ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
幻影の旋律
狂鬼乱舞
ティルネルの真後ろに着地したフォラスが雪丸を振るう。
ライトエフェクトを嫌ったのだろう。 ソードスキルを用いない素の横薙ぎだ。
数値的な火力に乏しい雪丸による一撃だからとは言え油断できない。 カウントダウン中に取り出した小瓶の中身が塗られているのか、刀身は本来の純白から禍々しい深緑に彩られていた。
いかに耐毒ポーションを飲んでいようと、あれに連続で斬られれば麻痺してしまうだろう。 そして、フォラスを前に麻痺すると言うことは即ち敗北を意味している。
忠告は間に合わない。 止めようにもここからでは声を飛ばすよりも間に合わない。
最初に狙われる可能性が最も高いティルネルの周囲は警戒していた。 それでもピックの音に反応して少しだけ集中を切った瞬間を狙われたのだ。 ここまで完璧なタイミングで仕掛けられては、今更どうにしようもない。
しかし、それで諦められるクーネではない。
目を背けず、弱気にならず、どうすればティルネルを助けられるか思考して、そして見た。
フォラスの凶刃に臆せず迫る一筋の流星を。
直後に響く甲高い金属音。
薙刀の刃と細剣の刃が激突し、発生した暴力的な音に顔をしかめつつ、クーネはポツリと呟いた。
「ヒヨリ、ちゃん……」
そこにいたのは、リンの相棒にしてティルネルのパートナー、そしてクーネたちの大切な友人であるヒヨリだった。
ティルネルに迫る凶刃を受け止めた。 言葉にすれば単純なようでいて、その光景はしかし、クーネからすれば異常事態と言う他ない。
いかに《心渡り》が対個人向けに技だとは言え、それでも渡っている最中を捉えることはできない。 精々できたとして、クーネがそうだったように渡り終わった後の攻撃に移るタイミングでだ。
ティルネルに比較的近い位置にいたクーネでさえ間に合わないタイミングだったにも関わらず、それよりも遠い位置にいたヒヨリが間にあうはずがない。
けれど、衝撃はまだ終わらない。
「嘘、でしょ?」
フォラスが雪丸を受け止めているヒヨリを見て呟く。
長い交流を持っているクーネでさえ聞いたことがないような、呆然とした呟き。 目は丸くなり、口がぽかんと開いたままの隙だらけな姿。
まるでそう、全く予想にしていなかったことが起きたかのような反応だ。
雪丸を抑えてティルネルが避難したタイミングで後退したヒヨリがクーネの隣に降り立った。 その顔に浮かんでいるのは単純な疑問だ。
「クーちゃん、どうしてティルネルさんを助けにいかなかったの?」
責めるような色合いの全くない純粋な問い。
けれどクーネには訳がわからなかった。 ヒヨリの問いの真意は、だから本人が口にする。
「あんなに見え見えで走ってくる人を見逃すなんてクーちゃんらしくないよ? はっ、もしかして具合悪いの?」
「見え見え……?」
「うんっ! ボカーンってなってから一直線で走ってきてたよ」
それは、その言葉はつまり……。
「ヒヨリちゃん……まさか、フォラス君の動きが見えていたの?」
ありえないと思いながらの問いにヒヨリは弾ける笑顔で頷いた。
これで状況は決定する。
どう言う理屈かわからないが、ヒヨリは渡っている最中のフォラスが見えていたのだ。 クーネが知る限り今まで誰も破れなかったフォラスの絶技を、たったの一度で破って見せたのだ。
「ふ、ふふ……」
どうやって、と疑問を挟もうとしたクーネの耳に上擦った笑声が届く。
「ふふ……あはははははははははははははははははははははっ!」
ゾッと、空気が凍った錯覚。
周囲を歪めるかのような狂気がフォラスから迸り、やがてそれは収斂した。
「いやはや驚いたよ。 まさか《心渡り》が効かない相手がリーナとアマリ以外にいるなんて、さ。 ふふ、素敵すぎて吐き気がするよ」
けれど、それは狂気が霧散したからではない。
膨大な狂気が全て、フォラスの小柄な身体に収まっただけのことだ。
「やっぱりあなたは僕にとって危険な存在みたいだね」
「ーーーーっ、ヒヨリちゃん!」
「ほえ?」
「逃げーーーー」
て、とは言えなかった。
膨大な狂気と共にフォラスが恐ろしい速度で戦場を駆ける。 狙いは完全にヒヨリに向けられ、狂気の瞳は僅かたりとも揺るがない。 クーネは自他共に認めるフォラスの友人だが、この瞬間に限って言えばそれすらも頭にはなかった。
ヒヨリが殺されてしまう。
ただそれだけの思考に囚われたクーネがヒヨリを突き飛ばした。
少しでもヒヨリを遠くに、この狂人の触れられないところに逃がすために。
「クーネ!」「クーちゃん!」「リーダー!」
しかし、3人から飛んできた忠告の声はハッキリとクーネを指し示していた。 リンが、ヒヨリが、ニオが、それぞれクーネに注意を促す。
が、それすらも遅すぎた。
紫紺の何かがクーネの腕を喰い千切り、ゾンッと言う聞いてはいけない音をクーネは聞く。
見ればヒヨリを突き飛ばすために伸ばした右腕は肘から下が消失し、自身のHPが一瞬で4割まで削られた。 瞬間、クーネの眼前と宙空に敗北を報せるメッセージが現れた。
「なに、が……」
「ふふ……」
呆然と呟いたクーネの譫言をフォラスが笑う。 少しだけ悲しそうに、それでもいつもの笑顔にその感情を隠して、フォラスは笑った。
「ーーーーっ!」
クーネはことここに至ってようやく悟り、そして狼狽した。
先ほどのフォラスが撒き散らした狂気はあくまでフェイクであり、ヒヨリを殺す意思などフォラスにはなかったのだ。 だと言うのにクーネはそれに騙され、ヒヨリを突き飛ばしてしまった。
それはつまり、フォラスを信じていなかったことに他ならない。
フォラスに限ってヒヨリを殺さないと思えず、反射的にヒヨリを庇ってしまった。 フォラスを信用しきれなかった。
「ち、ちがっーー「クーネさんは脱落だね」
言い訳さえ許さないフォラスの態度は、それだけの悲しさを思わせた。
もしもクーネがフォラスを完全に信用していればヒヨリを突き飛ばすことはなく、ここで脱落していたのはヒヨリだったはずだ。
「別にいいよ。 仕方ないもんね」
苦しげに吐き出したフォラスの声は、あまりにらしくないほど掠れていた。
時間軸を少し巻き戻そう。
開戦直前、フォラスはアマリにとあるお願いをした。
全力でお願い、と。
ここで言う全力とは《アマリとしての全力》ではなく、《本当の意味での全力》だ。
全力。
アマリとしてではなく、アマリをロールするプレイヤーに対してのお願い。 フォラスの前でさえ殆ど見せないアマリの素を、フォラスが初めて要求したのだ。
このデュエルを勝つためだけになされたお願いを、しかしアマリは……否、《少女》は了解した。 愛するフォラスからのお願いを全うできなければ《アマリ》としても《少女》としてもフォラスの隣にはいられない。 少なくとも少女はそう感じた。
故に笑う。
少女は笑う。
フォラスに頼られたと言う事実だけで、少女には十分すぎたのだ。
減少していくカウントダウンを横目で見つつ、少女は《敵》の動きを冷静かつ的確には解析する。
今までの模擬戦の経験から、アマリはそこまで警戒されていなかった。 だからこそアマリに対して配置されたであろう戦力はニオとリゼルの2人だけで、それ以外の意識はフォラスに向かっていた。
(やれやれ、舐められたものですね。 いえ、この場合は舐めてくれてありがとう、と言うべきですか……)
《アマリ》であれば絶対に構築できない冷静な思考を回しながら《少女》は嗤う。
精々そのまま勘違いしておけばいいと《少女》は嗤う。
そしてカウントダウンはゼロへと近づき、それを確認して両手斧のでぃーちゃんをズッと持ち上げた。 それでも警戒されているのはフォラスであり、その事実だけで《少女》は必死に笑いを堪える。
視界の端に映るカウントダウンが消えるその直前に《少女》はでぃーちゃんを振り下ろして《爆裂》を発動した。
地面とでぃーちゃんとの接触点が爆ぜ、そこから発生した轟音と噴煙と衝撃波とが世界を塗りつぶす。 両手斧最上位重単発ソードスキル《ジ・デストロイ・アース》は最上位ソードスキルに見合っただけの遠大な溜め時間と技後硬直が義務付けられているが、フォラスを警戒していたメンバーたちにその隙は突けないし、アマリを警戒していた2人でさえ噴煙の中に特攻を仕掛ける無謀さはなかったのだろう。
だからこそ、そこに意識の空白ができた。
フォラスほどの精度を持たない《心渡り》でさえ成功するほどの空白。 それを逃すほど、《少女》は甘くはなかった。
「っ…………!」
無言で、笑うことも嗤うことさえもせずに有り余る筋力値を使って跳んだ《少女》は、最高到達点に達した瞬間、片手に持ったでぃーちゃんを投擲した。 スキルのアシストも爆裂も使わない素の投擲は、フォラスの友人を自称する敵を狙い、実行される。
結果を確認することなく《少女》が眼下を見ると、そこには盾と短剣を構える敵が2人。 既にこちらを補足して待ち構えていた。 そして、何故だか作戦を無視してこちらを狙う敵の男も1人、《投剣》スキルのライトエフェクトを灯していた。
現状1対3。
《アマリ》であれば対応仕切れずに負けるであろう戦力差だが、《少女》にとってそれはあってないような差だ。
落下しながらウインドウを開き、クイックチェンジのアイコンをタップ。 何もない宙空に出現した両手剣を右手で掴み、重力に任せて落下する。 その落下コースを先読みして放たれた投剣を煩わしそうに両手剣の一振りで弾き、身体を捻りつつ両手剣を手放した。
まさか武器を手放すと思っていなかっただろう敵の虚を突き、両手剣を足で蹴る。 そこから《爆裂》の衝撃波が発生して空中での軌道を無理矢理に変更した《少女》は難なく着地。 瞬間、固まったままの3人に素手のまま飛びかかった。
まずは一撃。
盾と重装備が特徴的な敵を蹴り飛ばす。
続く二撃。
先の敵の行方に気を取られていた背の高い敵に肘打ちを叩き込む。
そして三撃。
地面を踏みしめて発生させた《爆裂》の衝撃波と噴煙に紛れて残る敵との間合いを詰め、足払いを敢行。
容赦ない四撃。
《心渡り》を使った《少女》の接近に気づけずに足払いをまともに受けて体勢を崩した敵の顔面を鷲掴みにして地面に叩きつける。
最後の五撃。
この時点で敵3人の敗北を報せるウインドウが表示されていたが、《少女》にそんなものは見えていなかった。 空いている左手で拳を作り、それを右手で地面に縫い付けている敵に向かって振り下ろす。
このままいけば《爆裂》の効果を持って敵の命を喰らってしまうだろう左拳は、しかし寸前で軌道を変えて敵の顔面スレスレに着弾した。
顔の右側で突如発生した爆音に眉をひそめることさえもせずに、敵は《少女》の目をまたも見てしまう。
虚無。
そこに興味の欠片すら見出せない虚無の瞳。
殺す寸前までいったことさえも気に留めていないがらんどうの瞳に、敵は……リンは再び戦慄した。
「うふふ、危ないところでした。 これもあれもそれも殺さない。 それがフォラスとの約束だったのに、私としたことがついつい殺してしまうところでした」
そこに狂気はない。 殺意もない。 敵意すらなく、もちろん害意もない。 あるのはただ、自身が愛する者への恋慕だけ。
既に《少女》の世界は固定されている。 既に愛する者以外は何も見えていない。
「おい、ーーーーっ」
鷲掴みにしていた右手の拘束が外されたのでようやく声を上げたリンの顎が強かに打ちつけられ、その言葉さえも遮断される。
「ふふ……」
そして嗤う。
「うふふ……」
《少女》は嗤う。
「声を上げないでください。 動かないでください。 私は今、フォラスの声を聞いているのです。 フォラスの声を再生しているのです。 それをあなたが如き有象無象に邪魔されたら私、怒ってしまいますよ?」
リンの顎を手の平で押し付け、頭頂部を地面に突き刺さんばかりの力が篭るが、それもすぐに緩む。 それでも顎から手は離れず、顔の真横に突き刺さった左手も動く気配がない。
「これもあれもそれも殺さないと言うお願いがなければ今すぐにでも吹き飛ばすところですが仕方がありません。 私は良き妻ですから、夫のお願いはどんなことであれ全うしましょう」
だから抵抗しないでくださいね?
軽やかに発せられた優雅な口調での最後通牒にリンは従うしかなかった。
先にやられてしまった2人の敵、ニオとリゼルも何もできずに動けなかった。
後書き
リンさん壁ドン……もとい、床ドン&顎クイ回。
と言うわけで、どうも、迷い猫です。
腹黒性悪悪魔と純情可憐悪鬼が大ハッスルしております。
フォラスくんの《心渡り》すら破るヒヨリさんの圧倒的天然力とか、クーネさんのフォラスくんに対する疑心とか、それが原因でのクーネさんの脱落とか、ニオちゃん一撃死とかリゼルさん瞬殺とか、リンさんの瞬殺とか、そんなあれこれが霞むであろう勢いで暴走しております。
批判は覚悟の上だ。 さあかかって来なさい←おい
現在の残存戦力
・魔王側
フォラス(無傷)
アマリ(無傷。 ただしリンさん床ドン中により動けません)
・勇者側
ヒヨリ(無傷。 《心渡り》耐性あり)
ティルネル(無傷。 毒薬危険)
レイ(無傷。 現状戦闘描写ゼロ)
さてさて、数の上では勇者側が有利ですが、魔王側はラスボスが無傷で残っています。 それでも魔王の反則技《心渡り》に対抗できるヒヨリさんが残っていますし、遠距離攻撃のティルネルさんと中距離攻撃のレイさんが残っているので希望はまだあります。
ではでは、迷い猫でしたー
PS.徹夜テンションです
ページ上へ戻る