ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで
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憂いの雨と陽への祈り
人狼と葬者
デュエル申請のメッセージを飛ばしながらも表面上は平静を保っていたユーリだが、その実、内心はそこまで冷静ではなかった。
フォラス。
かつて《戦慄の葬者》とまで言われたプレイヤーが相手なのだ。 油断などできるはずもなく、余裕などあるはずもない。 全身全霊、掛け値なしの全力でいかなければならないだろう。
幸いにしてユーリの切り札――抜刀術に関してフォラスは知らない。 アマリが口を噤んでいる以上、その情報はどこからも漏れていないのだ。 それはかなり大きい。
レベルによって生じるステータスの差は人狼スキルで埋められる。 戦闘経験の差もそうはないはずだ。 使用する武器のリーチで言えばユーリが僅かに有利。 スキルの多彩さは恐らくフォラスに軍配が上がるだろう。
これだけ見れば互角。 だが、フォラスはユーリも持たない絶大なアドバンテージを有している。
豊富な対人戦闘経験。
誇れるようなものではもちろんないが、とは言えその差は相当に大きい。
ユーリも対人戦闘の経験はあるものの、それはフォラスと比べるなど到底できない。 そこまで隔絶した差なのだ。
なにしろフォラスは半年以上もの間、プレイヤー同士の殺し合いに従事していたのだから。
ならばこそ、ユーリの勝機は一点にのみ存在する。
「短期決戦、かな?」
腰に差した刀に指を這わせていたユーリは、囁き声を聞いて弾かれたように視線を上げる。 クスリと嫌らしく笑うフォラスと目が合った。
ユーリの思考を読んだのか、最悪に近いタイミングでの呟きは聞こえると予想して敢えて口にされたものだろう。 デュエル申請が了承される前だと言うのに、既にフォラスにとっての戦闘は始まっていた。
「わかりやすい反応をありがとう。 お礼に初手は譲ってあげるよ。 短期決戦がしたいみたいだしね」
「……余裕だな」
「弱者に対するハンデだと思ってくれていいよ。 弱い者イジメは趣味じゃないんだ」
面と向かって弱者と言われたユーリだが、しかし感情を爆発させることはなかった。 思うところはあってもそこまでわかりやすい挑発に乗るユーリでもない。
自身が投げつけた安い挑発が不発に終わったことを察してフォラスは肩を竦め、そして再び口を開いた。 今度は挑発ではなく確認。
「ルールは初撃決着でいい?」
特に拒否するような内容でもないので躊躇いなく頷いた。
ユーリの首肯を確認してようやくデュエル申請を受諾したフォラスは、鞘に納めた左右の片手剣ではなく、ストレージから純白の薙刀をオブジェクト化させる。 彼はユニークスキルである双剣を使わないつもりらしい。
――いや
内心で首を振るユーリ。
――双剣をストレージに戻していない以上、あれがフェイクである可能性は高いか。
フォラスの性格をある程度は知っているユーリはそう当たりを付けて思考を締める。 刻々と進むカウントダウンを前に、精神を集中させていく。 一挙手一投足を全て観察し、全力でかからない限り勝ち目はないだろう。 人間性は別にしてフォラスの戦闘能力はユーリも認めるものだ。
ゼロに近付いていくカウントダウン。 ヒュンヒュンと空気を切り裂きつつ回転する薙刀。 やがて回転が止まり、ピタリとユーリに向けられた。
切っ先は僅かたりとも揺らがず、両者の間に緊張が走る。 距離にしておおよそ8mほど。 敏捷値に重きを置いている2人にとって、それは一足で到達できる間合いだ。
カウントダウンが3秒を切り、そして――
「――――っ」
戦いの火蓋が切って落とされた。
初速が瞬時に最高速へと至る。 ほんの刹那で間合いを侵し、刀の射程にフォラスが入った。 そう知覚する頃には神速の抜刀により、眼前の敵の脇腹へと吸い込まれる。
はずだった……
「なっ⁉︎」
「へえ」
声はふたつ。
驚愕と感嘆。
ガントレットに覆われた左手が伸ばされ、掌で刀の柄が押さえられる。 それだけで抜刀が完璧に封じられた。
言うのは容易いが、それを実行してのける胆力と集中力は常軌を逸している。 凄まじい速力を持って動く極小の標的を的確に捉え、数瞬でもタイミングがズレれば両断されかねない状況で憎らしいほど冷静な対処だった。
明確に生じた隙。 フォラスから見れば絶対の好機と言ってもいいそれを、しかしフォラスは付け込まなかった。
バックステップで距離を取り、再び薙刀を構える。
「予想よりも速くて驚いたよ。 とは言え対応できないほどじゃないかな」
「…………」
「今のが全力だって言うならユーリさんに勝ち目はないけど?」
「上等だ……」
短く吐き捨てて1歩。
本当に初手を譲ったことは意外だったが、さすがに2回も譲る気はないらしい。 滑るように間合いを詰めようとするユーリに自ら踏み込んだ。
まさかの行動に驚くが、それでも冷静に間合いを見極め、間髪入れずに突き出された左手によるフック気味の拳打を身を沈めて躱す。 この時点で既に刀を以ってしても近過ぎるほどの位置にフォラスがいるが、だからと言って攻撃の手立てが封じられたわけでもない。
両脚を刈り取る勢いでの蹴撃。 後方に軽く跳んで回避されるが、それによって開いた間を逃さず立ち上がる動作と連動して垂直に刀を斬り上げる。 しかしこれも当たらない。 僅かに身体を捻って躱された斬り上げを瞬時に引き戻し、半身になったフォラスを薙ぐように振るう。
だが、それすらも意味を成さなかった。
「ちっ」
完全にリーチを読まれている。 ユーリの攻撃を回避すると同時に次の攻撃に対するだけの体勢が整えられている。
弾くでも受け流すでも防ぐでもなく、ギリギリで躱されているのがその証左。 ギリギリの回避は即ち無駄が一切省かれていることを示しているのだった。
そこからの展開は一方的だった。
見ている限り攻勢に出ているのはユーリだ。 怒涛の攻め。 巧みな連携。 神速の斬撃。 抜刀術スキルを使ってはいないまでも、それでも全力の攻撃の数々を絶え間なく繰り出し続けている。
しかし、その悉くが届かない。
全てを回避し続けることはできなくなったようだが、とは言えユーリの攻撃がフォラスに直撃することはない。 掠めたり、あるいは真っ向から防がれたりでダメージは入るものの、しかしそれもすぐにバトルヒーリングで回復されてしまう。
ユーリにとって目下最大の障害は薙刀のリーチだった。
それもそうだろう。 リーチの差はそのまま防御の厚さに繋がっている。
フォラスが有する薙刀は3m近くもあり、刀の倍を楽々と超える。 その斬撃を回避してフォラスの懐に飛び込むが、その頃には既に次撃の準備がされていて、万全の体勢から繰り出される拳打や蹴打、あるいは柄を用いての棒術紛いの攻撃で間合いの外へと弾き出されてしまうのだ。
鉄壁。
そんな単語が頭を掠める。
どう言うわけか先程からフォラスから攻勢に出ることはない。 攻め込むのはユーリで、動き回っているのもユーリだ。 攻撃がまるで届かない現状は否が応でも音もなく精神が削られていく。
「そろそろお疲れかな? 動きが鈍ってきてるよ?」
「さあ、どうだろうな」
「強がりだね」
小馬鹿にしたように笑うフォラス。
勝ち目は万に一つもないが、しかしユーリには負けられない理由があった。 いや……正確には『負けたくない理由』か。
バトルジャンキーなユーリだが、フォラスに喧嘩を売った理由は強者と戦いたいと言う欲求に依るものではない。 完全に皆無かと言えばそんなこともないが、それがメインの理由ではないのだ。
ユーリはお人好しだ。
照れているのか本人は頑なに認めないし、普段のぶっきらぼうな調子からそうと知っているものは少ないが、ユーリはお人好しなのだ。 情に厚く、根は優しい。
そんなユーリだからこそ認められなかった。 そんなユーリだからこそフォラスに喧嘩を売った。
「いい加減諦めたらどう?」
「ふざけろ」
「……そもそもなんでこんなことしてるのさ? 戦いたがりなのは知ってるけど、ユーリさんって自分から喧嘩売ったりしない人じゃなかったっけ?」
「てめえがガキだからだ」
言って、再び突貫する。
進路を塞ぐように薙刀の刃が迫り、半ば無理矢理鍔迫り合いの体勢に持ち込んだ。
「なあフォラス、お前、アマリのこと大事なのか?」
「ユーリさんには関係ないでしょ」
「ある。 さっきまで一緒に戦ってたからな」
「薄い関係だね」
「薄くても短くても関係は関係だ」
退こうとするフォラスを刀で上から押さえ込んだ。 これで両者共に動けない。
「あいつはな、お前の話しばっかしてたぞ。 フォラスくんがどうした、フォラスくんがこうした、そればっかりだ」
「……だから何?」
「あいつがお前のことを話すときは決まって嬉しそうで楽しそうだった。 喧嘩したんだって怒ってたけど、それだってなんだかんだと楽しそうだった」
「だから――」
「そんなあいつがお前と合流できてから苦しんでんだよ。 見ててわかんだろ」
声を遮ってユーリが言葉を突き刺した。
わかっている。 こんなものはお節介もいいところだとわかっている。
だが、それでも、ユーリは言わずにはいられなかった。
「あいつと合流できた時、お前なんつった?」
「…………」
「『よかった』って、心底安堵した声で言ったお前がなんであんなことしてんだよ」
そうだ。 ユーリはそれが気に入らなかった。
あれだけ大事に思っていることが明白なのに、互いが互いを大事に思っていることが明白なのにすれ違っている2人を見るのが、心底気に入らなかった。
アマリはユーリのことを面白わんちゃん扱いしていたが、ユーリからすれば一緒に戦った戦友だ。 身を呈して庇ってくれた恩人でもある。 その恩はここで返しておかなければならない。 情に厚いユーリは、だからこそこうしてフォラスと剣を交えているのだ。
「でも……」
そこでフォラスは言う。 表情に笑みはなく、ただの泣きそうな子供のようだった。
「でも、アマリは許してくれないかもしれない」
「んなこと知るか」
しかしそれすらも一蹴。 自明の理を語るように即答で否定した。
「ビビってないで謝れよ。 お前が謝んなきゃあいつはいつまで経っても許せねえんだよ」
「…………」
「ごめんなさいと今までありがとう」
「え?」
「冗談だろうけど、自分に何かあったらお前に伝えてくれだと」
「あ……」
「後は勝手にしろ」
最後にそう告げて膝蹴りを叩き込む。 その程度で決着はつかないが、しかし互いの間合いを開けるには十分な効力を発揮したようで、そこから更に数歩後退することでデュエル開始前とほぼ同程度の距離を置いた。
正対する2人の少年。
ユーリは納刀して柄に手を添えて構える。
「これが俺のとっておきだ。 お前が負けたらあの馬鹿に謝れ」
受けるフォラスは虚を突かれたように目を丸くし、そして笑った。 今まで浮かべていた感情の読めない薄笑いではなく、年相応の、楽しげな微笑。
「無理矢理謝らされてもなんの意味もないと思うんだけど?」
「だったらお前が素直に謝れよ」
「そうだね……これが終わったら考えてみようかな」
楽しげに笑んで、フォラスは薙刀を地に突き刺した。
初手で完璧に封じたはずの抜刀の構えを見せるユーリに対し、馬鹿にするでもなく全力の警戒を以って当たると決めたのだ。
そして双剣を抜く。 希望と絶望の名を冠するそれらは、フォラスにとってのとっておきだった。
「……ひとつだけ、いいかな?」
「あ?」
「ユーリさんは、どうしてそんなに優しいの?」
「優しくなんかねえよ。 ガキがうじうじ悩んでるのはムカつく。 それだけだ」
「なるほどね。 つまりツンデレさんなわけだ」
「そんなんじゃねえ!」
「照れない照れない」
「てめえ……」
低い声での呪詛を受けてもフォラスはまるで気にしなかった。
「じゃあ始めよっか? これで、終わらせるよ」
「俺が勝って終わりだな」
「僕が勝って終わりだよ」
ユーリがニヤリと笑い、フォラスがクスリと笑った。
そして同時に地を蹴り、2人の間合いがゼロになる。
勝敗を決するファンファーレが鳴り響いた。
後書き
騒乱決着!
と言うわけで、どうも、迷い猫です。
本当は誰よりも優しく、けれど普段はその優しさを表に出さない少年は、ほんのひと時とは言え共に冒険した少女のために静かな怒気を発散する。 それはお節介であり大きなお世話なのかもしれない。 彼の者が言うように、無関係な他人なのかもしれない。
それでも少年は突き付けるのだ。
「お前のそれはただのわがままなのだ」と
「間違っている」と
どれだけ拒絶されようと、少年は前を向いてその刃を振るうのだった。 今であれば声が届くと信じて。
そんな感じで今回のお話でした。 収拾がつかないままに終わるのもいつものことでしたね(白目
とまあこの辺りで神速の人狼とのコラボ本編は終了となります。 今後は恒例となりつつあるコラボ番外編ーーと言う名のギャグ次元と相成ります。 本当に学習しませんね(他人事
デュエルの結果や本編中に撒き散らしておいた伏線の回収は後ほど。
ではでは、迷い猫でしたー
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