世界をめぐる、銀白の翼
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第六章 Perfect Breaker
魔術師の起動
「全員苦戦してますね・・・・・」
「どうして・・・・翼人ってすごく優位に進められるんじゃないの?」
戦っている皆の姿を見て、アリスが顎に手を当てて考える。
その呟きに、唯子が思った質問をそのまましていた。
「翼人って、メチャクチャに強いんだと思ってましたけど・・・」
「ああ、別段そう言うわけじゃないんですよ」
唯子の中での「翼人」のイメージは、ほぼ赤銅で決まってしまっている。
圧倒的なスペックと力で、他をぶっちぎる強さだと。
もちろん、蒔風などから話は聞いていたのでそうではないと知っていても、イメージという物は簡単にぬぐえない。
「翼人の強さは、もちろん基本的なスペックや各人の持つ能力も強力なんですが・・・・何と言っても理解です」
「なんでしたっけ?相手の力がわかって、攻略法を練る、ってやつでしたっけ?」
「そうです。数年前、舜が「EARTH」メンバーを次々に倒して行けたのも、それが大きな要因の一つでした」
相手の力がどういうもので、その対処法やその人物の弱点などがわかる。
それが出来れば、戦いのみならず、様々なことにおいてほぼ無敵に近い。
翼人の戦闘が一回目に敗北を喫しても、二回目以降には同等か、もしくはそれ以上に戦えるのはそう言うことだ。
無論、基本的なスペックや、予測しきれない事態などはあるのでそれも絶対ではないが、それでも驚異的な力である。
様々な仲間の力を借りれるのも、多種多様な衝撃波やバリアも、圧倒的攻撃力も、全てその攻略法を実行するための物であり、翼人の真の力ではない。
故に世界構築等を理解した赤銅はあれほどまでに強敵だったし、暴走したモンスターとなった後は皆で容易に攻められたのだ。
「ですが、今回の敵はあまりに力も思考も、目的の先も読めません。従者らしき四人の力は暴露してくれていますが、あのセルトマンの力は一切の未知数です」
「ってことは・・・あれに勝ててもヤバい?」
「ええ・・・・非常に」
ドォンッッッ!!!
「グォオっ!!」
「ぬっ・・・・ッ!?」
「くらえやぁ!!」
ズガァゥッッ!!!
爆発が巻き起こり、クラウドとショウがガードしながら地面を滑って後退する。
その二人を追って跳躍したオフィナが、両手を組んでハンマーのように振り下ろしてくる。
半径十五メートルが陥没し、ショウとクラウドの身体が瓦礫と共に吹き飛んだ。
「ぐ、開翼!!」
宙を錐揉みで回転しながらも視線を回し、体幹を取り戻してクラウドが空中で制止する。
間一髪、そこにオフィナの砲撃がぶち込まれ、クラウドがとっさにバスターソードを振り上げて二分して防御する。
「あいつ、砲撃までできるのか・・・」
土煙の中でユラリと立ち上がるオフィナ。
その腕は通常時から数倍に膨れており、拳が地面に届くほどの物になっていた。
ゴリッ、と地面を抉って握り、それをクラウド目掛けて投げ飛ばそうと、右腕を後ろに振り上げていく。
「?・・・・まさか!?」
「避けろ!!!」
ブンッッ!!!
そしてクラウドが察し、ショウが飛び込み、オフィナがそれを投げたのが同時だった。
クラウドはもはや回避は無理だとして、大剣を数本組み上げて盾にして体を固めた。
オフィナが投げ放った土塊は、一瞬のうちに大気との摩擦に発熱発光、その光を尾に引いて、灼熱の砲撃のようにクラウドへと飛来して行った。
それを、飛び込んだショウが蹴り飛ばす。
右足での飛びまわし蹴りに近い体勢で、その先端部の、もはやマグマと形容できるレベルの土塊を蹴り飛ばした。
それはクラウドの脇を飛びぬけて行き、やがてどこかに落ちるわけでもなく、土塊が蒸発することで虚空に消えて行ってしまった。
「な・・・・」
「つっ・・・・くそ」
「おー、蹴り飛ばすとはやるじゃねぇか」
着地し、冷や汗を流すクラウドと、対照的に煙を上げる靴底をにじり消すショウ。
オフィナは飛んで行った土塊を、観察するかのように手を当てて見上げていた。
「・・・・・俺はそう長くいるわけじゃないが、「EARTH」の中じゃかなりの高出力を自負している」
「そうだな。あのシュン以上だからな」
「お前だってもう蒔風と変わんねーよ」
遠まわしにお前以上だ、と言われても、クラウドの表情は一切変わらない。
そんな言い合いにムキになるような彼ではない。
クラウドの表情がそれでも変わったのはつまり、そう言う理由からではなく
「あいつに対抗出来る奴は・・・・いない・・・・!?」
「真正面からじゃあ・・・・とても無理だ」
遠くで「なにやってんだ」とオフィナが叫んで来いよと誘っているが、二人は冷静に話を進める。
無策で突っ走っても、潰されるのがわかっている相手に突っ込むほど彼らは勢いで戦う男ではない。
「どうする?」
「作戦は一つ。集めろ」
「あつ・・・っておい!!」
「俺が時間を稼ぐ。それまでにお前は出来るだけその翼に収束させろ」
ショウが片腕を広げる。
ザァッ、と言う音と共に、そこから幕のように刃が出現した。
魔導八天
天剣の裏
魔たる美しさを秘めた、八本の剣
「まずあれを突破しないと、先に進めないんだ。そも、あいつの限界が知れない以上、ここの敷地ごと吹き飛ばすことも可能かもしれない」
もしそうであるならば、二人に飽き、他の者へと向かうかもしれない。
しかし、彼は強者との出力比べを求めている。
そして彼の認識の中で最強のショウを破ったとなれば、興味が失せた瞬間ここごと吹き飛ばすことも、考慮しなければならないのだ。
「いま、この状況であれを倒せる可能性はこれしかない」
「大丈夫なのか」
「やるっきゃないだろ?この状況」
その一言で、クラウドとショウは準備に入る。
翼を広げ、そこに皆の勇気が集まっていく。
「EARTH」内での士気は上々。
加えて、この状況がわかればさらに呼応もしてくれるだろう。
問題は、これを行うと再び実行可能になるまで一日ほど空くことだ。
だがショウは、それを踏まえたうえでこの作戦で行くことに決めた。
「ったく・・・・不利な状況からの逆転劇は蒔風の得意分野だってのにさぁ・・・まあ、これはあれだ。多分・・・・そろそろ俺にも、ジレンマ突破しろってことだろよォッッ!!!」
ゴゴォゥッッッ!!!
ショウの背後に出現したかのように襲い掛かってきたオフィナの顔面に、見もしないで振り返りいきなりショウが拳を振るった。
それに対し、オフィナはそのままの体勢でヘットバットをブチかまして対抗する。
「ここから余計なおしゃべりは無しだ」
「いいねぇ、やり合おうぜ!!!」
フッ、とショウが力を抜き、オフィナの状態を崩す。
そして一回転して、その落ちてきた側頭部に踵からの後ろ回し蹴りをブチ当てた。
とんでもない爆音がして、オフィナの身体が吹っ飛んだ。
バァンッッ!!
地面を殴り、その威力で勢いを殺すオフィナ。
その土煙をかぶり、理樹とアライアがそれでも一切気にすることなく戦闘を続行していた。
目を細めるような土煙の中で、アライアの眼光は正確に理樹を捕えていた。
この程度の宙に舞った砂利では、瞳を閉じる必要など皆無だ。
振るわれた拳が、理樹のバリアと衝突して甲高い音を上げていた。
「グッ!?」
「はぁっ!!」
その衝突音は、ガラスをこすり合わせたかのようなものに酷似していた。
甲高いその音は、理樹のバリア内で反響して彼の鼓膜を刺激して行く。
「流動!!」
「っと!!?」
そしてまた、理樹がバリアを流していく。
体勢を軽く崩したアライアが、体勢を整えて振り返ると
バチィンッッ!!
「こっ・・・!」
「っ・・・」
その首に、薄く研がれたバリアが左右から襲い掛かっていた。
普通なら首は横に寸断され、上半身と永遠の別れをするはずなのだが、この男の前ではバリアの方が砕けてしまった。
この能力を、理樹はいつも押さえて使っている。
万能性の高さゆえ、まだ使いきれない部分があるのもあるが、それでも彼はそれを抑える。
理樹は、この能力の恐ろしさをしっかりと理解していた。
使いようでは、これは仲間全てを護りきれる最強最高の盾となる。
そうして仲間を護れるのは彼の望みだし、友情の翼にふさわしい物だ。
しかし、もしこれを攻撃に転じれば。
頑強な、それでいていくらでも切れ味を上げられる刃にでき
考えうる陰惨な罠を仕掛けることも可能で
どんな頑丈なものでも、打ち砕くことができるのだ
だからこそ、彼は今までこの力をあまり全力で使ったことがなかった。
もしもそれが仲間を傷つけてしまったらと考えると、どうしても全力など出せるはずもなかった。
この男に対してもそうだ。
過去の先頭においては、アンデットと言う怪人、そして赤銅と言う倒さねばならない存在だった。
だが、どうしても人間であろうこの男にそれを出す気にはなれなかったのだ。
外見で判断する、と言われればそうだ。
今更こんなことで臆する自分を理樹は恥じた。
無論、それは恥ずべきことではない。
しかしこの場においてそれは、決定的な欠点と言わざるを得なかった。
「どうした?攻撃がぬるいぞ!!」
「く・・・・」
「防御の方も、これじゃたかが知れてるなぁ!!」
バキィッッ!!
アライアの手刀に、理樹のバリアにひびが入った。
即座に二重展開する理樹だが、一枚目が破れてその衝撃で吹き飛ばされてしまう。
身体に直接のダメージはないモノの、重い衝撃が頭を叩く。
まるで脳内に警鐘が本当に存在し、音を鳴らしているかのようだった。
「このォッ!!」
腕にバリアを三重に固め、ナックルのようにして殴りつける理樹。
しかし、その瞬間にアライアの顔面が潰れるイメージが脳裏に浮かんでしまい――――
ゴッ、バギィッッ!!
「三重にしてこの脆さ・・・・・二重まで敗れるとは」
三重の内の二層までのバリアが破られ、残り一枚まで差し込まれる。
だんだんとつまらないようにつぶやいていくアライア。
だが、理樹の能力はそれだけではない。
「分離!!(プチン)」
「お!?」
「拘束!!」
ガチィッ!!
破った二層がそのままナックルから分離し、腰に巻きついて右腕を封じた。
アライアはとっさに理樹から距離を取っていくが、腰のバリアはそんなことはお構いもなしに、左腕も拘束しようと伸びてきた。
距離は関係ないと知ったアライアは、即座に左手の拳で腰の部分を殴りつけ、それを粉々に砕いたのちに残った右腕の拘束も砕いた。
そして右手首をさすり、驚嘆の声を上げて理樹を再評価する。
「硬いだけでなく万能。なるほど、確かに厄介だ」
もしもあのまま左腕が拘束されていれば、アライアはそのまま両脚まで拘束され、一切に身動きが取れないまま勝負は決まっていただろう。
いくらアライアが硬くとも、力の入らない状態で拘束されては一気に割ることは不可能。
ゴリゴリと少しずつ削っても、その場で修復されてしまうのがオチだからだ。
「だが今の手は知った。もう取らせん」
理樹は焦っていた。
もしも、今のを本気で出来ていたら勝っていたかもしれない。
他の戦闘は目に入ってこないが、もし自分が皆の足を引っ張っているとしたら・・・・・
(それだけは・・・・!!!)
直枝理樹の額に、冷や汗が流れる。
「EARTH」所属の翼人のうち、もっとも普通だった少年で、もっとも若い彼は
今、最大の敵と直面していた。
それは、決して目の前の男だけではない。
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蒔風の周囲を、土惺の力で浮き上がった地表が渦巻いている。
まるで水か何かのように流動する土塊は、鰐のように顎を開き、蛇のようにのたうっていた。
「押しつぶしても無駄だってのに・・・・」
「黙ってろ」
相手の手を読み、呆れたように溜息をつく加々宮。やれやれと肩を竦めて、手のひらを上に向ける。
それを、蒔風の一言が押しつぶした。
蒔風の腕の動きに合わせて、土塊が流れていく。
幾つかは球体となって周囲を飛び回り、幾つかは場を囲む結界のように、紐状になって周囲を覆う。
「大地に伏せし厳なる力」
言葉に合わせ、大地が呼応する。
力を込める時間があれば威力が増すのが、こういった能力の基本ではあるが、蒔風の今の状況はそれを越えていた。
どうあってもこの一打で加々宮を終えるつもりなのだ。
「この手に乗り、放たれて、竜と化して押し潰せ」
詠唱自体に意味はない。
詠唱をすることに意味がある。
倒す覚悟と、護る信念と、ここに立つ誇り
その三つを混ぜ合わせた胸中には、今まで以上の感情が膨れ上がっていく。
「行くぞ・・・・」
「潰して見せろ!!どんだけ無駄なことか教えてやるよ――――!!!」
腰を落とし、左腕を加々宮に真っ直ぐに向ける。
それは標的を据えるように、それをロックするかのようにゆるぎないまなざしで。
そして、右腕を上げる。
そこに土惺によって組み上げられた竜が誕生する。
押しつぶすことに特化した土惺の力を、竜として組み上げて追尾させる土惺竜。
蒔風の右手が、まるで顎を表すかのように開く。
それと連動して、同じく土惺竜の顎が開いた。
腕の筋肉の胎動と共に、竜の身体にも力が満たされていき、それは一気に突き出された右腕と共に放たれたのだ。
「無駄だっての・・・・」
「土惺竜ッッッ!!!」
凄まじい地面を引きする音と、どのように鳴らしているのか、竜の咆哮が周囲の大気を振動させていく。
この光景のみを見た者は、恐らくこう口をそろえて言うのだろう。
『大地が我々を飲みこんだ』
飲みこまれる者は、ただ一人。
いかなる状況からも再生をし、帰還すると言う不死に近い男。
「ガボッ・・・がはははは!!だっから・・・無駄だって言ってんだろ・・・・」
しかし、そのような状況に置いて加々宮は一切の抵抗をしなかった。
嘲りの言葉は轟音轟く奔流の中に飲まれて消えたが、それがなくとも物理的に圧倒的な地面によって口がふさがれていただろう。
その中で、なおも嗤う加々宮。
(いくら押しつぶしたって無駄なんだっての!!どんなにぐちゃぐちゃにしても、細切れにしても、俺の任意の部分から再生は始まる!!)
例えばの話、胴体が串刺しになって何処かに縫いとめられても、この男は指先を切り落とせさえすればそちらを本体として再生することができる。
その瞬間、切り落とされた指先から再生をはじめ、縫いとめられた本体は塵となって霧散するのだ。
体液からは不可能であるこの方法だが、肉片一つでもあればそれでいい。
そして仮に全身を(焼かれるなどをして)失っても、今度は最後に認識した場所への移動再生が可能だ。
それらを経験したうえで、加々宮は己の勝利を確信していた。
「俺の――――勝ちだ!!」
だから抵抗はしない。
これを受け、なおも打倒してこそ、この男を倒したと言える。
それは間違っていない。
加々宮は蒔風の持つどの力でも、消滅させることは出来ないだろう。
どれだけ斬っても、焼いても、雷を走らせても、水や土や、重力でつぶそうとも無駄だ。
蒔風の額を、汗が一滴流れる。
思った以上に負荷が強いのか、左手で右腕を握り崩れないように踏ん張っていた。
恐らく、この男はこの力を打倒するだけの力を持っているのだろう。
それはもはや信じたくはないが事実だ。
蒔風の土惺が、加々宮の全身を塗りつぶしていく。
この勝負は、これで決する。
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「やめてください!!」
「む?」
魔法陣を描く、セルトマン。
その眼前に、観鈴が翼をはためかせて降り立った。
開いた翼の内には、空気の渦がいくつも回転していた。
恐らく、あれは発射口だ。
もしも何かあれば、あそこから衝撃波の弾丸が飛び出し、セルトマンの身体に突き刺さるのだろう。
だがその中でなお、セルトマンは楽しそうな顔で陣を描く。
それはまるで、映画の次のシーンを楽しみにしている少年のようでもある。
「これはなかなか楽しいことになるんだぞ?観鈴さん」
「でも、大変なことになるんでしょ?」
「まあな」
「じゃあダメだよ」
自らの意思をはっきりと告げる観鈴。
翼の内の発射口が、更に細く絞られる。
「最初こそは自らの生を嘆き、生きることを楽しめなかった君が、ここまで強く自分の意思を示し、友と共に生きられたことは素晴らしいと思う」
「・・・・?」
「だが、それは違うんだ。君は、本来ならばもっと儚く、美しく、そして輝きに満ちた終わりを迎えるはずだった」
「なにを・・・・・」
「だから私が言いたいのはね?ここで醜い肉塊となって悲惨な死に方をするのはかわいそうだと言っているんだ」
観鈴の脳裏に、激痛が走った。
眼の裏が焼けるように痛む。
その激痛は脳に直接針をさしこまれたかのような感覚をもたらし、神経を通じて全身へとそれを伝えた。
歪む世界。揺れる地面。
まるで水中で目を開けたかのような視界に、観鈴は転げまわってしまいそうになった。
それでも観鈴は、セルトマンの方へと向き直る。
セルトマンは特に何もしていない。
ただ、彼の瞳と目が合った瞬間にその瞳がさらに光ったように見えた。
その光は、モザイクをかけたかのような光。鈍く光り、それでいて不快だと感じさせるには十分すぎた。
視界も定まらない中、観鈴は溜めていた弾丸をすべてセルトマンに発射した。
だがそれはまるで当たらない。
二、三発は当たる方向だったが、それも簡単な移動で除けられてしまう。
このままでは脳が割れる。
否、脳が頭蓋骨から飛び出そうとしてしまう、と言う感覚が近い。
セルトマンも、恐らく観鈴がそのような状態であることを知っていて、さらに力を込めていた。
その時、地面がら刃が現れた。
地面から突き出したそれは、一つだけではなかった。
様々な武器が地面から突きだし、魔法陣をめちゃくちゃに崩したのだ。
その場から大きく跳び退いて回避するセルトマンだが、表情に焦りはない。
術式はもうすでにほとんど完成しているのか、流している液体のせいなのか、千切れて破損された個所を自動で修復して繋がり直していた。
それと同時に、観鈴を縛っていた魔眼も解除された。
嫌な脂汗を拭いながら、その場に膝をついてしゃがみ込む観鈴のもとに、一刀が地面から現れた。
「観鈴さん、大丈夫か!?」
「一刀君、ごめん・・・・」
地面からの一刀の奇襲。
その為に観鈴はセルトマンの前に立ったのだが、今回はそれは逆効果だった。
観鈴はセルトマンの魔眼に捕まり、奇襲も結果的に失敗してしまったのだから。
その二人の様子からそれらを推察し、セルトマンが語りかける。
「やはり一刀か。いろんな武器だから一発でわかったよ」
馴れ馴れしく話しかけてくるセルトマン。
自分も結構馴れ馴れしいところはあると思うが、さすがにこの男のはいきすぎだ。
観鈴に手を貸して立たせてから、一刀が翼を出して聞く。
「お前、最初に会った時もそうだったよな?どっかで会ったか?」
「いや?私と君は、あのとき風祭市であったのが最初だよ」
「にしちゃ、俺の力とかよく知ってるみたいだけど」
「まあね。それは知ってるさ。君は有名だから」
「EARTH」は良く知られた組織ではない。
というのは、内部構造や行動内容のことであり、存在自体はもはやよく知られている。
局長の蒔風はメディアにもチラホラ出ているし、翼人と言えばもはや世界の護り手の名前だと思われている。
だがだからと言って、翼人全員の素性は公表されていない。
隠しているわけではないが、調べて知ろうとしても知れるものではないのだ。
蒼青の翼人、としては知られていても、その能力や「北郷一刀」を知っている者は少ない。
(コイツがその上で有名だって言ってんなら・・・・ホントどこで知ったんだ?)
一刀は情報の持つ力を十分に知っている。
彼も元は治世者だ。
多くの武将や文官を従える以上、市井の評判や噂には敏感だ。
それが真実であろうとなかろうと、それが「そうだ」と知られた瞬間、それは「真実」へと変貌する。
その中で、この男がもっている情報は本物である。
だとすると、「EARTH」内からの情報の漏洩か、更に疑うときりがなくなる。
さらにこの男が知っているのならば、そこからさらに漏れる可能性すらある。
この男を倒して終わる話ではなくなってしまうのだ。
一刀の危惧。
今だけでなく、先の危険性だ。
思わずこう考えてしまうのは、癖というか慣習というか。
しかし
「ああ大丈夫。君たちの話は彼らにしかしてないし、彼等も他者には話せないようにしているから」
セルトマンが、それはないと保証する。
まるで一刀の疑念を、読み取ったかのように。
「考え込んでいてつまらなくないか?もっとも、君ら翼人はそうして様々な敵に勝ってきたわけだが」
本当に調子を崩してくる男である。
だが、得体のしれなさはそれ以上。
そうしていると、セルトマンは何かに気づいたように地面を見る。
「ああ、地面を動かしているのか。大方、蒔風の土惺の力あたりでも借りているのかい?」
地面がズレ、魔法陣の形を崩していた。
舌打ちと共に、一刀が地面を踏みつけ、それを一気に加速させる。
思考は本当だが、同時に一刀は儀式の妨害を実行していた。
さらにそこに、観鈴の衝撃波も相まって地面を爆ぜにかかってくる。
「ははっ!!」
それを短く笑い、セルトマンがビンの中から青い液体を放った。
決して多い量ではないが、それがに地面にたれるとそこを境界線として衝撃波が見えない壁に衝突して霧散する。
凄まじい突風が生じたはずではあるが、セルトマンは涼しい顔だ。
一方、地面の方は何もしなくとも問題はなかった。
魔法陣はすでに地面から浮いており、そのいくつかは歯車の様に回転を始めていたのだ。
高速のモーター音のようなものを発し、加速と発光を強めていく魔法陣。
そこに、巨大な岩の塊が投げつけられてきた。
突如として視界に現れたそれを、セルトマンが驚いた顔をして回避した。
それは魔法陣の真上に落ち、しかしそれを破壊することはかなわなかった。
ゴロゴロと転がるその岩は、大きさにして直径五メートルはある大岩だった。
自然にできたとは思えない球状。
当然、蒔風の手によるものだ。
転がっていく岩をセルトマンが足で受け止める。
ビタリと岩は止まり、一瞬潰れたように見えた魔法陣は変わることなく回転をしていた。
さらに
ドォンッッ!!!
「がフッ!?」
理樹を相手にしていたはずのアライアが、吹き飛ばされて突っ込んできた。
飛んで来た方向を見ると、土煙の向こうからは翼刀が拳を握りしめてこちらに向かってくる。
頭から血を流し、左腕はぶら下がっている状態だが、「無事」と一応言える状態だ。
「ごぉぉ・・・フォンの奴、私を盾にしてぇ・・・・」
「そこにいたんだし、ちょうどいいかな~?って」
「いいわけないだろ!!ったく、貴様は以前から・・・・・」
腹を押さえて立ち上がり、べっ、と血を吐き出しながら立ち上がるアライア。
音と外見の割には、あまりダメージは負っていないらしい。フォンに至っては無傷だ。
「ほお。君らがやられたとはね」
「待ってください。私は直枝理樹には負けてません!!あの若造が・・・・」
「でもさぁ、防御の完全って言ってた割にふっとんだよね?」
「うるさい!!大したダメージなどない!!」
叫ぶアライアだが、その言葉は見栄での何でもなく事実だ。
現に、アライアのダメージに対して翼刀の左腕の痺れは、割に合わないほど甚大なものだった。
「翼刀!腕、大丈夫か!?」
「何とかですが・・・・」
「待ってて」
力もうまくはいらない腕を、観鈴が治癒する。
まだ扱いの不慣れなヴァルクヴェインの治癒よりも、それに特化した翼人の観鈴の方が効率がいい。
「蒔風もショウもいないのは?」
「あっちはオフィナが見てますし」
彼には見てもらいたかったが、と落胆するセルトマン。
だがいないものはしょうがないと割り切ったのか、腕を広げて宣言する。
「では蒼青に純白、そして神剣の担い手よ。今、私の計画第一段階をお見せしよう!!」
高速で回転する魔法陣。
楽しみでならないと笑う、セルトマン。
「ここに式は成立した。さあ、起動せよ!!」
宣言する。
短い詠唱の後、セルトマンはその名を告げる。
「万能を叶えたまえ。信仰に実体を!畏怖に空蝉を!!我、ここに汝の目覚めを祝福する!!」
回転を加速させる魔法陣。
そしてそれは、ついに湧き起こる。
「回せ回せ回せ!!繋ぎ、紡ぎ、そして断て!!我が名、アーヴ・ヴェルケニオス・セルトマンの名のもとに―――――聖杯の起動を承認する!!!」
遠く。
直枝理樹は、地面を這っていた。
もう少し向こうでは、オフィナとショウ、そして力の集束を終えたクラウドの激突音がしていたが、今はそれよりも理樹はそちらに向かっていた。
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少し前のこと。
アライアが、翼刀の攻撃をかわしたフォンの盾にされて吹き飛ばされたのち、蒔風と加々宮の戦いがそのままこちらに飛び込んできたのだ。
そのときすでに、加々宮の全身は土惺によって固められた土が覆い尽くしていた。
「てめぇよくも、こんな、ことを――――!!!」
そう叫び、それを最後に加々宮は完全に球体に収まってしまった。
かなり抵抗していたようだが、それなら最初からすべきだった。
もはやそれは時遅く、加々宮の全身は「潰されることなく覆われていた」のだ。
「お前をつぶさず、完全に土惺で密着させる。お前は一切の身動きもとれず、その中で終わるんだ」
人間の持てる重量は通常、どんなに筋肉が発達しても500キロが限界だと言われている。
それ以上は、筋肉以前に骨そのものの耐久が限界を超えてしまうからだ。
結果、筋肉が大丈夫でも骨が砕けて潰れてしまう。
しかもそれは腰を据えて、万全のコンディションと体勢で臨んだ場合の、重量挙げの話だ。
大の字状態で、一切の身動きもとれない状態で、圧縮された地面に閉じ込められれば、いくら数十、数千倍の力を持つ人間でも脱出は不可能だ。
「骨まで強化できるならともかく、お前はあくまでも「再生の完全」だと言った。だったら、それ以上の能力はないだろ?」
他の者がそれ以上の力を以って攻撃できるのは、彼らの力が骨にまで及んで強化しているからだ。
加々宮の能力が超再生止まりであるならば、決してあの中から脱出することは出来ない。
そうしてその球体(もはや圧縮させつくし、鉄の塊のような硬度だ)を、担ぎ上げてセルトマンの方向へと投げる。
その後、理樹の方へと声をかけて安否を確認して俺たちも行くぞ、と蒔風が言いかける。
理樹はと言うと、自分の至らなさがゆえに、はっきりとしない返事を返す。
どうした?と首をかしげる蒔風。
そして、理樹は投げ飛ばされた。
ショウの時間稼ぎの途中、オフィナが蒔風を見つけたのだ。
時間稼ぎが目的のショウは、攻め込む姿勢を一切やめてそれに徹していた。
オフィナはそれはそれでよかったのだが、いかんせん飽きたのだろう。
その中で、蒔風を見つけた。
加々宮がいないと言うことは、それを何とかして撃退したということだ。
瞬時に、彼の標的は変わった。
蒔風は、一気に突っ込んできたオフィナを見た。
肩からのタックル。
その威力は、フロニャルドで見たものとは比べ物にならない。
周囲の大気を巻き込んだそれは、もはやオフィナの身体以上の大きさで蒔風へと突っ込んできた。
激突する。
蒔風の視界は一瞬にして赤に染まり、オフィナは殴りぬけるかのように少し進んで止まった。
理樹は蒔風に投げられたことで直撃は避けるが、とっさに張ったバリアも砕け地面に落ちた。
いつもならば砕けるものではないが、今の理樹にとってはタイミングが悪かったと言うほかない。
蒔風は一直線にすっ飛び、地面を抉って止まる。
ミサイルか隕石でも着弾したかのように地面が抉れ、その中に蒔風が倒れていた――――
直枝理樹は地面を這う。
遠くでショウとオフィナ、そして集束を終えて力の限り一撃をブチかますクラウドの衝突音がする。
「・・・・しゅ・・・・んっっ!!!」
呼ばれた男は、動かない。
しかし、驚いたことに気絶したわけではない。さらに言うなら、死んだわけでもない。
あの時理樹を投げながら咄嗟に後ろに飛んだのが功を期したようだ。
とはいえ、身体は動かない。
もはやまともに力の入らない四肢だが、瞳だけは開くことができた。
吹き上がる魔力。
起動された術式。
それが実体を伴うまで、もはや数秒の猶予もない。
今すぐ動かなければ終わりだ。
刹那
「―――――――――――!!!!」
蒔風は叫んだ。
声は出ない。音もない。喉は震えるほどの力を残していない。
だが、その翼は確実に大きく広がり、その咆哮を轟かせたのだ。
爆発する地面。
蒔風のもとに向かっていた理樹は、驚愕した。
蒔風がまだ立ち上がれる。
あの男は、どんなにダメだと思えるような状態でさっそうと現れ、どれだけボロボロでも確実に勝利する男だ。
だが同時に、恐怖した。
セルトマンに新たな動きがあったわけではない。
かといって、あの状況で立ち上がる蒔風に、命の危機を案じてでもない。
そう言った思考を抱いた、自分自身にである。
蒔風が飛ぶ。
獅子天麟を組み上げ、龍虎雀武をその刃に取り付ける。
今ある中で組み上げた十五天帝。
それを振るい上げ、銀白の閃光と化してセルトマンを打ちのめす―――――!!!
「起動には成功した」
その様子を眺め、セルトマンは冷静に告げる。
「だが、起動したものはきちんとした場所に置かなければならない。なんだってそうだ、起動すればそれでいいわけじゃない」
そして、ここから見える中で「一番高いビル」を指さしてこう言ったのだ。
「あそこに、いい置き場があるじゃないか」
迫る蒔風の頭を、セルトマンは踏みつけていた。
セルトマン到達まであと一瞬であった蒔風からすれば、まさに蒼天の霹靂。
そのままそこを足場にして、セルトマンが跳躍した。
突進力の分だけ、横からの衝撃には弱い。
まさしくそれを体現するかのように、蒔風が二度目の地面への激突をした。
顔面から地面に突っ込み、めくり上げさせて吹き飛ばす。
そして、セルトマンは「EARTH」ビルの内部に突入した。
最初のオフィナの攻撃でヒビの入ったガラスは容易く砕け、侵入者を容易に招き入れてしまう。
「総員退避だァッッ!!!」
ショウの咆哮。
それと同時に、「EARTH」ビルを囲むように魔法陣が出現した。
それはセルトマンが描いていた物と同じ魔法陣。
ただ、ビルを囲むだけあって巨大だ。
そして、それを構成する小さな円の中から、何かがニョロニョロと幾つも、檻で囲むように伸びてきた。
形容するには「泥」という言葉を使わなければならないが、そのように濁った物では断じてない。
もしも、気の抜けた言い方が許されるのであればそれはまさに「真っ白に光るスライム」である。
無論、そんな生易しいものではない。
それは純然たる魔力の塊だった。しかも、地脈から引き揚げられた膨大な量の。
それは「EARTH」ビルを覆い尽くしていき、次第に形を整えていく。
簡単に言えば、胴体と頭だ。
頭の先は王冠であるかの様に突起し、その先に一つの球体が浮いている。
まだ完全に覆ってはおらず、所々がビルの側面を出しているものの、まさしくそれは
「大聖杯・・・・だと・・・・?」
薄れゆく意識の中、蒔風はそれだけを呟いだ。
色彩こそは濁ったそれとは違うが、形は間違いなく冬木大聖杯のそれだった。
そして、ビルの七割を取り込んでその浸食は止まった。
ビルから飛び出して避難する「EARTH」メンバーたち。
彼等とは対照的に、悠々とビルの中へと入っていくフォンたち四人。
ビル内部の人間をすべて避難させ、アリスが魔力の一部を掬い取った。
分析するつもりでも、何らかの策があるわけではない。
無論、この程度の魔力を掬い取った程度でこの大聖杯に何かあるわけではない。
ただ、そこに力があるのならば今後必ず必要となるはずだ。
こうして
「EARTH」ビルは、アーヴ・セルトマン以下四人によって、完全に制圧された。
残暑も厳しいなか、空は曇天が覆う。
崩壊こそすれ、襲撃こそされ、乗っ取られたことはこれが初めてで
後に、「EARTH」大乱と報じられる、大きな大きな戦いの始まりだった。
to be continued
後書き
よく読んでみると、セルトマンのところにアライアとフォンが到着したタイミングが、球体投げたタイミングと違う!?
・・・と、思ったあなた!!
理樹と戦うアライアをフォンが「そこにいた、お前が悪い」といって盾にしたフォン。
翼刀の攻撃でアライア吹っ飛ぶ。
この時はまだセルトマンのとこではないです。
翼刀とアライア、フォンのバトルです。
そして蒔風が球体 in 加々宮を投げて、それから翼刀がもう一度アライアを吹き飛ばす。
合流、です。
聖杯、起動。
いったいこれから何が始まるというのか・・・・
聖杯が白いのは、純粋な魔力だからということで。
こっちのにはアヴェンジャー取り込まれてないでしょうし。
ますますセルトマンの目的がわからないですね!!!
ちなみに、本家聖杯戦争の「穴を穿ち根源に至る」ではないです。
魔術師のくせにおかしなやつですねぇ。
これからどうなる「EARTH」!?
理樹
「次回、敗北の後に」
ではまた次回
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