだけ世界が変わろうとも覚悟を持って歩んでいくのだろう。
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