ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで
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憂いの雨と陽への祈り
その少年、外道につき
囚人を捕らえる牢屋が王城の地下にある、なんて話しは昔のRPGでは割とよく見かけた。 ストーリーの進行上、仕方のない配置なんだろうけど、それでも僕は毎度毎度思うのだ。
それって危険じゃないかな? と。
牢に繋がれると言うことは罪人であるとされた(冤罪の場合もあるけど、今は考慮に入れないものとする)人達で、王城は言うまでもなく国の中枢だ。 王族とはその国の象徴であり、そして国の弱点でもある。
そんな王城の地下に罪人を捕らえておくなんて、万が一のことがあったら危険だとは思わないのだろうか? 少なくとも僕が王族であれば、あるいは王城に勤務する者であれば、牢屋は王城から離れた場所に設置する。
まあ、こんなのはただの言いがかりであって夢のない思考なんだろうけど。
閑話休題。
さて、街中で暴れて治安を乱した罪により拘束されていた僕とシィさんは、薄暗い牢屋から離れ、豪華絢爛な一室に通されていた。 なんでもここはやんごとなき身分の方の私室らしく、装飾が多いながらも品を損なわない絶妙なバランスの内装が施されている。
部屋を見れば主の性格が窺える、なんて言うのは眉唾にしても、どうやらこの部屋の主はただの成金ではないらしい。 素直に褒めればいい趣味をしている、と言ったところか。 皮肉でもなんでもなく。
その部屋の主人たる少女は、気品ある笑顔で僕とシィさんとの顔を交互に観察し、そして手元に置かれた紅茶に舌鼓を打っている。
僕の前にもシィさんの前にも等しく紅茶が振る舞われ、お茶請けの菓子まで用意されている始末だ。 どうやら歓待されているようで、その真意は推察できないけど気味が悪いことは確かだった。 それでも部屋の外に警護の兵を配置している辺り、完全に気を抜いてはいないのだろう。
もしもここでことを起こせば、部屋の外にいる警護兵の面々との戦闘に発展するだろうし、王城に常駐している兵団との正面戦争が勃発することは想像に難くない。
穿って見れば威嚇交渉に見えなくもないけど……これこそ言いがかりもいいところだ。 少なくとも目の前にいる少女の表情を見る限り、そんな真似ができるとは思えない。 もちろん偽装の可能性もゼロではないけど、それはさすがに疑いすぎだろう。
「で、話しってなんなのかな?」
どうでもいい思考に集中を傾けていた僕は、隣に座るシィさんの若干不機嫌そうな声で意識を覚醒させた。
とは言え今の僕はシィさんに引っ付いてきただけなので、口を挟んだりはしない。 シィさんが不機嫌な理由は察することができるけど、僕ではどうにもできないのでとりあえずは放置である。 余計なことを言うことに定評がある口にはチャックをしておこう。
「……えっと、お口に合いませんでしたか?」
「ううん、美味しいよ。 美味しいけど、別にお茶会するためにわざわざ呼びつけたわけじゃないでしょ? だから、本題はよ」
「は、はあ、わかりました」
シィさんのテンションがよくわからないからか、部屋の主人である少女は困惑気味に呟いた。 気持ちはよくわかるけど、変人との交流は習うより慣れろだ。 彼女には強く生きてもらうとしよう。
「では、本題です。 ああ、その前に自己紹介がまだでしたね。 わたしはエルティ・ド……いえ、エルティです。 気軽にエル、とお呼びください」
「ご丁寧にドーモ」
「それでは気を取り直して本題に。 お二人は腕に覚えはおありですか?」
「うーん……それなりに?」
「あなた方はこの国の兵を——より具体的には部屋の外で待機している彼らを一蹴できますか?」
「やれるよー。 一蹴どころか鎧袖一触?」
「そうですか。 それはそちらの方も?」
エルティさんの指に嵌った指輪を注視していた僕は回答に一瞬遅れる。
「え? あー、そうだね。 今のところやる気はないけど可能ではあるかな」
そうですか、と冷静な声で答えながら、少女は僕たちの眼前で少しだけ居住まいを正した。 礼儀云々ではなく、いつでも逃げられるように準備したのかもしれない。 それでこそ今のところなんて言った甲斐があったと言うものだ。
「もしよろしければその力、我々にお貸し頂けないでしょうか?」
「それが本題?」
「ええ」
「具体的になにをすればいいの?」
「申し上げられません」
「危険が伴う可能性は?」
「申し上げられません」
「報酬は?」
「わたしにできる範囲内の限りであればどのようなものでも」
「ここから移動するの?」
「申し上げられません」
「……朝はパン派? ご飯派?」
「強いて言えばパン派です」
「初恋はいつ?」
「10年ほど前です」
「戦闘する予定があるの?」
「申し上げられません」
「スリーサイズは?」
「はちじゅ……申し上げられません」
「この子ガードが硬すぎるよ……」
一問一答の形にすらならない議論は平行線のまま、結果はシィさんの降参負けだ。 質問の方向性を変えてガードを緩めようと画策もしたらしいけど、それも無意味に終わったらしい。 途中でおかしな質問が混ざった気もするけど気のせいと言うことにしておく。
「ねえフォラス、どうする?」
「断るって言う選択肢はないの?」
「断ったら牢屋に戻される気がするんだよねー」
「ああ、そう言う心配なんだ……」
まあ、確かにその可能性はゼロとは言えないだろう。 そしてそうなればまた退屈な時間になるわけで、シィさんはそれが堪らないのだ、きっと。
「シィさん、選手交代」
「ほいほーい」
僕の考えを察したのか、シィさんは少しだけ身体を横にズラした。 ズレて空いたスペースに今度は僕が割り込む。
さて、これからは僕の土俵と言うことで、まずはシィさんの心配から順に切り崩していくとしよう。
「エルティさん」
「はい?」
「僕とシィさんはあなた達から見れば囚人だよね?」
「そう言うことになっています。 それとわたしのことはエルとお呼びください」
「囚人に依頼をするって言うのはどうなんだろうね? あなたがどんな地位の人なのかは正確にはわからないけど、そんなことをしたら家名に傷がつくんじゃないかな?」
「それ、は」
「それは?」
「も、問題ありません。 あなた方は些細な行き違いで捕らえられた、わたしの客人です。 客人にお願いをするのなら問題はないでしょう」
「つまり街で暴れた罪は不問にする、ではなくそんなことは起こっていなかった、ってことで対外的にはそれで押し切ろうと?」
「ええ」
「なるほど。 そのレベルの情報操作が可能な地位なんだね」
「むぐ」
「僕達を捕らえた人達——騎士団、だっけ? とにかくその人達の口を封じれるだけの権力を有している、と」
「……ノーコメントです」
「それだとさっきの発言が嘘なのかな? だとするとあなたのお願いは聞けないんだけど? 他ならぬあなたのために、ね」
「嘘ではありません! ええ、ええ! わたしは……わたしの家はあなたが言うように一定以上の権力を有しています!」
なるほどなるほど。 やけくそ気味に言ったエルティさんの言葉でおおよその枠組みは理解できた。
この人の家は騎士団を御せるだけの地位にいて、しかも罪を揉み消してまで僕達を客人として遇するだけの理由がある。 更に言えば囚人に依頼すると言う不祥事を不祥事ではなくするために罪を揉み消すのだから、つまり体面を取り繕わないと周囲から攻撃、あるいは批判を受けるようだ。
「つまり、罪はなかったと?」
「ええ」
「じゃあ依頼を断った場合の処遇はどうなるのかな?」
「そうなった場合、残念ですが牢に戻って頂きます」
「定型文での返答ありがとう。 でも、罪がないのにまた牢に入れるって言うのは厳しくないかな?」
「あ……」
「もちろん罪がないから抵抗するよ? 抵抗しながら今の会話を事細かに説明して回るよ? もちろん罪がないけど全部は信じてもらえないかもね。 それでもそう言うことがあったらしいって噂程度には広がると思うんだ。 ねえ、どう思う?」
「……広がる可能性は、否めません」
「で、そうなった場合、傷つくのはどっちなのかなーって思ったりして。 さっきも言った通り、この国の兵隊さんなら物の数にもならないし、本気で抵抗すれば捕まることは絶対にない。 リスクの天秤は、さて、どっちに傾いているのかな?」
俯いての無言はそのまま降伏の表明だ。
もちろんこの会話を無視して(と言うよりも、クエスト進行のプログラム通りの行動として)捕らえようとするかもしれないけど、そうなったら宣言通りに抵抗すればいいだけのこと。
忠告はしたと言い訳ができるようになった以上、抵抗することの罪悪感は軽減できる。 僕は元より気にしないけど。
交渉相手に隙を見せるなんて付け入ってくださいと言っているようなものだ。 言質を取られた上にそれを利用されて言いくるめられるなんて交渉役としては下の下。
もっとも、僕の交渉だってお世辞にもスマートとは言えないし、色々と穴だらけではあるものの、それでもエルティさんには通用したようだ。 純粋な人との会話はスムーズに進むから本当に楽しい限りである。
「フォラスって結構ゲスだよねー」
「褒め言葉として受け取っておくよ。 で、どうするの?」
褒められたお礼に決定権をシィさんに擦るつけ……ではなく、譲ってみた。
これで断って抵抗して暴れてクエストが失敗してもシィさんの責任になると言う素敵な状況の完成だ。
「もしかしてクエストに乗り気じゃなかったり?」
「ん? どうして?」
「だって、私が断りやすいように仕向けてるから」
「仕向けるって、人を悪役か黒幕みたいに言わないでよね」
ひょいと肩を竦めたら鼻で笑われた。
なので本音をぶちまけるとしよう。
「別に。 正直どっちでも良い」
「うわー、言い切ったー」
「そう言うシィさんはどうなの? やっぱり断りたい?」
「まーねー、こんなことしてるほど暇じゃないしねー、でもなー、なんだかなー」
「うん?」
「ぶっちゃけワクワクしてるのさ!」
グッと親指を立てての宣言は非常に共感できる理由だった。
それを理由に迷えるのがシィさんで、危険がある可能性を考慮して迷えるのもやはりシィさんらしいのだろう。 頭が軽いようでいて、そして実際に軽いんだけど、でも踏み越えちゃいけないラインを知っている、みたいな。
なんとも複雑怪奇な人柄は本当に昔のままだ。 攻略会議の場を混沌の渦に叩き込んでいた攻略組時代から全然変わっていない。
まあ、そう言うところもシィさんの美点なんだけどね。
「んー、んんー……ま、いっか」
「決まった?」
「うん。 なにかあっても問題ないっしょ」
「過信じゃないといいね」
やなこと言うな! と突っ込んでから、シィさんがそれまで黙っていたエルティさんに向き直る。
「いいよ。 そのお願い、ドーンとこのシィちゃんにまっかせーなさーい」
さてさて、これで退屈が解消されるといいんだけど、どうなることやら……
後書き
フォラスくんはやっぱり性格が悪い(確信
と言うわけで、どうも、迷い猫です。
会話パート長めにするとフォラスくんの性格の悪さとシィちゃんの頭の軽さが際立って楽しいです。 あ、頭が軽いって褒め言葉だと個人的には思っています。
普段は相方に頭脳労働を任せているシィちゃんの珍しい心理戦。 途中で乙女の秘密を暴こうとしてたけど、結局暴けなかったですね、残念。
さて、次回は別サイドのお話しになるかもしれないけどどうなるのだろう?
ではでは、迷い猫でしたー
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